B&G MEMORIAL of SUMMER

BOYS and GIRLS in Long Vacation

 

 

 

 早朝五時。睡眠時間わずか二時間半という短さで謙悟は起床し、隣で寝ている冴霞の枕になっていた左腕を本物の枕と差し替えて、こそこそと彼女の

部屋を辞すことに成功した。しかし冴霞の父・今村稔臣にこそ目撃されなかったものの、朝食のために既に起床していた悠香にはバッチリ目撃されてしまい、

『この調子だと、私の予想よりも早く孫が出来そうですね♪』などと眩しすぎる笑顔で言われてしまった。

 といっても、悠香はそのおかげか普段よりも上機嫌で、朝食に起きてきた稔臣も妻の態度に首を傾げながらも、そこはあえて追求せずに出社。謙悟には

『またいつでも遊びに来てくれたまえ』との言葉を残してくれた。

 そして午前八時半。シルビアに付き添われて、冴霞は就寝前と変わらず着崩したパジャマ姿で、小さなあくびをしながらリビングに現れた。悠香はそんな

娘のあられもない格好を怒るでもなく、あらあらと笑いながら自分の部屋から薄手のガウンを持ってきて、冴霞の肩に掛ける。

「せめてこれくらいは着て来なさい? あんまりはしたない姿を見せていると、謙悟さんも愛想を尽かせてしまうわよ?」

「う……はぁい」

 紐を締める冴霞。どれだけ普段がしっかりしていても、やはり母親である悠香には頭が上がらないのだろう。謙悟はいつのまにか自分の足にすり寄って

きているシルビアを抱っこすると、腰かけていたソファーから立ちあがり、二人のそばまで歩み寄る。

「お母さん、一晩泊めていただいてありがとうございました。ですけど、さすがにそう何日も家を空けてはいられないので……今日、帰らせていただきます」

「そうですね、ご家族の方もいらっしゃらないという事ですから。名残惜しいですけれど、仕方のない事ですわ」

 残念そうに頬に手を当てる悠香。その表情だけで、謙悟のことをいたく気に入っていることが見て取れる。だがそんな悠香以上に不満そう――――もとい、

不満をあらわにしているのは、当然ながら冴霞だった。

「謙悟くん、本当に帰っちゃうんですか……?」

「う……」

 上目遣いに見上げられる。その眼に込められた不満と、寂しさと、思慕の念を十分知りながらも、謙悟は冴霞の肩に手をおいて、なだめる様に頬に触れた。

「また、ちゃんと遊びに来るから。それにどっちみち、昼からはバイト入れてるんだ。だからずっとここにいるわけにはいかないんだよ……な?」

「確か……イベント会場の設営?」

 頷き、肯定する謙悟。まだ十八歳未満、かつ高校生という事で、謙悟は深夜帯にまで及ぶ拘束時間のアルバイトは組むことが出来ず、そして夏休みの間は

体力的には少々辛い物はあるが、肉体労働系の契約アルバイトとして派遣会社と契約している。今日は市内にあるイベントホールで小さな会場設営の契約が

入っていたのだ。

「じゃあ、せめてバス停までは……送らせて下さい」

 頬に当てられている謙悟の手に自分の手を添えて、冴霞が笑みを向ける。どうやら納得はしてくれたようだ。

「うん……ありがとう」

「…………じゃあ冴霞? そろそろ朝食にしようと思うのだけれど、席に着いてもらえるかしら?」

 娘のお尻をさわさわと撫でる母。それに驚いた冴霞は咄嗟に飛び退き、謙悟の背中に隠れるようにして、悠香を睨みつけた。

「お母さん!! 朝から変な事、しないでくださいっ!!」

「だってぇ、冴霞ったら謙悟さんの事しか眼に入っていないんだもの。お母さん寂しいわ♪」

 そうは言うものの、語尾に音符まで飛ばして楽しそうに笑う悠香に寂しさは見られない。謙悟はそんな悠香の姿に、今は遠く北の大地でワタリガニの

味噌汁に舌鼓を打っている母・陽子の姿を重ねていた。

 

 

26.愛の お・さ・そ・い

 

 

 八月八日。

 二日間怠ってしまったロードワークを終え、シャワーを浴びて洗濯機を回しながら、謙悟は上半身裸のまま湯上りの一杯(牛乳)をあおった。

「ぷは……ん?」

 ダイニングテーブルに置いていた携帯電話のライトがちかちかと明滅している。イルミネーションの色で分かってはいたが、冴霞からのメールだ。

――――おはようございます。ロードワーク、お疲れ様。朝ご飯ちゃんと食べて下さいね。 冴霞

「分かってるよ……と」

 カチカチと携帯を操作し、メールの返事を送る。昨夜からこのやりとりは十数回行われており、しかし二人は飽きることなく続けている。

 昨日は結局、天桜町のバス停にバスが来るまで二人はずっと手をつないでおり、自宅に戻って簡単な身支度を整えた後、謙悟は会場設営のバイトに

向かっていた。眠気はかなり酷かったが、午後一時から午後六時までの五時間で設営は無事終了し、疲れ切った身体を引きずって、謙悟は何とか帰宅を

果たした。それでも冴霞から送られてきたメールにはちゃんと返信し、眠る直前にはしっかり『おやすみ』と送ってから就寝していた。

「……朝飯でも食うか」

 シャツを着て、首にタオルを引っ掛け、スリッパを鳴らしながらキッチンへ移動し冷蔵庫を開ける。食料はそれなりに入ってはいるが、日持ちするものは

あまり多くなく、また野菜も肉も少なめだ。今日か、遅くとも明日には一度買い物に行く必要があるだろう。

 ほうれん草とベーコン、そして卵とテーブルパンを取り出し、同時に湯沸かしポットのスイッチを確認する。お湯はちゃんと沸いており、謙悟は収納棚

からさらにカップスープの素を取り出す。

献立は目玉焼き、ベーコンとほうれん草のバター炒め、パン、インスタントスープ。簡単すぎる朝食だが、何も食べないよりははるかにマシだ。

 ものの十分足らずで朝食を終え、洗い物を済ませ、洗濯乾燥機からしっかりと乾いた洗濯物を取り出してたたみ、自室のタンスにしまう。それが済めば、

今度は部屋の掃除だ。フローリングの床を長柄のワイパーで拭き、乱れたベッドを片づけてベッドメイク。それらがすべて終わる頃には、時刻は午前九時を

回っていた。謙悟は冷蔵庫からジュースを取り出し、一服しようと栓を開けた。

「ん……?」

 と、それを邪魔するように携帯が着信音を響かせる。音楽が違うため、相手が冴霞ではない事はすぐに分かった。また陽子や父・徹からでない事も同様の

理由で分かっている。ごく普通のアラームに近い初期設定の着信音は、これといって特定した相手からの電話ではない。

 ディスプレイを開いてみると、登録者の名前は表示されていなかった。だとすると間違い電話か、イタズラか。だが自分の知らないところで誰かが緊急時

連絡用にと謙悟が全く知らない人間に教えている、という可能性も皆無とはいえない。

「もしもし? どちら様ですか?」

 険のある口調で応じる謙悟。すると――――

『もしもぉーし? 新崎くんですかぁ?』

「…………はぁ?」

 天井どころか屋根の上まで突き抜けそうな、文字通り抜けるように明るい女の子の声。そしてその声に、謙悟は聞き覚えがあった。

「えっと……もしかして、秋月か?」

『お、すごぉーい。あったりー! やだなぁ、一発で見破られちゃったよぅ。新崎くんの後ろの席の、秋月愛(めぐみ)でーすっ』

 妙にハイテンションな愛の声は、そのテンションそのままにかなり大きな声だ。謙悟は微妙に携帯を遠ざけながら、ベッドまで移動して腰を下ろす。

「朝っぱらから元気だな。っていうか、何で秋月が俺の携帯の番号知ってるんだ? 俺、秋月に教えた記憶ないんだけど」

『うん、あたしも教わってないよぉ? でもね、秘密のルートから新崎くんの番号をゲットしちゃったのです!』

「個人情報漏洩だ! っていうか、秘密のルートってなんだよ!?」

『えー、秘密は秘密だよぉ。そんなことより新崎くん!!』

 わりと重要かつ重大な問題にも関らず、愛は謙悟のプライバシーを「そんなこと」で片づけると。

『今日、一緒に遊ぼうよっ!!』

 突拍子もない事を、当たり前のように切り出した。そしてその切り出しから、謙悟は今の今まで気づかないフリをしていた愛の本性を、ようやく心の底

から理解することにした。

「秋月……お前、アホだろ」

『え、何でぇ? 一緒に遊ぼうって言っただけじゃん。なんでアホなの?』

「…………いくらクラスメイトだからって、いきなり遊ぼうって誘う奴があるか。前振りも何もナシだったら、誤解されるぞ」

『そんなのめんどくさいよぉ。ストレートに伝えた方が分かりやすいでしょー? それに誤解ってなに?』

 低レベルすぎる会話に頭痛を覚える謙悟。一から説明しないと分からないのだろうか、この娘は。

「……で、デートの誘いとかと、勘違いされる……って意味だ」

『……ぷっ、あははは、あははははははははははっ!!!!』

 愛大爆笑。そのリアクションに怒りを覚えた謙悟だが、常識的に考えれば愛の誘いはそういう風に取られても文句が言えないものだ。さして親しくもない

年頃の異性相手に、いきなり遊ぼうなどと持ちかければ、勘違いする人間も少なくない。

「……切るぞ」

『あははは、ご、ごめんごめん。そっか、そうだよねー。言われてみればそうだよねー。うん、あたしが悪かったです。ごめんなさい』

 受話器の向こうで呼吸を整える息遣いが聞こえる。どうやら涙まで流して爆笑していたようだ。

『んとね、夏休みももう半分終わっちゃうでしょ? それで、何か思い出くらい欲しいなーと思って考えてたんだけど、どうせだったら人数いっぱいで

楽しい思い出を作ろうと思って、友だちにも電話したの。そしたらその子が新崎くんのこと教えてくれて、それで誘ってみようって話になって。あたしが

電話したのはちょっとしたドッキリだったんだ。ゴメンね?』

「いや……そういうことなら、ちゃんと説明してくれ。……で、なんとなく予想はついてるんだけど、秋月の友達って――――」

『それは会ってのお楽しみ―。あと、今のところ新崎くんも入れて五人しか集まってないの。だからあと一人、誰か誘ってきてくれないかな? 集合場所は

後で電話するから。じゃ!!』

「え、ちょ――――切りやがった……」

 リダイヤルするという選択ももちろんあったが、さすがにそんな気は起きなかった。愛とはそれほど親しい間柄ではなく、教室の席が前後という程度しか

接点がない。まともに会話したのはこれが初めてだが、初めてのまともな会話がこんな調子だったとなると、今後が思いやられる。

「あと一人、誘えって……言われてもな」

 謙悟が誘える相手のうち、おそらく既に二人は愛が誘っているだろう。そしてそのうちの片方、あるいは両方が愛に謙悟の電話番号を教えた事は想像に

難くない。だとすると必然的に謙悟が誘える相手は一人しかいないし――――彼女以外を誘う事など、謙悟には考えられなかった。




あとがき:

凍結中の作品から登場した天然極楽快活少女・秋月愛が遂に登場。
作品のタイトルこそ違いますが、BGMとあきよなは世界を共通する作品である事は
既に周知の事実ですので、今更な感もありますが、これで正式に参加となりました。
次回はさらにもう一人登場頂きます。伏線らしい伏線…というほど大したものでは
ありませんが、回収すべきものもありますので、そこもまとめていきます。



管理人の感想

ということで、鷹さんのBGM更新しました〜^^
今回の主役はやはり、鷹さん曰く「天然極楽快活少女・秋月愛でしょう!
知らない番号の相手から掛かって来た電話に、少し険のある口調で出る謙悟に対してすら、あの緩さですからね。恋人であるあの人には、いったいどれほどゆるゆるなのかと(笑)
まあそこが彼女の魅力なんでしょうけど。
次回はその6人のメンバーで「遊び」に行きます。おそらく愛が皆を引っ張ることは間違いないでしょうが(汗)
ではでは〜



2008.12.3