B&G MEMORIAL of SUMMER
BOYS and GIRLS in
13-B Telephone to your HEART
人気の少ない海辺だが、謙悟も冴霞も泳ぐことはしなかった。冴霞の水着は明らかに泳ぐことには不向きなデザインであり、むしろ人に見せるための
ものだ。謙悟もそれを承知しており、ならばということであらかじめ持ってきておいたデジカメを取り出し、水遊びをしながら冴霞の写真を撮り続けた。
SDカードは一ギガのものを入れており、かなり容量を残していたが、ほとんどの写真を高画質で撮っていたために撮れる枚数はあまり多くなく、また
冴霞が謙悟を撮ったり、タイマー機能を使ってツーショットを撮ったりなどして、バッテリーのほうもそれなりに消耗している。
「あ。目盛り減っちゃった……電源切っておきますね」
隣に腰掛けて、ちゃっとデジカメを掲げる冴霞。そんな何気ない仕草でさえ、水着という格好と整ったプロポーションを持つ彼女が取れば、立派に販促
用のポスターに使えそうなくらい様になっている。
「ああ。かなり撮ったし、ちょっと腹も減ってきたしな。そろそろ昼飯にしようか」
携帯を見れば、時計は既に正午を大きく回っていた。二十個近いイチゴを食してはいるが、所詮はフルーツ。それだけで空腹を満たすにはいたらない。
「でも、この辺りって海の家とか無いですよね……向こうまで戻ります?」
「いや、また注目されるから」
砂浜に降り立った瞬間に周囲の注目を集め、また堂々と抱きついた冴霞の存在は、少なからずあちら側では話題に上っているだろう。その二人が戻って
来たとなれば、謙悟と冴霞のことを漠然と覚えている人間はまた注視するだろうし、なにより。
「ていうか、冴霞なら絶対ナンパされるから、あっちに連れて行きたくないんだよ」
「ナンパなんて断りますよ。私には謙悟くんがいるんだし、むしろ見せ付けちゃいます」
ぐいっと腕を引き寄せて、べったり密着する。確かにこれだけくっついておけば、声をかけてくるような勇気ある男はいないだろう。
「それに、こうしておけば謙悟くんがナンパされることもないですから」
「何でだよ。俺がナンパされるように見えるか?」
「もちろんです!」
力強く頷く冴霞。謙悟はどちらかというと継のようなアイドル風の甘いマスクではなく、男らしく精悍な顔立ちをしている。好みが分かれるところでは
あるが、確かにナンパされないとも限らない。
「……そう言ってくれるのは、ありがたいけどさ」
「? あっ」
腕を絡めたまま微妙にバランスを崩され、謙悟の胸元にぽすんと冴霞が収まる。そしてそっと、頬に触れるだけのキスを。
「俺にだって冴霞がいるんだから、ナンパなんかされないよ」
この数日で、謙悟と冴霞の信頼関係はとてつもなく深くなっていた。謙悟の家に一晩泊まり、美優との関係にも一応の決着が付き、これまでよりも互いが
互いに言いたい事を言えるようになり、また甘える事を覚えたのだ。当然これから先長く付き合っていくのならば、想像だにしない問題が発生することもあるだろう。
だが二人はそれをちゃんと話し合い、向き合い、共に乗り越えることを選んだ。
それが美優との意見交換から導き出した冴霞の答えであり。
謙悟もその答えを受け入れ、そして――――これからはもっとたくさん、恋人らしいことをしていく事も二人で決めた。
「じゃあどうします? このまま腕組んで、向こうまで行きますか?」
「ああ。でもその前に荷物片付けないと」
バッグをどかし、ビニールシートに手を掛ける。すると、バッグの上に載せていた謙悟の携帯が着信音を響かせた。
「冴霞、悪いけど取ってくれるか?」
「はい」
携帯を拾い上げ、パチンとディスプレイを開く冴霞。そこに映し出されていた相手は最近番号交換をしたばかりの継だった。
「謙悟くん、高平くんからです。私が出ましょうか?」
「うん、頼む」
謙悟が承諾すると、冴霞は通話ボタンを押して慣れない感じで謙悟の携帯を耳に当てる。謙悟が使っている携帯と冴霞が使っている携帯は、契約会社こそ
同じだが折りたたみ式とスライドオープン式で根本的にデザインが違い、また本体の大きさも当然異なっている。なので冴霞には今一つ持ちづらいのだろう。
「もしもし? 高平くん?」
『あ、あれ?? えっと、今村先輩!? こ、これ新崎のケータイですよね!?』
予想だにしない応答に驚いたのか、継の声は面白いくらいに慌てていた。冴霞もそのリアクションが面白かったのか、声を殺して笑っている。
「どうかした?」
「高平くん、すっごく慌ててます……代わりますか?」
「いや、面白そうだから俺にも聞かせてくれ。通話ボタンもう一回押せば、スピーカーになるから」
「はぁい」
ピッとボタンを押して、音量を切り替える。と同時に継がいるであろう場所のざわめきと、彼の声がスピーカーから響いてくる。
『あの、新崎近くにいますか? 俺らも今海岸に来てるんですけど』
「いないって言ってやって」
「謙悟くんは今ちょっと飲み物を買いに行ってます。だから戻ってくるまで私が話し相手になりますよ?」
『え、で、でも……良いんですか? 新崎のケータイ、勝手に出ちゃって』
「もちろんダメですよ? でも高平くんは謙悟くんの友だちだし、私も高平くんのことは知ってますから。それに私と高平くんも友だちでしょう?」
ノリノリでさらりと何気に恥ずかしい事を言う冴霞。謙悟はビニールシートをたたみ終えると、冴霞の頭をそっと肩に抱き寄せて、携帯を受け取った。
しかし電話の向こうの継は、そんな状況の変化など知る由もなく。
『ん、ま、まぁ、今は新崎のこと嫌いじゃないですけど……でも、先輩にそんな風に思われてたなんて、知りませんでした。あ、改めてよろしくお願いします!!』
「いいや、駄目だ」
スピーカー越しに継の大絶叫が、砂浜に響き渡った。
『新崎、お前なぁっ!!』
「なんだ、どうした?」
すばやくスピーカーを切り通常の通話に戻すが、それでも継の声は謙悟の肩に抱かれている冴霞の耳にまで届いていた。
『どうした、じゃねぇ!! くそっ、先輩を使って変なこと言わせやがって!!』
「使ったなんて人聞きの悪いこと言うな。さっきのは正真正銘、冴霞のアドリブだぞ」
隣りでこくこくと頷く冴霞。そしてすっと謙悟の手から再び携帯を受け取り、話し始める。
「お電話代わりました、冴霞です。さっきのは謙悟くんが言うとおり、私の言葉ですよ? 高平くんは、私の大事な友だちです」
『ちょ、ま、先輩!? あぁ、もう! 二人してからかわないでくれ!!』
慌てるあまり敬語も出てこないのか、継は謙悟に話すような口調で抗議する。すると冴霞は嬉しそうに微笑みながら、優しく諭すように。
「じゃあ、今から謙悟くんに代わりますね。私はもう出ませんから、安心してください」
はい、と小さな声で囁いて謙悟に携帯を返す。謙悟はそれを冴霞の手ごと緩く握り、冴霞を抱いていたもう一方の手で彼女の髪を優しく撫でる。
「で、何の用だ? お前もこっちに来たのか? 俺らって事は、柊木もいるんだろ?」
『あ、ああ。とりあえず着替えたんだけどな、メチャクチャ人が多くて場所が取れねぇんだよ。お前ら今どこにいるんだ?』
「正直、良く分からん」
『はぁ!!? なんだそりゃ!!』
耳に響く大きな声。謙悟は微妙に携帯を遠ざけてから、再び話し始める。
「声がでかい、もう少し静かにしゃべれ」
『わ、悪い……あぁ、もう、要もちょっと黙ってろ』
電話の向こうで要にも同じ事を注意されたのだろう、と思い、謙悟はほんの少し笑いが漏れそうになった。
「いや、俺たちも最初はそっちにいたんだけどな、元陸上部のお姉さんが爆走して移動したんだよ。おかげでほとんど人のいない浜辺に辿り着いたってわけ」
「むっ……怪我の功名と言って下さいっ」
冴霞から反論の声が上がるが、謙悟は彼女の頭を軽く撫でてなだめる。年下に対してするような行為に冴霞も少なからず不満を憶えるが、謙悟に髪を
触られるのも頭を撫でられるのも大好きなので、これ以上は何も言えなくなってしまった。
『事情は分かったけど、何か目印とか無いのか?』
「目印、ねぇ」
ざっと周囲を見渡すが、あるのは着替え用に設置されているのか、こじんまりとした海の家くらいだ。少なくとも砂浜にはそれしかないので、謙悟は冴霞と
一緒に海岸通りに出るための階段を上り、もう一度辺りを確認する。
「あー、ちょっと離れたところにドライブスルーがあるな。髭のジジイの」
『ああ、そっちの方か。分かった、今から行くから待ってろよ。あと間違っても、そこで昼飯食うなよ?』
「なんでだよ、マズイのか?」
大手ファストフード店はお決まりのマニュアルがあるので、味については向上することはあっても著しく劣化することはない。もっとも使用している材料の
安全性については、店舗によって保存期間が異なる場合もあるため一概に安全と断言することは出来ないが。
『「ひいらぎ」特製のスペシャルランチ、持ってきたんだよ。だから待っててね』
謙悟と冴霞がしたように電話を代わったのだろう、携帯からは継の声ではなく要の声が流れてきた。
「ああ、楽しみにしてる。また後でな」
ピッと電源ボタンを押して通話を終え、携帯を水着のポケットに入れる。すると冴霞は謙悟の手をきゅっと握りなおした。
「高平くんと柊木さん、来るんですか?」
「うん。わざわざ昼飯作ってきてくれたらしい。だから間違ってもあそこでフライドチキン食べるなってさ」
にこやかに笑う白髪白髭の眼鏡の老人の看板を指差す謙悟。五十年以上の歴史を持つ伝統ある店に対して真正面からケンカを売るようなものだが、友人が
作ってくれたものと比較するならば、どちらを選ぶかなど答えるまでもない。
「でも、食べようと思っても食べには行けないと思いますよ? だって私たち、水着だし」
「……それもそうか」
十分ほど経って、継と要はバイクに乗って現れた。
二人とも水着の上から上着とズボンを着ており、砂浜に下りる階段で謙悟を見つけると、継は急ぎ足で――――。
「この野郎っ!」
打ち出される右ストレート。だが謙悟はぱしっと容易くその攻撃を払い除けると、鋭い足払いで継の両足を文字通り刈り取る。
「くぉっ!?」
前のめりに倒れる継。しかし咄嗟に左手を付き、次いで右手を付いてさらに倒立し、そのまま軽やかに足を着く。
「あぶねぇな!! 怪我したらどうすんだよ!?」
「こっちの台詞だ。いきなり襲い掛かってきて、何のつもりだ?」
「うっせぇ! 先輩と二人で、人の事おもちゃにしやがって! 一発くらい殴らせろっての!」
からかわれた事をよほど腹に据えかねているだろう。継はフンと鼻息を鳴らし、謙悟を見上げている。だがその間に冴霞がすっと割って入って来た。
「その理屈で言うのなら、高平くんは私も殴らなくちゃいけないことになりますね」
「え、ちょ、せ、先輩!? いきなり何言って……」
思いがけない冴霞の真剣な言葉にうろたえる継。男としては当然女性に手を上げることなど論外であり、また女性が傷つくことを極端に嫌う継にとって
その行為は禁忌ですらある。しかし冴霞はその事を当然知るはずも無く、ただ単純に謙悟だけに責任を負わせたくないからだ。
「でも順番で言えば、私の方が先に高平くんを騙したことになりますから、謙悟くんを殴るのは私を殴った後にしてください」
「そ、そんなこと、できるわけないでしょう!?」
苦しげに、半ば叫ぶような悲痛な声。さすがに冗談とは言えないような雰囲気を謙悟も冴霞も察したのか、顔を見合わせる。
「高平くん?」
冴霞が手を伸ばす。だがその手は継に触れることは無く、彼の前に立ち塞がった要によって制された。
「ごめんなさい、今村先輩。継くん、こういうのホントにダメなんです……新崎くんも、ゴメンね」
「いや……こっちこそ、ごめん」
人にはそれぞれ、当人でなければ分からない傷がある。謙悟にとっての美優、冴霞にとっての呼ばれ方。そして継にとってはそれが、おそらくこの場にいる
誰よりも深い傷であることを彼らは知らなかった。
唯一理解していたのは、要だけだ。彼女は幼い頃から継と共にあり、共に過ごしてきた。彼が心に傷を負った瞬間も。
あとがき:
なんだか予想外に重い展開になりそうですが、これは謙悟と冴霞、そして継と要が
「友人」から「親友」になるための大切な節目になるので、ご容赦下さい。
それにしても謙悟と冴霞はらぶらぶイチャイチャ。事あるごとに相手の体や髪にぺたぺたナデナデ触ってるし、
肩抱きしながら電話なんて街中でも見かけないし、本人たちも言ってますが完全にヴァカップルです。
管理人の感想
確かにバカップルって感じですね〜。でも読んでいてそれも、かなり自然な行為のように感じました。
それはやはり、二人の今までの軌跡を知っているからか。
そして継の触れてはいけない過去。謙悟も冴霞も冗談だっただけに、謝ることしかできず。
次回はその辺の空気を払拭するかのように、バトルもの(?)になるそうなので。期待しましょう!^^