スパァン! と快音が響き渡る。
振り上げられた木の棒はほぼ真っ直ぐに振り下ろされ、新聞紙の上に鎮座していたスイカを一振りの元に叩き割り、いくつかの欠片を散らしながら、
ゴロンとバランスを崩して倒れた。
「よくやった! 要!!」
「本当、すごいです!!」
手放しで喜んでいるのは継と冴霞だ。彼らも要と同様に目隠しをしてスイカ割りに挑戦していたが、どちらもわずかにスイカをかすめる程度に止まっており、
両断どころか実を割ることにさえ至らなかった。
それを、四人の中で一番運動能力の劣る要が見事に成功させたのだから、幼馴染の継が驚くのは当然である。
「ありがと、継くん! 冴霞先輩!」
目隠しを解き、満面の笑みを浮かべる要。そしてそれだけの動作で、彼女の豊満なバストがふるん! と揺れる。 冴霞よりも十センチほど身長の低い要だが、
驚いたことに要のバストは数字的には冴霞とほぼ同等であり、大きさを表すカップで言うと二つほど上のFカップである。
「んじゃ、あとは適当に割っちまうか?」
「そうだね。新崎くん、食べられる?」
冴霞にむかって――――いや、正確には冴霞のひざ枕に頭を乗せて、タオルで顔を覆っている謙悟に要が問いかける。
「ああ……一応、もらう」
死にそうな声で返事が返ってくる。冴霞はタオルを顔からどけると、ゆるゆると扇いで少しでも気分を落ち着けてあげようと風を送り始めた。
「大丈夫ですか、謙悟くん?」
「少しは、な……」
「ったく、情けねぇな。ちょっと目回したくらいでぶっ倒れるなんて」
やれやれといった感じで首を振りながらしかし、継はニヤニヤと笑みを浮かべている。すると女性陣二人はキッと鋭い視線を継に投げつけた。
「継くん? トップバッターに新崎くんを指名したのは、継くんだったよね?」
「高平くん? 謙悟くんが剣道の有段者だって知っていながら必要以上に目を回したのは、高平くんでしたよね?」
「う゛……」
「……一分間に百回以上回されて、まともに立っていられるか……後で、お前で実践してやるからな」
この後、継は因果応報という言葉を、身をもって体験することになる。しかし結果的に謙悟も継も、お互い恋人に抵抗なくひざ枕を提供してもらえるのは、
役得以外の何物でもないだろう。
穏やかな夏の午後。どこまでも暑く、のどかな、それでいて騒がしい時間が過ぎてゆく。
B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in
13-D I'm everything to only you.
「うぇ、まだ気持ち悪ぃ……」
「うるさい、自業自得だ」
一泳ぎし終えた謙悟はビニールシートに横たわっている継からタオルを受け取り、海辺で水遊びをしている冴霞と要を見た。
要の水着姿は冴霞と同じくビキニだが、腰にはライムグリーンのパレオを巻いており、またトップ部分の露出も冴霞に比べればやや控えめだ。
しかし激しく動くたびに弾むバストは否応無く人目を引く魅惑のパーツであり、謙悟でさえふとした拍子に視線が行ってしまいそうになる。だがそれも男としては
無理からぬことなので、謙悟に罪は無い(力説)。
「今更だけど、お前バイクなんか持ってたんだな」
「ん? ああ、去年の夏休みの後半にな、免許取りにいったんだよ。バイク自体は兄貴のお古だけど、まだまだ現役だぜ」
海岸通りに停めている継のバイクは、往年の名車と評されているCB400である。既に二十年近い歴史を持つバイクであり、若年からベテラン、二輪の教習に
いたるまで幅広い層に支持されている。
「あちこちいじってるけど、要もアレ気に入ってるからな。本格的に駄目になるまではずっと乗り続けるだろうな」
ぐっと立ち上がり、継は謙悟の横に並ぶ。そしてまだ海辺で水遊びをしている二人を眺めた。
「しっかし、今村先輩ってホント、スタイルいいよな。要が嫉妬するのも無理ねぇよ」
顎に手など添えてうんうんと頷く。だが謙悟はそんな継に対して、密かに溜め息をついた。
「どうせ褒めるんなら、自分の彼女を褒めてやれよ」
「うるせー。たまにだって見れない先輩の水着姿を褒めて、何が悪いってんだよ? お前だって、自分の彼女が褒められたんなら嬉しいだろ?」
確かに嬉しいという気持ちはある。だがしかし、同時に周囲の視線を冴霞に向けさせたくないという、独占的な気持ちが働いていることも事実だ。
謙悟自身ももう十二分に思い知らされていることだが、冴霞は恋人という贔屓目抜きで美人である。学校では人気者だし、何より生徒会長としての人望も厚く、
人当たりも良く、普段の性格も良いと来ている。どこをどう取っても魅力の集合体であり、そんな冴霞に注目するなというのがそもそも無理なのだから。
「じゃあ聞くけど。お前だったら、今の格好の柊木が周りの男からジロジロ見られたら、どう思う?」
「そりゃすっげームカッとするけど。でもガキのころから一緒にいる要が周りから注目されるくらい可愛いって認められてんだから、俺としちゃ嬉しいな」
「……俺の器量が狭い、ってことか?」
「重たい事言うなって。んなもん、本人の受け取り方次第だろ」
どすっと継が謙悟の肩に手を置いてくる。
「それにさ、本当のトコはどうだか知らねぇけど……新崎謙悟は、今村冴霞先輩が美人でスタイル良くって、頭が良くて器量良しだから付き合ってんのか?」
胸に突き刺さる言葉。
なぜならそれは、謙悟が冴霞を好きになった理由を再確認させる問い。
「……俺は、冴霞が――――」
「あーあー、言わなくていい。そーいうのはな、本人と相手だけに伝わってればいいんだよ。俺や要なんかが聞いていいことじゃねえから、絶対に言うな」
さっきまでとは一変して真面目な表情。継はサクサクと砂浜を進み、要と冴霞の元へと歩いていく。
「お前が『あそこ』で何する気か知らねぇけどさ、大事なことはちゃーんと言っておけよ! でないと俺みたいに、何年も遠回りしちまうからな! そんで、
上手くいったんなら約束のコーヒー、入れてやるよ!!」
ぐっ! と背中を向けたまま親指を立ててガッツポーズを残す。謙悟は遠ざかるその背中に向かって、
「……サンキュ、高平」
小さく、初めての親友と呼べそうな相手に巡り逢えたことを感謝した。
「じゃあ、俺たちは帰るな」
「冴霞先輩、新崎くん。お先に失礼しま〜す」
時刻はまもなく午後四時半を迎えようとしている。太陽はまだその高度を保っているように見えるが、徐々に風は強さを増し始め、遠い西の空からは薄暗い
雲が迫ってきている。携帯のインターネット機能で調べてみたところによると、夜の遅い時間から雨が降り出すらしい。
「はい、二人とも気をつけて下さいね!」
冴霞の言葉と同時に、バイクのエンジンがかかる。マフラーから吐き出された轟音は冴霞の声をいとも簡単に遮り、謙悟はさっと冴霞の耳を塞いだ。
「じゃーな! 頑張れよ、新崎!!」
「分かってるって!」
図らずも謙悟の答えは冴霞の耳に届くことはなく、今回の『悪巧み』を知っている三人だけの秘密となった。
うなり声を上げて遠ざかるバイク。後部座席に乗っている要は緩いカーブを曲がるまでずっと冴霞に手を振り続け、冴霞も耳を塞がれたまま手だけは振っていた。
「謙悟くん、そろそろ手を放してくれます?」
「ん、ごめん」
ぱっと手を放し、そのまま肩に手を置く。冴霞は置かれた手にそっと自分の手を重ね、ゆったりと謙悟に寄りかかった。
「……楽しかった?」
「うん、とても楽しかったです。海に来るのも久し振りだったし、友達と一緒に遊んだのも。でも」
首だけを振り向かせて謙悟を見上げる。
「一番楽しかったのは、好きな人と海に来れたこと……謙悟くんは?」
「俺もそうだよ。冴霞と一緒で、すごく楽しかった。まぁ……欲を言わせてもらえば、今度は二人だけで来たいけど」
苦笑いしながら本音を漏らす謙悟。だが同時に、まさか自分がこんな恥ずかしい事を言えるようになっていることに、少なからず自分で驚いていた。
そしてそれは冴霞も同じだ。謙悟に「好き」と伝えることはもう当たり前のように出てくるし、今はまだ驚きがあるがそのうち何の抵抗も無く、本当に
息をするように自然に彼のことが好きだといえるようになるだろう。
「じゃあ、夏休みが終わる前にもう一回くらい、また海に行きましょうね」
「ああ」
心地いい海風が吹く。潮の香りとともに、感じ取れるか取れないかくらいわずかに雨の匂いがする。
風は冴霞の乾いていない長い黒髪を揺らしながら通り抜けて行った。
「……冴霞、疲れてると思うけどまだ歩けるか?」
「? はい、大丈夫ですけど……あ、そういえば行きたいところがあるって?」
「そう。ちょっと歩くんだけど、無理なら止めておこうか?」
優しい声で尋ねられる。冴霞はその気遣いを嬉しく思いながらも、ゆるゆると首を横に振った。
「行きたいです。謙悟くんと一緒なら、疲れなんか平気です!」
むん、と胸の前で小さく気合を入れるようにガッツポーズを取る。本音を言えば歩くのは少々辛いが、謙悟が行きたいと言い出した所だ。是非にでも行ってみたい。
「ありがと。でも、無理だったらちゃんと言ってくれ。何とかするから」
「はい!」
二人きりで、手をつないで。
謙悟と冴霞は、継と要が帰った道とは逆方向を目指して歩き始めた。
陽守崎(ひもりみさき)灯台。
十九世紀末、陽乃海市に建設された灯台の一つであり、陽乃海市の海を照らしてきた観光名所のひとつだった。
しかし港の移設に伴い三十年ほど前に取り壊しとなり、今はその跡地として高い記念碑が建てられている。もともと西に位置し、しかし立地条件の悪さから
市民以外からの認知度は高くはなく、また先にあげた港の移設により、デートスポットにもならない寂しい場所である。
だが景観だけは山から望む日没の景色に勝るとも劣らず、沈みゆく太陽を背負うことも向かうことも出来るこの場所は、まさしく隠れた名所だった。
継と要はまだ付き合い始める前、ゴールデンウィークの最中にツーリングをしており、偶然この場所を見つけていた。
時刻は午後五時十分。夕刻は近く、もう間もなく日も落ち始める。この時間帯ならば赤々と照らされた岬はなかなかにムードもあり、恋人同士が景色を眺めながら
愛を語らうには、まさにうってつけとも言えるだろう。
「あんまり、綺麗には見えないな……雲に隠れてよく見えない」
「いい場所じゃないですか? 今だって十分綺麗だし、天気が良かったらきっともっと素敵ですよ」
手すりに手を掛けて、海を臨む冴霞。Tシャツの上からは水着の時にも着ていたサマーパーカーを羽織り、下は膝上二十センチほどのミニスカートである。
強い風が吹こうものなら一発で見えてしまいそうな短さだが、元々足が長い冴霞が穿けばより一層足の長さが強調されていた。
「でもどうしたんです? こんなところに行こうだなんて?」
「ん……」
わずかに言い淀む謙悟。冴霞はそれを不安に思ったのか、手すりから離れて記念碑に背中を預け、謙悟を正面から見つめた。
「謙悟くん?」
「……あらためて、謝っておきたくて。あと、ちょっとしたケジメっていうか」
「謝るって……?」
「古谷のこと。俺、冴霞に古谷のこと黙ってたから……冴霞のこと泣かせたし、あんな半端な謝罪じゃなくて、ちゃんと」
地面に膝と両手をつき、深く頭を下げる。深い謝罪を込めて行われる礼、土下座。
「止めてください! 終わった事じゃないですか!? 私はもう気にしてませんから!!」
駆け寄り、膝をついて謙悟の肩をつかむ冴霞。謙悟が顔を上げると、冴霞は今にも泣きそうな顔で彼を見つめていた。
「冴霞……でも、俺は」
「誰にだって秘密はあります! 聞きたくないことも、言いたくないことも! それを恋人だからっていう理由だけで全部言わなくちゃいけないんですか?
全部疑わなくちゃいけないんですか? 決めたじゃないですか、ちゃんと二人で話し合うって! 私は、お互いの気持ちを尊重しあえてこその恋人だと思ってる!!
謙悟くんもそれを納得してくれた! だから……そんな謝り方、しないで……っ」
大粒の涙が零れ落ちる。それを見て、謙悟の胸は今までに無いくらい深い痛みを覚えた。
また泣かせてしまった。
そんなつもりはなかった。
冴霞が望む事は、互いの気持ちを尊重しあうこと。
言葉を重ねて、気持ちを重ねて、お互いを大切にしていくこと。
俺だってそうしたい。なによりも冴霞のことが好きだから。
なら、どうしたらいいか。
……考えるだけ無駄だ。もうとっくに、答えは出てる。
「んっ…………」
救い上げるように下から口唇を重ね、冴霞の口を塞ぐ。余計なことは何もしない、ただ深いだけのキス。
「ごめん……今度は、謝ったことを謝るよ」
「っ……すん……はぃ」
「もう、泣かせたくなんかない。冴霞が泣いてるのは凄く辛くて、でも泣かせてるのは俺だから、ちゃんと謝りたかったんだ。……なのにまた俺、冴霞のこと
泣かせて……酷いよな、最低だ」
「嬉しいけど、私、謙悟くんにならどれだけ、泣かされても、構わないんですよ……? だって」
言いかけた言葉を、謙悟の指が塞いだ。
「そこから先だけは、言わせてくれないか? 今言っておかないと、多分俺は一生後悔すると思うから」
真っ直ぐに、冴霞の目を見て。
空いたもう一方の手で、頬に張り付いた涙を拭ってから。
俺は――――新崎謙悟は、今村冴霞に。
「……愛してる。今までまともに言えなかったけど、誰よりも、なによりも、俺は冴霞を愛してる。出来ることならこれから先、ずっと、それこそ、一生……
また俺のバカで泣かせることになるかもしれないけど、一緒にいて欲しい」
人生初にして最後の、最愛の告白をする。
「あ……あぁっ……」
どうしよう、嬉しすぎて頭の中が真っ白だ。
信じられない。こんなの嘘みたい。夢なら一生醒めないでほしい。
漠然と浮かんでくる言葉を置き去りにして。
涙でボロボロになりながら、私は――――今村冴霞は、新崎謙悟に。
「私も、謙悟くんを愛してます……一生、私のことを、放さないで……」
痛いくらいに、けれどそれでも足りないくらいに。
抱きしめて、抱きしめられて。
曇り空に浮かぶ夕日をリングにして、誓いの口付けを交わす。
「よ、遅かったな」
岬から海岸通りに出た謙悟と冴霞を待っていたのは、継と要、そしてワンボックス型ミニバンだった。
「高平、お前……なんで?」
「要さんも……」
「迎えに来てやったんじゃねーか。雨も降ってきたし、濡れて帰るのも気持ち悪いだろ?」
「継くんのお兄さんに車出してもらったんだよ。家まで送ってくれるけど……良かったら晩ご飯、うちの店で食べていく? 奢っちゃうけど」
要の誘いは魅力的だ。一週間の食費にと謙悟が預かっているのは五万円と十分に余裕のある金額だが、残金は夏休み後半の小遣いとして貰えることになっている。
日雇いのバイトがなかなか確保できない現状、こういった少ない機会はなんとか逃したくないところだが――――。
「悪いけど、家まで送ってくれるだけでいいよ。ありがとうな」
「そっか。 先輩は? 家、遠いんでしょ? メシだけでも『ひいらぎ』で食べて行ったらどうですか?」
「いえ、私も……遠慮させてもらいます。それに今日は、ね?」
「冴霞がメシ作ってくれることになってるから」
「あぁ……じゃあ継くん、新崎くんの家までだね」
「りょーかい。じゃ、二人は後ろに乗って。兄貴、頼む」
運転席に座っていた男性と継が会話し、要が車に乗り込む。
その間も、謙悟と冴霞の手は決して離れることはなく、しっかりと指を絡めて結ばれていた。
あとがき:
ふぅ、やっとキャラの台詞で「愛してる」と言わせました。
今まで一度もこの言葉を使わなかったのは、今回までの遠大な複線です。
といっても書いた本人にしか分からないあたりダメなのかもしれませんが。
そして、最後の継と要、そして継の兄・弌(はじめ)のシーンは実は、この後に続く
Eパートへの繋ぎのために書きました。ちょっと蛇足っぽいですが、ご容赦をば。
管理人の感想
アッツ!・・・アッツゥッ!!(笑)
ここはどこですか?赤道直下?サハラ砂漠?そうだ、クールビズしなくちゃ(壊)
まあそれはともかくとして。甘甘でしたねぇ、死ぬかと思いました。
謙悟と継の間にも、しっかりと友情が結ばれたようですし。そして灯台跡地での、愛の語らい。
けじめとして、土下座までして謝った謙悟でしたが・・・冴霞にとって、それは逆に傷つくけじめの仕方で。
それでも、彼を愛する気持ちは変わらず。いや、変わるわけもなく。
それらも全て、二人で背負っていこうと。最上級の愛の言葉と共に交わした約束。
次回は幻のEパート。鷹さんが、ジオの限界にチャレンジしてくれるそうです(ぇ