B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
駅前まで来ていた事から、そこからの行動は自然とショッピングに切り替わっていった。だがショッピングと言っても何かを買い求めるわけでも無く、
ただ気の向くままにデパートで洋服・小物を見て回ったり、ちょっと本屋に立ち寄って雑誌や参考書を眺めたりという、ゆったりとした行動。夏休みという
学生たちにとっては自由極まりない期間であっても、謙悟と冴霞が共に行うデートはおよそ学生らしくは無く、しかし最も彼ららしいデートだ。
休日のデートなどと言えば、やれ映画だの遊園地だのといったありきたりかつ王道的なものを連想しがちだが、謙悟も冴霞もそういった『デートらしい』
ものに拘ってはいない。彼らにとっては相手の側にいて、同じ物を見ているというだけで十分にデートとして成立している。わざわざ時間と金をかけて遠出
して人ごみに揉まれるような憂き目に遭う事もなく、互いの手と腕を絡め合うという行為のみで『デート』と呼ぶ十代が世の中にどれだけいるかは疑問だが、
少なくともこのベストカップルと言う以外に形容のしようがない二人は、その数少ない例外の一組なのだろう。
「ちょっと腹減ったな。何か食べようか?」
そう言って謙悟が切り出したのは、午後一時まであと数分という時間だった。朝食は早かったがそれなりの量があった為に今までなんとか空腹を満たして
くれていたが、そろそろ体内のエネルギー備蓄も付きかけている。謙悟は特に体格の良さと筋肉量から燃費が悪く、むしろこの時間までよく保ったといった
方が正しいだろう。
「そうですね。ちょうどお昼時ですし……どこかに食べに行きましょうか? それとも、買い物してから家で作ります?」
ぎゅ、と謙悟の腕にしがみついて冴霞が見上げてくる。その光景に周囲の男性諸君のみならず謙悟にもわずかに向けられていた女性たちの視線が、わずか
ながら嫉妬を帯びるものの、当の二人はそんなものに気づくことさえない。
「買い物は後でしよう。それに、冴霞が連れて来てくれたお返しってわけじゃないけど……一応、俺も冴霞を連れていきたい所があるから。そこで食べよう?」
「ん……それって、謙悟くんの行きつけのお店なんですか?」
冴霞の疑問に、謙悟はゆっくりと頷いて答える。これまで謙悟と外食をする機会は何度かあったが、ありきたりなファミリーレストランや、彼らの友人
である柊木要の実家が経営するレストラン『ひいらぎ』くらいにしか足を運んだ事はない。しかし謙悟がこんな言い方をするからには、今まで一度も冴霞が
行った事のない場所だろうし、また謙悟がおススメする場所でもあるということだ。
「そんなにおススメなら、是非行ってみたいです! 連れて行ってくれますか?」
「ああ。気に入るかどうかは食べてみてからになるけど。ただ、結構量があるメニューもあるから」
「? はい……」
最後の一言はどういう意味だろうかと首を傾げる冴霞。確かに謙悟の食事量からして通常の量では足りないというのは想像に難くないが、だからといって
四人前や五人前を平気で食べられるわけでもないし、そればかり出す店などあるはずがない。そんな事をしていたら固定客しか来店して来なくなる事は目に
見えているし、下手をしなくても倒産してしまうではないか。
期待十割で出発するはずが開始ゼロ秒で不安の種を植え込まれ、微妙な気持ちのまま冴霞は謙悟に連れられて駅前から少し遠ざかっていくのだった。
BGM EXTRA AFTER EPISODE
Lovely Cohabitation
第7話 Enjoy for Special Lunch !!
リストランテ・ファルコ。
知る人ぞ知る本格イタリア料理店であり、その店の常連客からは隠れた名店として支持されているレストランである。また、店主は本場イタリア出身の
日本人でもある正真正銘の本格派で、同時にイタリアサッカーの熱狂的サポーターでもある。それ故にシーズン中やワールドカップ開催中などは、常連や
サッカーファンがこの店に集まり、テレビを前に応援するという光景も見られるという。
謙悟が誘ってくれたこの店の事は冴霞も知らなかった。表通りに面していないという理由もあるが、外食する機会がこれまでの交遊関係上あまり多くは
無かったことも理由の一つである。
「イタリア料理、ですか?」
「ああ。……なんだか意外そうだな?」
ちょっと不機嫌そうな声の謙悟に、冴霞は慌てて両手を振って否定する。
「い、いえいえ。謙悟くんって良く食べる人だから、ラーメン屋さんとか、そういうジャンルを想像してたので……」
「……まあ、ラーメンもよく食べるけどさ。でも――――」
整えて間もない冴霞の髪に触れ、優しく梳いていく大きな手。しかし乱暴さなど微塵もなく、慈しむような柔らかい手つきに、冴霞は心地良さげに目を
細めて身を委ねる。
「ラーメン屋の油ぎった空気と熱に、せっかく綺麗にした髪が汚されるのはイヤだったんだよ」
「…………ありがとう、ございます」
どちらも微妙に頬を朱に染めて寄り添い合う。いくら人通りがないとはいえ、公道でこんな風に接するなど最早二人とも完全に、お互いの事しか見えて
いない末期症状である。もっとも、他人に迷惑をかけている訳ではないので誰に咎められる行為でも無い――――ただ一ヵ所を除いては。
「…………あー、そこのバカップル。店に入るんならさっさと入って頂きたいんだが?」
「!?」
「あっ……どうも、大高さん」
驚いた二人が店の方を見ると、謙悟と同じくらいの身長ではあるが恰幅の良い中年男性が、生温かい目で二人を見ていた。謙悟はその男性に会釈をし、
冴霞も同じく頭を下げる。男性は溜め息交じりに笑みを浮かべて、店のドアを開けた。
「ようこそ、リストランテ・ファルコへ。歓迎するよ、新崎くんとその素敵な彼女さん」
店内の冷気が熱い炎天の下に流れ出す。ゆるく灯された明かりと店主の導きに従うように、謙悟と冴霞は店の中に入る。
「この店、メニューによって量が選べるんだ。だから、冴霞は一番小さいサイズでも良いかもしれない」
広げたメニューにはイタリア語で『Piccolo, Mezzo, Grande』と書かれている。それぞれが『小、中、大』の意味であり、通常のサイズである『Mezzo』
でも約二人前程度の量で、謙悟も調子の良い時は『Grande』を平らげる事も出来るという。
「そうですね。注文しておいて食べられないのも失礼ですから……スパゲッティ・カルボナーラのPiccoloと、シチリアサラダ。あとは……二人でピザでも
食べましょう。ピッツァ・マルゲリータのMezzoを一つ」
「そうだな。じゃあ俺は……生ハムのイタリアンサラダと、フェットチーネのボロネーゼをMezzoで。あと、食後にジェラートのバニラと、イチゴを一つ
ずつ。それで一応、終わり」
「はいよ、と……じゃあしばらく待っててくれ。今はカミさんが赤ん坊あやしてる上に、他の連中は買い出し、バイトも夕方からだから俺しかいないからな。
時間掛かって悪いが、我慢してくれ」
伝票にサラサラとペンを走らせる店主こと大高鉄人(てつひと)はそう言って厨房へと消えていく。その後ろ姿を見送って、冴霞はがたがたっと椅子を
テーブルに近づけて謙悟に質問をする。
「どうしてこのお店って、Falcoって名前なんですか? 大高さんはイタリア出身だそうですけど、どこからどう見ても日本人じゃないですか」
「確か、イタリア系日本人の母親と日本人の父親だとか言ってたな。それで、イタリア生まれのイタリア育ち。日本語とイタリア語どっちも話せて、ここの
伝票も全部イタリア語で書いてるんだってさ。ただ、それだと店の客が分からないからメニューは日本語で書いてるらしい。あとFalcoっていうのは……
大高の『高』を文字って付けたんだって」
高=たか=鷹(Falco)、ということだろう。そういう発想は日本人的だなぁと思いながら、冴霞はサービスで入れてもらったアイスティーのストローを
くるくると回す。
「…………静かなお店。結構席はあるのに、私たち以外にはお客さんが一人もいない。失礼ですけど、いつもこうなんですか?」
「いつもはもっと多いんだけどな。特に、夕方から夜が一番多い。あと、今は大高さんの子どもが生まれて、それで営業時間がちょっと不規則に変わってる
のもお客さんが少ない理由、かな。すぐ隣が大高さんの家だから」
常連らしく、謙悟もこの店の裏事情にはそれなりに詳しい。頻繁ではないがこの店に通うようになって早五年、その頃に結婚した大高夫人は今年の春に
双子の女の子を出産し、今はその世話に追われているという。他の常連客もその事は承知しており、馴染みの客は来店時は一度連絡して、予約を取ってから
来るという暗黙のルールがいつの間にか定まっていた。
「良い人たちなんですね。謙悟くんみたいに、このお店の事が本当に好きな人たちばかりで……大高さんもきっと幸せですよ」
「あの遠慮のない接客態度が癪に障るっていう人も少なくないと思うけどな。まあ、外国育ちで日本人とは違うところも多いから」
同じく紅茶のストローをくるくると指で回しながら苦笑する謙悟。恐らく謙悟自身が言うように、最初は謙悟も大高店主の態度が気に入らなかった人間の
一人なのだろう。だがそれを克服させるだけの料理と、それを作る大高店主の手腕に惚れたのだと冴霞は思いながら、優しく微笑んだ。
「私も、ここの常連にさせてもらっても良いですか?」
「ああ。でもまずは、味の方に満足してもらってからかな」
汗をかき始めた紅茶のグラスをそれぞれに持ち上げて、二人のお気に入りの一つになる店での乾杯を交わす。グラス同士が奏でる小気味良い音は清涼感を
演じ、謙悟も冴霞も満足げな笑みを浮かべた。
一時間半という長い昼食を終えて、二人はようやく帰路に着いていた。途中買い出しに行っていたスタッフが戻ってきた事で作業速度は向上したものの、
いかんせん冴霞が頼んだマルゲリータのサイズが、大高店主のサービスによりGrandeサイズで出されたのが大変だった。
結局テイクアウトを許してもらって持ち帰る事にしたのだが、謙悟だけではなく冴霞もお腹イッパイである。帰りはとても歩く気にはなれず、駅前から
バスを使って自宅近くのバス停まで辿り着き、短い距離をじりじりと太陽の光に焼かれながらもダラダラと歩いていた。
「酷い目に遭った……しかも、まだ一人前は残ってるし……家にはカレーもあるのに……」
「駄目ですよぉ、大高さんは……サービスして、くれたんですから……」
腕を組んで歩いてはいるものの、駅前でデートしていた時とは勝手が違う。寄り添うように歩かなければ自分一人の足で満足に歩けないほど消耗している
二人は、口を開くのも正直億劫だった。一秒でも早く家に帰りつき、ベッドでなくてもいいから横になりたい気分である。
「つ、着いた……鍵、開けるから、ちょ、待って……」
「は、はい…………」
組んでいた腕を離し、謙悟が自宅の玄関を開ける。エアコンが付いていない夏特有の蒸し暑さに顔をしかめる事もせずに家の中に滑り込むと、すぐさま
謙悟は鍵をかけて廊下に身体を投げ出して倒れこむ。そして冴霞も、糸が切れた人形のように靴も脱がないまま倒れ――――謙悟がぎゅっと抱き止める。
「こら、危ないだろ……」
「ごめんなさぁい……でも、もう疲れちゃって……お腹も苦しいです」
ごろごろとだらしなく廊下に寝転がる。謙悟の腕枕に頭を乗せた冴霞は片手を謙悟の首に絡ませて、顔の位置を息がかかるくらい近くにまで持っていく。
「ちゃんと廊下の掃除、しておいて良かった……綺麗にした髪が、汚れるところだったし」
「もぉ、さっきから髪の事ばっかり気にしてる……その持ち主の事も、心配して下さいっ」
ぷぅっとほっぺたを膨らませての抗議。その可愛らしい苦情をなだめるように、謙悟はそっと冴霞の頬に口づける。
「心配してるに決まってるだろ。どこか苦しいとかあるんだったらちゃんとベッドまで運ぶし、着替えだって手伝いますよ? お早うからお休みまで、俺の
冴霞へのサービスは至れり尽くせりですから」
「…………なんだか、ヘンな意味にも取れる言い回しですね……」
そう言いつつも、冴霞の不機嫌顔はあっという間に解消してしまっている。謙悟は空いている左手で冴霞の前髪を少し梳いて、やんわりと長いまつ毛に
触れる。冴霞はそれをくすぐったそうに身を縮ませながらも、謙悟から離れる事だけはしない。
「このまま、ここで寝るっていうのは良くないよな……よし、冴霞。悪いけど座ってくれるか?」
「あ、はい。……もしかして、いつものですか?」
もうすっかり慣れ親しんだ体勢の準備に、謙悟もただ頷くだけで肯定する。背の高い冴霞をさらに背が高く、また有り余る力を持つ謙悟だからこそ可能に
するいつもの抱き方。
「それじゃ、天蓋付きじゃないけど。お姫様をベッドまでお送りさせて頂きます。よろしいですか?」
「ええ。ではさらに、姫としてお願いがあります…………私と一緒に、寝てくれますか?」
姫の申し出に答える従者のように頷く謙悟。だが、謙悟は冴霞の従者ではない。
主従ではなく対等であり、忠誠ではなく相愛の関係。切り離される事のない恋人同士であり、互いの間に確たる絆も存在する。
遅くなるであろう夕食までの短い時間。疲れた身体と満腹感を癒す為に、広いベッドまでの短い道のりを踏みしめて。
必要のない衣服を脱ぎ、謙悟はタンクトップとジャージに着替え、また冴霞もミニスカートとノースリーブの姿に着替える。どちらも出掛けようと思えば
出掛けられる格好であり、同時に部屋着としても違和感のないものでもある。
「…………おやすみ、っていうのも、何だかもったいないですね」
「そうだな。だったら寝られなくてもいいから……横になろう?」
新しいシーツを敷いたベッドの上に横になり、互いの身体に一枚だけのタオルケットをかける。そしてどちらからともなく距離を詰め、冴霞の手が謙悟の
シャツを。そして謙悟の指がスカートに触れる。
「……シャツをめくらないで下さい、冴霞さん」
「そ、そういう謙悟くんだって……スカート、掴んでますよ?」
じっと見つめ合い数秒。真面目な視線を交わし合って、何を思ったのかぷっと吹き出してしまう二人。声を殺して笑い合い、再び見つめ合ったかと思うと。
「今日のところは?」
「これだけで、ね♪」
ちゅ、と口づけを交わす。求めるほど深くもなく、しかし遠慮するほど浅くもない適度な確かめ合い。情欲に溺れる事もしない絶妙な深度は、想い合う
距離が近いからこそ測れる密接(つながり)。
エアコンを稼働させ、部屋の温度が夏の暑さから涼やかなものに変わり始める頃。
指を絡ませ合い、一つの枕を共有する二人はいつの間にか、穏やかな眠りの中へと落ちていた――――。
あとがき:
お昼ご飯はちょっと遅い時間、しかし豪華(?)にイタリアン。値段も実はそれ相応に高いのですが、それを言うほど
野暮ではありません。謙悟だって男の子ですから、好きな子の前で格好くらいつけたいのです。さておき、二日目も
半ばを過ぎました。残す時間はあと丸二日くらい、二人のらぶ度は最早深刻なレベル。もう夫婦っていうレヴェルすら
超えているような気がしてなりません。作中でも言ってしまいましたが、まさにベストカップルですねぇ(遠い目)
管理人の感想
BGMのLC、第7話でした!
いやー、いーですねー。ほのぼのとした相思相愛の二人。もう本当に夫婦レベルですね。
イタリアンかぁ、しばらく食べていないなぁと思いつつ。冷凍食品のカルボナーラで満足してしまう管理人です(笑)
それはともかく。二日目でこのレベルですから、最終日には・・・あれか、受精か?(ぉぃ
まあ謙悟に限って、そんなことにはならないと思いますが。鉄の精神と強い責任感を含めて。