B&G MEMORIAL of SUMMER

BOYS and GIRLS in Long Vacation

 

 

 

 親友としてそばにいる彩乃。

 いじめられていた過去を知り、常にそばにいて冴霞のことを見ていた同性。幼馴染として、親友として、冴霞の幸せを願えばこそ、冴霞が苦労を背負うような相手と

交際し、考えたくも無い不幸な未来を迎えることは避けねばならない。

恋人としてそばにいる謙悟。

 積み重ねてきた時間は確かに短い。だが積み重ねてきた時間に込められた密度は高く、誰に対しても恥じることはない。どんな不幸も、途方の無い障害が降り注ごう

とも、二人で乗り越えることを誓い、また深い絆で結ばれている。

 睨み合う謙悟、そして彩乃の後ろをとてとてとベッドを抜け出して部屋を出るフレデリカ。そんな彼女を、部屋の外で二人の会話を立ち聞きしていた冴霞が優しく

抱き上げる。

「?」

「しー……」

 見上げてくるフレデリカを口止めし、そっと胸に抱いて、冴霞は壁に背を預けた。

 出会い頭からケンカに近い形でぶつかり合った謙悟と彩乃。どちらのことも好きだし、またかけがえの無い存在だとも思っている。

 彩乃の言い分が分からないわけではない。だが冴霞の本音としては、むしろ謙悟寄りだった。彩乃は昔から自分のことを守ってくれる頼もしい存在であり、また

心の底から信頼できる、どんな友人にも変えがたい親友だ。だが時に半ば無理矢理に物事を進め、冴霞もそれにつき合わされるということが無かったわけではない。

 最初に彩乃に反抗したのは、陸上を始めたこと。小学五年生の頃には身長で既に彩乃を追い抜いていた冴霞は、その頃から頭角を現し始めていた足の速さを武器に、

陸上クラブに参加するようになった。もっともこれは反抗というほど大袈裟なものではなく、いつまでも彩乃の後ろに隠れているのを卒業しようという、

冴霞なりの決意の表れだった。

 二度目の反抗は陸上を引退し、また学業を優先するために陽ヶ崎高校の受験を決めたこと。本来ならば冴霞も彩乃も、すぐそばにある天望桜女子を受験する予定

だった。だが冴霞は自分の将来の夢の為に陽ヶ崎高校を選んだ。すると彩乃も「サエが行くなら、あたしも陽ヶ崎に行くよ」と、わざわざ志望校を変更してまで、

そして女子空手部という彼女の特技を生かした部活動を蹴ってまで、冴霞と同じ道へと進んできた。

 彩乃は間違いなく自分にとっての親友だ。そして彩乃もまた、自分のことを親友だと思ってくれている。それは本当に嬉しい。

 しかし、と冴霞は思う。

 彩乃は自分を構い過ぎる余り、彼女自身が幸福になる道を選べないでいるのではないだろうか。

 彩乃にだってやりたいことの一つや二つくらい、あって当然なのに。それを自分が潰してしまっているのだとしたら。

 だとしたら、自分はもう――――本当の意味で、彩乃から独り立ちしなければいけない。

 なぜならばそれが、今村冴霞が親友として、来栖彩乃に出来る最大の恩返しだと思えるから。

 

 

16.Battle of Cooking !!

 

 

「口で言っても分からんようだな、新崎謙悟。それともお前にはこっちのほうが分かりやすいか?」

 コキコキと指を鳴らしながら、彩乃は低い声で呟いた。なりは小さくとも彩乃が発する威圧感はもはや並の少女のものではなく、多少なりとも格闘技の心得を

持つ者であれば、十分に推し量れるほどの気迫を持っている。

 だがその点で言えば、謙悟はそれを凌駕出来るだけの実力を持ち合わせている。しかし。

「……冗談でもそういうこと言うのは止めろ」

 謙悟は呆れたように溜め息をつきながら彩乃を見据える。剥き出しの刃のような彩乃のプレッシャーと比するならば、謙悟のそれは背中から氷の塊を押し付ける

かのような、どこまでも冷徹で絶対的なものだった。背筋が凍るという物言いはよくされるが、彩乃は初めて言葉通りのプレッシャーを感じた。

「……っ」

 分かりきっている事だ。謙悟と彩乃では、同じ初段でも勝負にならない。不意打ちのローキックを受け止めるのではなく躱された時点で、両者の実力差は明白。

仮に男女という差を無くしたとしても、才能、努力、経験、錬度。その全てにおいて彩乃が謙悟に勝ることはない。

「ふん。なら、別の方法で優劣を決めよう」

「優劣?」

 謙悟が問い返すと、彩乃はくすりと笑って。

「そうだ。どっちがよりサエのことを理解しているかの優劣だ。私が勝ったら、お前はサエと別れろ」

 まるで自分の勝利を確信しているかのような自信に満ちた言葉と表情。

「随分リスクが大きい勝負だな。じゃあ俺が勝ったら、アンタは何をしてくれるんだ?」

「あたしが負けることは万に一つも無いと思うが、そうだな。もしあたしが負けたら、お前とサエのことをちゃんと認めてやるよ。二人の関係に口を出すことは

しない。それでどうだ?」

 悪くはない条件だが、それでもまだ謙悟側にはリスクが大きい。下手に受けて負けようものなら、冴霞と分かれなければならないのだから。

 ここで彩乃の申し出を馬鹿馬鹿しいと切って捨てることも勿論出来る。普通に考えれば彩乃は冴霞の幼馴染というだけであり、二人の関係に口出しこそ出来ても

実際にどうこう出来るような立場ではない。受ける必要のない勝負にリスクを犯すなど、愚の骨頂だ。

 ――――だが。

「分かった。やってやるよ」

 謙悟が答えると、彩乃はやや驚いたように目を丸くし、くっと笑った。

「ははっ、まさか受けるとはな。臆病者ではないようだが、馬鹿だな、新崎謙悟」

「何とでも言えばいい。ようは、負けなけりゃいいんだからな。それで、お題は?」

 膝の上に乗せていたシルビアがくぁ……と小さな欠伸をし、大きな青い瞳で向かいにいる彩乃を見る。彩乃はゆっくりと足を組み替えて――――

 謙悟にとっては不利以外の何物でもない題目を言い放った。

 

 

 

 スーパー天桜。文字通りのどこにでもあるスーパーマーケットだが、天桜町に住まう人々の買い物の場で、また客層が富裕層ということもあり品揃えは豊富だ。

 フロアも広く、野菜、果物、肉、魚、その他諸々も数多く取り揃えている。午前六時から午後十一時半まで営業しており、町の台所と言っても決して過言ではない。

「……」

 謙悟は左手に買い物かごをぶら下げて、携帯電話で彩乃から出された題目に必要な材料を見繕っていた。

――――あたしとしては、冴霞の昔の思い出話勝負でもいいんだがな。それじゃあお前があまりに不利だから、別のものにしてやろう。

 と自信満々に彩乃が出した題目、それは一言で言えば『お菓子』。それも冴霞に食べてもらうためのお菓子である。

 冴霞の一番の好物は和食ではなく、甘いお菓子であることは謙悟も知っていた。しかし当然、彩乃もそのことは承知しており、今彼女は自宅で仕込みを整えている。

 彼女の料理の腕前は、本人曰く『人に自慢出来るほどではない』との事だが、謙悟もそれは同じだった。

 忘れがちではあるが、謙悟は料理が苦手というわけではない。麻那の食事を用意することもあるし、自炊もそれなりに出来る。だが冴霞に比べれば腕の差は明らか

であり、残念ながら謙悟の料理の腕はどこまでも普通のものしか作れない。美味いか不味いかで問われても、『普通』としか答えられないほどに。

 そして、ここが重要なのだが。

 謙悟は生まれてこの方、お菓子と呼べるものを作った経験は一度もないのだった。

「卵と、砂糖はいいとして……ま、マスカルポーネ、チーズ? チーズなんか使うのか?」

 携帯電話のネットを使ってレシピを調べてはいるが、今一つ要領を得ない。それも当然だ。それほどハードルが高くないとはいえ、謙悟にとっては未知の領域。

満足な知識もなければ経験もなく、また自身が食べた経験もほとんどない。

 甘いものは嫌いではないが、だからと言って好んで食べるようなこともしなかった。それに謙悟の家でお菓子と言えばクッキーやごく普通のショートケーキ、

それに和菓子が少々といった具合で、しかもどれも既製品ばかり。謙悟の母・陽子も数えるほどしか作ってくれた記憶はないし、もう何年も前のことだ。

「マズイな……どうしたもんか」

 ディスプレイに表示されているデジタル時計は十四時四十分になろうとしている。冴霞の家を出たのが二十分ほど前で、彩乃からは制限時間を二時間と言い

渡されていた。初めて作るとなれば当然失敗することも見越しておかなければならない謙悟には、いつまでも買い物だけにかかずらっている余裕はない。

 その時、ふと。

 いつだったか、冴霞があの店のケーキを絶賛していたことを、謙悟は思い出した。

「そうだ……そうだよ、あいつなら」

 忙しなく携帯電話の電源ボタンを連打し、すぐに電話帳を呼び出す。本人の電話番号は知らないが、身近にいる人間の番号ならすぐに呼び出せる。

 一コール、二コールと呼び出し音が続き、七コール目で繋がった。

『なんだよ、どうした?』

 電話口の先から聞こえてきたのは男性の声。この夏で加速度的に親密になった友人・高平継。

「高平、今『ひいらぎ』か?」

『ああ。ちょうどフロアにいたけど……何か急用か?』

 謙悟の声に、いつもは感じられない焦りを感じ取ったのか継が尋ねてくる。その心遣いを密かに嬉しく感じながら。

「悪いけど、柊木……ああ、店じゃなくて。柊木のこと、呼んでもらえるか? 聞きたいことがあるんだ」

『要? いいけど……どうしたんだよ?』

「大事なことなんだ。頼む!」

『わ、分かった。要ぇー!』

 声を張り上げて要を呼ぶ継。そして数秒と待たずに、受話器からは要の声が。

『はい、お電話変わりました。柊木です。どうしたの?』

「聞きたいことがあるんだ……この前、冴霞が食べてたアレ……ティラミスのこと、だけど」

『? ティラミスがどうかしたの?』

 電話の向こうの要が首をかしげている事など気にする余裕もなく、謙悟は深々と頭を下げた。

「頼む、必要なものと、作り方……教えてくれないか?」




あとがき:

彩乃様と謙悟の一騎打ち。しかしあくまで平和的に。
その一方で冴霞は事情を知りながら、二人の戦いを静観することに。
彼女が下す決断は、はたしてどちらを選ぶのか?
ちょっと短かったですが、次回に繋ぐためなので何卒ご容赦を…。


管理人の感想

BGM16話をお送りしていただきました〜。
謙悟と彩乃の直接対決。やっぱりこうなっちゃうんですねぇ^^;
まあ彩乃は最初からけんか腰ですし。謙悟も、冴霞関係のことで譲るような男じゃないし。
この二人のぶつかり合いは、必然だったのかもしれませんね。
そして対決内容は、格闘技!・・・ではなく、お菓子作り?
途方に暮れた謙悟が、思いついたたった一つの「アテ」。これがどんな結果へとつながるのか。
結果は次回で明らかに!



2008.8.11