B&G High School Memorial
延々三時間近くゲーム大会は続いており、そして今なお継続中である。おかわりされる事を想定して作った生キャラメルも既に完売し、冴霞が用意して
いたお菓子も半分近く消費している。飲み物に至っては、ジュース・お茶・牛乳・コーヒー・紅茶と取り揃えていたが、入れる手間のかかるコーヒーと
紅茶は早々に品切れとなり、残る三つがそれぞれの嗜好に合わせて減っていった。
「う〜……それっ!」
カキン、と愛の操作するコントローラ――――画面上のバットがボールを打ち飛ばし、外野にまで飛んでいく。コンピュータの自動守備はその打球に追い
付くことが出来ず、ツーベースヒットとなった。
「ぬぅ、やるな秋月……なら、これでっ!!」
ノリノリで投球するのは彩乃だ。今は野球ゲームでトーナメントを行っており第一試合に彩乃と愛の試合、第二試合は巴と要が戦うことになっている。
そして、本日の主賓である麻那はというと……。
「ん……すぅ…………くぅ……」
「みゃぉ……」
腕の中にシルビアを抱っこして、ソファーの上ですやすやと可愛らしい寝息を立てていた。シルビアの方は起きているのだが、さしたる抵抗もせずに大人
しく麻那の腕に収まっている。そして麻那の足もとには、わずかに距離を置いてフレデリカが横たわっていた。床に寝ることを頑なに拒むフレデリカは、
どんな時でもソファーか寝室のベッドにしか寝転がる事を許さないらしい。
そして、麻那が頭を乗せている枕は言わずもがな、冴霞の膝枕だ。今日の気温は晩秋としては比較的暖かいが、だからといってタオルケットも無しに寝て
いたら風邪をひいてしまう。そこに気を利かせた巴が冴霞の部屋からタオルケットを持ってきて、そっと麻那の身体にかけてやった。
「ありがとう、巴ちゃん」
「どういたしまして。しかしまぁ……今村家の方々に好かれる子ね、麻那ちゃんは」
栗色の髪をすっと梳いて、目蓋にかかっている房を解く。そして巴はソファーの前に座り込み、ゲームをプレイする彩乃を眺めた。
「でもホント久し振りよね、三人でこうやって冴霞の家に揃うなんて。お正月以来だったかしら?」
「うん。外で会ったのは、この前の文化祭の時。あの時も麻那ちゃんがいて、巴ちゃんにだけは挨拶したんだよね?」
「そう。その時にもちょっと感じたんだけど……今日また会って、確信したわ。彩乃は多分気付いてないと思うけどね」
巴が振り向き、麻那と冴霞を見る。眠っている麻那の表情はあどけないものだが、冴霞の表情は。
優しく微笑みながらも、その紺青色の瞳の奥には懐かしく感じるほどに忘れかけていた――――悲しみの色が、浮かんでいた。
Another Episode
冴霞と麻那の姉妹な一日。
第六話 Truth of the Gentleness
「冴霞、あんたと麻那ちゃんって……ちょっと似てるのね」
唐突な巴の言葉。しかし冴霞は驚く事など微塵もなく、当たり前のように頷いた。そして巴もまた、冴霞のリアクションに驚く事もなく言葉を続ける。
「冴霞の場合はあたしが原因を作ってるけれど、同世代の子たちが怖かった。……他人が何を考えているのか分からなくて、信用できるのは両親のおじさん、
おばさん、それに大人ばっかりになった。例外だったのは彩乃とあたし、でも冴霞は……自分で、その病気を克服したのよね」
冴霞は目線を伏せ、否定とも肯定とも取れない答えをする。当時のことをあまり思い出したくないのだろう、と思った巴はそこで言葉を切り、冴霞からの
明確な答えを待った。だが、実際のところ冴霞は『あの思い出』を巴に告げるのを、躊躇っているのだった。
小学五年生になったばかりの春。日ヶ峰商店街にあった古書店・愁久堂で出会った少年の存在。その存在を知っているのは、実は冴霞以外には母・悠香と
当時の冴霞の担当医だった神島医師しか知らない。そしてあの日の彼が今、最愛の存在となっている新崎謙悟である事は、その二人にさえ明かしていない。
理由はごくごく単純で、冴霞はあの日の思い出を宝物のように思っているために、誰にもその真相を明かしたくないのだ。そして現在の記憶と混ぜるなら、
謙悟と初めて出会い、ずっと支えられてきた思い出でもある。今更明かすのは恥ずかしいというのもあるが、謙悟との間だけに通じる二人だけの思い出に
しておきたいという気持ちがあるが故に、悠香にも言っていない。
「……あたしの率直な感想だけど」
話題を変えるように巴が切り出す。冴霞もそれに応じるように視線を上げ、親友を見つめる。
「冴霞の場合は、後天的な理由で人間不信になった。だけど麻那ちゃんは違う。この子は……何て言うか、『自分がちゃんと挨拶できる人間としか、
親しくなろうとしていない』ような……そんな気がする」
「うん……やっぱり、巴ちゃんはすごいね」
儚げに、悲しげに笑いながら、冴霞はそっと麻那の頭を撫でる。リーダーシップを発揮する巴は、人を見る観察眼にも優れている。だからこそ気づく事が
出来た、無垢な寝顔からは想像もつかないような麻那の本質。かつて冴霞が蝕まれた病、人を信じることが出来ない人間不信とは違う病。
「私は最初、それに気付けなかった。謙悟くんも言っていたように、ただ人見知りが激しいだけだって思っていたけど違う。麻那ちゃんは一度『自己紹介』
して、その人が自分にとってちゃんと信頼できると判断して、接していくようになる。つまり……麻那ちゃんにとって、信用に足る人間っていうのは必ず
麻那ちゃんが『自己紹介』をした人間なの。もちろん、家族は除いて。でも謙悟くんや本人でさえきっと気付いていない……ううん、気づけるはずもない。
だってまだ、こんなに小さいんだもん……」
「先天的な人間不信……って、言えばいいのかしら?」
「調べたけど、近いのは恐怖症……ごくごく軽度な、対人恐怖症。麻那ちゃん自身が確立した方法なのかは分からないけど、『他人に自己紹介をする事』を
『心を開く』スイッチにして、それを克服している。だから、日常生活には何も問題はないと思う。けど……」
一旦言葉を区切り、すっと目を閉じる冴霞。しかし巴には、最後の上ずりかけた声でもう分かってしまっていた。
「冴霞……」
「っ……だ、大丈夫」
涙を堪え、目を開く。冴霞を案じる巴の表情は、はるか昔に冴霞が入院した時に見たものと同じく、心から心配しているものだ。
ゆっくりと深呼吸し、昂った気持ちを静める。せめて巴にだけは――――自分が憧れた親友にだけは、真相を伝えなければならない。
「……けど、強すぎる信頼は依存に繋がる。麻那ちゃんが今日、私に会いたいって言ったのもその現れなのかも知れない。でもだからって突き放せば、麻那
ちゃんは依存の対象を失ってしまう。そうなったらきっと…………っ、だから、皆と一緒に過ごすことが出来れば……克服には至らないかも知れないけれど、
これから先より多くの人を『信じる』ことに繋がるんじゃないかって、そう、思ったの……」
麻那の冴霞に対する圧倒的ともいえる信頼と懐き方も、そう考えれば納得がいく。そしてまた、麻那が言った「会いたい」という言葉も、憧れだけでは
なく、冴霞に対する依存も含んでいたのだとすれば。
「それで、あたしたちを呼んだわけね……」
「ごめんね巴ちゃん、私のワガママに付き合わせちゃって……」
「そっか……それが、冴霞さんの『ワガママ』なんですね」
唐突に声を掛けられ冴霞と巴が振り向くと、いつの間にか要がやって来ていた。両手に抱えて持っているのは、本日一番の力作・フレジェ(Fraisier、
フランス語でイチゴの意味。フランス風ショートケーキ)だ。
「要さん……」
「ごめんなさい、途中から聞いてました。それに二人とも話に夢中で気がついてなかったみたいですけど……」
「まったく……水臭いぞ、冴霞」
「そうですよぉ、言ってくれればよかったのに」
試合を中断した彩乃と愛も話に入ってくる。巴を含めた四人は全員が立ち上がって、ソファーに座っている冴霞を見下ろした。
「でも言ったりしたら、みんな麻那ちゃんに対して遠慮するんじゃないかって、思って……」
「それはあるかも知れんが、冴霞は過保護になりすぎだ。…………言いたくはないが、あの新崎の妹だぞ? ちょっとやそっとでへこたれるとは思えん!」
不器用な彩乃の叱責。そしてそれを諌めるように、巴がどさっと彩乃に覆い被さる。
「何にせよ、麻那ちゃんは幸せ者よ。血も繋がっていないのに、こんなに心配してくれるお姉ちゃんがいるんだから」
「ま、将来はホントにおねえちゃんになっちゃいそうですけどね〜」
巴と愛の言葉に、要が首を縦に振る。彩乃も渋々ではあるがわずかに頷く。
「……確かに、麻那ちゃんは冴霞さんに依存してるかもしれない。でもだからって、麻那ちゃんの素直な気持ち。冴霞さんの事を好きだっていう気持ちまで、
否定しちゃダメですよ。ほら」
要が促すままに、冴霞は麻那を見る。安心しきった無防備な寝顔。絶大な信頼と、それに伴う依存。だがそれらも含めて、新崎麻那は今村冴霞を好いて
いる。兄の恋人としてではなく、一人の人間として。
「そう、ですよね…………ごめんなさい、麻那ちゃん……」
謝罪の言葉とともに雫が落ちる。麻那の一番素直な気持ちを、わずかでも否定していた事への後悔。だがその気持ちがあるからこそ、冴霞はこれから先も
麻那と向き合うことが出来る。一人の人間として、そして――――そう遠くない、未来の義姉として。
「ふぁ……にゅぅ」
奇妙なあくびをしながら麻那が起床を果たすと、膝枕をしている冴霞をはじめとして、全員がリビングで眠っていた。巴は彩乃と一緒に、元は一人掛けの
ソファーに詰め寄って寝ており、要と愛は来客用の布団を敷いてタオルケットを羽織って仲良く眠っている。どうやら起きているのは麻那と、腕の中にいる
シルビアだけのようだ。
「みんな、ねてるね〜?」
「なぁぅ」
ごろごろと麻那にすり寄るシルビア。そこへとてとてとフレデリカが現れ、そのままガラステーブルの下に潜り込み、愛の身体を飛び越えていずこかへ
去って行った。その行動を目で追っていた麻那は、テーブルの上に見た事のないケーキが乗っているのを発見した。その傍らには大きな文字で置き手紙が
書かれている。
『まなちゃんへ かなめおねえさんが ケーキをつくってくれました まなちゃんのぶんなので おきたらたべてください さえか』
冴霞の太ももから起き上がり、同時にシルビアの拘束を解くと、麻那は冴霞の身体にタオルケットを掛けた。憧れの冴霞は寝顔さえも美しく、思わず
触れた髪の毛はツヤツヤで、理由もなくドキドキしていた。
「なぅ……?」
「はぅ!? ……し、しるびあ、びっくりした……」
ぴょん、とソファーから降りて、置かれているフォークを手に取る。真っ赤なイチゴジャムゼリーの乗ったフレジェは中にもぎっしりとイチゴが詰め
込まており、カスタードクリームも盛り込まれている。甘酸っぱい味に「ん〜」と口を窄め、年上のお姉さんたちの可愛らしい寝姿を見ながら、麻那は
一人でもくもくとフレジェを堪能した。
あとがき:
麻那の秘密。そしてそれは、本人でさえ自覚していない心の病。かつて近しい
病に侵されていた冴霞と、それを一番近くで見ていた巴だからこそ見えていた真実。
時間が解決してくれる問題である、と断じるのは容易いが、冴霞は治療のために「ワガママ」を。
そしてワガママは功を奏し、優しい「姉」たちに手を貸してもらうことで、いつかはその病も克服されるでしょう。
管理人の感想
第6話をお送りして頂きました。今回は少し、シリアスな雰囲気でしたね。
麻那の、普通では気づかないほどの・・・しかし決して見過ごしてはいけない心の病。
それを治す・・・いや、癒す手伝いをするための、今回の企画。冴霞のワガママ。
結果的に麻那は参加者たちに懐き、冴霞の思惑も果たされたわけですね。
恋人の妹。傍から見るとそれ以上に麻那を溺愛している冴霞の行動は、もしかすると過去の自分と重ね見ている所から来ているのかもしれませんね。
とはいえ、たとえそうだとしてもその愛情は本物。
愛情と依存は似て非なるものなのかもしれませんが、逆に違うようで同じものなのかもしれませんね。
というわけで、今回もありがとうございました^^