It’s a Sword of Starlights

 

 

 

 海上船、リェルス・ボウラの歴史を簡単に語ろう。

 

 リェルス・ボウラ。

ゼンポゥラの4大海の1つにして最も広大な海、アスタレルフを渡るために建造された
大型船の総称にして、1万3千年の歴史を持つ偉大なる海の渡し船。

 配備総数63隻。乗船可能客数は最大4000人。とはいえ、この規定定員に達したという
記録は、残念ながら現在残されていない。

 それは空路と陸路が交通の主を占めるため。いかに水上で高速といっても……やはり、
空の海を渡るメディ・ウィスタと、最高時速700キロ以上で走るエイス・ルフェには譲ら
ざるを得ない。

 結果、リェルス・ボウラは真期276年。

今から約800年前にその規模を大きく縮小。

 乗船可能客数を大幅に削減し、船体自体もそれによって小型化を図る。

 その結果搭載エンジン数を減らし、また新規に開発された新型の水素エンジン採用に伴
い、低燃費かつ十分な出力の確保に成功。

 現在は小型化されたリェルス・ボウラが各国の大型港に総計120隻配備され、一隻あた
りの定員は200人程度。スタッフは大半が作業ロボットに任される形になり、それを管理
するために20人程度の人間が乗り込んでいる。

 そして、かつて4000人を乗せるために造られ、現在は『大型』のカテゴリーを与えられ
た旧リェルス・ボウラは。

 そのほとんどが解体され、今はただ静かに、『首国』アルカニスタの歴史博物館で眠って
いる5隻のみとなった。

 

 

 

 

「……って話。少しは参考になったかな?」

「確かに参考にはなったけれど、興味はわかないわね」

「うー…………、うー……ん」

 4人掛けの丸テーブルに座った3人が、和やかに談笑している……といえば聞こえはい
いが、実際は黒髪の青年が一方的にしゃべり、背中まで届く銀髪の少女がそれに適当に相
槌を打っているだけだった。

 そしてもう1人の、飴色の髪をした少女は、親友の白小狐・フィリヨンを後頭部に乗せ
たままテーブルに突っ伏して、うんうんと唸っている。

「リディア、大丈夫? 水でも持ってきましょうか?」

「……いらなーい…きもちわるーい……なに飲んでも吐きそー…………ぅぇ」

「こりゃまた……重症だねぇ」

「まったく……それもこれもロウ、貴方がリディアに果実酒なんか飲ませるからよ」

「でも、アレはアルコール度数1%未満の、ジュースみたいなもんだよ? リシェルなん
か、アクタハルマのクラシック・ワインを平気な顔で飲んでたじゃないか」

「私は飲み慣れているから良いのよ。アクタハルマでは食事のとき水代わりに蒸留酒が出
るのは、当たり前なんだから」

「それはそれで、なんというか……すごい国だね、アクタハルマは」

 リシェルが昨夜飲んでいたクラシック・ワインは、アクタハルマの豊富で清らかな水と、
特産の葡萄・バスティレープを使った20年物の赤ワインだった。赤ワインだが後味がすっ
きりしており、その芳醇な香りも近年稀に見る一品だと、専門家も絶賛している。

「……やーめーてー……頭にひびくからー……」

 だがそれも、今のリディアには毒にしかならない。

 

 真期1065年、緑の月3日。

 

昼前の穏やかな陽気。

 どこまでも広がる大海原。

 海上船リェルス・ボウラの展望サロンにて。

 

 リディア・ハーケンは、生まれて初めての二日酔いに苦しんでいた。

 

 

 

第二話 神の住まう国

                                               01.惨劇の酒宴〜

 

 

 昨夜、カナンが予約してくれた高級レストランで、たっぷりと上等な料理を堪能した3
人と1匹は、それぞれの生まれや経歴を簡単に語り合い、そのまま宿舎に戻り、途中買い
求めたアルコール系飲料や食料を、リディアとリシェル用に用意された部屋で楽しみ始め
た。

 そして、そこでリディアから飛び出した言葉が、彼女の現在の苦境の引き金となった。

 

「あたし、お酒って飲んだことないんだよねぇ」

「そうなの? なら、無理せずジュースでも飲んでいた方が良くないかしら?」

 リシェルからはそんな優しい言葉をかけるが、ロウは逆に大げさなため息をつき、

「ダメだよ〜。酒は心の潤滑油っ! どんな相手でも、お酒を飲めば心もほぐれるっ! 今
日出会ったばかりの僕達がもっと親しくなるには飲むしかないんだッ!! というわけで
リディア、はいコレ」

 妙な調子でまくし立てたロウがリディアに差し出したのは、缶に入った、一見するとジ
ュースのような果実酒、カロスレッタ。

 オレンジの一種であるラジエッタをベースにした、アルコール度1%未満の、酒と言っ
て良いものかどうか激しく疑問の残る一品であった。

「飲んでごらん? ジュースみたいで美味しいから」

「確かに、ジュースと大差ないけれど……」

 勧めるロウ。躊躇うリシェル。しかし当事者たるリディアは。

「じゃあ、何事も経験ってことで。1本だけ……」

 差し出されたカロスレッタを受け取り、封を切る。

 爽やかな香りはラジエッタのほのかな甘みを感じさせるものであり、とても酒とは思え
ない。

「いただきま〜す」

 ちびり、と可愛らしい一口。

味もまさしく、ラジエッタの甘さと爽やかさのみ。苦味はまったくといって良いほど無
く、リシェルの言葉通りジュースとしか感じられない。

「どう? 美味しいだろ?」

「うん……。お酒ってもっと不味そうなイメージがあったけど、これならぜんぜん平気!」

 などと言いつつ、ぐびぐびと飲み始めるリディア。

そしてリディアの答えに満足し、自分用に買っておいた麦酒の封を切り、コップに移す
こともせずに勢い良くあおるロウ。

その2人を見ながら、1人手際良くボトルを開け、ワイングラスに控えめにワインを注
ぎ、見とれるほどの優雅さを魅せながら軽やかに飲むリシェル。

始まったばかりの酒宴は、賑やかさと気品が入り混じった、妙な空間であった。

 

 

しかし1時間後。

 その混沌は、更なる混沌によって埋め尽くされる。

「…………ひくっ」

 小さなしゃっくり。今まで生野菜に軽く塩を振っただけの味気ない食事をしていたルゥ
がそれに反応して、親友の方を見上げる。

 親友リディアの足下には3本ほどの空き缶が転がっていた。そして今、彼女の手元にも
う1本が握られている。

「ひっく……うぅ〜……」

 からん、と落下する空き缶。それで気がついたのか、隣席に座っていた2人もリディア
の様子が変化していることに気がついた。

「リディア? どーしたの?」

「弱いといっても仮にも酒だもの。もしかしたら、酔ったのかも」

「ははっ、そんなバカな! そんなジュースみたいな酒で酔えるはずないって!」

「自分を基準に物事を考えないの。そういう貴方も、少し酔っ払っていない?」

 ため息混じりにロウに視線を向けるリシェル。呆れを見せる紫紺の瞳は至って素面。か
たや、真紅の瞳はやや蕩けている。

「こんなもん、まだまだ序の口だよ〜。って……、リシェルは強いねぇ」

 テーブルの上には10本近い空のボトルがビル群のように立ち並んでいる。

それだけの量をほぼ1人で飲み干してなお顔色一つ変えていないリシェルに、ロウは少
しだけ、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「私のことはどうでもいいわ。それより……リディア、大丈夫?」

 優しく肩を揺する。すると――――

「――――っさい」

「え? 何?」

「何だって? おーい、リーディアちゃーん?」

「っさい。黙れ」

 

 ――――そのとき。

 世界(しつない)の空気が凍る音がした――――。

 

「…………え?」

「リディア? 今、なんて……?」

「グダグダグダグダ、うるさいっつってんの」

 睨み付ける青い瞳。頬は赤く、口調は普段のリディアとはかけ離れて荒々しい。

 間違いなく、誰が見ても一目で分かるほどに、リディアは酔っ払っていた。

「果実酒で酔うなんて……ある意味すごいね、リディア」

「それに、厄介なことにとんでもない酒乱のようね」

 5本目の缶を手に取り、すばやく封を切るリディアを他所に、ロウとリシェルは小声で
ひそひそと会話する。

 だが、そのやり取りが気に食わなかったのか、だんっ!! とリディアは勢いよく缶を
テーブルに叩きつけた。

 吹き出す果実酒。ひしゃげる缶。おびえてリシェルの髪に隠れるルゥ。

「ひそひそ話すなぁー! 言いたいことがあるなら、はっきり言えぇー!!」

「あ、ハイ、スイマセン(とりあえず、しばらくは様子見しよう)

「ごめんなさい……(そうね。酔いつぶれるかもしれないし)

 視線と口の動きだけで会話すると、リシェルとロウは暴君と化したリディアを見る。

 中味が吹きこぼれた缶を放り投げ、早速次の缶の封を切ると、リディアは行儀の悪いこ
とに椅子の上で膝を立てて、豪快にぐびぐびと飲み始めた。

ベレメリィアの家族が見たら卒倒するか、思い切り叱りつけそうな光景である。

「……これ飽きた。リシェルのちょーだい」

 あっという間に一缶空けたかと思うと、とんでもない要求を提示する。

 リシェルが飲んでいたクラシック・ワインは既に品切れとなっており、彼女は今、それ
よりさらにアルコール度の高いウィスキーを飲んでいる。

 ちなみにアルコール度数は40を超える。それをリシェルはオン・ザ・ロックで嗜んでい
た。

「リディア、止めておいた方が……」

「悪いことは言わないから、止めておきなさい。本当に倒れるわよ?」

 流石にこの暴挙は止めねばなるまい。

度数だけで言うならば40倍以上。たとえ水やソーダ水で薄めたとしても、これを許せば
将来的にアル中になってもおかしくない。

「ヤダ。飲む」

 心配などどこ吹く風とばかりに譲らぬリディア。睨みつけるかのように据わった眼は、
まさに得物を狙う猛禽の如し。

 瞬間、リディアの左腕が跳ねる。その速さは常人には目視すら許さないほどの高速。

 その一瞬の予備動作も見せない一撃は、世の拳闘家ならば感動すら覚える一撃であった。

 掴み取るのはウィスキー・ボトル。

リシェルもロウも、その一瞬の早業にはさすがに反応が遅れてしまっていた。

「し、しまったっ!」

「リディア、止めなさいっ!」

 手を伸ばす両者。しかしわずかに遅い。

 ボトルは無情にも傾き。

琥珀色の液体は直に、リディアの愛らしい唇へと注ぎ込まれていく。

「んくっ……んっ……ぷはぅ」

 ゴトン、と床に転がるボトル。その口からはわずかほどの水滴もこぼれず。

 その身を満たしていたモノ全てが、この小さな少女に飲み込まれてしまったという事実
を、明確に述べていた。

「リ、リディ……ア……」

「だ、大丈夫なのかい……?」

 リディアの身を案じる2人。飲み終え、俯いたリディアの表情は確認できない。

 2人とも、さすがに飲み干すとは予想していなかった。アルコールに対して全く免疫の
ないリディアが、いくら酔ったとはいえあんな暴走をするとは。

 いや、しかしそれを止める事が出来なかったのは自分達の責任だ。仮にもこれからチー
ムの一員となる人間である。諌めるべき事はしっかり諌めなければならないというのに。

 とはいえ、反省は後回しにせねばならない。今は――――

「リディア、しっかり! 返事をしなさい!!」

「リディア!! おーいっ!!」

…………ぅ……ぉえっ、えほっ

 小さな咳と同時に、リディアはふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がった。それに
反応してリシェルは慌てて席を立ち、リディアを抱きとめる。

「リディア? 大丈夫なの!?」

「ノド……いたい……はきそぅ」

 部屋の室温をさらに低下せしめる戦慄の一言。

「ロウ、すぐにバスルームのお湯を抜いて!! シャワーを浴びせるわ!!」

「そ、その前にトイレだよ! 出すもの出させないと!!」

「うぅ……えほっ、げほっ……ぅぷ」

 こみ上げて来る吐瀉物。リシェルは自分の手が汚れることなど構わず、右手をリディア
の口に優しく――――

 ばちぃっ!!!

「むぅっ!?」

 …………もとい、やや乱棒に押し当て、蓋をした。

 逆流し吐き出されるべき吐瀉物は、さらに反転を余儀なくされ、当人も見る者もおよそ
嫌悪感を抱かずにはいられない――――文字通りの大惨事。

「リ、リシェル……今のは酷くない?」

「大丈夫よ。酔っているのだから、どうせ覚えていないわ。それに朝になったらちゃんと
釈明するわよ」

「きゅぅ……………………う゛ぅえっ」

 そうして、惨劇の夜は穏やか()に終わっていったのであった……。

 

 


後書き:
10ヶ月近くが経過してしまいました。
仕事も私事も忙しく、なかなか執筆ペースが上がらず、
時間も確保できず、妄想も減退して……。
あぁ、リディア張りに酔いたいです……ぐすん。
質問、感想等ありましたら cxmct821@yahoo.co.jp まで。

管理人の感想
ってことで、久しぶりの(と言っては失礼かな?)SoSでした〜^^
内容はどたばた(?)な展開。
まさかリディアが酒乱とはねぇ・・・でもそのギャップが面白かったですね。
ロウのキャラも徐々に明らかになってきましたが、どっちかというと軽い・・・おどけたキャラ?
何となく、要領が悪く苦労しそうなタイプと見ました(笑)

戦闘シーンもいいですけど、今回みたいなほのぼのとしたお話も良かったです。
次回も期待しましょう!



2006.12.4