―It’s a Sword of Starlights―
「なんだ、嬢ちゃん。二日酔いだって?」
そう言ったのはレオンの馴染みでありミオの父、ジェス――――改め、ジェストラン・タチバナだった。
聞くところによると、彼は昔から海を仕事場にする職業に就いていたらしく、ミオの誕生と妻の死を切っ掛けにかつての職を辞し、いまは彼曰く『真っ当な』仕事に
就いているとの事。レオンと知り合ったのは前の仕事の時だそうだ。
「ぱぁぱ、ふつかよいってなに?」
「ん? まぁ、気持ち悪くて頭が痛くなる病気だ。パパも昔はよくなったもんさ」
「びょーき……おねえちゃん、びょーきなの!?」
「あ、う、うん……そんな感じ」
額から冷や汗を垂らしつつ、曖昧な答えをするリディア。取り敢えず吐くモノはたっぷり吐いて来たので今は安定しているが、またいつ揺り返しが来るかは分からない。
「びょーき、だめだよ! おねえちゃん!!」
純粋な瞳がいっそ辛い。この純真さが、下手をしたら自分のせいで穢れていたのかと思うと、リディアはかなり泣きたくなった。
「はっは! だがもう大丈夫だぞ、ミオ!! お姉ちゃんの病気はパパが治してやる!」
その言葉に、わずかにレオンが反応する。しかしそれはリディアにしか気取られることはなく、ジェスはどこに仕舞っていたのか、一本のビンとコップを取り出した。
中身の色はよく見えない。というか、ビン自体が黒くて色の判別など出来ない。
「あ、あのー……それは?」
「オレ様秘蔵の酔い覚ましだ。元々は昔この海を荒らしまわっていた海賊のボスが作ったモンでな。匂いも味もおっそろしくキツイが、一発で酔いが覚めるぜ!!」
その一言でリディアの顔が青ざめる。先程のレオンの反応はこれだったのだ。『ていうか、それは単によりキツイ物で今ある痛みを誤魔化すだけじゃないんですか?』とリディアは
ツッコミたい衝動に駆られたが、ジェスは純粋に親切で言ってくれているようだし、何よりミオのこともある。
小さなミオの手前、父親に恥をかかせるのは年上としてはよくないだろう。
ここは控えめに遠慮の旨を伝えるのがベストのはず。
「い、イヤ、あたし、もう大丈夫ですから」
「まぁまぁ、そう言うなって。いつまた再発するかわかんねぇぞ? なあ、レオン」
「…………」
ちら、とリディアとレオンの視線がぶつかる。想定していた拒否が通じなかった以上、最早レオンに止めてもらう以外に道はない。
リディアは万感の想いを込めて、目で合図を送った。
「(ダメ!! 否定してーー!!)」
半ば涙目で無言の訴え。レオンはわずかに頷いて、口を開く。
「……ああ。飲んだ方が良い」
「うわぁーーーーんっ!!?」
出会ったばかりの2人、想いが通じる筈もなく。
巨漢の父はなみなみとコップに謎の液体を注ぎ。
純真無垢の娘は、ただただ少女の健康を案じて。
親友は友の惨劇をただ見つめる事しか叶わずに。
その日。
リディア・ハーケンは一生、節度ある飲酒をする事を魂に誓った。
第二話 神の住まう国
03.紲の在り方
「……ってことがあったの。おかげで今は、別の理由で気持ち悪いよぅ……」
レオン、タチバナ親子とデッキで別れ、カフェテリアで合流したリシェルとロウにこれまでの経緯を話し、リディアはまたしてもだらしなくテーブルに突っ伏した。
「はははっ。なんと言うか、災難だったね」
「笑い事じゃないわ。あなたは今後、リディアに無理に酒を進めない事」
屈託なく笑うロウをリシェルが鋭く諌める。しかしロウはへらへらと笑うだけで、どうにも真面目さが足りない。
リシェルはそんなロウを、少なからず不安に思い――――同時に、わずかではあるが嫌悪していた。
もちろん、今の彼は同じチームの一員だ。リシェルとしても信頼できる関係を築いていきたいと思っている。先々になって余計なしこりは残しておきたくない。
だからこそ、言うべき事は今行っておかなければならない。
「ロウ。この際だからはっきり言っておくわ」
「ん?」
悪意のない笑顔がリシェルに向けられる。優しく、柔和で、しかし真面目かと言われれば肯定はしがたい笑顔。
「貴方はもう少し、真面目な態度を心がけるべきだわ。リディアの不調の原因は私にも、貴方にもあるのだから」
わずかに険のある声。今までの穏やかな物言いと変わりはないが、その声は少なからず相手を牽制する響きがあった。ロウもそれを感じたのか、笑顔がわずかに陰る。
だが、それは決して消えたわけではない。
「そうだね……悪かったよ。ゴメン、リシェル、リディア」
頭を下げ、2人に謝る。リディアは突然の事態に目を丸くし、リシェルはそれでもなお、厳しい視線を緩めない。
「ロウ、別にあたしは気にしてないよ? リシェルも、急にどうしたの? 仲間なら仲良くやろうよ?」
「……そうね、私達は確かに仲間よ。でもだからこそ、お互いの事はちゃんと認め合わなくてはいけない。必要なことはきちんと、言わなくてはいけないのよ」
「そ、そうだけど……」
困惑するリディア。浅い溜め息を吐き、沈黙するリシェル。顔を上げ――――緩い笑みを浮かべるロウ。
「うん。キミの言うとおりだよ、リシェル。僕達は仲間だ。でもね――――」
笑みは壊れない。言葉の音も、変わらない。
なのに。
「仲間でも必要でも、まだ言えないことはきっとある。僕達はまだ昨日出来たばかりのチームだ。お互いの腹の中を全部話そうだなんて、逆にオカシイんじゃないかな?」
その言葉は、本当にロウの声で紡がれた言葉かと疑うほどに――――無温だった。
「な――――何、を」
「ロウ……?」
「キミもリディアも、本当の気持ちは別に在るはずだよ。でもそれは、きっとまだ他人に言えるほど根が浅いものじゃない。だから、まだ全部を話せない。それは僕も同じだ。
誰にでも過去がある。それは決して明るいものばかりじゃない。それを必要だからって理由で最初から全部吐露して、それで聞かされてるほうは満足?
そんなはず無いさ。全てを知ればきっと辛いよ。だから、僕達には時間が必要だ。仲間という言葉で括るのは容易いけど、言葉のもつ意味を履き違えちゃいけない」
饒舌に、笑い顔のまま。
ロウ・ラ・ガディスはただ語る。
「いつかちゃんと話せるときが来るかも知れない。その時はいつになるか分からない。でも僕は、いつか君たちに本当のことを言うと思う。そして――――キミもね、リシェル・ベルムント」
言われ、リシェルの表情が険しくなる。
知っているのだ、ロウは。
否、それもその筈だ。なぜなら彼は、八席円卓の一人の弟子なのだから。
『彼女』のことを、知らない訳がない。
「…………そう、ね。貴方の言うとおりだわ、ロウ。ごめんなさい」
「謝ることないよ。君の気持ち、僕も分かる。正直言うとね、僕も不安なんだ」
「不安って、どうして……?」
リディアの問いかけに、ロウは口を噤む。だがリシェルには、その理由を察することが出来た。だがそれはリシェルが代弁すべきことでは、決してない。
ロウはリシェルのその思いを察したのか、わずかに頷いてから、再び口を開いた。
「…………分かってると思うけど、僕は普通の人間じゃない。遥か昔を辿れば、僕達の一族はこの星の住人ですらない。人の似姿、亜人と呼ばれ、畏怖の象徴でもあった。
昔ほどではないらしいけど……迫害は、今でもあるんだよ」
それは、テキストには載らない真実の歴史。
いかに要職に就く者がいると言っても、実際の数字にすればそれは1%にも満たない極少数であり。
1万年以上の歴史を踏み越えてなお、人は自分と違うものを認められないという現実。
「年寄りの誰かが言ってたよ。僕達の瞳は怒りと復讐に燃える炎の色じゃなく、悲しみと涙に乾いた血の色だって……」
「…………」
「ロウ…………」
リディアの声はただ小さく。しかし、饒舌なる語り部は、笑みを崩さず。
「だから、僕も本当は怖いんだ。キミ達や師匠みたいに優しい人ばかりが世界じゃない。それを知っているから」
「…………優しいなんて、そんなことないわ。私は現に、貴方の事を不真面目な男だと思っていた。そんな私が優しいなんて……」
言葉を続けようとした時、ロウの指がリシェルの口の前に突き立てられる。
「言わなくていいよ。それに、自分の考えを曝して謝れるキミが、優しくないはずない」
「…………ありがとう」
「リシェル、ロウ…………よぉしっ!」
がばっ、と席を立ち何を思いついたのか、ずかずかと2人の間に割って入るリディア。その手には、彼女の愛用しているPCが。
「な、なに? リディア、何をするつもり?」
「どしたの?」
「記念写真!! 2人の仲直りの記念と、ロウがちゃんと話してくれたことの記念!!」
その、あまりの突拍子の無さに。
リシェルもロウも、言葉が出なかった。
だが当のリディアは照れ笑いを浮かべ、
「元を正せばさ、なんかあたしが『仲間』って言ったから話が始まったんだよね。……あたしも正直言うとね、『仲間』っていう言葉に拘ってた気がする。
上辺だけとか、言葉だけじゃ仲間なんて呼べないもん。今のロウみたいに、ホントのホントの気持ちを言えるような関係が、仲間……ううん、もっと言っちゃえば、友達だと思う。
あと……………………ゴメン、あたしバカだから、言いたいこと全部言えないけど……」
両腕を広げて、リディアは2人の肩に手を回す。
「騎士としては良くないのかも知れないけど、あたし達は友達だよっ!!」
左右を見て、笑顔を向ける。
その、あまりの眩しさに。爛漫さに。
自然と、リシェルもロウも屈託無く笑っていた。
「確かに、騎士としては不適切かもね。馴れ合いなんて」
「でも、僕達には丁度良いのかも知れないね」
「うん! 肩肘張ってたって、疲れるだけ!! ルゥ、起きてる?」
「きゅう……?」
今の今までリディアのフードの中で眠っていたルゥがもそもそと起き上がり、リディアの左肩からひょっこりと顔を出す。
「じゃあ、撮るよ! 今日があたし達のスタートって事で!!」
「ええ。いつでもいいわ」
「うん。こっちもOKだよ」
「? ??」
小さな親友はただきょろきょろするばかり。その姿をホログラフィ・ディスプレイで見ていた3人は微笑みあい。
小さなシャッター音とともに、リディアのPC内にデータが1つ追加された。
『――――お知らせします。本船は間もなく、ワルマーシア・エリウティーポートに到着いたします。なお、本日の運行は本船の折り返しのみとなります。
お降りの際はお忘れ物のございませんよう、ご注意ください――――』
『神国』ワルマーシア。
人口はゼンポゥラ11国で最も少なく、およそ80万人。古き良き『王国』であり、また代々の代表は世襲制で執り行われる。
民間の血も取り入れられて既に長いが、代表となった国王には必ず国と同じ名のミドルネームが与えられ、一般国民とは一線を画す存在となる。
緑と水の豊かな島国であり、その平和と自然は長きに渡って代表と国民の協力と――――彼らのみならず、全ての命を守護する精霊たちの加護によって守られてきた。
――――そう。
機械化の進んだこの星にも、今なお息づく精霊という概念。
それは決して莫迦にしたものではない。一時期は数多の理由もあり廃れかけたものではあるが、精霊に対する信仰は失われることは無く。
それは、アーク・トゥエラ達においても重要な役割を果たすものだ。
「ようこそ、ワルマーシアへ。若き騎士たち」
ワルマーシアの代表が住まう宮殿に通された3人と1匹を出迎えたのは、純白のローブを身に纏った中年の男性だった。
このローブを纏うことが許されたのは、精霊を信仰する中で官職を担う司祭のみであり、この男性もまたその1人であることを物語っている。
「とはいえ、さすがに船旅で疲れたでしょう。夜も遅いので、今夜は宮殿の別塔に寝所を設けました。今日はそちらでお休みなさい」
時刻は既に23時を回っている。1日が30時間あるゼンポゥラだが、日はとうに落ちており、夜空にはうっすらと月が浮かんでいる時間帯である。
「はい。ですが司祭様、いくらアーク・トゥエラとはいえ宮殿に泊まってよいのですか? 代表と寝所を共にするなど……」
リシェルの疑問はもっともだった。いかに騎士といえど、同じ建物内で一国の要人と寝食を共にするなど本来ありえない。
だが司祭は緩く微笑み。
「心配には及びません。これは代表直々の指示です。それと……リディア様」
「は、はいっ」
「……代表が、お会いしたいとの事です。よろしければ中庭の方までお越しいただけますか?」
その言葉に、リシェルもロウも驚きを隠せない。一介の騎士であるリディアが、一国の代表と一対一で謁見するなど、異常事態だ。
しかもそこは玉座ではない。いくら宮殿の中とはいえ、無用心な中庭での謁見など。
「あたしは……構いませんけど。でも、2人は?」
「お二方には先にお部屋のご案内を致します。それと、そちらの小狐もご遠慮ください。代表がお会いになるのは、リディア様だけとの事ですので」
「はぁ…………分かりました」
溜め息をつき、ルゥをリシェルに預けるリディア。しかしリシェルもロウも、あまりに唐突過ぎるその事態を飲み込めていない。
「リディア、これは一体……」
「どういうことなの? なぜ代表は、貴女だけに……」
「えっと……ゴメン。明日ちゃんと話すよ――――そのほうが良いんですよね?」
司祭に話を振ると、彼はさも当然とばかりに深く頷いた。
「ご理解頂きありがとうございます。では、お二方はこちらへ。リディア様は暫しお待ちください」
「はい……。じゃあリシェル、ロウ、ルゥ、また明日ね」
手を振るリディア。しかしリシェルもロウも、そのあまりに突然すぎる事態にただ驚くばかりだった。
そして、何よりも驚いたのは。
「リディア『様』って、どういうことだろう?」
「分かるはずないわ、そんなこと……。リディア、貴女は一体どういう子なの……?」
2人の疑問はもっともだ。今まで共に行動して来たあの少女が、突然司祭から『様』呼ばわりされるなど、とても想像できない。
リディアの生まれはベレメリィア。これまで海外に出たことはただの一度も無く、祖父であるゲインが元アーク・トゥエラであること以外は、ごく普通の少女だ。
それは昨夜の食事のときに聞いているため、リシェルもロウも知るところである。
「司祭様、貴方はご存知なのでしょう? なぜリディアは……」
「それは申せません。先程リディア様は『明日話す』と仰いました。それはリディア様の御意思であり、私が関与すべき事ではありません。ですがどうか信じていただきたい」
背を向け、歩みを止めぬまま、司祭はリシェルに告げる。
「リディア様は、貴女の知るリディア様と変わりません」
「…………」
「…………」
「きゅう…………」
静寂の廊下に響く足音。それはただ規則正しく刻まれる。
2人に芽生えた疑問など、まるで意にも介さぬように。
宮殿の中庭に響く、穏やかな女性の歌声。
それは懐かしさを感じさせる、優しい子守唄。
案内役の司祭に見送られたリディアの歩みはその歌声に誘われるように、ゆっくりとそちらへ向かい――――歌い手の、数歩手前で立ち止まった。
歌い手は純白の落ち着いた、しかし高貴な気品漂うイブニングドレス姿に、薄いヴェールを肩にかけて、ベンチに腰掛け背を向けたまま。
「もっと近くにいらっしゃいな。明日はお互いに立場があるのだから、こんな風には出来ないのよ?」
既に初老と呼んでも差し支えない女性の、その言葉に。
リディアはただ頷き、再び歩み始める。
…………あの日から、実に10年近くの年月が経っていた。
一歩、また一歩と歩を進めるたびに、距離だけでなく、離れていた時間さえも埋まっていくような感覚を、リディアは感じていた。
続いていた子守唄はいつしか終わり、気がつけば。
2人の距離は、互いに手を伸ばせば触れられるほどに近づいていた。
「さっきの歌、覚えてる? あなたがまだ小さかった頃、よくお母さんと一緒に歌っていたのよ。あなたはこの歌が大好きで……
歌い終わると、見てるこっちが気持ち良くなるくらいに、ぐっすり眠ってたわ」
「うん……あたしも、歌えるよ……」
視線がぶつかる。2人の瞳は、瓜二つの青い輝石。
いや――――白髪交じりであることを除けば、髪の色もまた、同じ飴色。
「よく顔を見せてちょうだい。大きくなったあなたの顔を、この老いた目に焼き付けておきたいの」
「うん。あたしも、手……触っていい?」
「ええ、もちろん。…………ああ、こんなに大きく、綺麗になって。私の腕の中でぐずっていたのが嘘みたいだわ」
ほころぶ笑顔。年相応に皺もあるが、それでもその笑顔は若々しく。
その笑顔を受けて、リディアの笑顔の華も咲く。
「あたし、もう14歳だよ? いつまでも赤ちゃんじゃないんだから」
ふわり、と。
優しい、甘い香りがリディアを包み込んだ。
「いいえ。どんなに年月が経っても変わらないわ。あなたは変わらず、私の愛しい孫なんだから……リディア」
「おばあちゃん……」
それは、10年の時を埋める、優しい祖母の抱擁。
孫娘はその溢れんばかりの愛に応え、自らも祖母の華奢な身体を抱きしめる。
そう――――この女性こそ、現在のワルマーシアの代表にして、数百年ぶりの女王。
ロベリア・ワルマーシア――――・ハーケン。
かつての騎士、ゲイン・ハーケンの妻であり、紛う事無きリディアの実の祖母である。
管理人の感想
今年初の、鷹さんSS。いかがでしたでしょうか?
今回の話で私が特に好きな部分は、中盤にあるリシェル、ロウ、そしてリディアのやりとりですね。
ロウが年上の貫禄を見せ付けた形になりましたね。カッコ良かったです。
そしてリディアも。記念撮影の提案は、二人にとっては非常に助かったでしょう。
さてさて、リディアの祖母がワルマーシアの代表だったという驚きの展開ですが、はたしてこれからどうなっていくのか・・・楽しみです♪
読者の皆様も、続きをお楽しみに〜〜^^