「どうしたの?孝平くん。最近調子悪そうだけど・・・」
「・・・ほへ?」
「こりゃ相当重症だな」
授業中。気がつくと、俺の机に陽菜と司が寄ってきていた。
いや、周りも騒がしいことから察するに、もう既に授業は終わったようだ。つまり、授業が終わったことにも気付かないくらい考え込んでたわけか。
「ああ、何でもない。ちょっと考え事をな」
「そう?だったらいいけど・・・」
納得しつつも、まだ心配顔で覗きこんでくる陽菜。その表情は、言外に「悩みがあるんだったら聞くよ?」と語っていた。
「そうだ、二人とも。ちょっといいか?」
なので丁度いい機会だし、二人にも何か知恵を絞ってもらうことにする。
「実は近々生徒会でイベントをすることになったんだけど・・・何か涼しくなるようなイベントって無いか?」
「涼しくなるような・・・」
「イベント?」
あぁ、やっぱり漠然としすぎか。二人とも要領を得ない顔で首を傾げているし。
「ほら、最近暑くなってきただろ?だから、プール開きの前に何かイベントをってことになったんだ」
「そう言われてもな。今までそんなイベントあったか?」
「いや、去年までは無かったイベント。急に会長の思いつきで決まったんだけど・・・」
「あはは。会長さんらしいね」
「まったくだ」
苦笑する陽菜に、俺も心から同意しておく。あの人は傍から見ていても、人生をフィーリングで生きている感が否めないからな。
「じゃあスキーなんてどうだ?」
「スキーか・・・」
司の提案に、頭の中でサッと吟味してみる。
確かに全員楽しめて満足はするだろう。涼しくなることも間違いない。しかしそれだと、予算が大幅にオーバーだ。
スキーとなると島外の人工スキー場まで足を運ぶことになる。つまり、ちょっとした修学旅行並の費用が必要だってことで。
「悪いけど、ちょっと無理かな。あくまで低予算・・・っていうか、コストはほとんどゼロで済ませたいんだ」
「そりゃ難しいな」
「うーん・・・」
確かに自分でも無茶を言っていると思うが、今年から急に組み込まれたイベントに、そこまで予算が下りるとも思えない。
その辺りは副会長が学校側と折衝してくれることになってるけど、予算があることを前提には出来ないだろう。
「移動費だけで済むような場所があればいいのにね」
難しい顔をしていた陽菜がポツリと漏らした呟き。
移動費だけで、か・・・ん?待てよ。
低予算で、涼しくなって、全員が楽しめるような場所。
・・・あるじゃないか。島ならではの、開放的なレジャーが。
「なあ、二人とも」
「ん?」
「なに?」
「聞きたいことがあるんだけど、この辺りに―――」
FORTUNE ARTERIAL SS
「胸を張りなさい」
Written by 雅輝
<中編>
「ちーっす」
「おっ、来たね。支倉君」
「待ってたわよ」
俺が監督生室のドアを開けると、そこには千堂兄妹が向かい合って座っていた。
そしていつもの正位置、ノートパソコンの前には東儀先輩の姿が。
白ちゃんが見受けられないが・・・おそらく、ローレル・リングの活動なのだろう。
「それで、首尾の方は?」
「上々だ。そっちは?」
「こっちもよ。先生との話は着けてきたわ」
席について早々、副会長に仕事の話を持ちかけられるが、俺としてもそうするつもりだったので特に問題は無い。
どうやら、お互い上手くいったようだ。俺の顔にも、目の前の副会長のような達成感のある笑みが張り付いていることだろう。
「それじゃあ、副会長の方から聞かせてくれるか?」
「ええ」
彼女に頼んだのは、イベントを開催する日時と、それに要する予算。そして、担当――つまり生徒を引率する先生の確保。
これらを学校側との折衝により、具体案としてまとめる。
そして俺の仕事は、肝心のイベントのアイデア。そのイベントに際して必要な準備。
さらにもう一点。当日の指揮全般も任されている。副会長はあくまでサポートに回ってくれるため、表立った行動は全て俺に委ねられるのだ。
「日時としては、6月の第1週。土曜日は午前で授業が終わるから、その放課後を頂いたわ」
「ああ、多めに時間を取ってくれて助かったよ」
俺の計画としては、やはり時間は長ければ長いほどいい。
「次に予算ね。これは流石に骨が折れたわ。一応、これだけ貰ったけど・・・」
「どれどれ・・・よくこれだけ取れたな。ありがとう、副会長」
おそらく学校側が用意した予算書の書類に目を通し、俺は予想よりも随分多かったことに驚きを隠せなかった。
これなら移動費で全て消えることはないだろう。本当に、副会長さまさまだ。
「お、お礼は別にいいんだけど・・・あ、あと引率してくれる先生は青砥先生にお願いしたわ」
何故か頬を赤く染め、早口で捲し立てる副会長。もしかして、先ほどの「ありがとう」に照れたのか?
「これで、私の報告は終わり。次は支倉くんの番よ?」
「ああ、それなんだけど・・・俺の方はまだ具体策としてはまとまってないんだ。色々と下準備があるから、それが終わってから言うよ」
「あら、そう。期待していいのね?」
不敵で悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう訊ねてくる副会長。
――何故だろう?副会長に期待されていると思うと、妙に心がむず痒くなる。
そしてこうも思う。その期待には絶対に応えなければいけない・・・いや、応えたいと。
それは純粋な欲求だった。仕事上のパートナーだから、という理屈的な理由ではない。
俺自身が、彼女に応えたいんだ。
そして、彼女の満足した笑みを――彼女と初めて会った時に見せてくれた、あの清々しい表情をもう一度見たい。
いったい、何なのだろうか。言葉では言い難い、この不思議な気持ちは。
「・・・おう、もちろんだ!」
だから俺も、自信を持って返答する。今できる、俺の精一杯の微笑みと共に。
この企画が成功すれば、確かに多くの生徒から役員として認められるだろう。
けど俺は・・・もしかすると他の生徒は関係なく、彼女だけに認めてもらいたかったのかもしれない。
「・・・いい返事ね。楽しみにしてるわ、支倉君」
「・・・なあ、征」
「何だ?」
「俺達ってさ、完全に蚊帳の外だよね?」
「伊織は普段が目立ちすぎだ。たまにはいいだろう」
「冷たいねぇ。それじゃあ俺は、礼拝堂に行って白ちゃんと遊んでこようかなっと」
「・・・伊織。吸血鬼は胸を大きな杭で貫くと消滅するらしい。試して・・・みるか?」
「ははは・・・遠慮しときます」
another view 〜瑛里華〜
「ふう・・・」
私はベッドの上に体を投げ出して、仰向けのまま一つ息をつく。
顔を横に向けベッドサイドの目覚まし時計を見てみると、文字盤は7時過ぎを指していた。
例のイベントに関する支倉くんとの打ち合わせ。そしてその後、他の仕事をして終わったのがつい先ほど。
寮までは私と同様に別の仕事をしていた支倉くんと帰って来て、数分前に階段の踊り場で別れたばかりだ。
なのに・・・何故だろう。モヤモヤとした頭の中に、支倉くんが度々登場してくる。
彼が転校してきて、既に一か月以上が経っている。その間彼と接してきて、その性格や行動というものも大まかにだが把握できてきた。
流石は、兄さんが生徒会に無理やり引っ張り込んだだけのことはある。私としても、彼との友人関係は大事にしたいと心から思っている。
・・・そう、それだけのはずだ。彼は同学年の友人であり、そして生徒会では私の補佐に就いてくれているパートナー。それだけ。
なのに何故、私はこんなにも彼の事を考えているのだろう。
――「おう、もちろんだ!」
そして、自信を滾らせた彼の顔が頭によぎった・・・その瞬間。
”ドクン・・・ッ!”
「――っ!!」
私の心臓が一つ、跳ね上がるように嫌な音を上げる。
最初に感じたのは違和感。頭のモヤモヤが、胸に移動したような。
そしてその奥には、小さいながらもポッカリと空いた空洞。もたらしたのは、冷たい不安。
『なんか・・・変』
急に、「渇き」を覚えた。
私たち吸血鬼においての渇きと言えば、ひとつしか無い。そう、血液だ。
無意識の内に、冷蔵庫に手が伸びていた。輸血用血液パックを、いつも差しているストローを使わず直接口へと運ぶ。
その一つのパック全てを飲み終える頃には、既に不安は消えていた。ただ、胸のモヤモヤは消えずに燻ぶり続けている。
「・・・最近は、落ち着いてたんだけどなぁ」
ポツリと。私の口から、ため息混じりの声が零れる。
支倉くんと初めて会った時、感じた彼の血への衝動。それは日を増すごとに薄れていって、最近では余程のことがない限り平気だったのに。
おそらく先ほどのことも、それが原因なのだろう。友人を血液タンクとして扱おうとするこの身が、酷く疎ましい。
これからも私は、血を欲してしまうのだろうか。彼の・・・支倉くんの・・・っ!
「やめよう・・・」
思考が嫌な方向に走り始めたので強制的にシャットダウンし、今日はこのまま寝てしまおうと布団を被る。
――ただ、すぐに眠れるかどうかは別にして。
後編へ続く
後書き
後編では収まりきらなかったZE☆(爆)
ってことで急遽予定を変更。三部作にしてみたり。
今回の中編では、イベント開催の過程と、あとは恋愛要素をちょびちょびっと。
この時点ではまだ二人とも自分の気持ちに気づいていないので、非常に書きにくかったりしたのですが^^;
とりあえず次回は本当に後編です。つまり完結編。
今度こそ孝平の企画が発動です。中編ではなるべくごまかしましたが、結構勘付いている読者の方もいるのではないでしょうか。
それでは、また後編で^^