B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
由紀乃が継と再会したのは、五月のゴールデンウィークだった。その日は元々、正式に晃司と智佳が高平家の面々に再婚の旨を伝えるという予定を立てて
おり、晃司をはじめとして長男の弌、弌の婚約者である蘆原(あしはら)瑞希、そして継の四人がその場に居合わせて、高平家での会食となった。
そして同じく同伴した由紀乃は、そこであの日自分を助けてくれた男の子が再婚相手の息子なのだと初めて知る。男二人の兄弟がいるとは知っていたが、
まさかその次男が継だとは夢にも思わなかったのだ。
「あ、あのっ!! あたし、佐伯由紀乃って言います!! これから、よ、よろしくお願いしますっ!!」
がたっと慌ただしく席を立ち、テーブルに頭を打ち付けての挨拶。晃司は大爆笑し、母を含めたその他の面々も笑いをこらえきれない様子。そして継も、
例外なく笑っている。
「ああ。これからよろしくなっ、由紀乃ちゃん」
くしゃくしゃと頭とぶつけた額を撫でてくれる優しい手。その手に助けられたことは今でも鮮明に思い出せる。
だからだろうか。出会い方があんな風にドラマティックだった事で、由紀乃の中には特別な感情が芽生えていた。異性に対する思慕、その人の事を純粋に
想う気持ち。憧れではなく、もっと漠然としながらも確かな心の機微。
佐伯由紀乃はあの日から、高平継に恋をしていた。
そしてそれは、今も変わらず――――自分が背中を押した柊木要と交際しているとしても、彼に恋をし続けている。
なぜ要の背中を押したのか、と言われれば答えは簡単。初めて会ったときから気付いていた事だが、継の気持ちはさて置くとして要は明らかに継に好意を
抱いている。それが一体いつからなのかとは知らなかったものの、後々になって聞いてみれば呆れるしかないくらい昔からだという。
出会った当初、由紀乃は二人が恋人同士だと思っていた。ならば自分はこの二人に入り込む余地などないのだろうと諦めていたが、継に訪ねてみたところ
「ただの幼馴染だよ」との答えが帰ってきた。それならばチャンス到来か!? と期待したのだが、今度は要に聞いてみれば「な、ななな、なんの事かなっ!?」
と分かりやすいにも程があるくらいの良いリアクションが帰って来たではないか。
間違いなく要は継の事を好いており、そして継も要が側にいる事を当たり前に思っている。これはイコール好きと言って差し支えないだろう、と勝手に
判断した由紀乃は恩人二人のために一計を案じる事にした。
少々やさぐれていた時期はあったが、更生して元の素直な性格に戻った由紀乃は、お茶目で可愛らしく素直な女の子だ。肩まであるセミロングの茶髪を
普段はショートポニーに結い上げている外見そのままに活動的で、運動も結構得意。球技もなかなかの球威とコントロールを誇り、中学の部活動である
バスケットボール部では、スモールフォワードとして活躍、百五十三センチという小柄な体格を十分に活かした、魅力溢れるプレイをしている。
そこで、継と要、そして彼らの友人である幼馴染の男性を誘ってストリートバスケ・2ON2を提案して場をセッティング。あらかじめ男性の方には話を
通しており、また彼も継と要のじれったい関係にはウンザリしていたので、あっさりと了承してもらった。
途中わざと抜け出し、そして雨が降ってきたために試合はそのままお開きになったのだが――――雨降って地固まるの諺通りか、それとも二人の間で何か
大きな変化があったのか、翌日には正式に交際する事を伝えられた。由紀乃は要から何度も「ありがとう!!」と言われ、その大きな胸に抱かれながら天国
気分を味わい、ちょっと父親に会えそうになったという。
だが、結果的に。
由紀乃は自分の気持ちを犠牲にして恩人に恩を返した。それはつまり己の恋を諦めたという現実を自ら作り出してしまった事になる。
それでも、継を恋い慕う気持ちに変わりはない。目の前で二人がキスをしていたとしても、それはむしろ喜ばしい事だと思う事も出来るから。
――――だったら、どうしてあたしの心は古傷を突かれたに疼くのだろう。ずっと好きではいるけれど、それはあくまでも「お兄ちゃんへの好き」だと
割り切ったはずなのに。
「カミサマ。やっぱりあなた、イジワルだね……でもしょうがないか。あたしまだ悪い子だもんね……」
一度芽生えた気持ちを簡単に捨て去ってしまえるほど、由紀乃は大人にはなりきれていない。日々を追うごとに、継と要がより親密になればなるほどに、
嫉妬心は緩慢ながらも確実に降り積もっていく。
いつの間にか、由紀乃の足は普段とは別の方向に向かっていた。帰り道でもバスケットコートのある自然公園でもなく、その奥にある陽乃海市で恐らく
最も静かな公共の場所であり、最も一人になれる場所――――市立図書館へ。
Episode 0.6 Secret Love of Sister 〜中編〜
「…………っと」
外とは違い、しんと静まり返った図書館。二階建ての広いフロアにはいくつもの本棚が立ち並んでおり、また誰も私語をしていない。
ほど良く効いている冷房は快適で、土曜日という事もあってか利用者数もそこそこの数が入っている。これが夏休みにもなれば読書感想文を書くために
やってくる小中学生や、受験勉強に備える中高の三年生で人口が増えるんだろうな、と由紀乃は同じく中学三年生で受験生の身でありながらも、他人事の
ように思っていた。
「…………」
図書館に来たのは偶然だったが、無目的というわけでもない。運動好きな由紀乃にしてみれば昔のスター選手が載っている古雑誌は一見の価値があるし、
三年生という事で既に現役は退いているが、高校に受かればまたバスケットボールを続けるつもりでもいる。それに来年になれば受験も待ち構えている。
そうした面から考えれば、図書館というチョイスは決して無意味な選択ではないのだが……残念なことに後者の勉強においては、題材となる参考書や課題
といった類のものを持ち合わせていなかったことから、自然と選択肢から消えてしまう。
なので、由紀乃は古いスポーツ雑誌を一冊抜き出した後は、きょろきょろと本や雑誌を適当に物色しながら図書館の中を歩いていた。設置された座席は
ほとんどに誰かが座っており、一人になれる場所ではない。
「(まいったなぁ……でもせっかく来たんだから、たまには何か読んでみよっかな……)」
そんな気まぐれのままに移動しながら雑誌をペラペラとめくる。数年前の物だけあってかなりページは痛んでいるし、折れたページもかなりある。選手の
インタビューの文字も、だれがやったのかは知らないが水をこぼして拭いた跡があったりと、とても良好な保存状態とは言えない。流石にこれでは由紀乃も
読む気がなくなるというものだ。
少し歩いて辿り着いたのは、小説コーナーだった。昔の文豪などが書いた古典・近代文学ではなく、もっと最近の少年少女向けの小説。ライトノベルと
一般に呼ばれるものだ。こういった分かりやすくファンタジックな内容のものは、読書が苦手な由紀乃もすんなり受け入れる事が出来たらしく、彼女の部屋
には冊数は少ないがシリーズものが並べられている。といっても発売日に必ず購読するほど熱心ではなく、あくまで気まぐれ程度の感覚だという。
「あ……」
ふと何の気なしに見上げた棚の最上段に、今読んでいるシリーズを書いている作者が最初に書いたという絶版のタイトルが見え、由紀乃は思わず声を
上げた。もう十年以上前の作品だそうで、そのタイトルを知ったのは割と最近になってからだ。試しに読んでみたいなー、と思ってインターネットで検索を
かけてみたところ、重版でさえ千円以上の値がついているという。さすがに新刊の倍額を払ってまで手に入れようとは思わなかったが、手に入らない物は
欲しくなるというのが人間の本音である。
そう、手に入らないからこそ――――手に入れたい。あの人も。
「(って、何考えてんのよっ……!!)」
ぶんぶんと頭を振って無意識を意識的に振り払い、本棚を見上げる。しかし高い本棚の最上段は二メートル近くあり、百五十三センチの由紀乃では手を
伸ばしたとしても届かない。ここで飛び上がれば話は別だが、場所が場所である。騒がしくすれば周りの人にも迷惑だし、下手をすれば追い出されてしまう。
近くには足場になる脚立もない、ならばどうしたものかと由紀乃が逡巡していると。
「んっ、と。……はい、どうぞ?」
いつの間にか横に立っていた女性が軽く手を伸ばし、お目当ての小説を取ったかと思うと由紀乃に差し出してきた。突然過ぎる事態に戸惑った由紀乃だが、
すぐに女性を見上げて――――その容姿に、一瞬言葉を忘れた。
「――――…………、ぁ、ああ、ありがとうございます!!」
「どういたしまして。でも、ここでは静かにして下さいね?」
少しだけ前屈みになって、由紀乃の口唇の前にぴっと人差し指を掲げる女性。子どもに言い聞かせるような仕草だが、まったく嫌味にならないくらい様に
なっている。由紀乃はこくんと頷くと、女性から手渡された小説を受け取り、再び彼女を見上げた。
長い黒髪。それを黒地に白のラインをあしらった極薄のリボンを使って首の下あたりで一本にまとめ、薄手のサマージャケットと黒のインナーシャツ。
そして適度に色落ちしたサブリナジーンズと、清潔感のあるシンプルな白のサンダル。
驚いて言葉を無くしてしまうほどの美人は背も高く、由紀乃と比べると二十センチ近く差がある。長い脚線とメリハリのあるスタイルは、まるで雑誌や
テレビの中でしか見た事のない、本物のモデルのようだった。
「じゃあ、私はこれで。本を戻す時は係の方に言って脚立を借りるか、そのまま返却すれば大丈夫ですから」
「は、はい。ありがとうございます……」
品のある優しい言葉に、思わず頬を赤らめながら頭を下げる由紀乃。女性はその姿を見てくすっと微笑むと、綺麗な手を振って別れを告げる――――が。
「そうだ。もし良かったらお茶でもご一緒しませんか? 人と待ち合わせているんですけど、早く来過ぎてしまって」
「え、ぁ、えっと……」
思い掛けないお誘いに、由紀乃はどぎまぎしながら口ごもる。こんな美人とお茶だなんて初めての経験だし、そもそも誰かからお茶に誘われたのも初めて
だ。だが断る理由もないし、緊張のせいもあってか今はとても喉が渇いている。
「っ、は、はい……ご、ごいっしょ、させてください……よ、よろしくおねがいします……」
「ええ、こちらこそ。ありがとうございます」
優しい笑顔。それだけでまた緊張してしまう由紀乃だったが、そのおかげで今は継の事を気にする余裕も消し飛んでいた。
市立図書館の一階部分には喫茶店が設けられており、簡単な食事とお茶を楽しめるオープンカフェスタイルを取っている。また自然公園に隣接している
という立地条件から、外に出ているにも関わらず、木々による天然の日傘が遮光作用を果たしてくれており、ほど良い涼しさがある。
「…………」
女性はゆったりと椅子に深く腰掛け、手にしているハードカバーの書籍を読んでいる。テーブルの上には少し量を減らしたレモンティー。そして由紀乃も
ミルクたっぷりのアイスコーヒーを飲みながら、借りてきたライトノベルを読んではいるのだが……どうにも、目の前の美人が気になって内容が頭に全く
入ってこない。
「…………」
失礼だとは思いながらも、由紀乃はじーっと女性を観察する。身長は間違いなく百七十くらいあるし、おまけにもの凄い美人。年齢は若ければ十代後半
だろうが、二十代にも見える。少なくとも由紀乃が知る十代後半の女性はこんなに大人びていないし、落ち着きもない。待ち合わせをしているとは言って
いたが、十中八九彼氏だろう。でもこんな美人を連れて歩くなんて凄く勇気のある事じゃないだろうか。
そして折角お茶に誘ってくれたというのに、二人の間には何の会話もなかった。お互いに本を読んでいるのだからそれが当たり前なのかも知れないが、
正直言ってこの状況は逆に身体に悪い。何とか話題を切り出さなければ――――
「お? おーっす、由紀乃っち!!」
「うひゃあぁっ!?」
突然声を掛けられ飛び上がって悲鳴を上げる由紀乃。女性もそれに驚いたのか本を閉じて、由紀乃の後ろに立っている男性を見る。
「あなたは……確か、山崎くん?」
「え? ……って、か、かか、会長さん!? な、なんで由紀乃っちと一緒にいるんスか!?」
山崎と呼ばれた男性はずさっと後ずさりし、心底驚いたとばかりに目を見開きまた驚愕の表情を浮かべている。そして会長と呼ばれた女性も男性を見て、
そして次に由紀乃を見る。
「山崎くんとお知り合いなんですか?」
「あ、は、はい……あたしの、その……お兄さんの、お友だちなんです……薫さんこそ、どうしてここにいるの!? っていうか会長ってなに!!?」
「いや、俺はバイトの時間まで暇だから、バスケして遊んでたんだよ。で、ちょっと涼みに図書館に来たら由紀乃っちがいたからさぁ。あと、会長ってのは
俺らの高校の生徒会長だからだよ。陽ヶ崎高校が誇る美人生徒会長の、今村大先輩ってな!! でも会長が俺の事知ってるなんて意外っスよ?」
「ええ。山崎くんはご実家の手伝いがあるという事でアルバイトを承認されている方の一人ですからね。生徒会の方にもそういう情報は、一応入ってきます
から。それに……生徒会(うち)の新崎くんとも親しいそうですし」
今村生徒会長から笑顔でそう言われた薫は、照れたように頭をかく。新崎なる人物が誰かは分からない由紀乃だが、会話から察するに薫や今村と同じく
陽ヶ崎高校の人間なのだろう。ということは、継や要とも同じ学校に通っているという事になる。
山崎薫。この少年は継とは小学校三年生からの親友で、実家は陽乃海市内でも老舗として有名な寿司屋『金海寿司』。味と実力は確かであり、薫もいずれ
その味を受け継いでいく立場にあるのだという。また昨年の夏には継と一緒に普通自動二輪免許を取得する為の短期合宿に参加し、今日も愛車のスズキ製
400CCバイク・GSX400Sカタナを駐輪場に停めている。
実は、継と要の仲を進展させようとして由紀乃と共謀した幼馴染の男性というのは、この薫の事である。要に比べれば幼馴染としての期間は短いが、それ
でも十年近い時期を共に過ごした仲だ。要の気持ちにも当然気づいていたし、継の本音にもずっと察しはついていた。煮え切らない二人の関係にイライラ
していたこともあるが、結局は当人同士の問題だろうと半ば諦めかけていた薫。そこへ由紀乃がアイディアを持ちこんだ事で鬱積していた気持ちのタガが
外れたのか、計画はトントン拍子に進み、結果は大成功。二人の関係を祝福するとともに由紀乃とも息の合ったコンビとなっている。
ちなみに身長は百七十九センチ。あとわずか一センチで大台だったというのに、それが果たされなかったかわいそうな数字である。
「薫さん、シンザキさんって誰ですか?」
「ん? 新崎ってのはな……同じ二年生で、継のヤツは毛嫌いしてるけど根はすっげー良いヤツ。一言で言っちまえば、昔の侍みてえな男だよ」
「そうですね。黙して多くを語らず、だけど義理を重んじる。それに剣道も強いですし、侍っていう形容は似合っているかも知れませんね」
どことなく嬉しそうに語る今村生徒会長。それはただ単に一人の生徒を評するものではなく、どこか親しみを込めた言い方だった。
「あ、ちょっと失礼します」
不意に今村生徒会長がポケットから携帯電話を取り出し、かちかちと操作する。どうやらメールが届いたらしく、嬉しそうな表情から察するに待ち人の
彼氏からだろう。忙しなく携帯を閉じると、隣の椅子に置いていたバッグを掴んで席を立つ。
「待ち合わせしていた人が来ましたので、これで失礼しますね。お二人はこれからどうされるんですか?」
「俺のバイトは夕方からですから、も少し涼んでから戻りますよ。由紀乃っちは? 継んち行く?」
「あ、いえ……あたしも、もうちょっとここに。じゃあ今村さん、お誘いありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる由紀乃。今村生徒会長はそれに答えるように優しく微笑んで、颯爽と会計の伝票を持って精算しに行った。
「…………かっこいい人ですね、今村さんって」
「ああ。自慢するわけじゃないけど、陽ヶ崎高校のスーパーアイドルだしな。頭も良いし、あのルックスだろ? 引く手数多のハズなのに誰とも付き合って
ねーってんだから、驚きだよなぁ」
「え? でも、あたしの勘では彼氏と待ち合わせっぽかったですよ?」
「??」と首を傾げる二人。解決するどころか疑問のみが積み上げられた今村生徒会長への謎が明らかになるのは、もう数カ月ほど後の話になる。
あとがき:
思い掛けない長さになりつつある由紀乃編。現代に戻ってのお話になりましたが、やはり出会い方が出会い方だけに
継への想いは募り、しかし恩人である要を裏切る事も出来ない彼女が選んだ道は、避けられないほどに辛い道。
そして一人になりたくて訪れた場所では、関係上明言はされませんが冴霞、そして継の親友である薫と出会う。
まだ気持ちに整理をつけられない由紀乃は、果たしてどんな道へと進んでいくのでしょう……?
管理人の感想
前編に引き続き、番外編由紀乃verの中編をお送りして頂きました!
展開が速いですね。もう継と要は、由紀乃と薫の画策で付き合い始めました。
でもそれは、由紀乃にとっては、自分の心を抑えての行動。それでもあの日、助けてくれた二人への恩返しがしたかったのもまた事実。
そして何より、由紀乃も優しい姉として要のことが好きになってしまったのでしょうね。だからこそ、背中を押した。
さて・・・でもこうなっては、後編が読めなくなってきたぞい^^;
そして我らがヒロイン、冴霞嬢が登場。案外鋭い由紀乃。まだ会って間もない人の、最重要秘匿事項を暴いてしまうなんて・・・恐ろしい子っ!
ではでは、今回もありがとうございましたー。