B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
時刻は深夜一時前。もう既に日付をまたぎ、繁華街でさえその明かりを落とす時間帯。
そんな時間に、今村冴霞は痛む頭に整った眉を歪めながら気だるげな起床を果たした。アルコールによってもたらされた酩酊の症状は重く、吐き気こそ
少ないものの頭痛と胸やけはかなり酷い。これまで酔った経験など、中学生の頃に父の実家で甘酒をたらふく飲み、そのまま翌日の夕方までうなされて
以来だ。
だが記憶している限りでは、この数時間で飲酒した覚えはない。飲んだものといえばあのマンゴージュースくらいのものだが。
「うぅ……気持ち、わる……」
のろのろとベッドから起き出すと、枕元で寝ていたシルビアがむくっと頭を上げる。安眠を妨げてしまったことに不満を感じているのだろう、と思った
冴霞は、つけっ放しにしていた照明を落とし、そのまま部屋を出た。
当然だが、廊下に出ればもうどの部屋からも明かりは漏れていない。父・稔臣は必ず十一時には仕事を終わらせて就寝するし、母・悠香も同じくらいの
時間には床に就く。夫婦である以上二人は同じ部屋で眠っており、よほどのことがない限りこの時間まで起きていることはない。
部屋には謙悟の姿はなかった。きっと奥の和室で寝ているのだろう、と少し残念な気分になりながらもしかし、今の自分の無様な姿を見られたくない
冴霞は彼のもとに向かうことなく、バスルームへ直行した。
最上級の部屋であるがゆえに、今村家のバスルームはかなり豪華だ。大理石を模したタイルを全面に敷き詰め、広めの湯船はそのまま寝そべって入る事が
できるほどに長く、また横幅も十分に備えており、さらに夏場は使うことがないが浴室暖房も設置されている。そして極めつけは、全身シャワーができる
スチームシャワールームに加えてホームサウナまで完備しているという、ある種の趣味としか思えない、デザイナーズマンションのような仕様が標準設備
として施されている。ここまでくると道楽以外の何物でもないのだが、不快感最高潮の冴霞には、ありがたい設備だった。
「はぁ……っと」
がちゃっ、とドアを開ける。するとどういうわけか脱衣所の明かりはついていないのに、バスルームの明かりだけはしっかりついていた。さらに普段は
悠香もめったに使わない、奥のサウナの明かりまでついている。
「お母さん……消し忘れた、かな……?」
いつもならそんなこともないのに、と思いながら冴霞はさっさとシャツを脱ぎ、スカートを落として脱衣籠に放り込み、ブラジャーもショーツも同じ
ように籠に入れる。そして収納スペースにしまってあるバスタオルを一枚取り出し、同時に長い髪をまとめるためのガーゼタオルを首にひっかけて、
バスルームのドアを開けた。
「……え?」
「え……?」
聞きなれた声。濡れた髪、湯上りに上気し、日焼けした逞しい身体。昨夜その感触と力強さを、身をもって確認したのだから見間違えるはずもない。
腰にはタオルを巻いてはいるが、それ以外は一糸纏わぬ姿で。
新崎謙悟は、サウナのドアにかけようとしていた手を宙に漂わせたまま、硬直していた。
――――そして硬直していたのは、冴霞も同じであることは言うまでもない。
23. おふろのじかん・そのに 〜恋人編・前〜
謙悟くんがお風呂。タオルのみ。それ以外は裸。まぁこれは当然。問題は、どうしてこんな時間にお風呂に入っているのか。和室で寝ていると思ったのは
私の勘違い? 確認してなかった以上、可能性としては十分有り得る。でも、こんな時間に入るのはやっぱり不自然。
「…………け、謙悟くんっ!? な、なんで!? 寝てたんじゃないんですか!? わ、私、てっきり和室で寝てると思って……」
たっぷり十秒近く状況認識を終えてから、バスタオルをかき抱いて身体を隠す冴霞。謙悟は冴霞の声ではっと我に返り、固まっていた手を下ろした。
「いや、その……ずっと冴霞の部屋にいたんだけど、さすがにもう起きないだろうと思って、ちょっと前に入ったんだ。でも……」
「な、なんですか?」
腰に巻いているタオルの結びを固く絞りなおし、またそのタオルで手を拭いて、謙悟は冴霞との距離を詰めて額に手を当てる。そして手の甲でぺたっと
ほほに触れると、最後には額と額をぴったりくっつけた。
「かなり酔ってたけど、気持ち悪いとか、ないか?」
「う……ちょっと、頭がぐらぐらします……あと、そんなに酷くないですけど、吐き気も。でも私、お酒なんて飲んでませんよ?」
冴霞のその言葉に、謙悟も驚いたように目を丸くし、笑いを堪え切れず吹き出してしまった。
「なんだ、気づいてなかったのか? お母さんが差し入れてくれたアレ、ジュースじゃなくてカクテルだったんだぞ?」
「…………えぇっ!?」
謙悟からもたらされた真実に驚きの声を上げる冴霞。だが悠香によってアルコールを飲まされたのだと考えれば、眠気の原因も体調不良に至った経緯も、
そのどちらもが説明できるし、冴霞自身も理解できる。だが状況の整理ができたからといって、それで「はいそうですか」と納得が行くかと言われれば、
もちろんそんなことはない。
「ど、どうしてお母さんが!? 私がアルコールに弱いの知ってるのに! それに、いくら保護者だからって未成年者に飲酒を勧めるなんて!!」
「うん、それは俺も言ったけど……俺と話がしたかったから、って理由なんだって」
「な――――そんな、理由で……?」
くらっ、と冴霞は目眩を覚えた。興奮しすぎたことと酒に酔っていること、さらに悠香に対する呆れ、その全てが作用しての突発的な症状。だが既に
水滴で濡れているタイルの上でバランスを崩すことは、それだけで十分すぎるほど危険であり、優れた運動神経を有する冴霞であっても咄嗟に踏み止まる
ことは出来ない。
「冴霞っ!」
「あぅっ……」
温かく、逞しい感触。見上げればすぐそこには、謙悟の顔があった。
両腕は背中と腰に回され、倒れることがないようにしっかりと力強く冴霞の身体を抱き止めており、これ以上ないくらいに安定感がある。
「大丈夫か……って」
「? あ……タオル……」
倒れかけた時に思わず放してしまったバスタオルが、ぱさっと床に落ちる。巻きつけていなかったタオルにはもともと身体を隠すほどの役割もそれほど
期待されていなかったが、これで名実ともにその役を終えてしまった。そしてそれは即ち……謙悟と冴霞は、謙悟の腰に巻かれているタオル以外は一切
身につけていない状態で、抱き合っているのだ。
「……けんご、くん……」
「……さえ、か……」
お互いの鼓動が早鐘のように響く。身体に触れる柔らかすぎる感触と体温に、いくら謙悟といえども長時間理性を保つことは出来そうもない。ある種の
悟りを開いているようにも見られる彼だが、まだ十七歳の少年なのだ。最愛の、しかも全裸の恋人を腕の中に抱いて興奮しないわけがない。もし耐えられた
としたら謙悟は間違いなく聖人か、逆に精神的にどこかおかしいと断言してもいい。
謙悟自身、抱擁を解いてしまえばいいと頭では分かっていても、冴霞のことを気遣う気持ちと彼女を抱いていたいという思いが合わさって、なかなか腕の
力をゆるめることが出来ない。ただでさえ今日は彩乃に稔臣、悠香の相手をしていたために、冴霞とこうしたスキンシップを取る機会が少なかった。
二度寝した冴霞の隣でも謙悟はずっとシルビアを膝に乗せたままあの古書を読んでおり、寝ている冴霞に手を出すような無粋なことはしなかった。
そのためか、無意識的ではあるが謙悟自身、冴霞と触れ合うことを求めているのだろう。
「あっ……ん」
謙悟の視線からその想いを感じたのか、冴霞も彼の背中に腕を回し、きゅっと抱き寄せる。お腹のあたりから胸の奥が熱くなって、今にも口から吹き出て
きそうな圧迫感。
「? って、け、けんご……くん……っ」
「ん?」
「えと、その……ぅっ」
込み上げてくる不快感。いくら風呂場であっても、目の前に謙悟がいる前で最悪の事態は避けたい。だが惨劇を回避するためには、謙悟にその状況を説明
しなければならない。それはあまりにも過酷で、恥ずかしすぎる告白だが――――躊躇えば、彼を汚してしまう。
「…………ごめんなさい、吐きそぅ……」
決死の思いで吐き出した言葉。謙悟はすぐさま抱擁を解き、それと同時に冴霞は慌ててスチームシャワールームに駆け込んだ。
なんとか事無きを得た冴霞と謙悟は、二人でシャワーを浴びることにした。多少なりとも不快感を吐き出した冴霞だが、まだ体調が思わしくないことに
変わりはなく、謙悟の同伴はそれを気遣ってのものだ。また冴霞も謙悟の気遣いを嬉しく思い、彼の申し出を快諾している。実際は謙悟にとっては拷問にも
近い状態なのだが、それをおくびにも出さないポーカーフェイスぶりは尊敬すら覚える。
「しっかし……すごい風呂だな、個室シャワーに、サウナまであるなんて」
「デザイナーズマンションなんかにはあるらしいですよ。でも、サウナは私も滅多には使いませんけど」
壁面のコントロールパネルを操作して、ジェットシャワーを作動させる。天井のみならず側面、足元からもお湯が噴出され、ほど良い温度と水流が二人を
包み込む。冴霞は首に掛けていたガーゼタオルでくるくると髪をまとめると、収納ポーチからボディーソープとスポンジを取り出した。
「謙悟くんはもう、頭も身体も洗い終わっちゃったんですよね?」
「ああ。あとはサウナ使わせてもらおうと思ってただけだから。けどどうしてもってわけじゃないし……よかったら、背中くらい流そうか?」
謙悟にしては珍しい、軽い感じの申し出。だが実際、謙悟自身この提案は冴霞に対するちょっとしたからかい程度のものだ。いじめるつもりではないが、
こう言えばきっと冴霞は怒るだろうし、それを受けて謙悟がこのシャワールームから出るという口実を作るための、ささやかなトラップ。
実のところというか、当然というか。冴霞は今、腰にもタオルを巻いていない完全な裸だ。バスタオルは先ほど床に落としてわずかではあるが濡れて
しまっているし、そもそもシャワールームにバスタオルを巻いて入る人間などいない。
しかし冴霞から返ってきた答えは、謙悟にとって予想を裏切るものだった。
「いいんですか? じゃあ、お願いしますね」
「って、あ……あ、ああ……いいの?」
「むっ……それは、私だって恥ずかしいですけど。でも他の誰でもなく、謙悟くんが背中を流してくれるんだから……嬉しい気持ちの方が強いです」
振り向きとともに向けられるスポンジと、信頼の笑顔。それを受けて、謙悟の躊躇いと戸惑いはゆっくりと治まり、しかし鼓動だけは落ち着くことの
ないリズムを刻みながら――――そっと、冴霞の手からスポンジを受け取った。
あとがき:
半月以上の間を開けたにも関らずこの程度の文章量となったことを、まずは深くお詫び申し上げます。
久方ぶりに15000字クラスの短編一話分としてはやや長めなものを書いたリバウンドと、自作PCに
のめり込んだことにより身の回りの事の方が忙しくなり、何かとネタ出ししても満足に更新できない日々が
続いたための体たらくです。罵って下さい。そして次回は本番。洗っちゃいます。
管理人の感想
あーもう、相変わらずラブいなぁコンチクショー!(笑)
お風呂で裸のままバッタリ。これ自体はラブコメの王道なのかもしれませんが、二人ともあまり驚かないのは流石といいますか。
それはやっぱり、信頼感――なんでしょうね。もうご馳走様です。
次回は洗っちゃうらしいです。ええ、洗っちゃいます。謙悟が冴霞の肢体をスポンジでゴシゴシと。
15禁程度で頑張ってくださるらしいので、皆さまご期待を^^v