B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in
時刻は午後六時過ぎ。しとしとと降り続けている雨は一向に止む気配が無く、予報どおりならば明日の未明から朝方まで降り続けるという。
陽乃海市は海沿いの都市であり、台風などの影響も毎年大なり小なり受けている。この雨も例年と同じく台風の影響によるもので、今回は
直撃ではないものの強風域に含まれており、台風が無事に通り過ぎるまで、この悪天候は続くだろう。
「じゃ、気をつけてな」
「大丈夫だって。そっちこそ気をつけろよ」
家の前まで高平家の車・アルファードで送ってもらった謙悟は、冴霞が濡れないようにと自分の上着をフードをすっぽりと被った彼女の頭の
上からさらに被せる。
「ありがとうございました、また今度お礼に『ひいらぎ』に行きますね」
「はい、待ってます。お休みなさい!」
後部座席の窓から顔を出していた要が冴霞、そして謙悟に別れを告げると車はゆっくりと走り出した。二人は車が見えなくなると、どちら
からともなく手をつなぎ、そして指を絡ませあう。まるでそれが当たり前であるかのように、しっかりと。
「早く家、入ろう。いつまでもこんなトコにいたら風邪引くだけだ」
「はいっ」
小さな門を開け、階段を上り、扉の鍵を開ける。いつかと違い麻那の出迎えはなく、家の中はしんと静まり返っていた。
「お邪魔します……」
「……冴霞」
絡めていた指を解き、その手で冴霞の肩を抱き寄せる謙悟。
「邪魔なんかじゃない。この家で、冴霞のこと邪魔だなんて思う奴は誰もいない」
「……じゃあ、……その、ただい、ま……」
戸惑いながらも口に出すと、冴霞自身も「ただいま」という言葉が当たり前のように思えた。厳密には他人の家だとしても、少なくとも
冴霞にとっては誓いを交わした男性の家に「帰って」来たのだ。そして謙悟も、愛しい女性を自分の家に「招き」入れたのではなく、「迎えた」。
ならばこそ、謙悟がするべき返事はただ一つしかない。
「……お帰り、冴霞」
「……ただいま、謙悟くん」
少し背伸びをして、謙悟の頬に口付ける。濡れた頬からは、雨の味がした。
13-E:Sweet and Pure Lovers Night
ある程度は買い置きの食材があったため、夕食はそれなりに豪勢になった。ただしそれは品数の多さにおいてであり、一品一品はどこにでもある、
ごくありふれた家庭料理。白米、卵焼き、冷奴、冷しゃぶ、味噌汁、ギンダラの照り焼き、ナスの浅漬け、かつおのタタキなどといった和食の数々。
謙悟自身も意外に思っていたが、冴霞は洋食よりも和食を好んで作る。一学期の終わり、何度か彼女に弁当を用意してもらった時も、その中身は
ほとんどが和食で固められており、洋食と言えたのはせいぜいサラダとミニハンバーグくらいのものだった。
「甘いケーキとか好きなのに、冴霞は和食派だよな」
「だって、家庭で作る洋食ってなんとなく雑じゃないですか? ケーキとかはそれがあまり無いし、それに女の子は甘いもの大好きですから」
欧風喫茶レストラン『ひいらぎ』に頻繁に通う身とは思えない暴言。この場に要が居ようものなら、新崎家のキッチンは和食対洋食の決戦が
開催されていたかも知れない。
「謙悟くんは洋食のほうが好みなんですか?」
「いや、どっちかって言えば和食だけどさ。けど俺が一番好きな食い物って……ん」
「……羊、でしたね。どうしてそんなレアな食材なんです?」
「ジンギスカンでハマった。ラムチョップで完全にのめり込んだ」
羊肉を好む日本人はそれほど多くはない。加えて食肉の販売事業において生産数がメイン三種である牛・豚・鶏に比して圧倒的に少ないために、
なかなか入手する機会がないのも、店に並ばずまた口に入らない大きな要因だ。
「手に入るなら、羊のタタキでも作ってあげたいですけど……難しいと思います……」
「気にしなくていいって。食べなきゃ死ぬってほどじゃないし、和食も好きだから」
ギンダラを箸でつまみ、口に運ばれる。程好く効いた塩味がとても美味い。
「……ていうか、冴霞、さっきから全然食べてないだろ? 何食べたい?」
「ん〜……じゃあ、冷奴下さい」
冴霞のリクエストに答えて、謙悟はスッと豆腐に箸を通す。薬味が乗ったままの豆腐を器用に箸で挟んで、隣に座っている冴霞の口へと。
「辛くなかったか?」
「うん、大丈夫です」
二人は今、食卓のテーブルではなくソファに腰掛けて、ローテーブルに皿を並べて食事をしていた。当然ソファである以上隣り合って座っており、
相手が望むものを食べさせあっている。先ほどいったん会話が途絶えたのも、冴霞が謙悟の口に卵焼きを運んだからだ。
傍目から見れば赤面どころか馬鹿馬鹿しくも見えるほどの光景。だがそんな『傍目』などどこにもない以上、二人の邪魔をする者はどこにもいない
し、誰にも邪魔は出来ない。
「あ、そうだ……今日のこと、家の人には言ってあるのか?」
「はい。ちゃんと母には断りを入れてあります。……その、今度は嘘、ついてませんから」
ぎしっ、と音を立てそうな勢いで謙悟の首が止まる。
「嘘って……?」
「はい……友達の家、じゃなくて……お付き合いしてる人の家に、泊まるって、言ってあります」
それがどういう意味なのかは、冴霞の母にも十分すぎるほど伝わっていただろう。だがそれ以上に、冴霞の母・悠香は娘の異性との交際を手放しで
喜んでくれており、冴霞としても嬉しい誤算であった。
「凄いな。普通、一人娘が男の家に泊まるなんて言ったら、反対したり警戒したり、するだろ?」
「父と母は、社会人になってから知り合って……というより、見合い結婚だったらしいんです。それでお互い気が合って、二年くらい交際してから
結婚したと聞いています。けど結果はどうあれ二人とも自由恋愛には憧れがあったらしく、私がどういう恋愛をしようと構わないつもりだったって、
さっき聞きました……これって、親としてはどうなんでしょう?」
「……問題がないとは言えない、かな」
差し出されたかつおのタタキを食べ、同じ物を冴霞に返す。生姜とタレが効いた炙りかつおは、わずかな苦味とともにしっかりと絞まった歯ごたえが
あり、なんとも美味である。
「確かに悪く言えば放任だけどさ、良い方向に考えれば、冴霞の意思を尊重してるんだし。それにOKしてくれたんなら、気兼ねすること無いだろ」
「まぁ、私としてもちゃんとした形で謙悟くんの家にお泊り出来るのは嬉しいんですけどね」
タレがかかった豚肉を器用に野菜で巻き込んで、箸で持ち上げる。
「はい、謙悟くん。あ〜んして下さいっ」
「改めて言われるとやっぱり恥ずかしいんだけど……」
口ではそんなことを言いつつも抵抗無く食べるあたり、謙悟も結構ノリノリではあった。
食事を終えて、二人で洗い物を済ませ、謙悟は軽くシャワーを浴びたあとバスルームを掃除していた。
新崎家のバスルームはそれなりの大きさがあり、また浴槽も謙悟が足を伸ばしてゆったり入れるほどのサイズがある。大人二人で入っても良いくらいの
大きさを父・徹が要求して作らせたのだから当然と言えば当然なのだが、洗う方としてはたまったものではない。
「今頃、どこで何やってんだかな……」
予定では避暑目的で北海道に行くといっていたが、連絡もないしこちらから連絡する気も無い。なぜなら、母・陽子の言葉通りに事が運んでしまっている
現状を、ふとしたきっかけで話してしまいそうな自分がいるからだ。
つまりそれだけ謙悟自身も浮き足立っているということであり、また今の状況を心から楽しんでいるという事でもある。ついでに言うなら、陽子の嬉しそうな
にやけ顔が電話越しにさえ浮かんできそうで、ちょっと腹立たしいというのもあるにはあるが。
冴霞と一夜を共にする。以前にも同じシチュエーションはあったが、今回は最大の障害にして理性の防御壁であった麻那がいない。そしてなにより今日の
夕方以降の謙悟と冴霞はただの彼氏彼女の間柄から、一歩どころか十歩以上先んじた関係と言っても過言ではない。
「……っ」
全くもって、我ながら凄いことを言ったものだと苦笑する。
一生離さないと、側にいて欲しいと、愛していると。愛の告白どころの騒ぎではない。それは紛れも無い、将来を誓う告白(プロポーズ)。
『先のことは分からない』というのが謙悟の座右の銘だが、少なくとも冴霞に対しての未来(さき)だけは漠然とした風景が決まった。そのことについて
後悔など微塵もない。むしろ明確な目的が出来たことは、謙悟にとって喜ばしいことである。
「よっと」
シャワーを使って泡と汚れを洗い流し、最後に浴槽の栓を入れてパネルを操作する。夏場なのでシャワーだけでも良いかとは思ったが、やはりこれだけ広い
のだから、どうせなら贅沢に使いたいし、冴霞にも使ってもらいたいという気持ちがあった。だが後々のことを考えると……もったいないが、たっぷりと湯を
張るのはやめて、ぬるめのお湯を浴槽の三分の一程度に設定しなおすことにした。これならシャワーだけで済ませることも出来るし、明日になって洗濯をする
際にも残り湯として利用できる。
バスマットで足を拭き、スリッパを引っ掛けて謙悟がリビングに戻ると、冴霞はソファに深く腰掛けてノートパソコンを開いていた。ちなみにこのノート
パソコンは謙悟が中古で買ったものであり、三年ほど前のモデルのモバイルPCだが、当時としては最先端の機種で今でも現役として使える上に、無線LANを
標準搭載しているので、リビングでも気軽にネットが使える。
「何やってんだ?」
「ラム肉って取り寄せられないかと思って。今調べてるんです」
検索サイトを使っていくつかの通販サイトを見ている冴霞。大手のショッピングサイトにはやはり数種類の情報が掲載されており、中には送料無料のものも
見受けられる。謙悟は小さく溜め息をつきながら冴霞の隣に座ると、タッチパッドを打つ彼女の手を押さえた。
「いいって言ったろ? 無理して買うような物じゃない。それに親父たちは北海道に行ってるはずだから、土産に買ってきてもらうよ」
「む〜……」
冴霞が不満げにちょっと頬を膨らませる。普段の学校生活では見ることの出来ない希少な膨れっ面だが、謙悟の前では割と珍しくも無い。
「でも良かったんですか? 海なんてそれこそいつでも行けたのに、大事な家族旅行に参加しないで」
「けどそれだと、俺は冴霞と一週間は会えなかったんだぞ? そしたら今こういう風には出来なかったし」
ぴったりと肩をくっつける。すると冴霞はノートパソコンを膝の上からローテーブルの上に移し、こてんと頭を謙悟に預けてきた。
「それは困ります……だって、もし謙悟くんが旅行に行っていたら、今日のことがなくなってたかも知れないんですから……」
「そうだな。俺も、それはイヤだ」
恐らく、告白自体はいつか行われる事だっただろう。だが今日、あの時、あの場所での告白は二度とは戻らない。もっと別の形で、あるいはもっとずっと
未来の出来事になっていたかもしれない。それを考えれば今日という日に愛の誓いを立て、誰もいない謙悟の家に泊まるという今の状況は、安っぽい言葉かも
しれないが紛れも無く『運命』だった。
ゆっくりと顔を近づけて、謙悟の指が冴霞の顎を持ち上げる。当然、冴霞は抵抗などしない。
「んっ……」
「……っ」
優しく、いたわるように、甘えるように。
技巧など凝らさず、ただ重ねるだけの口付けを、何度も何度も繰り返す。だが今までとは違い、謙悟の空いた左手はゆっくりと冴霞の身体へと伸び、
腰をくっと引き寄せる。
「んっ!? ……むぅ」
少し驚いたのか冴霞は一瞬反応するが、今度は逆に彼女のほうから謙悟に抱きつき、わきの下から腕を通して、ぎゅうっと背中から抱きしめる。
どくんどくん、と聞こえる鼓動は自分だけのものではない。求める相手の鼓動と入り混じり、重なり合っては離れる二重奏を奏でていた。
「んくっ、ちゅ……」
「ぷぁぅっ、んは、ん……」
重ねるだけだった口付けに熱が篭る。自然と口が開き、深い侵入を求めたのがどちらからだったのか、意識さえしていない。
熱く、蕩けるような舌の柔らかさ。傷つけないようにそっと甘噛みし、その箇所をまた舐めて癒す。
そして謙悟の手は腰からゆったりと冴霞の身体の線をなぞりながら上昇し、そっと――――今まで触る事を恐れていた柔らかなふくらみに触れた。
「ひゃぅっ……」
ぴくん、と冴霞の身体が跳ねる。だがそれは嫌悪や不快からではなく、緊張から来るものだった。そしてそんな冴霞以上に、謙悟も緊張している。
服の上からでも分かる柔らかさと弾力。そして謙悟の手にも満足に収まりきらない大きさ。今まで幾度となく魅了されてきた女性の象徴。そこに今
ようやく到達できたことは、謙悟にとって大きな感動の一歩だった。
「んあっ……け、けんご、く、んぅっ」
口の端から零れ落ちそうなだ液を舐め取って、謙悟はそのまま、また深く口付けをする。そして左手は冴霞のふくらみを下から持ち上げ、撫でさする
ようにゆっくりと揉み始める。
「ぅんっ……」
薄手のキャミソールと下着越しでさえ、微弱な電流が走ったような刺激。だが不快ではなく、むしろ心地よいと思ってしまう。自分でも驚いている。
謙悟がこんなにも積極的に触れてきたのにもだが、なにより冴霞自身がこうして求められることに、抵抗を感じないことを。
「ちゅっ、ぷ……ぷふぁ」
熱っぽい水音。名残惜しげに離れる口唇と舌。だ液の粘度は普段のそれとは比べ物にならないくらい高く、二人の間にねっとりと架け橋を作っている。
左手を下ろし、謙悟はキャミソールの裾を捲り上げる。まだブラジャーの位置までは持ち上げず、腹部が露出する程度。
引き締まったわき腹。くびれた腰。筋肉質ではないが、それなりに鍛えられた腹筋のライン。海でも見たが、西洋の彫像を思わせるような美しさだった。
「んくぅん……」
可愛い悲鳴が上がる。わき腹からゆっくりとへそまでのラインを横になぞり、くりっと一度だけへそを弄る。ここが性感帯だと謙悟は知らなかったが、
冴霞の反応から、そうなのだと判断した。
「け、謙悟くん、おへそなんて、触るところじゃ……」
「イヤだった?」
「……って言うほどじゃ、ないですけどぉ……っ」
首筋にキスをして、そっと髪を梳き上げてそのまま耳たぶにもキスをする。ふわふわと柔らかな感触は心地よく、ほのかに謙悟にも嗜虐心が芽生える。
「っ……」
「〜〜〜〜!!??」
声にならない声。冴霞は身を縮こまらせて、驚いた瞳で謙悟を見た。
「い、いまっ、えぇっ!?」
「ごめん、びっくりした?」
がくがくと首が縦に振られる。驚かせるつもりでやったのだから謙悟の悪巧みは成功だ。気持ちだけ甘噛みした耳たぶを、ちゅっと舌で舐める。
「ひゃっ……さ、さっきの、耳、噛んだんですか?」
「うん……気持ち悪かったか」
「そ、そうじゃなくて……何されたのか、全然わかんなくて……気持ち悪くなんか、なかったです」
ちょっとだけ鳥肌が立ったことは確かだが、冴霞の言葉に嘘はなかった。どんな行為も、謙悟のは冴霞を求める愛情表現なのだ。不快であるはずが無い。
さわっ、と冴霞の手が謙悟のシャツに伸びる。ズボンに入れていない出しっぱなしのシャツを捲り上げて、自分と同じように腹部を晒す。
「やっぱり、謙悟くんのお腹って凄いですね……」
「まぁ……毎日鍛えてるから、な」
しっかりと鍛え上げられ、作り込まれて六つに割れた腹筋と、たるみの欠片もないわき腹。弾力はほとんど無く、巌を思わせる逞しい手触り。冴霞の指が、
手の平が、優しく確かめるように撫でていく。
「……冴霞、くすぐったい」
「私だって同じ事されたんだから、ちょっとくらいさせて下さい」
自分がされたことをそのまま返すように、腹部を弄る。わき腹をきゅっと押すと、謙悟の表情がくすぐったいのを堪えるようにわずかにゆがむ。
その仕草が思いがけず可愛いかったので、冴霞も謙悟を苛めたくたってしまう。もぞもぞとシャツを折り曲げて、胸の下で止めるようにしていく。
だが謙悟もいつまでもやられっぱなしというわけではない。冴霞が上を攻めるというのなら――――。
「……」
そこまで思い至って、謙悟はようやく自制心が働いた。
このまま行為に持ち込むのはそう難しくない。だがそれはつまり、この場所で。リビングのソファの上で、冴霞と事に及ぶということだ。こんな色気も
ムードも無く、初めて愛を確かめ合うにはとても相応しくない場所で、冴霞を抱いてしまっていいのだろうか。
だが理性はそこまでしか思考を許さなかった。既に謙悟の手は冴霞の短いスカートに手が掛けられており、冴霞もやや驚いた表情で謙悟を見上げている。
このまま本能の、性欲の赴くままに行動すれば、間違いなく冴霞を傷つける。何とかして止めなければ。そう思った時――――。
『♪〜〜お風呂が沸きました〜〜♪』
キッチンの壁に設置されている風呂場のリモコンパネルから音声が流れてくる。いつもよりも短い時間で給湯完了の合成音声が鳴ったのは、謙悟が普段の
三分の一程度に浴槽の湯量を調整したためだった。
「…………はぁ……っ」
タイミングを逸らされ、同時に理性が帰って来る。謙悟は冴霞のスカートから手を放し、どさっと背もたれに身体を預けた。
「ごめん……焦って、冴霞のこと考えてなかった……」
手の平で顔を覆う。先走って、暴走して、また冴霞のことを傷つけるところだった。冴霞は捲られたキャミソールを元に戻し、ソファから立ち上がると
謙悟の正面に立ち。
「謙悟くん」
「ん……?」
ちゅっ、と額にキスをする。そしてその表情は照れたように、しかし優しく華やかな笑顔。
「折角お風呂入れてくれたから、シャワーだけ浴びてきますね……謙悟くんは、部屋で待ってて」
「え? あ……」
引き止めるのも間に合わず、冴霞はリビングの入り口に置いていた彼女のバッグを持って、脱衣所へと向かった。
To next…