B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in Long Vacation
ピピピピ……ピピピピ……
午前五時を知らせる目覚まし時計の音が静かに響く。もう何年も欠かしたことの無い朝の始まりを知らせる単調なメロディ。どれだけ小さな音でも、
新崎謙悟はこの時間にこの目覚まし時計の音を聞いて起きるのが常だった。目覚ましの音を止めるときは、いつも起床と同時。しかしその数年来の定説は、
今日に限っては破られることになる。
「…………」
パチン、と目覚まし時計のスイッチを押して音を止める。古い型であるため、昨今は当たり前のように付いているスヌーズ機能も搭載されていない目覚まし
時計は完全に沈黙し、再び謙悟がセットし直さない限り二度と鳴り出す事は無いだろう。
「んぅ……にゃ」
もぞもぞと隣に寝ている少女が身じろぎする。普段は大人びた表情を見せることの多いこの少女も、流石に寝顔は年相応にあどけなくまた可愛らしい。
半覚醒状態だった謙悟はそんな彼女――――今村冴霞の寝顔を眺めながら、優しく微笑んだ。
昨夜、謙悟と冴霞はとうとう男女の一線を越えた。拙いながらも深く、甘く、熱く愛し合い、心も身体も繋げ、重ね合った。
その彼女が、今こうして自分の隣で眠っている。無防備に全裸の上からシーツに包まって、そしてなおかつしっかりと謙悟の二の腕を枕にして。
肘を曲げくしゃっと冴霞の髪を撫で、そのまま優しく頭を引き寄せる。抵抗も無く近づいた額の髪の毛を空いている左手で掻き分けて、触れるだけのキスを落とす。
「ぅ……」
一瞬反応するが、眠り姫は起きる気配を見せない。だが謙悟にしてみれば、起きないでいてくれて助かったというのが本音だった。睡眠時間三時間で起こすのは
余りにも可哀想だし、謙悟としても冴霞と交わした約束を破るつもりはない。それに……やはり眠っているお姫様を起こすのなら、キスをするべき場所は一箇所しか
ないのだから。
「もう一眠り、するか……」
サイドボードに置いてある照明のリモコンを操作し、緩く灯っていた電球色を落とし、エアコンを送風で起動させる。
わずかに昇り始めた朝日から目を背けて、謙悟は再び冴霞との甘く緩やかな眠りへと落ちていった。
14.Past Times of you dear
「ん……むぁ……?」
ころんと寝返りを打ち、同時に手が暖かいものに触れる。ようやく目覚めを迎えようとしていた冴霞の意識はその感触に導かれるようにゆっくりと覚醒し始める。
うっすらと霞んだ視界。徐々に像は鮮明になり、輪郭だけではなく細部までが明らかになっていく。
「……けんご、くん?」
「ん? やっと起きたか……おはよ」
「おふぁよ……ごあいまふ」
欠伸交じりの朝の挨拶。すると謙悟は冴霞の髪をそっと撫でてから少しかき上げ、冴霞も甘えるように謙悟の胸板に頭を押し付ける。
「今、何時ですか?」
「朝の十時過ぎ」
「…………はいっ!?」
がばっ! と勢い良く起き上がり、サイドボードに置かれている目覚まし時計を見ると、確かに謙悟の言うとおり既に午前十時を回っている。しかもそろそろ十時半に
なろうかという時間だ。明らかに、普段の起床時間をオーバーしてしまっている。休みの最中であっても朝七時には起きて朝食を取るという規則正しい生活を送ってきた
冴霞だが、これだけ寝過ごしたのはこの夏休みでは初めてだった。
「ど、どうして起こしてくれなかったんですか!?」
「だって、すっごく気持ちよさそうに寝てるから。起こすのも可哀想だと思ったし」
さも当たり前のように言う謙悟。その言い草に勢いを削がれた冴霞は、そのままシーツで素肌を包んで謙悟に覆いかぶさった。
「……謙悟くんは、何時から起きてたんですか?」
「俺も、十分くらい前に起きたばっかり。ほら」
枕元に置いていた飲みかけのペットボトルを差し出す。やや温み始めてはいるが、それでもわずかに冷たさを保っている。冴霞はそれを抵抗無く受け取り、飲み口に口を
付けてこくこくと飲み込む。甘さが控えられた、それでいて水分の吸収を良くするスポーツドリンクはまだ完全には醒めきっていない肉体を目覚めへと導いてくれる。
「ん……」
「? ……ぁ」
そして、ゆっくりと。
口の中に蓄えた温いジュースは、冴霞の中から謙悟の中へと移された。
「……いきなり、だな?」
「だって、私だけ全部飲むなんて出来ないから。謙悟くんにもちゃんと飲んでもらわないといけないと思って」
照れ笑いを浮かべる冴霞。その顔があまりにも可愛かったので、謙悟は照れ隠しにぷいっと顔を背けた。だが冴霞は遠慮なしに謙悟に抱きつき、ごろごろと猫が甘えるように
謙悟の胸に頭を押し付ける。
「こら、やめろ。くすぐったいって」
「その申し出は棄却します〜。くすぐったいのくらい、我慢してください〜」
シーツ越しに押し付けられる柔らかな感触と、暖かな体温。昨夜十分に堪能した全ては、今も変わらず自分のそばにある。もし謙悟がその気になれば、今からでも昨夜の
続きをすることができるだろう。
だがそれは冴霞が望むことではない、と謙悟は理解している。冴霞は性的な欲求で謙悟に甘えているわけではなく、ただ単純に謙悟に触れて、甘えていたいからなのだと。
ならばそれを叶えてやるのは甘えられている自分の役割だ。そしてそんな役割という言い訳以上にまた、謙悟自身も。
「? 謙悟く……っ」
唐突に。しかし決して乱暴にではなく、包み込むような優しさで。
謙悟は冴霞との距離をさらに少し縮め、柔らかくまだ少しジュースに濡れた口唇に口付けた。
「もぅ。謙悟くんだって、いきなりじゃないですか?」
「俺のはお返し。……で、くすぐったいのが俺だけじゃなくなるのも、お返しだ」
「え、あっ……ぅ」
小さな子どもを抱っこするように、謙悟は上半身を起こして膝の上に冴霞を乗せる。体勢的には昨夜行った横抱き――――改め、お姫様抱っこと似たような格好だ。
「私の方が年上なのに、なんだか子ども扱いされてるみたい……」
「まぁ……今は同い年だけどな」
一月で早生まれの冴霞と、四月生まれの謙悟。学年こそ違うが、年齢的な差はほとんど無いと言ってもいいだろう。実際、謙悟は冴霞のことを子ども扱いこそしていないが、
麻那という身内とはいえ異性と七年間接してきた経験がある為、ふとした時に冴霞にも同じように接してしまう。頭を撫でることなどがいい例だ。
「けど、バカにしてやってるわけじゃないからな?」
「それは、ちゃんと分かってますけど……」
ぷぅっ、と頬を膨らませる。謙悟はその膨れた頬に、優しさと愛おしさを込めたキスをする。自分がこんなにキスばかりするような軟派者になっていると、彼の武道の師範らが
知ったらさぞや驚くだろうなと考えながら、冴霞と顔を見合わせる。
艶のある黒髪。やや切れ長ながらも、はっきりとした目。そして――――最近になって気づいた、一つの事実。
「冴霞って、眼の色が普通と違うよな。黒っていうより、ちょっと青が入ってる……か?」
「あ……は、はい! そうなんです!!」
なぜか嬉しそうに頷く冴霞。そのリアクションに驚きながらも、謙悟はそっと冴霞の前髪をかき上げて、彼女の瞳を眺めた。
「私の眼が青みがかってるのは、私の母方の曾祖母……ひいおばあ様の隔世遺伝らしいんです」
シャワーを浴びて、洗濯機を回し、謙悟の部屋で遅い朝食……もとい昼食を取りながら、冴霞は謙悟に切り出していた。ちなみに昼食はあり合わせの材料で作ったサンドイッチ
だが、ハムにチーズ、トマト、レタスといった具にマスタードと低脂肪マヨネーズをふんだんに使った、なかなかにボリュームのある品である。そして極めつけはバタークッキー
でアイスクリームを挟んだアイス・サンドまで用意していた。謙悟は相変わらず冴霞を自分の膝の上に乗せて、そのアイス・サンドを食している。
どちらも着替えは済ませており、謙悟は薄手のジーンズと黒のタンクトップ。冴霞は赤のスカートと、光沢のある白のブラウス姿だ。
「ひいおばあさんって……随分遠いな。遺伝って事は、もしかして外国の人?」
「はい。名前はクリスティーナ・アロンソン・三井。生まれはスウェーデンで、ひいおじい様とはドイツで知り合ったって聞かされました。といっても、私が生まれる前に
二人とも亡くなってるんですけど」
遡れば二十世紀でも激動期に入るであろう時代。第二次世界大戦よりもわずかに前の時代に、冴霞の曽祖父に当たる三井清蔵という男は海外留学生の一人であり、そして
クリスティーナはスウェーデンからの旅行者であった。二人は劇的な恋をしたらしく、周囲の反対や非難を押し切って結婚したという。
「何て言うか……普通に凄いな。そういう時代に国際結婚する日本人と外国人がいたんだ……」
「もちろん極少数ですけど、でもゼロじゃなかったらしいですから。けどひいおじい様のほうが早くに亡くなって、ひいおばあ様も苦労して日本語を覚えて……母が、今でも
ひいおばあ様の写真を大事に持ってるんです。何度か見せてもらいましたけど、金髪に青い瞳で。母からも私の眼の色がこうだったのは、ひいおばあ様の遺伝だって、何度も
言われたくらい。私が生まれる一年前に、亡くなったらしくて……写真でしか、会ったことないんですけど」
悲しげに、しかしどこか誇らしげに語る冴霞の頭を肩に抱き寄せて、謙悟はじっと彼女の瞳を見つめる。
紫を帯びた暗い青を紺青、プルシアンブルーと言うが、冴霞の瞳はその色が一番近い。この名称の由来は発見者がドイツ(旧名をプロシア)の出身であることから由来しており、
そういった意味でも冴霞とクリスティーナの繋がりを、冴霞の母でありクリスティーナの孫である今村悠香は少なからず感じていたのだろう。
ちなみに紺青とは実際は「■」のような色である。
「でも謙悟くん、よく気がつきましたね? 私の眼の色の事を知っている人って、家族と昔からの友だちしかいないんですよ? それに普通だったら意外と気が付かれない
色ですし」
「いや、気づいたのはホントに最近だし。それにもしかしたら触れられたくないことなのかと思って、ちょっと言い出せなかったんだ」
「確かに、自慢するようなことじゃないですけどね。小さいころはもっと青みが強くて、それでいじめられたりもしましたけど、私はこの眼の事、今は結構気に入っているんです」
さらっと言ってのけるが、謙悟にはその告白は衝撃だった。
「いじめって……なんで、そんな」
「日本人のクセに眼の色だけが青いから。小さい子って、人の持つものを訳も無く欲しがったり、羨ましがったりするじゃないですか。私のこの眼もやっぱり羨ましがられたり、
同時に妬ましかったんだと思います。それに私、眼もそうだけど名前も特殊だし、いじめられっ子だったんです」
幼児期のいじめには純粋な悪意はほとんど無い。嫉妬、羨望、優劣関係。持つ者と持たざる者。持つ者は確かに優位に立つが、持たざる者はその劣等感から攻撃性を示すことが
ある。それが幼児にとって最もシンプルかつ雄弁な暴力として行使され、また多くの持たざる者の支持を受けて優位者を弾圧し、いじめと呼ばれるスタイルへと変貌していく。
今村冴霞。青い瞳と風変わりな名前の少女。この二点だけで攻撃対象となった過去を、冴霞は今でも忘れてはいない。
「……それで、どうなったんだ?」
悲しげに、そして心底心配そうな謙悟の声。その声に込められた想いを嬉しく感じながら、冴霞は皿に乗せられている溶けかけのアイスクリームを指で一掬いし、ゆっくりと
口に運ぶ。
「幼稚園の頃、家が近かった子が助けてくれたんです。その子、すっごく手が早くて、気が強くて、頭も良くて。言いすぎかも知れないけど、そのころの私には正義の味方で、
本当にヒーローみたいな子でした。しかも同じマンションに住んでる子で、それ以来ずっと一緒に遊んでました」
嬉しそうに、楽しそうに語る冴霞。その表情を見るのは謙悟としても嬉しいのだが……同時に、わずかながら不愉快でもある。
「……そいつの事、好きだった?」
「はい! 今の私があるのも、その子のおかげですから。後になってその子が言ってくれたんです。『あんたの目は綺麗なんだから、もっと自身持ってもいい』って」
眩しい笑顔。だが謙悟は、冴霞の言葉に、そして彼女にそう言わしめた相手に対して、間違いなく――――嫉妬していた。
自分でも情けなく、またみっともないということは分かっている。既に過ぎ去った時の思い出話だということも分かっているのに、それでも冴霞が自分の知らない誰かに
対して思慕の念を抱いていたのかと思うと、やはり心中穏やかではいられない。
「……そっか。今でも、そいつのこと好きなんだな」
「え?」
謙悟の声の調子が変わったのに気がつき、冴霞は彼の顔を覗き込んだ。そして……失礼だとは思いながらも、思わずぷっと吹き出してしまった。
「な、なんだよ?」
「謙悟くん、もしかして……ヤキモチ焼いてるんですか?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
謙悟にしては珍しく顔を赤らめながら否定するが、その表情だけで冴霞には納得がいってしまった。
どうしよう。謙悟くんが可愛い。格好良くて落ち着いてて、凄く優しい彼にもこんな可愛らしい、普通の男の子の部分がある。今すぐ思いっきり抱きしめてあげたい。
不言実行と言わんばかりに、そしてまた辛抱溜まらずに、冴霞はぎゅうっと謙悟を抱きしめる。
「大丈夫です。その子のことは確かに今でも好きですけど、謙悟くんとはベクトルが違います。だって」
抱擁を緩め、謙悟と向き合う。まだほのかに赤い顔をしているのは、ヤキモチを言い当てられた恥ずかしさと、冴霞の胸に顔を埋めていた恥ずかしさが同居しているから
だが、その顔は彼女の告白によってまた少しだけ紅潮する事になる。
「その子、女の子ですから」
あとがき:
実に50日ぶりのBGMとなりました。MGS4を10周ほど終えて、ようやくの続き。
タイトルを改題しないとしましたが、Seasideは終わり、今回はLong。まだまだ続く
二人の長い休みに、もうしばらくお付き合い下さい。
今回からは少しメインキャラ・特に冴霞の掘り下げをしていきます。謙悟については
Seasideの方で中学~高校間を補完しているので、今度は相方の方を。彼女の出生から
徐々に明かしていきますので、事実上主役は冴霞のほうにシフトした形になるかな?
次回は件の『女の子』も登場しますので……。
管理人の感想
初体験後、初めて迎える朝。愛しき人とのつながりを経て、幸せを再度実感する時間。
それは勿論、彼らにとっても例外ではなく・・・いや、もっと深いところで繋がっている彼らだからこそ、もっと大切な時間になり得る。
あっまあっまでしたねぇ〜^^ そして始まった、二人の新たな夏。
第2部といったところでしょうか。冴霞にスポットライトが当たっていくようで。
少し青みがかった瞳。それを理由に苛められていた過去。そして、そんな冴霞を救った、幼友達である「女の子」。
とりあえず、今回は導入という形で。これからどのような展開になっていくのか、非常に楽しみです〜♪
では、次回もお楽しみに。