――「胸を張りなさい」

その言葉は、俺の人生を変えたと言っても過言ではない。

生徒会に入ると決意したその日。監督生室の前から見える、学院の全敷地を眺めながら。

――「ここでは、私たちが主役なんだから」

快活に笑いながら、凛とした、それでいて優しく諭すような声でそう言ったのは、生徒会の副会長――千堂瑛里華。



俺はそれまで、人との接触を極力拒んできた。

親が転勤族で、決まった場所に一定時間以上滞在しない俺にとって、それは経験から来る自分なりの処世術であり。

転校先の学校でも、目立たず、大人しく。学校という名のステージからしてみれば、俺はいてもいなくても変わらない脇役だった。

・・・いや、ステージにすら上がっていない。つまり脇役ですらない俺は、せいぜいが観客。傍観者。

事の成り行きを傍観し、時折起こる感情は無視し、ただ立ち尽くすだけの存在。

そうして生きてきた。そして、そんな生き方に嫌気が指している自分にすら気づいていなかったんだ。

全寮制の修智館学院への転校を決めたのは、無意識の内に、そんな自分を変えたいと思ったから。

そこで、あり得ない非日常に触れた。友達が、そしてその兄が吸血鬼だと言われ、いったい誰が信じるというのか。

しかし、それは紛れもなく俺が求めていたもの。

何事にも関わらない日々は平穏で、それ故に無味乾燥であった。そんな状況を打破する予感を、その「非日常」は感じさせてくれた。



ステージに上がった。

修智館学院という名のステージに。「生徒会役員」という役を得て。

彼女の言う様に、ようやく俺はこの学院の主役になった。そして同時に、全ての生徒が主役だった。

さあ、胸を張ろう。まだ少し頼りない自信を携え、さりとて堂々と。

彼女がするように、少しでも生徒たちに学園生活を楽しんでもらえるように。そして、自分自身も楽しめるように。

幕が上がる。

その始まりを告げたのは、他の誰でもなく―――舞台の中央で圧倒的に輝く、副会長その人であった。





FORTUNE ARTERIAL SS

            「胸を張りなさい」

                       Written by 雅輝






<前編>





「ふぁぁ〜〜・・・」

俺が日常にサヨナラを告げ、生徒会役員となったあの日から一月が経過した。

先週行われた体育祭。その実行委員長を無事務め上げられたことによる若干の気の緩みから漏れた大欠伸を噛み殺して、朝の通学路を歩く。

「おはよう、支倉くん」

「ん?おう、おはよう副会長」

すると、後ろから肩を叩かれた軽い感触。次いでまだ少し寝ぼけている頭にもクリアに響く、ハキハキとした清涼な声。

振り返ろうとしたが、その必要は無かった。横を見ると、俺と同じ歩調で副会長が歩いていたからだ。

「今日も監督生室に来るでしょ?」

「ああ。俺も一応、生徒会役員だしな」

俺がそう答えると、副会長はなぜか少し不機嫌そうな顔になった。

「あのねぇ。そういう言い方しないの。一応も何も、支倉くんはもう立派な生徒会役員。私たちの仲間でしょ?」

・・・なるほど、とても彼女らしい答えだ。

「ああ、悪かった。でも、それを言うんだったら副会長だって、わざわざ確認する必要は無くないか?」

「あら、生徒会の活動は慈善事業みたいなものだもの。毎日来るように強制はしないし、来れない場合はしょうがないじゃない」

それに、と彼女が言葉を続ける。

「白だってローレル・リングで時々来てないでしょ?つまり、クラブ活動や委員会とも兼任できるってことよ」

「へぇ、初耳だな」

学校によっては委員会や部活の掛け持ちは禁止されていたが、ここではそうでも無いらしい。

「だから支倉くんも、入りたいクラブとかあったら遠慮はしなくていいのよ?」

「いや、前にも会長に聞かれたけど、特にやりたいことは無いんだよなぁ」

特別何かが得意、というものがあれば話は別だが、今までの転校生活において部活をやったことはほとんど無い。

それに・・・。

「それに、兼任したら必ずどちらか。下手したら両方の活動が疎かになるだろ?」

もう中途半端なことはしないと決意した。何事にも全力で取り組むと志した。

だったら俺は、きっかけを与えてくれた生徒会で精一杯頑張るだけだ。

「正解よ。実際文化祭の前なんかは、毎日やっても終わらないくらい仕事があるからね」

「そういえば、去年までは3人だけだったって言ってたな」

「そうよ。実際、ギリギリまで仕事が残ったわ」

その時の凄惨な状況を思い出したのか、彼女がゲンナリとため息を吐く。

「・・・」

脳裏に、紙の束を机に山積みにしながら、必死な形相で書類にペンを走らせている副会長の姿が映った。

全力でやると決意したのとはまた別の部分で、やはり少し怯んでしまう。

「大丈夫よ、そんなに心配そうな顔をしなくても。今年は白も入れれば5人いるわけだし、去年みたいなことにはならないから」

「そ、そうだよな」

「というわけで・・・期待してるからね、新米クン♪」

物凄い笑顔で言われてしまった。

まあ流石にそんなに忙しければ会長もきちんと仕事をするだろうし、何とかなるだろう。

と、そこまで考えてふと思い直す。

そういえば、今まで会長が机に向かって真面目に仕事に取り組んでるのを見たことがあったか?

・・・。

・・・・・・。

――見上げた空では、会長がいつもの爽やかな笑顔で、グッと親指を立てていた。

「ほらっ、いつまでそんな顔してるのよ。胸を張りなさい!」

若干鬱になりかけた俺の背中を、副会長がパシッと軽くはたく。

彼女のその言葉は、まるで魔法のようだ。

はたかれたその背筋だけでなく、気持ちまで真っ直ぐ伸びてしまう。

そして嬉しく思うのだ。そうして人に元気を与えられる副会長と共に、仕事をしているという今を。







「ちわす」

放課後。朝の宣言通り、監督生室のドアをくぐる。

「おや、支倉君。瑛里華は一緒じゃないのかい?」

まず目に付いたのは、備え付けのアンティークな椅子に腰を下ろして、優雅にワイングラスを傾けている会長だった。

その容姿も相まって、非常に様になってはいるのだが・・・そんなに堂々と血を飲んでいいのかと問いたくなる。

まあ普通の生徒が突然来ても、ワイングラスに入っているその赤い液体はワインにしか見えないんだろうけど。

「ええ、来るときには見かけませんでしたけど」

「白、支倉にお茶を」

「はい、兄様」

そしてノートパソコンから目を逸らさず手を動かし続けている東儀先輩の指示に、パタパタと給湯室へ走っていく白ちゃん。

どちらも、この一か月で既に見慣れた光景と言えた。

「ふ〜〜」

「支倉先輩、どうぞ」

「ありがとう」

白ちゃんから受け取ったお茶――今日はアイスミルクティーらしい――を飲んで、一息入れる。

外では一月ほど先走った夏の太陽が、容赦なく学院を照らしていた。

教室棟からこの監督生室までは結構距離があるので、俺の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「しっかし最近、一気に暑くなったよねぇ」

「そうですね。例年より気温も高いようですし」

「雪丸も、最近は日陰から出ようとしないんですよ」

困ったように呟く白ちゃん。確かに、何となくうさぎって暑さに弱いイメージがあるよな。・・・俺だけかもしれないけど。

「なあ征。学院の全敷地をドーム状にして、クーラーでガンガンに冷やすのにはどれくらいの予算が掛かる?」

「簡単すぎてクイズにもならんな。全敷地どころか、この監督生棟だけですら無理な話だ」

「だよねぇ」

パソコンの画面を注視したまま、バッサリと切り捨てる東儀先輩。会長も承知の上での質問だったようで、軽くため息をついた。

しかし暗い顔も一瞬。すぐに何か名案でも思い付いたかのように、ニカッと顔を輝かせる。

「だったら、何か涼しくなるようなイベントでもしよう」

「何故そうなる」

「いやぁ、だって体育祭が終わった後は、プール開きまで特に生徒会主催のイベントは無いだろ?」

「プール開きって、いつ頃あるんですか?」

「例年通りなら、今年も6月の2週目になるはずだ」

俺の質問に、仕事を終えた様子の東儀先輩が椅子ごと振り返って答えてくれる。

「一月も何もイベントが無いなんて、俺はストレスが溜まって死んでしまう」

「それで少しは大人しくなってくれれば、こちらとしては助かるんだけど?」

と、突然会話に入ってきた新たな声。いつの間にか、遅れてやってきた副会長が呆れたような顔で背後に立っていた。

「我が妹ながら冷たいねぇ。だったら瑛里華は反対なのか?」

「何の話?」

「気にしなくていい。いつも通りの伊織の思いつきだ」

「最近暑くなってきたから、何か涼しくなるようなイベントを。ってことらしい」

話の内容をざっとまとめて、俺が副会長に説明する。

副会長は「うーん」と思案顔になったが、やがて顔を上げると。

「いいんじゃない。ちょっと漠然としすぎてるけど」

「だろ?流石はマイシスター」

「私も賛成です。生徒の皆さんに喜んでいただけるのなら、やって損なことは無いと思いますし」

副会長が来てすぐに給湯室へと消えていた白ちゃんが、おそらく副会長の分であろう飲み物をお盆に乗せて出てくる。

「ありがと、白」

「白ちゃんも賛成っと。・・・支倉君はどうだい?」

「そうですね・・・」

突然矛先を向けられた。

確かに思い付きの発言なのだろうけど、よくよく考えてみると悪くない。天気予報では、この気温のまま夏に突入するだろうとも言ってたし。

――とにかく、動いてみよう。動いてみて、体験してみて、得られるものは決して小さくはないはずだ。

今まで立ち止まっていた分、ここでは走り続けるくらいが丁度いい。

「いいと思いますよ。ただ、企画の内容にも因りますけど」

「何か、具体的な案はあるのか?」

俺の言葉から察してくれたのか、東儀先輩が会長に問いかける。

「ふっ、そんなもの・・・あるわけないだろ?」

「「威張るなっ!!」」

自信満々に、しかも爽やかな笑顔でそんな事をのたまった会長に、俺と副会長のツッコミが綺麗にハモる。

東儀先輩は「やはりか・・・」と呆れとも取れるため息をつき、当の会長は気にしてないといった風に笑っていた。

「HAHAHA。いやね、この件は支倉君に一任しようと思ってね」

「へ?」

急に指名されて、口から思わず間抜けな疑問詞が漏れる。

「どういうこと?兄さん」

「確かに体育祭は見事に成功に導いてくれたが、まだまだ俺たちに比べて支倉君の名前は知れ渡ってない。そこで、今回のイベントさ」

「なるほどね。今まではやっていなかったイベントの企画者ってことで、有名になる」

「もちろん、そのためにはイベントの成功が大前提だ。・・・どうする?」

どうすると問われても、そこまでお膳立てをされて断れという方が不可能だと思うのは俺だけだろうか。

もっとも、元から断る気など無い。

会長の言う様に今の内に経験を積んでおきたいし、何より面白そうだと考えている自分は、段々と生徒会色に染められてきているのだろうか。

「やりましょう。任せてください」

「いい返事だね。補佐には瑛里華を付けよう。瑛里華、頼めるか?」

「ええ、もちろん。そのつもりだったわ」

「ありがとう、副会長」

「いいのよ。私としても、早く支倉くんには生徒会の仕事に慣れてもらいたいし、それに・・・」

「それに?」

「な、なんでもないわ」

俺が副会長の言葉の続きを催促すると、彼女は何故か頬を若干赤らめてそっぽを向いてしまった。

「青春だなぁ、征」

「ほどほどにな」

「お二人とも、仲が良くて羨ましいです」

「な、何言ってんのよっ!」

そして、思いっきり照れていた。




中編へ続く


後書き

FORTUNE ARTERIALのSSを書いてみました〜^^

ってことで、ども。雅輝です。

いやぁ、書こう書こうとは思っていたのですが、なかなか時間が取れずに現在に至る。って感じでして。

学校が春休みに入ったので、もう一度ゲームをプレイし直してようやく執筆。


一応言っておくと、瑛里華のSSになります。

ゲームでいうとまだ初期段階。当然まだまだ彼女との関係は進んでいないので、恋愛的な要素はあまり出せませんでしたが。

だからこそ、出せる要素もあるのではと思って、この場面を選びました。

1話で完結の予定でしたが、大幅に長くなりそうなので前後編に分けました^^;


次回は、孝平の企画が発動します(たぶん)

それでは!



2008.3.10  雅輝