B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
八月九日。
高平家で一泊し、また朝食までご馳走になった謙悟ら五人は、そのまま昼前までゲームをして楽しんだ後、無事に解散となった。一日とは思えないほどに
長い時間を過ごした友人たちとの別れは名残惜しいが、まだまだ夏休みは半分以上残っている。お互いの連絡先も交換したし、またいつでも会う事が出来る。
「じゃあ、俺と愛はこっちだから。新崎くんだけが逆方向だったかな?」
「そうですね。まあ、こればっかりは仕方がないですよ」
謙悟の住む暁月町は、駅を挟んで逆方向に位置しており、どうしてもバスでの移動が必要になる。しかし冴霞の住む天桜町は継たちの住む天月町からそう
離れておらず、バスを使わずとも歩いて帰れるだけの距離だ。どんなに深く愛し合っている二人であっても、住んでいる場所はそもそも家庭の問題である
以上、まだ社会人でもない二人にはどうしようもない事である。
「それでも、ちゃんと冴霞さんの家まで送ってくれるのが新崎くんの優しい所だよね……ちょっと羨ましいなぁ」
「なんだよ、俺だって送ってやるぜ?」
継の不満げな声があがる。ちなみにこの後、高平家の昼食を作るのは要に一任されているという。要としてもそれを不満に思っているわけでは無いのだが、
今回ばかりは謙悟と冴霞の仲睦まじさにちょっと嫉妬し、出来る事なら継ともっと二人きりになりたいというのが包み隠さぬ本音だった。
「んじゃ、今日はこれでかいさ〜ん!! また何か思いついたら連絡するね!! 企画・提案は随時募集中で〜す!!」
今回の企画を担当した愛の声が、ようやく終焉を告げる。そしてそれは、また次回を希望してのもの。愛を除く一同は一様にちょっと嫌そうな顔をしたが、
それを認め合うと思わず笑いが込み上げてくる。
「え? え!? あ、あたし何か変なこと言った!!?」笑われた事を素で疑問に思う愛。
「いやいや、愛ちゃんらしいなぁって思ってよっ」と継。
「ていうか、やっぱり思い付きだったんだね」半ば呆れたように要。
「思いつきで付き合わされるこっちの身にもなってくれ。……でも」不満をこぼしながら謙悟。
「楽しめれば、それでいいですからね」謙悟の言葉を引き継いで、冴霞。
「突発だけは避けるようにな」愛の頭を撫でながら、総志。そして総志の合図とともに、五人が愛を見る。
「「「「「楽しい時間をありがとうございました、愛ちゃん」」」」」
心からの感謝の言葉。謙悟と冴霞も今回ばかりは名字ではなく、他の三人に合わせて愛の事を名前で呼ぶ。そしてそれを受けた愛はしばし呆然とした後。
「あ、え、えへへ……照れちゃうなぁ〜……うん、こちらこそ、ありがとうございました!!!!!!」
清々しい、天使のような微笑みで感謝の気持ちを告げた。
謙悟と冴霞は総志・愛と別れると、今村家のマンションであるグランレジデンス天桜までの遠くない道のりを歩き始める。互いの手をきゅっと握り合い、
最後の一瞬まで別れを惜しむように。
そうしてゆっくり歩き続けていってもわずか二十分もかからない道のりは、意外と近く感じられた。二人はマンションの正面入り口、エントランスホール
前に辿り着くと、二人の手は自然と力が入ってしまう。もうここに辿り着いた以上、悠香と稔臣の許可がなければ、二人が同じ場所・時間を過ごしていく
事は出来ない。それを恐れるように、冴霞の手は謙悟のそれよりも強い力で手を握っている。
「……家に帰ったら、どうする?」
「そうですね……まずは、父と母に謝らないと。このところ外泊が三回も続いていますから、さすがの父もそろそろ怒るでしょうし」
苦笑いを浮かべる冴霞。だが、その言葉を聞いて罪の意識を感じてしまうのは謙悟の方である。
「……ごめん。俺がもうちょっと大人だったら、冴霞が怒られるような事もないのに」
「そんなこと!!」
キッと向けられた冴霞の視線は痛いくらいに真剣で、謙悟もその迫力と剣幕に一瞬で飲まれてしまう。
「そんなこと……言わないで下さい。それって、私と謙悟くんの関係が……成立しなくなることなんですから……っ」
紺青色の瞳が揺れて、溢れてしまいそうになる。その姿と言葉で、謙悟は己が言った言葉の意味を噛み砕き、ぎゅうっと冴霞を抱き締めた。
「ごめん……そうだよな。……冴霞が冴霞で、俺が俺だから今こうしていいられるのに……それを全部、俺が否定しようとしてたんだよな……バカなこと
言って、悪かった……」
正確には再会である、陽ヶ崎高校での出会い。あの日の二人は『三年生の生徒会長』と『二年生の不良』から始まった。その根源が無くなってしまう
という事は、そもそもの『再会』という出来事自体が無くなってしまうという事だ。それは即ち今までの関係の否定でもある。謙悟もそれを理解したから
こそ、人通りが少ないとはいえ公衆の面前で冴霞を抱き締めてまで謝罪する。
「……ううん、分かってくれればいいんです……でも、もうそんな悲しい事……言っちゃダメ…………」
「分かってる……もう、間違っても言わない。だから泣かないで……な?」
こぼれ落ちそうになる涙を指で拭う。冴霞の腕がするりと謙悟の首を抱き、応じるように謙悟も冴霞の腰をさらに抱き寄せる。
「んっ……む」
重なる口唇。柔らかく濡れた熱い感触。体温を通わせ鼓動さえも重ねながら、離れたくないという思いの分だけ、長い時間を費やした口づけ。
その交感が終わる頃には冴霞の涙は別のものに変わり、今度は彼女自身の指で雫が拭われる。
「ありがとう、謙悟くん……これでちょっとくらいは、離れていても平気です」
「そっか……また、電話するから。メールもする。しばらくはバイトもないし」
頷き合い笑顔で別れを告げる。自動ドアが音もなく閉まり、冴霞の姿が見えなくなっても謙悟はエントランスに佇んで。
冴霞もまた、謙悟にもらった熱を忘れないようにと、そっと唇に手を当てていた。
BGM EXTRA AFTER EPISODE
Lovely Cohabitation
第0話 OVERTURE
「お帰りなさい、冴霞。早速で悪いけれど、お父さんと私から話があります」
帰って来るなりの出迎えに悠香が言い放った言葉は、有無を言わさぬ圧力があった。それは冴霞が生徒会長として振る舞う凛々しさに通じる物であり、
やはり二人が親子なのだと実感する言動の一部である。
「……はい」
リビングに行くと、平日の昼間だというのに父・稔臣の姿があった。わざわざ仕事を休んでまで家に残ったという事はすぐに理解出来るし、その話の内容
についてもまた察する事が出来る。
「帰って来たか。…………座りなさい」
ソファーに座る稔臣の前には、一人掛けの椅子が据え置かれていた。ここにテーブルでもあればまるで面接か、あるいは尋問のようだな、と冴霞は考え
ながら父の言葉通り席に着く。そして稔臣の隣には悠香が腰を下ろす。
「……この夏休みに入って三回。冴霞、お前が外泊をした回数だ。いくら高校生活最後の夏休みだからといって、少々羽目を外し過ぎじゃないか? それに
その全てが新崎くんと一緒というのは……さすがに、少々看過出来ないものがあるな」
単刀直入かつ至極真っ当な意見。娘の身を案じる父の立場と、社会的常識の面からみても冴霞の行為は少々行き過ぎている。付き合い始めたばかりの恋人
たちなのだからそれが当たり前と言いたいところだが、それも本人たちの勝手な言い分に過ぎない。
「でも、お父さんは私と謙悟くんの事を――――」
「確かに認めた。彼が常識ある、礼儀正しい少年であるという判断は変わらないし、お前も彼の事を好いている。私とて立場のある人間であり、また人を
見る目はそれなりに有るつもりだ。だからこそ新崎くんという相手がいるお前に、見合いの話を持ち出さなかった」
「みあ、い……? な、何それ!? そんな話聞いたことない!!」
ガタッ!! と席を立つ冴霞。それを制するように悠香が着席を促す。
「落ち着いて。お父さんの話を聞きなさい冴霞。何もあなたの悪いようにはしないわ」
「っ…………!!」
悠香に言われるまま席に着くが、稔臣の話は寝耳に水どころの話ではなかった。いくら稔臣が重役中の重役だからとはいえ、まさか自分の娘を――――
悪く言ってしまえば、生贄のように扱おうとしていただなんて。
「……黙っていた事は悪かった。だが冴霞、お前が高校を卒業して大学生になった時、周囲はお前をどう見ると思う? 学生の軛(くびき)から解放され、
未成年ではあるが一人の大人として認められる大学生。そして私という立場を持った人間の娘。それに摺り寄ろうとしてくる人間が一人もいないと思うか?
そしてそんな連中は、私の周りにも少なくはない。事実……これまでに四件ほど、お前への見合い申し込みが来ている。どれも名のある役職を務めた人間の
息子たちが相手だ。学歴、社会人としてのキャリア、どれを取っても申し分のない若者ばかり。誰と付き合ったとしても、裕福な暮らしが待っているだろう」
稔臣の言葉は正しい。それくらいの事は冴霞にも分かる。しかしこれのどこが「悪いようにしない」と言えるのだろうか。そう冴霞が疑問に思っていると、
まるでその問いを見越したように稔臣がふっと柔らかく微笑んだ。
「……だが、裕福な暮らしが幸せに直結するわけではない。金銭的な充足感など、愛する人の前ではささやかなものだ。お前も知る通り、私と母さんも見合
結婚ではあるが……うだつの上がらなかった平社員と、銀行の受付嬢などという立場のどこにキャリアがある? あったものは結局、お前の良く知るもの
だけだ。そして『それ』こそが、何より重要なもの……そうだろう?」
稔臣の手が悠香の手に重ねられ、悠香の両手がそっと稔臣の手を包み込む。出会い方こそお見合いという限られた条件だが、両親二人はともに深く愛し
合っている。それは今まで冴霞が十七年と八カ月間生きてきて、何度もその眼で見ている光景ではないか。
ならば、この二人が自分が不幸になるような道を選択する事がないようにとしてくれた事も、自ずと理解出来るはずだ。
「これは、新崎くんには伏せておいて欲しい事だが……彼の事は他のどの見合い相手が束になっても敵わんくらいに気に入っている。他の連中はどいつも
こいつも己を良く見せようとするばかりだが、新崎くんは飾る事無く自分の意見を言える強さと、それを貫けるだけの意志がある。今時、あんなしっかり
した若者はいない。加えて冴霞、お前の事をとても大事に思っている。それが、私が見た新崎くんという人間だ」
普段は優しく、しかし仕事では厳しさを滲ませる父が、まだ若輩の謙悟をこんなにも認めてくれているというのは、冴霞にとっては何よりも喜ばしい事
だった。しかし稔臣は冴霞が発しようとした言葉を手で制し、ゆっくりと話し始める。
「しかし私が認めた所で、見合い相手やその親たちがすんなり諦めるとは思えん。しつこい者も中にはいるだろう。これを完全に抑える事は私でも難しい。
そこで……母さんから、良いアイディアがあるそうだ。……悠香?」
「はい。……冴霞、今日からしばらく謙悟さんのお家にお泊りして来なさい。少なくとも、謙悟さんのご家族が旅行から帰ってくるまで」
「…………………………………………え?」
長々と沈黙した後、冴霞は真っ白になった頭で聞き返した。
「あら? 冴霞はそうしたいのだとばかり思っていたけれど? 何度も外泊するっていうことは、それだけ謙悟さんと一緒に居たいっていうことでしょう?
娘の可愛い想いに答えてあげようっていう母心、理解出来ないかしら?」
今までの真面目な空気を一息でかき消してしまうような悠香の明るい声に、さすがの稔臣もやれやれといった感じで頭を振り、かたや冴霞の頭は絶好調に
大混乱中である。
「え、で、でも……え!? だ、だって外泊した事を、怒ってるんじゃないの!?」
「もちろん怒っている。だが、これは同時にチャンスでもあるのだ。今まで男の影が全くなかった冴霞に意中の男性がおり、また数日とはいえそれが寝食を
共にする仲だという事が知れれば、相手方も諦めざるを得ない。加えて保護者である私と母さんが公認となれば、それこそ決定打だろう。お前にとっても
悪い条件ではないはず……というのが、母さんの意見だ」
瞼を閉じて溜め息交じりに呟く稔臣。その横で悠香は「おほほほ〜」と楽し気に笑っている。
「……ちなみに、お父さんの本音は?」
「反対したいというのは分かるだろう!? 新崎くんの事を認めているとはいえ、嫁入り前の娘が何度も何度も男の家に泊まるなど言語道断だ!! 昨夜は
友人も交えていたようだが、それを差し引いてもお前の前科は二回ある上に、一度目は嘘までついているのだから!! ……だが、母さんの意見は正しい。
私では新崎くんとの関係を逆手に取るなど考えもつかんかったからな。……彼には本当に悪いが」
はぁ、と冴霞と稔臣が同時に溜め息をつく。かたや悠香はいつの間にか膝元に乗っていた彼女の愛猫・フレデリカの顎をごろごろと撫で回している。もう
真面目な話にならない事を、既に分かっているのだろう。
「…………じゃ、じゃあ、その……夏休み中、ずっと謙悟くんの家に泊まる事に、なっても……?」
「あ、それはさすがにダメ。仮に謙悟さんのご家族が冴霞の宿泊を承諾なさっても、恐らく一度は帰るように言われるはずよ。宿泊はあくまで宿泊で、同棲
とは違うんだから。それにあなたはまだ高校生、親元に帰る義務があるはずよ?」
確かに悠香の言う通りだ。特に規定されてはいないものの、一般論として高校生の同棲など認められるはずがない。本来は異性間での宿泊でさえ問題だが、
これは親である稔臣と悠香が承認する事でクリアしている。と言っても、かなり乱暴な方法ではある事は否めないが。
「謙悟さんのご家族の方たちは、いつ頃帰って来られるのかしら?」
「えっと……確か、八月五日から一週間、北海道に旅行に行くって言ってたらしいけど……」
「……だとすると、あと三日はかかるか。今日を含めて三泊四日……長過ぎず、短くもない期間だな。新崎くんの予定は聞いているか?」
カレンダーを見ながら稔臣が尋ねると、冴霞はうんと頷く。
「しばらくはアルバイトの予定も入れてないって。どこかに出掛ける予定もないと思う、元々お留守番だし……」
その留守番を選んだ理由が『冴霞と一緒に過ごしたい』という理由だったことを思い出して、冴霞も思わずぼっと頬を染める。そんな娘の姿をニコニコと
笑顔で見ながら、悠香はフレデリカを膝元からどけると、冴霞にソファーに座るように促した。
「いらっしゃい、冴霞」
席を立ち、稔臣と悠香の間に座る。小さい頃は二人の事を見上げていたその場所だが、今は立ち上がってしまえばそのどちらよりも大きく成長している
冴霞。それでも、二人にとっては世界でただ一人の娘であり、大切な宝物だ。
「勝手に計画してごめんなさいね。でも、あなたが謙悟さんと一緒にいる時の楽しそうな顔は、私もお父さんも、本当に見ているだけで嬉しいの。謙悟さん
にもよろしく伝えてね。それと、あとで取って置きのプレゼントをあげるから♪」
「何を送るつもりかは知らないが、妙な物を渡すんじゃないぞ? ……新崎くんの事をダシに使うような真似をしてすまないと思っている。事が済んだら、
彼にもきちんと謝罪をさせて欲しい。帰ってくる時には教えてくれ、家に居よう」
両親にそれぞれ手を握られ、言葉を貰う。それは冴霞と、今ここにはいない謙悟への謝罪。そして冴霞の幸せを心から願う両親の想い。
それをしっかりと受け止めて、三時間後。
今村冴霞は愛する男性の元へ、大きなボストンバッグを抱えて出発する。
あとがき:
BGMナンバリングタイトルの正式な続編になる本作。更新頻度はその物語の性質上、大幅に下がる事も見込まれる
このシリーズですが、お付き合いいただければ幸いです。あの楽しかった一日の後、あまりにも側に居過ぎた二人は別れを惜しみ、
そしてその思いが通じたように、冴霞には内緒にされていた事情とともにお泊りを承認。しかも今回は一泊ではなく……三泊!?
冴霞は喜んでいるようですが、謙悟の理性がどこまで持つか。ていうか、耐えられるわけがないですけどね……合掌。
管理人の感想
B&Gシリーズ、新章突入(?)です〜^^
今回の話は、あの楽しかった時間の後日談。BGMの続編、謙悟と冴霞のラヴラヴ話。
もう二人とも、互いに対して相当末期ですからね。そんな中での、親公認の三泊四日。・・・何も起きないなんてあり得ないですよねぇ(笑)
しかも、家には二人きり。・・・うん、羽目を外しすぎないよーに!(爆)
これからの、二人のラヴラヴっぷりに期待しましょー!