「いらっしゃいませ……って、新崎かよ」
「相変わらず口の悪いウェイターだな、高平」
「こんにちは、高平くん。お久し振りです」
八月二日、午前十一時半。
日ヶ峰町商店街、欧風喫茶・レストラン「ひいらぎ」で謙悟と冴霞、麻那を迎えたのは、二週間ほど前に知り合った高平継だった。
継は夏休みいっぱいは週四日のペースでアルバイトのシフトを組んでおり、その出勤途中に何度か謙悟と顔を合わせ、時折「ひいらぎ」にも客として
来店している。ちなみにオーダーは決まってアイスコーヒーだ。
二人の間にあったわだかまりも既に氷解し、互いに遠慮なく名字で呼び合う程度には親しくなり、日は浅いが友人同士といって差し支えない間柄で、
謙悟と冴霞が交際している事を知る数少ない人間の一人でもある。
「あ、今村先輩も……って、その後ろに隠れてるちびっ子は?」
「俺の妹だ。麻那、挨拶」
謙悟と冴霞の陰に隠れていた麻那を、冴霞が横にずれて背中を軽く押す。やはり初対面の人間は怖いのか、麻那の様子は昨日の冴霞と出会った時の態度と
変わらず、どこか脅えているようにも見える。
「麻那ちゃん。この人は謙悟おにいちゃんと私のお友達なんですよ。だから……ちゃんとご挨拶できますよね?」
「うん……えっと、はじめまして……しんざき、まなです」
冴霞に肩を支えてもらったまま、ぺこりと頭を下げる麻那。継はそれを見てにっこりと微笑み
「高平継です。よろしくな、麻那ちゃん!」
遠慮なしに頭を撫でる継。だが麻那はびっくりしたのか冴霞の腰にしがみつき、冴霞も困ったように苦笑する。
「もう、麻那ちゃん……ごめんなさい、高平くん」
「悪いな。うちの妹、結構人見知りするんだ」
謙悟がフォローを入れると、継はぽりぽりと頬をかきながら麻那→冴霞→謙悟と三人の顔を順番に眺めた。
「なんつーか……三人で親子って感じだぜ? なぁ、要」
「え? ……かなり無理があるけど、新崎くんの妹さんがもっと小さかったら見えなくもない……かな?」
コックの姿ではなく給仕用の制服に身を包んだ「ひいらぎ」の看板娘・柊木要は、そう言って手に持っていたフルーツケーキの皿を継に差し出した。
「なんだよ、これ」
「三番テーブルさん、お願いします。おサボりなウェイターさん?」
「うぇーい……じゃあな新崎、また後でなー」
皿を受け取ると同時にシャキッと姿勢を正し、継は足取りも軽く指定された三番テーブルへと歩き出した。そしてその後姿を見送って、要はふぅと
ため息を漏らす。
「珍しいな、柊木が店に出てるなんて」
「うん。今日はバイトの大学生さんが遅くなるらしくて、それでヘルプ。新崎くんと今村先輩は?」
「私たちはこれからちょっと、駅前まで買い物です。今年の水着を見ておこうと思って」
「あ、いいですね。あたしも泳ぎに行きたいんですけど、やっぱり水着買わないといけないんですよ……去年のはもう、サイズが合わなくなっちゃて」
ちら、と冴霞の視線が要の胸元に行く。身長は冴霞のほうが十センチ以上高く、バストの数字も冴霞のほうがやや大きい。しかし肝心のカップサイズで
言うのなら、要のほうが二つほど上だった。もちろん彼女らはその事実など知る由もないのだが、冴霞は自身と比較しても大きいであろう要のそれに対し、
ため息をついた。
「大変ですね、その……いろいろと」
「は、はぁ……すいません」
謝る事ではないのだが、要は情けない声でそう呟いた。だがその一方で謙悟は麻那の手をいつの間にかつかんで、やや疲れたように。
「それより、柊木。俺たちも一応昼飯食いに来たんだけど、いつになったら案内してくれるんだ?」
「あ、わわ、ご、ごめんなさい! 今、席にご案内しますねっ!」
「ひいらぎ」ですこしだけ早い昼食を取り、駅前でショッピング。
それが今日の謙悟と冴霞、そして麻那の予定だった。
B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in
09.思いがけない邂逅
陽ヶ崎市・天崎(あまみさき)町は市の中心部であり、大きなデパートが数件並んでいる。
私鉄の路線も通っており、駅の規模もそれなりに大きい。服や装飾品の類を買いに来るのならばまずここに足を運ぶというくらいに充実しており、
俺もそのつもりでこの駅前に足を運んだのだ。
「ふぁ〜……」
気の抜けた声の主は麻那だ。俺や両親は普段、麻那を連れて外出することはほとんどない。自衛官の親父は九州の方に配属になってるし、お袋もかなり
忙しい生活を送ってる。俺にしても普段帰ってくるのは確実に麻那よりも遅い時間帯で、それから一緒に出掛けるとなったらまず近所のコンビニか、
せいぜいファミレス程度だろう。特に七月中は日雇いのバイトを何件か入れていたから、出掛けることは全くなかったし。
だから麻那がこんな大きなデパートに足を運ぶのは、本当に珍しい。
「謙悟くん。麻那ちゃん……こんなに人がたくさんいるところ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ。別に誰かが話しかけてくるわけじゃないんだし、こいつも今は物珍しいみたいだから、そこまで気は回んないって」
本来なら日曜で休みの今日。デパートはどこも人が多く、レストランフロアが込むことを見越した冴霞の提案で「ひいらぎ」で食事をしたくらいだ。
当然のように客の数は多い。買うものもこれだと決まってる以上それほど長居するつもりはないし、そのくらいなら麻那も平気だろう。
「んじゃ、とっとと選んで済ませようか」
「はい。でもせっかくだから、いろいろ見させてくださいね。麻那ちゃんにも何か買ってあげますからねー」
ぶんぶんとつないでいた手を振り回す冴霞と、にへっと笑う麻那。
楽しそうにしてる二人を見るのは嬉しいんだが……正直、それを後悔するのはもっと後の話。ちゃんと思い出しておけば良かった一つの格言。
――――曰く、女性の買い物は長くそして移り気である、と。
「それじゃあ、これを試着させてください。あと、これも」
冴霞が店員に言いつけた二点はハンガーにかかって並んでいるものではなく、展示用にとマネキンに着せていたものだった。どちらもそれなりに
凝ったデザインで、店側としても売る気はあるのだろうがしかし、ディスプレイ用の品物として維持しておきたい気持ちもある。サマーシーズンも
終わりに近づき既に秋物の準備をしているが、まだ処分特価で販売するには至らないという難しい時期なのだろう。
「……」
携帯を取り出し、謙悟は時間を確認する。時刻は既に午後二時を回っており、かれこれ二時間近く冴霞による麻那の着せ替えショーが続いている。
正直言って、かなり疲れているというのが謙悟の包み隠さぬ本音だった。
謙悟たちがいるのは女性専用の水着売り場である三階。しかし本来の目的である冴霞の水着選びは、せっかくだから麻那の水着も見ておこうという彼女の
提案を大人しく受け入れた結果、もう何度このフロアを往復しただろうか。
最初は謙悟としても妹に似合う水着を選ぶことに不満はなかった。本来の目的とは若干ずれるが、冴霞が麻那を思っての好意だ。買う買わないはさておいて
断る理由などあるはずもないし、なにより恋人が自分の妹を好いてくれているのだから、むしろ喜ばしいことである。
だが一時間もすればその気持ちもやや萎えてくる。ただでさえ女性専用ということもあり男性客の姿はかなりまばらで、当然ながら店員も全員女性。
いたたまれないと言うか、居心地が悪いと言うか……そんなことを思いながら、謙悟は知らずため息をついた。
「……謙悟くん?」
「ん?」
ふと気がつくと、いつの間にか冴霞が謙悟の顔を覗き込んでいた。麻那の姿はなく、店員が試着室の前で待機していることから、おそらくまだ着替えの
最中なのだろう。
「ごめんなさい、まだしばらく見たいので……退屈かもしれませんけど、もうちょっと待っててもらえますか?」
「それはいいけど……どんなの選んだんだ?」
「可愛いワンピースですよ。謙悟くんも見てくださいねっ」
にっこりとまるで自分のことのように、嬉しそうな笑み。そんな笑顔を向けられては、謙悟の落ち込みかけた気分も持ち直すというものだ。
「麻那の水着は冴霞に任せるけど、冴霞のは俺が選んでやるからな?」
「え!? あ、それは……あ、あんまり、その……変なのでなければ……」
冴霞は何を想像したのか、やや頬を赤らめてしまう。そのリアクションが可愛かったので、謙悟はさらに条件を出そうとしたが。
「お客様、お連れ様の試着が出来ましたので、ご覧になってください」
「あ、はい! じゃあ謙悟くん、その話はまた後で!」
「ああ、期待してるからな」
「善処しますっ」
早歩きで去っていく彼女の後ろ姿を見送って、売り場の外に出る。冴霞のスタイルの良さは学校でも知られており、特に水泳の授業などは遠目からでも
せめてその姿を拝もうとギャラリーが出来るほどだと噂されている。陽ヶ崎高校のカリキュラムでは男女合同で水泳の授業が行われることはないので、そうした
噂が立つのもある意味当然かもしれない。
謙悟もその全てをまだ知っているわけではないが、昨日の抱き心地からいってかなり細いというのは分かっていた。身長に対して体重もかなり軽く、また
出るところはしっかり出ている整った体形。さすがにサイズ云々までは謙悟自身も造詣が深いわけではないので分かりかねるが、そんな彼女に似合う水着は
果たしてどれかと水着を眺める。
「あれ……新崎?」
そのとき、唐突に。
懐かしい声が、謙悟を呼んだ。
「え?」
聞き間違えかと思った。だが確かに、名前を呼ばれた。懐かしく、思い出の中にしか残っていない少し高い声。
振り向いた先には少し背が伸びて、逆に髪は短くなった、大人びながらもどこか意地の悪そうな少女が一人。
「やっぱり新崎じゃん。何やってんの、こんなところで?」
「……ふる、や?」
「うん。古谷さんだよ? なに、夏場だからって暑さでボケちゃった? あたしのフルネーム、ちゃんと覚えてる?」
「……古谷、美優だろ。覚えてるよ」
何の因果か、奇しくも昨日思い出したばかりの名前。その相手が今、目の前にいる。
だが考えてみれば、ここで出会う事は何ら不自然なことではない。謙悟も美優もこの陽乃海市に住んでいる。デパートという人が集まる場所ならば、知り合いと
顔を合わせることくらいはあるだろう。
だが、両者にとってはこの出会い――――いや、再会はただの偶然という言葉では割り切れないものがある。
もう二度と、会わないと。もう二度と、言葉を交わさないと。
それが三年前の冬に謙悟が美優に言った言葉であり、美優もそれを了承した。
しかし時の流れか、互いにそれを忘れていたのか、あるいは知りながらか。
美優は謙悟に声をかけ、謙悟もそれに応じた。
「新崎さぁ、今ヒマ? よかったらちょっと話、しないかな?」
「いや……今、人を待ってるから」
「ならメールでも打って一言断ればいいじゃん。せっかく会ったんだしさ、ちょっとでいいから」
「……強引なところは相変わらず、だな」
「もちろん。それがあたしだからねー」
嫌味のない笑顔。その笑顔も三年前から変わらないな、と謙悟は思いながら。
――――かつての恋人との会話のために、今の恋人に偽りの言葉を投げかけた…………。
あとがき:
ついに登場した古谷美優。謙悟のモトカノであり、なかなかさばけた性格です。
あと、女性の買い物が長いのはいつの時代も変わらぬお約束。男はそれに耐えるだけの
度量を持たねばいけません。
次回、修羅場・・・・・・?
管理人の感想
はい、第9話でした〜^^
とりあえず、この話はこの一言に尽きるでしょう。
「けんごのモトカノがあらわれた!!」
たたかう
アイテム
→ にげる
”ピッ”
「けんごはにげだした!しかしまわりこまれてしまった!」
・・・みたいな(笑)
実際謙吾は会いたくなかったっぽいですからね。さて、次回は修羅場警報発令かなっと(ぇ
予想としては、謙吾が見知らぬ女性と会話しているのを見て、冴霞の頬が膨らむといったところでしょうか。
次回の展開に期待ですね!