B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
「ゃん、……くすぐったいですよぉ……それくらい自分でしますから」
「いいから。ほら、こっち向いて」
濡らしてきたフェイスタオルを使って、優しく肌を擦る。いや、それは擦るというほどに力を込めたものではなく、むしろ撫でると言った方が分かり易い
くらいに弱く、そして丁寧さと愛情の込められた行為だった。
「…………よし、綺麗になった。もうべとべとしないだろ?」
「ええ。ありがとうございます、謙悟くん♪ じゃあ、今度は私が拭いてあげますね?」
サッとタオルを奪い取ると、今度は冴霞の手が謙悟の肌に触れる。無精髭も生えていない口元と、そのまわり。そしてさらに下の首元までを、謙悟がして
くれたように撫でさすっていく。
ソフトクリームを使ったキスの嵐は、二人の顔をクリームと唾液まみれするという結果をもたらした。これを拭う方法として、お互いの口でまた舐め取る
という手段を一番に挙げたのは冴霞だったが、その直後に結局同じ状態にしかならないと気がつき、謙悟が一度一階の風呂場に下りて濡れタオルを作成し、
戻ってきたというのがほんの二、三分前の事だ。そのまま手に持った濡れタオルで謙悟はベッドの上に大人しくお座りしている冴霞の上着を脱がすと、首の
下からタオルで拭いて、そして今は冴霞がそれをお返しとして実行している。
「こっちもお終いです。まだどこかベタついたりします?」
ちょんちょん、と冴霞の手が握ったままの濡れタオルで謙悟の口唇をつつく。先程まで求め合った名残りを全て拭い去ってしまったのを少々残念に思って
のイタズラ。それを察したのか謙悟はタオルごと冴霞の手を掴んで、少々乱暴に彼女を抱き寄せた。
「わっ……謙悟くん……危ないですよぉ」
「危ない事なんかないよ、ちゃんと俺が受け止めてるんだから。……ちょっとだけ、こうしてていいか?」
「え? ……うん。謙悟くんがしたいなら」
正面からゆったりと抱き合い、そのまま謙悟の胸に身体を預ける。握っていた手は邪魔をしている濡れタオルを追い出して、指を絡め合う恋人つなぎに。
「……高平くんのお家でも、こうやって寝てましたね。二人一緒で、タオルケットに包まって」
「ああ、あれは……朝起きたらすぐそこに冴霞の頭があったから、凄くびっくりしたよ。それでも、冴霞起きないんだもんな。おまけに俺の服まで着て……」
朝の事を思い出して苦笑する。六人それぞれが恋人同士二人きりで過ごした夜、一番大胆なことをしていたのは一番付き合いの時間が短いはずの謙悟と
冴霞だった。他の面子も一緒に寝てはいたが、それはせいぜいベッドに寝るという程度であり、同じ布団を使ってシャツまで着るなどという、まるで事後の
ような光景まで演出したのはただ一組だけだ。
「だって、昨日は何だかんだで、あんまり二人きりにはなれなかったから……側にいたかったし、少しでも謙悟くんを感じたかったから……」
ぎゅっと手を握り、冴霞が顔を上げる。そのままちゅっと謙悟の少し濡れた口唇に触れるだけのキスをして、可愛らしい笑みを浮かべた。
「それが叶って今はすごく嬉しいです。本音を言えば、夏休み中ずっと一緒にいたいくらい……」
決して叶わない希望。それを口にする冴霞の笑顔は儚げで、その悲しみを少しでも和らげるように謙悟は冴霞からもらったキスをお返しして、こつんと
額をくっつけた。
「先の事ばっかり考えて不安になるなよ。明日が辛いんだったら今を楽しんで、楽しい思い出で辛い事を忘れればいいんだ。それに冴霞だって言ってただろ?
思い出は、これからたくさん作っていけばいいって」
それは昨日、陽乃海スポーツセンターで謙悟が冴霞に言われた事だ。二人で築いた思い出の少なさを悔いていた謙悟を励ました、冴霞の言葉。たった一日
しか経っていないというのに、今ここにいる多幸感と三日後に来る別れに捕らわれて、冴霞は肝心な事を忘れていた。
「……そう、でしたね。私から言った事なのにもう忘れて、それで悲しんでるなんて……ごめんなさい……」
「謝るような事じゃない。それに、冴霞が困ってたり悲しんでる時に助けられるのは、凄く嬉しいんだから……もっと頼って欲しい」
その願いに対して冴霞はただ頷き、今謙悟の手と繋がっている左手の小指を見つめる。
頼りにして欲しいと謙悟は言うが、冴霞はずっと前から謙悟を――――いや、正確には謙悟によってもたらされたおまじないを頼りにしてきた。それが
あったからこそここまで成長し、そして再び謙悟に巡り合う事が出来た。
ずっと頼りにしている。これまでも、そしてこれからもその気持ちだけは永遠に変わる事がないと、冴霞は自信と誇りを持って言う事が出来る。
BGM EXTRA AFTER EPISODE
Lovely Cohabitation
第2話 Always I call “You”
トントンとリズム良く包丁が野菜を切る音がキッチンに響く。カレーに使うため、人参も玉ねぎも大きめに切られていき、そしてその隣では皮むき包丁の
ナイフを使って謙悟がするするとじゃがいもの皮を剥いている。肉の下ごしらえも済んでおり、あとは順番に鍋に投入して水を加え、カレールウを使って
煮込みながら灰汁取りをしていけば、一時間程度でカレーの完成だ。
一方、炊飯器のスイッチも入っている。銅製厚釜仕様の電気炊飯器でふっくらと炊き上げる米が炊き上がり、また蒸らしの時間を考慮してもやはり一時間
程度を要する。二人分だがおかわりを前提に考えている為、分量は四合と多めになっている。
「謙悟くん、やっぱり手慣れてますね。失礼ですけどピーラーを使うかと思ってました」
「これくらいは一応出来るよ。まあ、やり始めの頃は怪我ばっかりだったけどな」
包丁で何度となく指の皮を裂いた記憶を思い出し、苦笑いする。その間も手は止める事無く、カレー作りは着々と進んでいく。
「それにしても……まさかエプロンまで持ってくるなんて思わなかった」
「無くてもいいんですけどね。やっぱりちゃんとお料理してるっていう気分になりますから」
気合いも入りますし、と言いながら謙悟が剥いたじゃがいもを軽く水洗いし、ぬめりを取ってから包丁で乱切り。その手つきはやはり手慣れたもので、
危なっかしさは全くない。
「それに、こうして二人並んでお料理をするって……ちょっと憧れてたんです。そういうのって――――」
「――――恋人同士っていうより、夫婦みたいだよな」
ボウルの中で泳がせていたトマトを掴み取り、ナイフでストンと二つに切り分けてヘタを取る。カレーに入れる事も出来るし付け合わせのサラダにも使う
事が出来るこの野菜を、謙悟はそのままさくさくと六つに切って、一欠片を冴霞の口元に運んだ。
「冴霞、ほい」
「あ〜…………んっ」
ぱくっと一口で食べきる。皮は固くなく、また酸味とともにほのかな甘みがあり、瑞々しい果肉が口の中でじんわりと広がっていく。
「美味しい……。謙悟く……旦那様もお一つどうぞ?」
いきなりの呼び名変更に、謙悟は思わずナイフを取り落としそうになった。
「なっ、何だ、いきなり!?」
「謙悟くんが言ったんじゃないですか、夫婦みたいだって。だったらそれに合わせた呼び方をしてみても良いでしょう? それとも、ご主人様がいいですか?」
「それだと主従関係になるぞ……っていうか、俺はそういう呼び方も呼ばれ方も、あんまり好きじゃないんだよ」
謙悟の発言に冴霞は「?」と首を傾げる。世の男性は『旦那様』とか『ご主人様』といった、いわゆる『自分を立てる呼び方』を喜ぶ物だと思っていた
だけに、謙悟はその例外なのだろうかと考えていた。だが。
「俺は、相手の事をちゃんと名前で呼びたいし、呼んでもらいたい。……お前とか、アンタとか、そういう突き放したような言い方は嫌いなんだ。だから
……俺は、冴霞が何と呼ぼうと、いくつになっても『冴霞』って呼ぶ」
いつの間にかナイフをまな板の上に載せて、その代わりにトマトをまた一欠片つまむ。そしてそれをくいっと冴霞の口に三分の一ほど咥えさせて。
「冗談だっていうのは分かってるけど……これは知っておいて欲しいんだ。頑固な男でゴメンな」
「ふぁい……っ、分かりました。ごめんなさい、謙悟くん」
もぐもぐとトマトを完食し、謙悟を見上げる。しかしその視線に不満の色は一つもない。
再会した時からそうだったはずだ。謙悟はずっと冴霞の事を『会長』ではなく『先輩』と呼んでくれた。他の誰もがしない呼び方で自分を見てくれて、
けれども付き合っているわけではないが為に『冴霞』とは呼ばれなかった時期の話だが、その頃から謙悟は変わらず冴霞の事をただ一人の女の子として見て
くれている。そして今は、誰よりも愛しい恋人として。
「じゃあ、いくつになっても……私がおばあちゃんになっても、私はずっと『謙悟くん』って呼びますね」
ぴっ、と左手の小指を立たせる。子どもがする約束の証明、指きり。謙悟は優しく笑いながら、冴霞の細く綺麗な指に同じく小指を絡ませる。
「嘘ついたら…………何にしようか?」
「精一杯手加減した平手一発。それでチャラにしましょう♪」
ちょっぴりバイオレンスな要求だが、それくらい加減しなければ謙悟の平手は普通に翌日病院行きという凶悪なダメージだ。もっとも、謙悟が冴霞に手を
挙げるという仮定自体が無意味だという話ではあるが。
「了解。指切ったっ」
と、約束の儀式を終える言葉を言う。だが繋いだままの小指はどちらも離す事はなく。
「…………んっ」
「ん…………ちゅっ」
指切りよりも確実な、恋人同士の約束方法で誓いを確かめた。
夕食が完成するまでまだ間がある時間。謙悟は庭に出て、倉庫の横にカバーを掛けていた自転車を出して来た。
最近は全く乗らなくなったが、中学卒業時に父方の祖父から買ってもらったブリヂストン社製のクロスバイク。自転車通学が出来るようにという親切心で
もらった高級自転車(定価四万円)だが、生憎な事に陽ヶ崎高校は自転車通学禁止という厳しい校則があり、またロードワークの際も自転車など使う
はずもないので、文字通り倉庫の隅で封印されていたものだ。
「それが謙悟くんの自転車ですか? 格好良いですね」
「一応メンテナンスはしてたんだけどな。タイヤの空気も抜けかけてるし、チェーンも梅雨のせいで少し錆が出来てるから、すぐ掃除するよ。でもその前に
ちょっと跨ってみてもらえるか? サドルの高さも変えるから」
「はいっ」
エプロンを脱いで、ボストンバッグの中に仕舞っていたスニーカーを引っ掛けてから冴霞が自転車に跨る。股下高八十九センチという並大抵のモデルも
真っ青な足の長さは謙悟とほとんど変わらない。身長に比して考えるのならば謙悟よりも長いくらいだ。
「ほとんど調整要らないですね。このまま乗れそう」
「…………なんか、ちょっと複雑だ」
と言いながら倉庫から空気入れを持ち出し、手早くセットする。前輪も後輪も柔らかさを感じる程度に空気抜けしており、錆の方も含めると少々時間が
掛かりそうだった。
ちなみに何故自転車を引っ張り出して来たのかと言われれば、それにはちゃんと理由がある。
「本当にロードワーク付いてくるんだな? 朝、結構早く起きるんだけど」
「はい。私も以前は十キロくらいなら走ってましたし。それに早起きは割と出来る方ですよ?」
「寝坊してる所しか見た事無い気がするんだけどな……」
ひょいっと自転車から降りて、家の中と繋がっている縁側に腰を下ろす冴霞。実際謙悟が見ている範囲では早起きしている場面は一度もなく、どちらかと
言えば謙悟が起こす側だった。とはいえいずれも就寝時間が午前二時や三時という深夜時間帯であるために、日常的に午前五時の起床をしている謙悟の方が
どうしても早く目を覚ますというのは、仕方のない事だろう。
「だ、大丈夫ですよっ! それにもし起きなくても、謙悟くんがちゃんと起こしてくれますよね?」
「もちろんそのつもりだけど、出来るだけ目覚ましで起きて欲しいかな。あと、朝はちょっと寒いから出来れば上着くらいはあった方がいいんだけど……
ジャージは持って来てないよな?」
さすがにそこまでの準備はなく、冴霞が用意してきたものは通気性の良いシャツとスパッツくらいだ。そもそも今回、謙悟のロードワークに参加する
というのは完全に思い付きで、それで満足な準備などあるはずがない。
「ごめんなさい、ジャージまでは持って来てないです……」
「ああ、いいよ。だったら俺のジャージを貸すから。あと横にドリンクホルダーがあるから、それに何かジュースでも用意しといて」
言いながら後輪の空気入れを終わらせ、今度は前輪に移動する。久し振りの作業ではあるが過去にも何度か同じ事はやっているので、手間取る事はない。
太陽はもう西の方角に沈み始め、今は見事な夕焼け空。そんな景色の中で謙悟が庭で作業をし、冴霞は邪魔にならないように縁側で冷たいお茶の用意を
している。普通の恋人同士よりも静かに、それでいてゆったりとした過ごし方。
「謙悟くんも言ってましたけど……まるで夫婦みたいですね」
「? ああ……そうだな。でもこういう風な雰囲気で過ごせるのが一番楽だよ。何かをしなくちゃいけないわけじゃないし」
「ええ。お互いに肩肘張らないで、自然なままに過ごせる。当たり前の事ですけど、だからこそ意味があると思います」
熱情の赴くままに求め合いながらも、しっかりとした信頼関係。どちらもが精神的に成熟している二人だからこそ成し得る関係。本人たちが感じている
通りに、それは正しく夫婦のようなものなのだろう。
錆取りを終えて作業用にはめていた軍手を取ると、冴霞が準備の良い事に絞ったタオルを渡してくれる。謙悟はそれを受け取ると、感謝の意味を込めて
優しく微笑んだ。
「ありがとう。カレーの方は平気?」
「ええ、弱火でじっくり煮込んでますから。ご飯が炊き上がるまでまだ時間もありますし……このままここで涼んじゃいましょう」
隣に腰を下ろす謙悟に、氷をたっぷり入れた麦茶を手渡す。それを一気飲みで飲み干すと、謙悟はそのまま室内――――リビングに横になり、部屋の中に
漂っている食欲を誘うカレーの匂いを吸い込んだ。
「カレーを食べるのがこんなに待ち遠しいなんて、小さな子どもみたいだ」
「ご期待に添える味だと思いますよ。だって……私と謙悟くんが作ったものですから。隠し味が隠し味になりきれないくらい入ってますし」
昔から良く言われる文句だが、その言葉に今ははっきりと同意できる。同じように隣に寝転んでいる冴霞と二人で作った料理ならば、むしろそれこそが
メインと言っても過言ではない。仰向けの姿勢から横倒しの態勢になり、同じように横向きになっている冴霞と向かい合う謙悟。
「料理は愛情、って事ですね。冴霞さん?」
「はい。それだけでおかわり三杯は余裕ですよ、謙悟さん?」
その可愛い笑顔だけでお腹いっぱいになりそうだとは言えないものの、一番美味しいメインディッシュだけは逃さないように。
寝そべったままの態勢で謙悟は、冴霞のほのかに濡れたぷるぷるの口唇をしっかりと味わった。
あとがき:
前回の続きから始まり、二人でお料理。相変わらずのらぶらぶオーラ全開っぷりですが、今回は特にただの「恋人」以上に
押し進んだ関係を強調しています。特にこの二人、もういつそうなっても構わないくらいに覚悟できてますからね。彼女の親にも
認められているし、お互いの事を分かり合おうと努力を惜しんでいない。そして片時も離れたくない事の現れの一端として、
謙悟のロードワークにも付き合うという冴霞。愛してますし、愛されてます。ただ、それはもうちょっと先の話。
管理人の感想
うわぁぁぁ・・・何だこの家。局所的に38度を超えてやがる(笑)
というわけで管理人です。謙悟と冴霞のラブラブ具合に、嫉妬全開の管理人です。べ、べつに羨ましくなんかないんだからねっ!(///)
それはさておき。・・・あー、もう結婚しちゃえよこいつら(爆)
1話は若い恋人同士って感じの話でしたが、今話は磨き抜かれた熟年カップル。愛し合っていることに、疑う余地すらない。
まさに理想的な関係ですよね。
さてさて、次回もとても甘々な予感。楽しみにしてましょー!