B&G MEMORIAL of SUMMER

BOYS and GIRLS in Long Vacation

 

 

 

「…………はぁ」

 謙悟はもう数えるのも面倒になった溜め息をついて、ごろんとベッドの上で寝返りを打った。ロードワークをするのは明日に回すとして、日課の筋トレは

もうとっくに終わらせている。腕立て、腹筋、背筋、スクワット、そしてストレッチ。どれも基本的なトレーニングだが、毎日二百回を欠かしたことはない。

 それが終われば、もうすることは限られている。夏休みの課題は消化したが日々の自主学習で苦手分野の数学を強化し、毎日に必要なだけの分量を終え、

その後は家事をこなす。謙悟以外は誰もいない新崎家だが、自室以外もまめに掃除しなければ汚れは徐々に蓄積されていく。家中を掃除し、庭の草むしり、

麻那が置いていった朝顔の観察日記もデジカメで撮影して簡単にチェックし、分かりやすい文章を添えてやる。

 それさえも終わったなら、最後に洗濯が待っている。といっても掃除と並行して洗濯機が稼働しているので、乾燥し終えた衣類やタオルを仕舞うだけで

洗濯にかかる時間は終わる。都合三時間半、ここまで済んでようやく暇になるのだが……暇になればなったで、考える事は一つしかない。

「…………」

 またも寝返りを打ち、充電が終わった携帯電話を充電台から外す。着信もメールもない、誰とも繋がっていない通信機器。かければすぐにでも出てくれる

相手はいるが、きっと今は両親からお叱りを受けているだろう。その責任の一端が自分にあるという事は、謙悟も重々承知している。電話をしたい気持ちは

あるが、自分が横から入る事で彼女の立場をこれ以上悪化させたくない、というのが謙悟に出来るせめてもの気づかいだった。

「五時、か……」

 まだ日は高いとはいえもうすぐ夕食時だ。食材も少ないが今からスーパーに買いに行ったところで、目ぼしい物はとっくに売り切れてしまっているだろう。

自炊するのはそれほど嫌いではないが、一人分を作る手間と洗い物の事を考えると、食事よりも数段面倒になってしまう。

 部屋を出て階段を降り、ダイニングの収納棚に収まっている出前用のメニューを引き出す。寿司、ピザ、ファミレスのデリバリー、丼物。どれもこれも

彩り豊かな写真で飾られ、味の方も保証つきではあるが、要や冴霞が作った物と比較すれば雲泥の差だ。その気になれば要の家が経営する『ひいらぎ』で

夕食を取る事も出来るが距離もあるし、仮に継がいた場合は指を差されて大爆笑されるかもしれない。

「…………丼、かな。ソバもつけよう」

 夕べも継の家でご馳走になった夕食は料理上手な総志、要、冴霞の三人による豪華な和洋折衷だった。あれと比較するべくもない代物だが、こちらは注文

して食べさせてもらう側だ。文句を言っては罰が当たる。といってもまだオーダーの電話を入れるには少々早い時間であり、謙悟はメニューをテーブルの上

に置くと、喉を潤そうとキッチンの冷蔵庫に向かう。

 

『ピンポォーン♪』

 

 するとそれを中断させるように玄関のチャイムが鳴り響いた。新崎家のチャイムはドアホンになっているので、応対しようとリビング横の受話器に向かう。

しかし今度はそれさえも邪魔をするように携帯電話が鳴り響く。マナーモードを解いていた為、その相手はディスプレイを見るまでもなく音楽で分かる。

「冴霞? ……はい、もしもし?」

 通話ボタンを押し、会話を始める。音質はそれなりに良い機種だが、耳元からは冴霞の少し荒い息遣いが聞こえてきた。

『もしもし、謙悟くん? 今、家に居ますか?』

「ああ、居るけど……悪い、今お客さんがチャイム鳴らしてるんだ。こっちから掛け直していいか?」

『あ、えっと……ごめんなさい、それ私です。ちょっと玄関開けて欲しくて……荷物が重いから……』

「荷物? っていうか、お母さんたちとちゃんと話、出来たのか……?」

 そう言いながら玄関に向かい、鍵を開けてドアを押す。するとそこには大きなボストンバックを地面に置いて、しっとりと汗を滲ませた冴霞が携帯電話を

耳に当てた態勢で待っていた。

「謙悟くん、こんにちはっ」

「う、うん。こんにちは……なに、その荷物?」

 ピッと電源ボタンを押して通話を終わらせ、ポケットに携帯を仕舞う謙悟。冴霞も同じく通話を終えると、まるで感極まったように謙悟に飛びついた。

「うわっ!? ちょ、な、どうしたんだ? ……まさか、家出して来たんじゃないだろうな!?」

「家出じゃありません、お泊り! ちゃんと父と母の了解を得ての正式なお泊りです!!」

 お泊り。ご宿泊。二名様ご案内。いやいや、ここは俺の家だし。などといい感じで混乱しながら、謙悟は冴霞を抱き止めつつ足元の荷物を持ち上げ、その

意外過ぎるほどの重量に驚いてしまった。

「え? マジでお泊り? ……本当に?」

「はいっ!! もちろん、謙悟くんが承諾してくれればですけど……」

 真っ直ぐに見つめてくる冴霞の瞳。何度見ても見飽きる事のない紺青色の瞳に答えるように、謙悟はうんと首を縦に振る。

「俺が冴霞と一緒にいるのを、どうして断るなんて思うんだ? お父さんとお母さんがちゃんと許可してくれたんなら、一泊くらい全然構わないよ」

「あー…………いえ、一泊じゃないんです。私達の予定では、少なくとも……三泊の予定で……」

 申し訳ない表情で告げる冴霞。だが謙悟はあまりにも多過ぎるその予定に、くらっと目眩を憶えずにはいられなかった。

 

 

 

BGM EXTRA AFTER EPISODE

Lovely Cohabitation

 

 

  Soft and Sweaty Cream

 

 

「見合い、か……なんだか突拍子もない話で、全然現実感が沸かないな……」

 リビングに荷物を運び、ようやく一息つくと同時に冴霞から事情を聴いた謙悟は素直にそう呟いた。冴霞も「突拍子もない」という部分では同意しながら、

謙悟の肩に寄り添い、両手で持った麦茶をこくこくと飲んでいる。

「やり方としてはかなり乱暴ですけど……つまり、母の狙いは私と謙悟くんの間に既成事実を作ってしまおうっていう事らしいです。それがあればさすがに

相手方も諦めるか、考えを改めざるを得ないそうですから。でもそれを差し引いても、私は誰ともお見合いなんてしません!!」

 真剣に怒り、そして拒絶する冴霞の表情は険しささえ滲ませていた。謙悟もそんな彼女を見て、なだめるようにそっと頭を抱き寄せる。

「そうだな。本人の意思を無視して進める事なんて、ろくなもんじゃない。冴霞の気持ちも分かるし、それをさせようともしなかったお父さんは、やっぱり

冴霞の事を大切に思ってるんだよな……うちは親父と離れて暮らしてるからさ、そういう風に側にいて心配してくれる父親って、ちょっと羨ましいよ」

「……それ、後で父にも伝えておきますね」

 謙悟に抱かれ、ゆっくりと髪を撫でられる心地よい感触に目を閉じる冴霞。謙悟も冴霞の滑らかで気持ちのいい髪を堪能しながら、そっと肩を抱き寄せて

より密着する。

「さすがに三泊ってのは驚いたけど……そういう事情なら泊まるのはOKしなきゃな。部屋の方は――――」

「私は謙悟くんの部屋が良いですっ!!」

 両親の部屋に、と続けようとした謙悟の言葉を遮っての提案。当然過ぎるその提案に鈍い頭痛を感じながら、謙悟は冴霞との距離を少し開けて、身体ごと

彼女の方に向き直る。

「……あのな。三泊もするってことはその間、俺はお父さんとお母さんから冴霞を預けられるって事なんだから。同じ部屋で寝泊まりしたら……その……

俺の身体が持たないんだよ。……分かってくれますか?」

「どうして丁寧語になるのかは分かりませんけど、そんなの何の問題もないでしょう? だって、その…………わ、私と謙悟くんは、恋人同士なんですよ? 

そういう事を我慢されると、逆に私の方が傷つくんです。……私ってそんなに、魅力ないですか……?」

「み、魅力的過ぎるから困ってるんだよっ! それに、一度したら歯止めが利かなくなるってのは……冴霞だって、知ってるだろ?」

 恥ずかしそうに告げる謙悟の言葉に、冴霞も『初めて』の夜の事を思い出して頬を朱に染める。あの時は結局、半ば気絶するように眠りについたのだった。

 謙悟の体力が人並み外れているのは周知の事実だが、冴霞もまた一般人よりは体力がある。そのおかげでお互い『初めて』だったというのに三回も致して

しまったというのは記憶に新しい。これだけ愛し合っている二人なのだからそれが正しいと言えばそうなのかもしれないが、何事にも限度と節度がある。

「な? 分かってくれよ……俺だって、冴霞が家に泊まってくれるのは凄く嬉しいけど、だからってやりたい事やってたら駄目になるだろ? 俺はそれを

心配してるんだから……」

「むぅ〜…………」

 拗ねたように頬をぷぅっと膨らませる冴霞。普段は大人びた表情を振りまいている彼女が魅せる幼い一面。そのギャップに謙悟の理性ががくんと傾くが、

しかし完全には折れてしまわないように、ぐっと奥歯を噛み締めて堪える。

「そ、そんな顔しても、ダメなものはダメ。冴霞は別の部屋で――――」

「やだ。謙悟くんと一緒がいいです。それがダメならここで寝ます」

 そう言ってごろんとソファーに横になる。それでも枕に謙悟の膝を使うというところは抜け目がない。だが謙悟はそんな冴霞の可愛い抗議に対してどこか

意地の悪い声で。

「いいのか? 冴霞がここに寝てる間に、俺が冴霞の事を他の部屋まで運ぶっていう事も出来るんだけど?」

「あ゛…………て、抵抗するもんっ」

「寝てるのにどうやって? それに夏場でも夜はちょっとは冷えるから、三泊の予定が全部風邪で寝込むかもしれないんだぞ? 冴霞はそれでもいいんだ?」

「あうぅ…………もぉ、何でそんな意地悪ばっかり言うの? 私は謙悟くんと、一緒に寝たいだけなのに……」

 仰向けになり、冴霞が謙悟の事を見上げる。てっきり意地悪をするような顔をしていると思っていた謙悟の表情は、とても優しいものだった。

「一緒に寝たいのは、俺だってそうだ。ていうか、今日は帰ってからずっと冴霞の事ばっかり考えてた。だから……今みたいに冴霞が側にいて、その上隣で

寝てたりすると、きっと俺自身が我慢できなくなると思ったんだ。それで冴霞を傷つけたくないから」

 慈しむような手つきで、髪を撫でてくれる謙悟。その手に自分の手を重ね、指同士を互いに絡ませ合う冴霞。

「傷つくなんて……あり得ないですよ。だって、謙悟くんがくれるものは私にとって、全部が嬉しいものばかりなんですから」

「さっきの意地悪も、嬉しい?」

「あれは……あれだけは、嫌いですっ」

 小さな子どものように冴霞がぷいっと顔を逸らしながら起き上がる。そしてそれを謝罪するように、謙悟はそっと冴霞の頬に口づけた。

 

 

 

 結局冴霞の強情さと謙悟自身の本音に従って、冴霞の寝室は謙悟の部屋になった。もちろん、謙悟が寝るのもこの自室だ。一人部屋としてはやや広めの

八畳の空間に、その三分の一近くを占有するクイーンサイズのベッド。部屋の中央にはテーブルが置かれており、謙悟はクローゼットの中からクッションを

もう一つ取り出してテーブルの横に添えると、その横にドサッと冴霞が持ってきたボストンバッグを置いた。

「意外と重かったな……何が入ってるんだ?」

「シャンプーとリンス、コンディショナーと保水用の霧吹き。あとは洗顔クリームと、お化粧道具と、三泊分の着替えですね。寝る時用のパジャマも入って

ますし、謙悟くんと遊べるようにゲームも何本か持ってきました。それに……夕飯の材料をちょっと。カレーが作れる定番、野菜とお肉とカレールウくらい

です。おかげでちょっと重くて、仕方がないからタクシー使っちゃいました」

 ああ、通りで重いわけだと納得しながら、謙悟は冷蔵庫の冷凍室からソフトクリームを取り出し冴霞に渡す。ちなみに白色の外見からも分かる通り、味は

バニラである。

「ちょっと下で涼んだけど、外はまだ暑かっただろ? 食べていいよ」

「ありがとうございますっ。謙悟くんは食べないんですか?」

 ぱかっとプラスチックの蓋を開けて問いかける。

「いや、それが最後だから。また後でコンビニ行って、買ってくる」

「そんな、最後の一つだなんて…………じゃあ、一緒に食べましょう? 私だけが全部食べるなんて、謙悟くんに悪いです」

 ベッドの上に足を崩して座り、ソフトクリームを突き出す冴霞。そんな事を気にしなくてもいいのにとは思っている謙悟だが、せっかく冴霞が言い出して

くれたことだ。無碍に断る事も出来ない以上、その申し出を受けようと同じくベッドに座り、差し出されたソフトクリームの外側を一口頂く。

「って、ちょっと溶けかかってるな……柔らかい」

「ソフトクリームですからね。少しくらい柔らかい方が……あむ」

 頂点のツノになっている部分から、パクリと一口。口の端にちょこんと白い跡を残した可愛らしい食べ方。

「冴霞、クリームついてる……ほら」

 くっ、と指でクリームを拭きとり、それをそのまま舐め取る。同時に触れた冴霞の柔らかい肌の感触まで口に含んで、謙悟は優しく微笑む。

「おこちゃまだな、冴霞ちゃん」

「そ、そんなことないですっ! 溶けかかってるんだからこれくらい、誰でもします!! そんなに言うんなら……」

 さらに一口食べると、冴霞はそのまま謙悟との距離を近づけて。

「んっ!? …………ん、む、……ちゅ」

「ぁむ、ん……んぷぁっ……これで、おあいこ……」

 口移しで無理矢理謙悟の口にソフトクリームを食べさせ、同時にお互いの口元にクリームを押し付ける。これで確かに謙悟もクリームを口元に残すという

お子様じみた格好にはなったが、それに至る経緯はとてもお子様とは呼べない方法だ。

「……こんなに美味しいの貰ったら、全然おあいこじゃないだろ……お釣りはたっぷりもらったから、ちゃんと返させてもらうからな……?」

「え、あっ……んぅっ……」

 謙悟も同じようにソフトクリームを口に含み、冴霞の口に押し込んで食べさせる。いや、それはもはや言い訳にもならない理由だ。すぐ側に一番愛しい

人がいて、こうしていつでも触れ合える。それが四日間は続くのだから、例えそれが謙悟であっても嬉しいに決まっている。

「ん……あっ、やぁ、あいす、垂れちゃう……ちゅっ、ん……」

 口元から垂れ、落ちそうになる溶けた白い液体。それをベッドの上に落とすまいと冴霞が謙悟の口だけではなく、顔さえも舐める。

「気にしなくて、いいよ……あとで、綺麗にするから……っ、ぁう……」

 何度も何度も繰り返すうちに、ソフトクリームは全て使い果たし、更にはコーン部分も互いの口で食べ合い、くじゅくじゅに砕いてから飲み合う。座って

いたはずがいつの間にかベッドに横向きのまま倒れ込み、愛おしむように口唇を重ね、舌を絡ませ合い、身体を強くかき抱く。

「んっ……ぷはっ……はぁ……謙悟くん……?」

「っ……どうかした?」

 クリームと唾液でべとべとになった顔を寄せ合い、甘い香りを伴って。

「えっと…………不束者ですが、たくさん可愛がって下さいね……?」

「――――――――っっ」

 ゴキン、と。

 謙悟が支えていた理性の柱が根元から折れ、更に砕け散る音が聞こえた…………ような気がした。

「? けんごくん……?」

「あ、いや、その…………せ、精一杯、頑張りますっ」

 妙に緊張しながらも笑顔を向けてくれる、謙悟の優しさとその内から溢れる愛を感じながら、冴霞は甘えるように謙悟の胸板に頭を押し付けた。

 だが謙悟にしてみればこの三泊四日の冴霞との暮らしは、楽しみであると同時に、どう考えても波瀾万丈なものになりそうだった――――。



あとがき:

はい、さっそくらぶ度高めでお送りしました第一話。まだまだ序の口ですので、これからドンドン盛り上げていきます。
今回、以前ほど謙悟が強く冴霞のお泊りを拒否しなかったのは、やはり冴霞との距離が大幅に近づいたから。
冴霞をからかえるまでに成長(?)した謙悟ですが、基本ベタ惚れなので甘やかしてしまうようになっています。
そして、もはや「凛々しい」の欠片もない冴霞。この子は、もう、ホントに……ダメな子です。



管理人の感想

えーっと・・・うん。
これはアレですね。とうとう鷹さんは、読者の皆様を糖尿病に掛けようとしてきましたね(笑)
まだ一話でこの糖度。しかもこれが、後3日続くことになろうとは・・・しかもずっと二人きりという。
色々なフラグが乱立な予感。もう既に、謙悟の理性は飛びかけてますしねー。
まあある意味期待しているのですが(ぉぃ

ではでは・・・次回海水辺りを用意した方がいいかもしれません。



2009.7.22