B&G High School Memorial

 

 

 

 時刻は午後六時。秋の太陽はとうに西の空へ落ち、辺りはとっぷりと夜の帳に包まれている。

つい数分前に起床を果たした冴霞は、まだ眠り続けている巴たちを麻那と一緒になって起こしていた。巴と要はわりとあっさり目を覚ましてくれたが、

手強かったのは彩乃と愛だ。小柄な割に力だけは冴霞にも勝る彩乃を起こすのは難しいと知っている冴霞は、巴と一緒に彼女を持ち上げ、乱暴に振り回した。

「ぅ、おぉ!? や、やめっ、わあぁぁっ!!?」

「起きろー、起きなさーい!!」

「ごめんねー、彩ちゃーん!!」

 彩乃の絶叫が響く中、なおも惰眠を貪っているのは愛である。これだけの騒音の中で平然と眠る事が出来る愛は、もはや大物という言葉すら生温いほどに

豪胆だ。だが、そんなことなど関係ないとばかりに麻那は遠慮無く愛の身体に飛び乗った。

「ぅ゛ぇ゛っ゛!?」

「めぐちゃん、おきて〜っ!」

 重量二十キロの人間が空中から飛び乗れば、落下加速の運動エネルギーによりその衝撃は重量以上のものとなる。それを無防備な状態で受ければ、たとえ

鍛え抜かれた肉体を持つ麻那の兄・謙悟であっても、ダメージは免れない。相手が愛ならば、何をいわんやである。

「ま、まなちゃ……し、しんで、しまいま……うぶっ」

「……」

 無言で愛の顔をまたぎ、尻尾を押し付けるシルビア。どうやら彼女も麻那の手伝いをしてくれているらしい。その一方で、相棒兼妹分であるフレデリカは

ようやく広く空いたソファーに上ると、ごろんごろんと自分の領地を確かめるように転がり回る。そしてその惨状を呆然と見ていた要は、ふと視界の隅で

チカチカと明滅する赤い光に気がついた。

「あ……冴霞さん、電話。留守電入ってるみたいですよ?」

「え? あぁ、本当ですね」

 彩乃を解放して巴に後を任せると、冴霞はリビングチェストの上に設置されているFAX電話機の留守番電話再生ボタンを押した。登録件数は一件。着信

時刻はまだ麻那も眠っていた時間だ、誰も気が付いていなかったのも無理はない。

 ディスプレイに表示されている着信番号は、悠香の携帯番号だった。おそらく帰りの時間を伝えるためのものだろう、と思っていた冴霞だが――――

『もしもし、冴霞? 悪いんだけど、お母さん今日からお父さんと一緒にお仕事に行くことになったの。明日の夜には帰るから、麻那ちゃんに失礼の無い

ようにね♪』

 わずか十秒足らずの、母からの伝言。しかしその破壊力たるや一撃で冴霞を跪かせてなお、余りあるものだった。

 

 

Another Episode

冴霞と麻那の姉妹な一日。

 

第七話 Lodging Party ~The way which leads to there~

 

 

「やれやれ、おば様にも困ったものだな」

 打ちひしがれている冴霞を見ながら、彩乃は落ち着いた声で言った。悠香が稔臣の仕事を手伝うことはたまにある事であり、それは昔から変わらず唐突に

訪れる悪質な災害のようなものだ。そしてその度に、彩乃は巴とともに冴霞の家に泊まる事が数度あった。特に彩乃は家が一階しか離れていない事もあり、

宿泊頻度は巴のそれよりもかなり多い。最近はその回数もめっきり減っていたのだが、今日という日に限ってこの災害が起きた事は、不運――――というか、

悠香の悪戯心としか言いようがない。

「で、どうするのよ、冴霞? もういい時間だし、あたしそろそろ帰ろうかと思ってたんだけど……」

 最後まで言葉を告げず、冴霞の反応を待つ巴。未だにショックで膝を落としている冴霞だが、無論何も考えていないわけではない。母への怒りと不満は

ひとまず置いておいて、対策を講じる事こそが最優先事項である。

「…………多数決を取ります」

 厳かに、それでいて凛とした声色。巴にしてみれば久しく、また彩乃、要、愛にしてみれば聞き慣れた声。そして麻那にとっては、初めて見る冴霞の一面。

 ゆるりと立ち上がり、同時に傍らにいた麻那の手をきゅっと握る。姿勢は真っ直ぐに、淀みも迷いもなく、どこか高貴な雰囲気さえ感じさせる真剣な表情。

「母と父が帰ってこない以上、この家の全権は今夜から明日にかけて私の物になりました。よって、麻那ちゃんだけではなく皆さん全員をこの家に泊める

事を拒否する者は、誰もいません。なので私は『皆でのお泊り会』をここに提案いたしますが――――いかがでしょうか、麻那ちゃん?」

 最初の堅苦しい物言いは、冴霞が生徒会長として振る舞う時に使うものだ。聞く者を委縮させる威圧的な、かつ整然とした言い方は相手の反抗心や意見を

一瞬沈み込ませ、反論を許さない。しかしそんな堅苦しい言い方など理解できていない麻那は、最後の方に言われた言葉にのみ意識を奪われていた。

「おとまり……みんなで、するの?」

「はいっ。麻那ちゃんは皆と一緒がいいですか?」

 冴霞の言葉に促され、ぐるりと全員を見る。巴、要、愛、彩乃。足元にはシルビアと、ソファーの上にはフレデリカ。昼からはずっと一緒に過ごしてきた、

楽しくて優しいおともだち。そして目の前には、大好きなお姉ちゃんである冴霞。これまでの数時間、皆と過ごした時間はとても楽しかった。それがまだ

続いてくれると言うのなら、断る理由などあるはずもない。

「うん! みんなといっしょがいい!! めぐちゃんも、かなめちゃんも、あやのちゃんも、ともえさんも……おねえちゃんもいっしょがいい!!」

 ばふっ! と冴霞に抱きつく麻那。冴霞はそれをしっかりと受け止め、きゅうっと優しく包み込んだ。

「……って、ちょっと待ってくれ、麻那ちゃん。どうしてトモだけ『ともえさん』なんだ?」

 ちゃんづけで呼ばれたことを密かに喜んでいた彩乃が、はっと気付いて麻那に問いかける。すると巴はふふん、と得意げに。

「この間の文化祭の時にね、し〜っかり教え込んでおいたのよ。さぁ麻那ちゃん? あたしは一体どんな人だったかな?」

「んとね……びじんでやさしいともえさん!」

「いたいけな子供に嘘を教えるなぁっ!!?」

 すかさず彩乃の突っ込みが風を切り裂いて撃ち放たれるも、巴はさっとクッションでそれをガードする。怒り心頭中の彩乃の攻めは単調で、昔から何度も

見ている攻撃のリズムはもはや巴には通用しない。そんな二人の攻防をよそに、要と愛が麻那の前にしゃがみこんだ。

「ねぇねぇ麻那ちゃん。あたしと要ちゃんはどんな人?」

「ちょ、ちょっとだけ、聞かせて欲しいなっ」

 うきうきしている愛と、何を言われるか不安に思いながらも好奇心を抑えられない要。麻那はしばし考えてから、ニコッと微笑んで愛を見た。

「あかるくて、ちょっとおばかなめぐちゃんと、おりょうりじょうずでおっきいかなめちゃん!」

「ばっ……!? さ、さては新崎くんの仕業だなっ!!?」

「おっきいって……な、何がかな?」

 もじもじと身体のある部分を隠そうと姿勢を変える要。だが、隣にいる愛が隙をついて要に羽交い締めを敢行した。

「そんなの決まってるじゃん! さぁさぁ麻那ちゃん! 大きな声で、要ちゃんのどこが大きいか言ってみよう!!」

「や、ちょ、やめてよっ、愛ちゃ――――」

おっぱい!!!!

 無垢な声がリビングに響く。そしてそれ故に要の受けたダメージは計り知れず、愛が拘束を解くと要は床に手と膝を着いてこれ以上ないほどに落ち込み、

がっくりと項垂れた。

「す、好きで……大きくなったんじゃ、……ないもん……」

「ぜーたくな悩みだねぇー。ちなみに、彩乃さんはどんな人?」

 さらっと要を切り捨てて、再びの愛の質問。それが聞こえた為に彩乃の攻撃の手はピタッと止まり、巴はぐしゃぐしゃになったクッションをソファーに

置いてどさっと座り込んだ。

「っ……ん、こほん」

 何故か正座して、咳払いをする彩乃。ガラにもなく緊張しているらしく、巴は思わず噴き出しそうになった。

「んと……あやのちゃんは、ちっちゃいけど、かっこいい人!」

「……ふふふ、どうだトモ! お前と違ってあたしは正当な評価を受け――――」

「――――って言えばいいって、ともえさんが言ってた!」

 持ち上げておいて、一気に落とす。相手を上機嫌にさせたところから一転、貶めるという悪質かつ有用な詐術。それにまんまと引っ掛かった彩乃は主犯の

巴に睨みを利かせ、「後で覚えていろよ」と目で語りながら、麻那に詰め寄った。

「じゃあ、最後になったが……麻那ちゃんから見て、冴霞おねえちゃんはどんな人だ?」

「おねえちゃん?」

 彩乃に言われて、麻那の瞳が冴霞を捉える。冴霞は向けられる視線をしっかりと受け止め、優しい笑みで答える。

「おねえちゃんは、やさしくて、きれいで、かわいくって……おにいちゃんのことが大好きな、麻那の大好きなおねえちゃん!!」

 素直な言葉で紡がれる、麻那の想い。その想いを受け止め、受け入れるように、冴霞はもう一度ゆっくりと麻那を抱きしめた。

「ありがとう、麻那ちゃん……」

 「ありがとう」。……その言葉に感謝以上の気持ちが込められている事は、麻那以外の全員が感じていた。

 

 

 

 宿泊の準備のためにやる事は意外と多かった。まず、今村家には来客用の布団が三組しかない。先程のように二人一組で寝る事も出来るが、短い時間なら

いざ知らず長時間ともなれば寝相の悪さで相方となった人に危害を加えてしまうかもしれない。麻那はまだ身体もさほど大きくないので、誰かと一緒に寝る

としても、最低あと二組は布団が必要だ。

「それは、あたしの家から持って来よう。ついでに外泊の許可も取ってくる。トモ、お前も手伝え」

「はいはい。あたしも家に電話して、一回帰って着替え取ってくるわ。勇希がこの時間ならいるはずだし」

 勇希というのは巴の弟だ。冴霞・彩乃とも面識があり、彼女たちの五歳年下の弟分になる。

 これまで何度となく冴霞の家には泊まっている彩乃と巴は、電話一本で事情を説明すれば即外泊許可が取れる。問題は残る二人の方。

「あたしは家も近いし、お泊りの許可くらいならすぐに取れますよ〜。要ちゃんとは途中まで一緒に行きますし」

 お気楽に告げる愛。そして残る要はと言うと。

「明日はバイトでしたけど、お父さんに言って調整してもらいますね。いざとなったら継くんと、大学生さんに出てくれるよう頼んでおきますから。あと、

帰りにまたちょっと食料、仕入れてきます」

「済みません、わざわざ……」

 頭を下げる冴霞。だが要は嫌な顔などせずに、にっこりと微笑んだ。

 わずかな時間ではあるが、乙女たちの集まりは一時解散。

しかしそれは、より楽しい時間を続けるための準備時間。秋の夜長はまだまだ始まったばかりである――――。




あとがき:

お泊り会決行。しかし冴霞の母・悠香の仕業により、結果的に全員が今村家にご宿泊。
一時解散し、より楽しい夜を満喫するために、乙女たちはそれぞれの家へと戻っていく。
秋の夜はまだまだ長く、気持ちも新たに迎える時間は、乙女達の園をどのように輝かせるのか??



管理人の感想

第7話をお送りして頂きました〜^^
唐突にお泊りすることになってしまった一同。悠香の仕業というのもありますが、とどめは麻那のムジャキ☆スマイルだったような(汗)
さらに、場は麻那の独壇場? 彼女の皆に対する正当(?)な評価には、思わず噴き出してしまったり(笑)
そして冴霞に対しては、べた甘な評価を下す麻那。まあある意味当たり前っちゃあそうなんですが。
さて、一時解散の後、再び集う乙女たち。彼女たちの物語は、舞台を夜へと移行する・・・。



2009.3.16