B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
カキイイィィン――――!!
響く快音。ネットに突き刺さる白球。ドアを隔てて上がる歓声と、悔しげな声が一つ。
「ふぅ……」
謙悟は溜め息をついて、金属バットをコツンとマットに下ろす。陽乃海スポーツセンターの最上階である屋上、そこに設けられたバッティングセンターが
今の彼らの遊び場だった。二回戦に渡るペアマッチの後では女性陣の体力もそれなりに消耗しており、また大学生ではあるが運動とは縁遠くなりつつある
総志も少々疲労があったため、このバッティングセンターを存分に遊ぶ事が出来ているのは謙悟と継だけだった。
だが、そこで継は謙悟に勝負を持ちかけた。
「ボウリングはもう諦めるけど、これならどうだ? どっちが多くホームラン打てるか、勝負しようぜ!!」
「別に構わないけど……流石に、ホームラン限定にしたら大した本数に行かないんじゃないか?」
謙悟の言葉はもっともだった。二人とも運動能力は高いが、いかに直球限定であってもすぐさまホームランが打つ事が出来るかと言われれば、正直難しい。
なので長打級の当たりであればホームランとみなし、十球の内でどちらがより多く打てるかを競う形での勝負を取り決め、ジャンケンの後にゲームスタート。
それが十分ほど前の事であり、つい今し方、謙悟の最終打席が終了した。
ボールの速度は時速百三十キロ、高校生レベルとしては十分速球と言えるボール。継はそれを十球中七球を長打にし、その内で確実にホームランと呼べる
打球――ホームランの文字が書かれた横長の板への直撃――は三球だった。習い事や昔からの練習はほとんどなく、ぶっつけ本番でありながら人並み以上に
運動をこなせる天才型の継。その証拠に、継はこのバッティングセンターに足を運んだのは、片手で足りるほどの回数しかない。このあたりの優秀さは冴霞
にも通じるものがあるのだが、それでも決定的に違うものがある。
それは、才能を持ちながら努力を必要としていない継と、才能に甘える事なく努力を怠らなかった冴霞という、日々の弛まぬ練磨の差だ。持って生まれた
性能に慢心することなく切磋琢磨してきた人間に、天賦の才だけで勝てる人間はそういない。そしてそれは、凡人の謙悟相手にも同様。
謙悟は確かに恵まれた体格と優れた運動能力を持ち、そして恐らく高校生レベルでは並ぶ者のない武の使い手でもある。だがそれらは冴霞や継のように
生まれ持っての才能があったわけではなく、わずか四歳の頃から怠ることなく続けてきた修練の賜物だ。特別な才能など一欠片も持たないただの『石』で
しかなかった謙悟は、磨き研がれた『輝石』となった。そしてその輝きは、原石から表出しているだけの継を凌駕する結果を常に叩き出している。
故にそれは今回も例外なく、試合結果は七本と八本。継が長打四に本塁打三、謙悟が長打三で本塁打五。疑う余地もなく、謙悟の勝利である。
「だーっ! くそっ、もう一回勝負だ!!」
「諦めが悪いよ、継くん。それに一回だけの真剣勝負だって言ったのは、継くんじゃない」
バッターボックスから帰還した謙悟を出迎えたのは、継の怒りの声だった。それを窘める要も、少々呆れの表情が見えている。
「柊木の言う通りだ。一本差でも、勝ちは勝ちだからな」
「おーじょーぎわが悪いのは、継くんの悪いクセだねっ! 勝者、新崎くーん!!」
謙悟の右腕を掲げ、無理矢理勝利宣言させる愛。そして謙悟が抵抗の声を上げるよりも早く、愛は空いているもう一つの手で冴霞をぐっと引き寄せると、
そのまま謙悟の腕の中に納まるように押し付けた。
「わっ……も、もうっ、秋月さん!?」
「危ないだろ、どういうつもりだ?」
「どういうって、勝った人へのごほーびだよ? センパイ、新崎くんのことず〜っと応援してたんだから」
へらへら笑いながら、愛がびっと親指を立てる。それを叱りつけるように総志の平手がぺちんと愛の頭を叩き、大して痛くもないのに大げさに痛がる愛を
見て、継が大笑いし要もクスクス笑っている。
そんな何気ない、しかし大切な友人たちの交流風景を見ながら。
謙悟はそっと冴霞を抱く力を強め、冴霞もその力に委ねるように寄り添った。
38.水辺の思い出
この陽乃海スポーツセンターには、まだ紹介していない施設が一つある。それは五階にあるカフェテリアとは反対に位置しており、この夏という時期には
賑わいを見せるはずの施設ではあるが、すぐ近くにより広い自然の施設が存在するために来客数は少なく、また少し遠出をすればレジャー施設として建設
されているオープンスタイルの大型施設があり、より一層の過疎化が進んでいる。
しかし、二階にあるアスレチックジムの会員たちが利用するために完全に閉鎖はされておらず、また公共施設として格安で借りられる為にちびっ子が
団体で来客する事もあり、そこそこの収益を得ている。そしてなにより、サービスだけならばレジャー施設にも引けを取らないというのが大きな強みでも
あるのだ。
「じゃ、レンタルで借りてくるね。継くんたちもレンタルだよね?」
「ああ。着替え終わったら、入口の所で待ってるからなー」
更衣室の前で別れる男性陣と女性陣。その後ろ姿を見送って、謙悟と総志はほぼ同時に溜め息をついた。
「まさか、着替えもないのにここに来ようって言い出すとは……つくづく予測不可能ですね、秋月は」
「まあ、アレの天然は昔からだし。言いだした本人がレンタルしているあたり、行き当たりばったりなのも大目に見てやってくれ」
しみじみと言われると感慨深いものがあるが、それはさておき着替えなくてはならない。更衣室の手前にある展示室で適当なものを物色し、当たり障りの
ない地味なデザインのものを選ぶ男性陣。中にはかなり奇抜な物や際どい物もあるにはあったが、衆人環視――といえるほど多くはないが――の前でそんな
恥ずかしい格好をする無謀さは、生憎誰も持ち合わせてはいない。
彼らが訪れた場所は全天候型の屋内プール。冬場には温水にも変わる、十二レーンを持つ比較的大きなプールである。
「がら空きだな。ほとんど貸し切りだぜ」
継が漏らした率直な感想の通り、利用客は親子連れと思しき組み合わせが二組と、中学生くらいの男の子が三人いるくらいだった。誰の目にも明らかな
ほどに閑散としており、団体客としては一番多いと言えるグループが彼らとなれば実質貸し切り状態と言って差し支えないだろう。
「んじゃ、俺は軽くひと泳ぎしてくる。要たちが来たら、あとで教えてくれ」
団体行動を完全に無視して、軽い柔軟をしながら移動する継。謙悟も総志もとくにそれを咎めることはせず、貸し出しのタオルを持ったままぺたぺたと
プールサイドを移動し、たっぷりと張られたプールの水に触れる。
「お、意外と冷たい。……新崎くんは、泳ぎは得意?」
「まあ、人並み程度には。遠泳とかは、どういうわけか空手の師範に鍛えられましたけどね。総志さんは?」
「俺も人並みかな。ただ、愛はかなりのカナヅチだよ。泳げないわけじゃないが、二十五メートルがやっとってところだな」
苦笑いしながら、しかし声の調子は楽しげに語る総志。きっと昔の事を考えているのだろうと思いながら、謙悟はそれをすこしだけ羨ましく思っていた。
と、そこへ。
「どーん!!!!」
言うが早いか、それとも行動の後に声を発したのか。乱暴な両手突きが総志の背中を押したかと思うと、総志はそのままプールに叩き落とされた。
「うおっ!?」
「め、愛ちゃん!? いきなり何て事を……!!」
慌てている声は要のものだ。どうやら着替え終わったらしく、謙悟は振り向いて彼女たちの姿を見る。
「遅かったな、って……何だ秋月、その格好」
「ビキニさん。どうよ?」
言葉通り、愛が選んだ水着はセパレートのビキニだった。ただ、生地の面積はやや大きめで、露出はやや抑えられている。だが以前海で見た冴霞に匹敵
するくらいに豊かなバストとほっそりとしたウエストは、子どもっぽい行動が多い彼女とはアンバランスな魅力が垣間見える。しかしその魅力をある意味
台無しにしているのが、大きな白とピンクの浮き輪だった。
「もっと修行して出直してこい。それと」
「それと?」
「?」と首を傾げる愛。そこへいつの間にか忍び寄っていた冴霞が、とんっ! と愛の背中を押した。
「後方注意な」
「に゛ゃ〜!?」
放り投げられた猫のような声を上げてプールに飛び込む愛。謙悟と冴霞はその姿に笑いながら、そして要は一人でオロオロしていた。そんな彼女の水着は
以前見たビキニではなく、オーソドックスなワンピース水着だ。控えめな黒の水着は落ち着いたものだが、彼女の最大の特徴である大きなバストが苦しげに
収まっており、免疫のない人間には目の毒だろう。
「冴霞、やり過ぎ」
「そういう謙悟くんだって、私のこと黙ってたじゃないですか? おあいこですよ」
ぴっ、と口元に人差し指を当てて、いたずらっ子のような笑みを浮かべる冴霞。彼女の水着も要と同じくワンピースだが、紺とスカイブルーのラインが
入った競泳用に近いデザインのもので、体の線がはっきりと出るようなものである。こちらもこちらで魅力を封じ込めつつも、えも言われぬ色香を放って
いるという絶妙なチョイスだ。
長い髪はそのままに、謙悟の視線を感じてくるっとポーズをとる冴霞。そんな彼女を可愛いと思いながら、謙悟はそっと目に掛かっている髪を梳いた。
腕を痛めている事もあって、冴霞は泳がずにただプールの中をゆったりと歩いていた。水深は浅く、深いところでも一.五メートルしかないこのプールは
この面子の誰もが溺れることはないし、百七十センチを超える冴霞ならばなおさらである。
継はばしゃばしゃと勢い良く泳いでいるし、要はその後に続くように平泳ぎ。浮き輪をつけた愛は、総志に引率される形でバタ足で泳いでいる。それぞれ
思い思いの形で楽しんでいる中、謙悟と冴霞はというと。
「腕の方、大丈夫か?」
プールサイドに戻ってきた謙悟が持ってきたのは、自販機で販売しているパックのイチゴジュースだった。数日前には冴霞が自ら作った事もあるそれを
見て、思わず吹き出してしまいながら、冴霞はプールを出る。それを補助するように謙悟が手を貸し、まだ微妙に痛む冴霞の腕に負担をかけないように
サポートしてくれた。
「ありがとうございます。でも、わざわざイチゴジュースだなんて……また飲みたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、なんとなく……」
「?」
謙悟に封を切ってもらったジュースを受け取り、ストローを差してちゅ〜っと飲み始める。透明なストローの中を赤い液体が上り、冴霞の口にゆっくり
吸い込まれていく。
「まあ、分かり切ってる事なんだけどさ。高平や総志さんに比べて、俺たちってまだまだ思い出が少ないんだなあって思って。ちょっと羨ましかったから
……冴霞との思い出の一つだったこれを、選んでみたんだ」
「ん……でも、思い出は」
ぴ、とストローを離して謙悟を見上げる。黒の中に仄かな青を湛えた、紺青色の瞳。冴霞だけが持つ深みのある青。その色に魅入られるように、謙悟は
自然に膝を落とした。
「これからたくさん、要さんや秋月さんに負けないくらい作っていけばいいんですから。ね?」
差し出されたジュースを冴霞の手ごと受け取り、一口飲む。甘ったるいイチゴ味に、微かに感じる冴霞の味。ただあの時とは違って潮の香りがしない分、
以前よりも強く冴霞を感じられたような気がした。
「そうだな……ありがとう」
「いえいえ……んっ」
継や総志たちが見ていないのを見計らって、そっと冴霞に口づける。甘いイチゴ味は天然物だった以前とは違い、砂糖の甘さも混ざっているように感じ
られた。だがそれも含めて、また違う思い出の一ページになる。
「んむ……もぉ、人がいるのに……」
「悪い。でも、俺はいつだって冴霞とこうしていたいってこと、考えてるよ」
思いがけない謙悟からの告白に、冴霞は真っ赤になってあたふたしはじめた。まさか、硬派なイメージの塊のような謙悟からそんな甘ったるい言葉が飛び
出してくるなど、一体誰が想像できるだろうか。
「え、け、謙悟くん、そ、それって……大胆発言……です……うぅ」
「――――っ」
照れ隠しに俯きつつも、窺うようにチラチラと謙悟を見上げる冴霞。子どものような、小動物のような、普段の彼女を知る人間ならばあまりのギャップに
悶え死んでもおかしくないし、彼女の幼馴染である来栖彩乃がこの場にいたとしたら、鼻血を噴いて倒れること間違いなしだろう。
もちろん、それは謙悟も例外ではない。今だって目眩で倒れそうだし、継たちに見られるというリスクさえなければ思い切り抱きしめてしまいたい位だ。
「…………らぶらぶおーら、検知しました」
「「うわぁっ!!?」」
唐突に横から入ってきたのは愛の声だった。見ると、プールの水面から頭だけを出してさらに浮き輪を使って、カムフラージュして聞いていたらしい。
普段はアホな言動が目立つ愛だが、こういう突拍子もないところでは実に侮れない。
「にゃはは、いいよいいよ。もっとやれーって感じだよ。新崎くんもセンパイも、かわいーね!!」
「は、はぅ……秋月さん、森川先輩は……?」
「そーじくん? 今は向こうで継くんと競争中ですよ。要ちゃんは応援中で〜す」
ほれ、といった感じで指差す先には、確かに二人が競い合っている。取りあえずこれ以上知られたりからかわれる危険性はないと分かった事で、謙悟と
冴霞は同時に安堵の溜め息をついた。
「んー。でも、二人のおかげで罰ゲームが決まったかな。継くんには悪いけど、何とかしてもらうね!!」
「今決めたのかよ……」
謙悟の突っ込みに答えるように、びっとサムズアップする愛。その姿に辟易しながら、謙悟と冴霞は被害者となる継に、心の中で謝罪していた。
あとがき:
サービスシーンはごくわずかでしたが、幕間的なお話になった今回。他のカップルに比べて付き合いの
期間が短い事を気にしていた謙悟を、しっかり者の冴霞がフォローするという、支えあっている様子を描きました。
そして決定した、愛提案の罰ゲーム。どうやら被害者は継になるようで、被害者体質の要はちょっと救われます
管理人の感想
BGMの38話。前回でボウリング対決は終わり、今回は引き続きスポーツセンターでの遊戯。
特に今話は、謙悟と冴霞の絆を感じましたね。普段から仲が良い二人ですが、前話までは勝負事が続いていたので、久しぶりにほのぼのしたといいますか。
思い出の無さを悔しがる謙悟と、これからの未来に想いを馳せる冴霞。本当にお似合いな二人だと思います^^
愛が考えた罰ゲームが気になりつつ、今宵はこの辺で。