It’s a Sword of Starlights

 

 

 

 

「あ゛ー…………ちょっと落ち着いてきた……」

 出航から2時間あまりが過ぎ、今の今までだらしなくテーブルに突っ伏していたリディ
アがつぶやく。

 確かにその言葉は真実のようで、顔色も昨夜や今朝と比べると随分良くなっている。

「そうね。血色も戻ってきたけれど……吐き気はない?」

「胃の辺りがモヤモヤするとかは?」

「まだちょっとあるけど……ちょっと、外の空気に当たってくるよ……ルゥ、おいでー」

 ゆっくりと起き上がりながら親友の名を呼ぶ。今までリシェルの手からお菓子を貰って
いたルゥはリディアの呼びかけに応じて、いったん床に下りてから、彼女の肩に駆け上が
った。

「私達はここにいるから、何かあったらPCの通信で呼ぶこと。良いわね?」

「うん。ありがと、リシェル……」

 ふらふらふらふらと、見ているものをハラハラさせずには居られない頼りない足取りで
展望サロンを出て行くリディアとルゥ。その後ろ姿を見送ってから、リシェルは椅子にも
たれかかり、浅いため息をついた。

「大丈夫?」

「何だか、世話の焼ける妹を持った姉の気分ね……疲れが溜まりそうよ、あの娘と居ると」

「ははっ、それは確かに。でも……今のキミは嬉しそうな顔してるケド?」

 ロウにそう言われ、リシェルはわずかに逡巡し……フッと吐息を漏らす。

「そうね。出会ってまだ2日目だけれど、あの子と居ると退屈しないわ。今まで私の周り
には、あんなタイプは居なかったから」

「そっか。なら、キミ達の出会いは、きっといい方向に向かうと僕は思うよ。まぁ何の根
拠も無いんだけどね」

「いえ……ありがとう。私も、そうあって欲しいと思うわ」

 気品を感じさせる柔らかな微笑み。そのリシェルの微笑みはあらゆる異性を魅了し――
――またロウもその例には漏れず、わずかに赤面する。

 しかしそんな彼の反応など見向きもせず、リシェルは自分のPCを立ち上げ、昨今のゼン
ポゥラのニュースをチェックし始めるのだった。

 

 

第二話 神の住まう国

                                                〜02.船上の出会い〜

 

 

 

 

 展望テラスを降り甲板に出たリディアは、手すりにもたれ掛かり……流れる雲と、潮の
香る爽やかな海風を感じていた。

 ベレメリィアの中でも内陸地で育ったリディアには、海にまで遠出した経験はそれほど
多くはない。暑い夏の休日に泳ぎに行くのは大抵、湖や川、またはスクールのプールくら
いのものだった。

 つまり、こうして船で旅をするのはリディアにとって人生初の体験であり。

 また、生まれて1度も森を出たことが無かったルゥにとっても、生涯初の体験である。

「海の風って、やっぱり海の匂いがするんだね……」

「きゅぅ〜…………くちっ」

 風のせいか、それとも風に靡くリディアの髪のせいか、ルゥが小さなくしゃみをする。

「あははっ……ルゥ、こっちにおいで」

 上着の前を胸元まで開き、ルゥが入れるだけのスペースを作る。ここならば風を浴びて
もリディアの体温とルゥ自身の体温で寒くはないし、リディアの髪で鼻をくすぐられるこ
ともない。

 ルゥはすばやくそこへ潜り込み、愛らしい仕草で顔だけをのぞかせた。

「わぁ〜っ、かわい〜っ!!」

どこからともなく、そんな女の子の声が聞こえる。リディアは見上げたままだった頭を
戻し、その声のした方向――――真正面に向き直る。

 と、同時に。

 

どすうぅぅっ!!!

 

「ぅぇっ!?」

「きゅぅっ!?」

 小さな身体に似合わぬ強烈な体当たり。その予想外の衝撃に、やっと落ち着きかけてい
たリディアの腹具合は、一気に朝方以前にまで巻き戻った。

「かわいーかわいーか〜わ〜い〜い〜!! おねーちゃん、この子、かわい〜よ〜!!」

 しかし体当たりをぶちかました張本人はリディアのことなど意にも介さず、壊れたミュ
ージック・プレーヤーのようにひたすら「可愛い」を連発しまくる。

 歳はまだ5,6歳といったところだろうか。愛らしい瞳と癖の強い黒髪。無邪気、とい
う形容がこれほど似合う子供も、そうはいないだろう。

「ん〜! か〜い〜ねぇ〜」

「…………きゅ〜」

 べたべたとさわられ、ただでさえ人見知りするルゥは激しく疲弊していた。元来人目に
触れることのない野生動物である。愛玩されるのには慣れていないのだ。

「ッぷ……ね、ねぇ? ルゥも嫌がってるし、放してあげてくれないかな?」

「や!!! この子、ミオのにするもん!!」

「な――――!?」

「!!?」

 降ってわいた爆弾発言。さすがのルゥもそればかりは勘弁してくれといわんばかりに暴
れ回る。だがミオと名乗った少女は断固たる意思を込めているのか、ルゥを抱きしめたま
ま解放しようとしない。

「あばれちゃだめ! 今日からミオのなの!!」

「きゅ〜っ!! きゅう〜っ!!」

 小動物対少女の、一進一退の戦場。最年長であるリディアは、本来ならばこの小さな戦
場を解決するべき和平大使なのだが――――

「ちょ、ミオちゃ……………………う゛ぅぇっ」

 先ほどの体当たりが効いているのか、まともに動こうとすれば競り上がってきた嘔吐感
が、今か今かと門が開放されるのを待っていた。

 確かに、この場で自分がこの争いを止めるのは容易いだろう。しかしそれを行えば、こ
の争いはおそらくリディアの言葉ではなく……汚物によって解決してしまう。

 それは、なんと陰惨なことか。

 仮にもアーク・トゥエラの資格を得た騎士が、ゲロぶち撒けて終戦などと、後世に名を
残す醜態――――否、『臭』態だ。

しかも、被害は甚大。抑え込まれていた汚濁はその小さな噴射口からは想像もつかない
激流となって、眼前の少女と愛すべき親友にその牙を剥く。

少女の心には、一生消えない心的外傷が深々と刻まれることだろう。動物可愛がってゲ
ロ吐かれた日には、もう何も信じられなくなる。

 親友もおそらく、そのままこの大海にダイブして、帰っては来るまい。こんなゲロ女を
親友だと思っていたなんて、一生の恥だ。

(そ、そんなの……絶対やだよぅ……)

 妄想は止まらない。嘔吐感も止まらない。小さな戦場は尚更止まらない。

 だがそんなリディアを他所に、事態は思いも寄らぬ方向へと発展していた。

「〜っ、きゅぅあうっ!!」

 気弱ではあるが、それはルゥの叫び――――いや、咆哮だった。

 本来、フィリヨンは気性の大人しい動物である。しかしだからといって、同属間や他種
属間での争いが皆無というわけではない。また狐である以上雑食性であり、当然ながら食
肉行為も行う。愛らしい外見には似合わないが、時には小鳥などを捕食することもある。

 故に。

 その身には、相手を倒すために備わった爪牙がある。

 そしてそれらは、生存本能と危険回避のためならば、使うことを厭わない。

 

 がりっ!!

 

「ぁぅ、ぁ…………?」

「きゅうぅぅ……くるるるるっ!!」

 決して強くはない一撃。

だがそれは、幼い少女の手に、薄い噛み傷と出血をもたらした。

 突然の事態に驚いたのはなにもミオばかりではない。親友の思いもよらぬ反撃に、リデ
ィアは一瞬我を忘れていた。

 数瞬の沈黙。静寂はなく、ただ船体が海を割き進む音だけが流れる。

 だが。

「……っく、った、あぁーーー!!!」

 絹を裂くような少女の泣き声。緩んだ手は知らずルゥを解放し、怒りと恐怖を浮かべた
ままの小さな親友は、リディアの肩口にまで戻ってもなお、少女を威嚇していた。

「ったい、ぁいよぉーーーっ!!」

 しかし、そんなルゥの態度など今のミオには見えていない。今のミオにあるのはただ単
純に痛みと、泣いている自分を慰めてくれる人を求めるという、子ども特有の感情。

「ぐじっ、ひっく、ぱぁぱぁーーー!! れぇおー!! いたいよぅー!!」

 

 だが。

 その求めに応じたのは、れおでもパパでもなく。

 

 暖かな感触がミオを包み込む。

 最初、ミオはそれが誰かに抱きしめられている、と分からなかった。

 なぜなら、ミオは女性に抱かれた経験が、覚えている範囲では一度もなかったから。

 

「ミオちゃん、ごめんね……本当にゴメンなさい」

「ぁぅ……おねー、ちゃん……」

 抱きしめているのは、自分に噛みついた白い小さいのの飼い主。

 お日様の髪と、海の眼のおねーちゃん。

 優しい匂いは、パパの匂いと全然違って、甘くていい匂い。

「おねーちゃん……」

 ぎゅうっと、服を掴む小さな手。その手についた傷跡を、暖かく濡れたものが優しく撫
でる。

「あ……」

「きゅぅー…………」

 それは、ルゥの舌だった。

 先ほどまでの警戒は消え、耳も尾も見ていて可哀想なくらいに垂れ下がり、表情も……
なんとなく申し訳なさそうにしている。

「ミオちゃん、ルゥも、ごめんなさいって」

「る〜?」

 涙の残る表情でリディアに尋ねるミオ。リディアはうん、と大きく頷いて。

「この子の名前。ルゥはあたしの友達だけど、あたしの『モノ』じゃないよ。だから、ミ
オちゃんの所有物(モノ)にもなれない。でもね?」

 優しくミオの手を握るリディア。その、架かったばかりの橋の上を、ルゥが渡っていく。
そしてミオの顔に張り付いた悲しみの雫を、小さな舌で掬い、取った。

「友達には、なれるよ」

「ともだち……。る〜とミオ、ともだちになったの?」

 その問いに、ルゥは答えとばかりに少女の肩に乗り、すばやく頭の上に駆け上がる。

「うんっ」

 眩しいくらいの微笑。そんなリディアの笑顔に、ミオの泣き顔も同じものへと変わった。

 

 

 

 しかし。

 その笑顔の裏で、リディアは自分の腹具合と戦争していた。

 強がって笑顔を作ってはいるものの、その額はよ〜く見ると脂汗が浮かんでいる。正直
な話、今この場で中身を吐き出してしまいたくもある。

 だが、そんなことをすればせっかくの感動のこの場面が、あっという間に水泡に帰す。
別に海の上だから洒落で言っているわけではなく、本気で。

(まずいよぉ〜……下手に抱きしめたりしたから、ミオちゃんの体重分、負担増えちゃった……)

 後悔はいつでも後からやってくる。だからこそ、『後から悔いる』と書くのだ……などと
納得している場合ではない。かといって、今急に離れるのも不自然だ。

 と、そこへ。

「ミオ、何やってる」

「そのねーちゃんは誰だぁ? ミオ」

 若い男性の声と、中年のしゃがれた声。その声のした方にミオとリディア、そしてルゥ
の視線がいく。

「ぱぁぱ!! れお!!」

 上がる声は歓喜の声。リディアがすっと力を抜くと、ミオは中年の男性に抱きつき、そ
のまま一気に肩の上に担がれた。男性の身長はロウよりも高く、おそらく2m近くあるだ
ろう。

 その隣に立っていた金髪の若い男性――――いや、まだ少年と大人の中間ほどの歳であ
ろう青年「れお」は、リディアの前にまで来ると、何の断りもなく額に手を当てた。

「うぁっ?」

「……微熱があるな。それに少し酒臭い。2日酔いか?」

「あ、うん……ぅぇ」

「吐きたいんだろ。歩けるか?」

「う…………」

 ぐっ、と足に力を入れてみたが、立った瞬間にえらいことになりそうな予感があった。

 ――――マズいぞ、と。14年間付き合ってきた内臓が警鐘を鳴らしている。

「…………ムリ」

「なら……じっとしてろ」

 そう言うと、「れお」はまたしても何の断りもなくリディアの背中と膝裏に腕を回し、軽々
と、リディアにとって人生初のお姫様抱っこを敢行した。

「んにゃ!!? ちょ、ちょっと待って!!」

「何だ? このままトイレまで行くぞ」

「そ、そーじゃなくって!!」

 身を捩ろうとするも、身体の不調で思うように力を入れられない。それに余計な力を入
れれば、それこそ目の前にいる「れお」青年に吐いてしまう。

「むぅ〜…………」

「大人しくしてろと言ったはずだ。……ジェス、悪いが少し離れる」

「ん? ああ、分かった。ミオとる〜くん……だったか?」

「る〜だよ!」

「3人でここに居るから、早く済ませて来い」

 ジェスと呼ばれた男性とミオ、そしてルゥはその場に残り。

 出会って1分弱しか経っていない2人はトイレへと向かった。

 

 

 

「ぁ〜〜〜っ、スッキリした……」

「豪快な音だったな……まだ吐くか?」

「もう吐かないもん。……って、人が吐く音を聞くなぁっ!!」

 びしいっ、とリディアが「れお」を指差して文字通り指摘する。しかし「れお」はその
態度をまるで気にすることなく。

「あれだけ大音量なら、耳を塞いでも聞こえる。酒を飲むなとは言わないが、健康管理く
らいはした方がいい」

「は、初めて飲んだんだからしょうがないじゃない!」

「…………初めて、か」

 少し長めの金髪が揺れ、碧色の眼がリディアを見つめる。澄んだエメラルドの瞳は美
しく、リディアのサファイアのような瞳と並べれば、多くの人を魅了するだろう。

「これからは気をつける事だ。飲んで吐くなら、控えた方がいい」

「わ、わかってるよっ」

 ぷいっとそっぽを向く。だがそこまでして、リディアは「れお」青年に対して今まで丁
寧語で話していないということを思い出した。

 基本的に、リディアは自分より年上の相手には丁寧語で話すという習慣がある。ただし
家族や友人、自分が仲間だと認めた相手に対しては普通の言葉遣いで話す。

 この「れお」青年は、おそらくロウと同い年くらいだろう。昨日聞いた中ではロウの年
齢は17歳。「れお」が仮に17歳ならば、これまでの会話は彼女の習慣に反する。

「あ、あのさ……変なこと聞くけど、何歳?」

「もうすぐ18になるが。それがどうかしたか?」

「う……やっぱり」

 はぁ、と溜め息をつく。そうと分かれば、相手が誰であろうと己の姿勢を貫くのがリデ
ィアの信念の一つだ。

「えっと……今さらこんな話し方するのもおかしいんですけど、年上の人にはこういう風
に話すって、決めてるんで……さっきまでのは、忘れて。……です」

 うっかり普段の話し方で終わってしまい、慌てて取り繕うもやはりおかしい。だがそれ
を言われた「れお」青年は、リディア以上の溜め息を吐いた。

「別に気にする事ないだろう。むしろ今まで普通に話していた人間が、いきなりそんな口
調に変わったら、俺のほうが混乱する」

「で、でも――――」

 いつまでもトイレの前で議論しているのもアレなので、2人はゆっくり歩きながらミオ
たちが待つデッキへと歩き始める。

 しかし、話はまだまだ終わらない。

「確かに、年上の人間に敬語を使うのは大事なことだ。俺だってそのくらいのことは分か
ってる。けど、相手が自分と対等だと思えるんなら、何も飾る必要はないだろう」

「う、うん……でも一応、けじめは付けたいから。ミオちゃんとは友達になったし、あな
たはミオちゃんのお兄さんなんでしょ? だったら、ミオちゃん繋がりで友達になってく
れないかな? そしたら、あたしの中では納得いくから」

「ややこしい関係だな……。だが、まあそれで納得行くならそれで良い。それと断ってお
くが、俺はミオの兄貴じゃない。普通自分の兄貴を名前で呼ぶか?」

「…………か、家庭によるかもしれないよ? れおって、ミオちゃん呼んでたし。それに
貴方だって、ミオちゃんのお父さんを呼び捨てにしてたじゃない」

「『れお』はミオが使うあだ名だ。本名はもう1文字多い。それとジェスは俺の馴染みだ」

 風に揺れる黄金の髪。太陽の光を透かしてなお輝くその美しさは、金砂の如く。

「本名は、レオン。レオン・ウィルグリッド。あんたは?」

「あ、あたしはリディア。リディア・ハーケン。その……今更だけど、よろしく」

 堅くも緩くもない、極々ありふれた握手を交わす2人。

 名前を交わし、握手を交わせば、それは須らく友人への第一歩。

 この船上の出会いが、やがて世界を左右することなど――――まだ誰も、知る由もない。

 

 


後書き

今年最後にもかかわらず、時間が取れずこんなことに。

けど、役者がようやく揃ったので、あとはそれぞれの掘り下げや
舞台の配置、演出を進めていく段階にこぎつけました。
しかし、演出・脚本・監督のワタシが遅筆もいい所なので、
役者衆も退屈しております。
2007年は何とか現状打破を狙いたいところです。ぐすん。
 
スパムが多いので、感想がありましたら cxmct821(@)yahoo.co.jp まで。
()を削除してください。

管理人の感想

はい、ということでSoS2話の2でした〜^^

ミオちゃんがなかなか可愛いですねぇ。
ルゥを愛でるシーンなんか、思わずニヤニヤしながら読んでました(笑)
サブタイトルは船上の出会いとのことで、読み始めた当初はミオのことかな?と思ったのですが、どうやらレオンのことのようですね。
このレオンという青年、年齢はロウと同じなのにまったく違うキャラっぽいですね。
クールで美少年(?)系な感じがします・・・やっぱりアーク・トゥエラなんでしょうか?
末の文の「世界を左右する」というのも気になります。果たして、彼の正体は・・・?

というわけで鷹さん、今年もお疲れ様でした。
次回のお話も期待しております〜^^



2006.12.31