B&G High School Memorial
「ん〜っ♪」
焼き上がった生クリームケーキにメープルシロップとチョコレートソースをかけ、さらに八つ切りしたものを食べた麻那の表情は、見ている方が幸せに
なってしまうような満面の笑みだった。その表情には誤魔化しなど一切なく、ただ真実のみを雄弁に伝えている。
ふんわりと甘く、柔らかく、それでいて口の中で溶けていく食感はえもいわれぬ物がある。そしてそれを演出するようにかけられた二つのソースが、より
一層甘さを際立たせている。この生クリームケーキは麻那にとって、これまで食べたどんなケーキよりも美味しく、また心に残る逸品となった。
「要さん、ありがとうございます」
「い、いえいえ。みんなで協力したからですよぉ」
冴霞からの感謝の言葉に照れ笑いを浮かべる要。要自身も数回しか作ったことのないメニューではあったが、それなりに気に入っているものでもある。
大切な友人である冴霞と、継の親友・謙悟の可愛い妹である麻那に好評を得られたことは、要としても喜ばしいことだ。
だが、そんな喜びを消し飛ばすように、秋月愛がどさっと要に覆い被さって来た。
「か〜な〜め〜ちゃ〜ん……これを食べるのは、つらいよぉ〜……」
愛が差し出した皿には、黒い円形の物体が鎮座している。少々かじった痕跡があるため、食べ物であるという判断は出来るのだが。
「……なに、これ」
「めぐみ製、ホットケーキ…………ブラック」
「見るからに、身体に悪そうだな」
容赦のない彩乃の感想。だが、一同は口にこそしないが彩乃の言葉には激しく同意せざるを得なかった。同じホットプレートで焼いたホットケーキでも、
彩乃が焼いたものは美しいきつね色であり、焦げ目が一切無い。巴は少々焦がしてしまったが、濃い目の色合いが食欲をそそらせる。
だが、愛が焼いた物は明らかに焼きすぎという度合いさえ軽々とオーバーしている。しっかり火が通るように、と一番長く焼いていた結果が、もはや『炭』
としか形容のしようが無いくらいに真っ黒なのだ。裏返しにすればそれなりに綺麗なのだが、ふっくらした面を表に向けることを前提としている、この
ホットケーキという料理においてそれは邪道と言えるだろう。
「えと……や、焼き直す? まだ生地は残ってるし、一度失敗したから、もう失敗しないよね?」
「でもでも、食べ物は粗末にしちゃいけないって、そ〜じくんにも言われてるし……」
「いや、秋月ちゃん。モノには限度ってものがあると思うわよ?」
愛の無謀を諌める巴。健康と安全を考えて、『めぐみブラック』と名付けられた黒いホットケーキは、今村家の生ゴミ処理機へ投入されることになった。
「ふ、ふふふ……なまごみ……あたしのほっとけーきは、なまごみ……」
「めぐちゃん、よしよし」
うつろな表情で顔を伏せ、壊れたように笑う愛をなだめる麻那。その一方で、料理上手な冴霞はキッチンのIHヒーターの上でフライ返しを使うことなく、
ホットケーキを浮かして空中で半回転させてからフライパンに戻す、という曲芸を披露していた。
Another Episode
冴霞と麻那の姉妹な一日。
第五話 Battle of after Lunch
「いただきますっ」
「はい、ど〜ぞっ」
ちゃっ、とフォークとナイフを構えた冴霞が見下ろした先にあるのは、麻那が焼いたホットケーキだった。元は少々楕円気味だったが、まだ半生の状態で
ひっくり返したために生地が少々はみ出しており、円とはほど遠い形になっている。しかし焼き色は薄くはあるが美しく、十分美味しそうに見える。
ナイフを通しても、しっかりと中まで火が通っているために生地がこぼれ出る事もない。冴霞は丁寧に六等分すると、そのうちの一つをぱくりと一口で
平らげた。
「……お、おいしい?」
隣に座って不安げに尋ねる麻那。冴霞はナイフとフォークを置くと、ふんわりと麻那の頭を撫でた。
「心配しなくても大丈夫。とっても美味しいですよ」
「ほんとに?」
「はいっ。麻那ちゃんも私が作ったホットケーキ、食べて下さい」
冴霞と同様に、麻那の前には冴霞が焼いたホットケーキが置かれている。焼き色は完全に均一で、形も見事な円形だ。その美しさに惚れ惚れしながら、
麻那は冴霞の真似をしてナイフとフォークを使い、不恰好ながらも小さく切り分けていった。
「いただきます……あむっ」
口の中に広がる甘さと柔らかさ。さっき食べた生クリームケーキとは全く違うが、こちらも劣らないくらいに美味しい。なにより、冴霞が麻那の為だけに
作ったものだ、昔ながらに言われている最高の隠し味――――『愛情』もたっぷり詰まっている。
「おねえちゃん、おいしいっ!!」
「ありがとう、麻那ちゃん」
冴霞がそう言うと、麻那はいそいそとフォークで大きめのホットケーキを刺して、冴霞に差し出した。すると冴霞も同じように分割したホットケーキを、
麻那の口の大きさに合うように切り分けて、フォークに刺す。
「「あ〜んっ」」
二人そろって同じ言葉。互いが差し出したホットケーキは互いの口に収まり、冴霞と麻那はニコニコと笑い合うのだった。
「……なんていうか、さ」
「なんだ、巴」
「すっごいらぶらぶだよね〜、冴霞センパイと麻那ちゃん」
「愛ちゃん、そういうこと言わないのっ」
冴霞たちが完全に自分たちだけの世界に入りかけているところから引き戻すように、愛がしみじみと漏らす。一応咎めはするものの、要の本音も実際は
似たようなものだ。というか、同じダイニングテーブルに座っているのにここまで無視できるのも凄まじい。
「でもさぁ、麻那ちゃんと一緒に遊ぶって言ったって、センパイこれからどうするんですかぁ? あたしたち、何も持ってきてませんよ?」
「ああ、その点なら抜かりはないぞ。冴霞の家にはゲーム機がたくさんあるからな」
彩乃はそう言うと、冴霞の家にある家庭用据え置きゲーム機をつらつらと述べた。一番驚いたのは、最早ほとんどの家庭に存在しないであろうファミコン
の名前がその中にあったことだ。明らかに、冴霞たちの世代ではないというのに。
「えっと……冴霞さんって」
「かなりのゲーマーさん……?」
「うん、凄いわよー冴霞は。一番ヤバいのが格ゲーね。何をされたのか分からないうちに終わるから」
「もう巴ちゃん、人の事をなんだと思ってるの?」
ようやく現実に戻ってきた冴霞が不満を述べると、巴も彩乃も呆れた顔で溜息を吐いた。
「よく言う。発売日に買ってきて夜通しプレイしてコンボの研究なんかして」
「難易度最高にしても『楽勝』とか言ってたのは、どこのどちら様でしたっけ?」
「「うわぁ……」」
親友二人の証言にドン引きする要と愛。冴霞はスッと立ち上がると、一度廊下に出てから自分の部屋に戻り、またすぐに帰ってきた。そしてその手には
小さなプラスチック製のケースに収まったカード・トランプが握られている。
「じゃあ、ハンデが無いようにこれで勝負しましょう。テレビゲームよりは健全だし、皆で楽しめるでしょう?」
ギャンブル要素を極力廃する、ということでポーカー、バカラは廃案され、まだ麻那が詳しくルールを把握しておらず、また冴霞達の知るルールと要達の
知るルールでやや違いがあったため、混乱を避けるために大富豪も没となった。その結果、一番平和的かつ駆け引き要素がそれなりにある、トランプゲーム
における代表格であり、また麻那もルールを理解している七並べとババ抜きが採用された。
とはいえ、プレイする人間が増えれば増えるほどに手札は少なくなるこの二つのゲームは、人数に比例してゲーム終了までの時間が長くなる。ババ抜きに
おいては最初に破棄するカードが少なくなり、カードが合致する確率が低くなる。七並べでも同じく手札が分散される分、それぞれの狙い通りにカードを
置く事が出来ないからだ。
結局、両方とも二ゲームずつプレイした後は話を戻してテレビゲームに移行することになった。しかし対戦格闘系は彩乃と巴の証言に従って禁止となり、
四人で出来る同時対戦型のパーティーゲームが実施される運びとなった。
「あたしはまた生キャラメル作るから、最初は遠慮しますね」
「私も手伝います。ついでに、レシピも覚えておきたいですし」
料理に取り掛かったのは要と冴霞だ。今いるメンバーの中で料理上手なトップツーが抜けた事で、ゲームに参加するのは彩乃、巴、愛、そして麻那の四人
となり、ゲーム自体が最大四人まで参加できる物だった為、結果的には人数ピッタリになった。
据え置き型次世代ゲーム機の中でトップの売り上げ数を誇るWiiのリモコンを握り、オーバーアクションで操作する麻那。ちなみにWiiを購入したのは
冴霞の母・今村悠香であり、ゲーマーな冴霞は自室にPS3とXBOX360を持っている。といってもここ半年くらいは勉学に集中するために長時間起動した
事はない。たまに息抜きに一時間ほど遊ぶくらいだ。
「結局、今の子ってカードゲームよりもテレビゲームなんですね……」
「お、オバさんみたいなこと言わないで下さいよっ!?」
しみじみ呟く冴霞に思わず要がツッコミを入れる。冴霞はくすくすと笑いながら、キッチンに向かって手を振ってくる麻那に手を振り返し、要の方に目を
向けずに生キャラメルの材料である牛乳を開けた。
「まぁ、私自身もそういうところがありましたから、強くは言えませんし……それに、本人が楽しめていればそのほうがいいかなって、今は思ってます。
麻那ちゃんにはいつも笑顔でいて欲しいですし」
「……冴霞さんって、ホントに新崎くんの妹さんってこと以上に、麻那ちゃんのこと好きなんですね」
「そうですね……正直なところ、ちょっとくらいは私のワガママも入ってますけど」
ワガママ。その言葉の真意を測りかねた要だったが、それを追求するのは躊躇われた。それはきっと冴霞と……ここにいない謙悟との関係にのみ通じる
ものである、と思ったからだ。だがそれは打算的なものではない、とも要は思っている。ただの打算でこんなにも他人の妹を自分の妹のように愛する事が
出来るだろうか。誰がどう見ても、冴霞が麻那に向ける愛情は本物だ。
胸の中にわずかなしこりを残しつつ、要は冴霞とともに生キャラメル作りを続けるのだった。
あとがき:
大成功に終わったケーキ作りの後は食後の運動。ゲームに興じる麻那たちを
見守りながら、冴霞は要と一緒におやつ作り。しかし麻那に対する冴霞の優しさに
一抹の疑問を感じた要は、密かに不安を抱く……。
冴霞が麻那に向ける思いの裏に隠された『ワガママ』とは?
管理人の感想
ケーキも無事に作り終え、みんなで作ったケーキに至高の笑みを浮かべる麻那。
彼女にとってはじめてのおりょうり。これだけ大成功だと、これからの自信にも繋がるでしょう。
そして冴霞の割と意外な特技が発覚。ゲーム大好きな上、格ゲーはもはや神レベルだと^^;
さらに、要が少し勘ぐってしまうほどの冴霞と麻那の仲の良さ。確かに、他人から見れば、その光景は少し気になるのかもしれませんね。
冴霞の真意とは・・・?