B&G High School Memorial
「まずは前菜代わりに、皆さんこれをどうぞ」
と言って要が皿の上に並べたのは、綺麗に切りそろえられた生キャラメルだ。牛乳と生クリーム、グラニュー糖などを使って作る事が出来るお菓子であり、
作り方自体はそれほど難しくはない。要はこれを前の日に家で作っており、冴霞の家に預けておいた。
「へぇ〜、食べたことはないけど、これがそうなんだ。じゃあ早速」
ひょい、と一つ摘んで口に入れる巴。それに倣うように他の面々も次々に口に運び、麻那も愛に一つ取ってもらって口の中に放り込んだ。
「はむ……ん……おいしいっ!!」
溶けるような食感と甘さ。たっぷりの生クリームとその中に盛り込まれた蜂蜜が甘さをより一層演出しており、麻那だけではなく愛も巴も、そして冴霞も
彩乃も初めて口にする生キャラメルに一瞬で心を奪われた。
「さすがだね、要ちゃん!」
「うん、甘くて美味しい。売れるレベルだわ」
「後で作り方、教えて下さいね」
「……もう一つ、もらう」
次々に消化されていく生キャラメル。ダイニングテーブルに置いたはずの皿はいつの間にかリビングに持っていかれてしまい、要も仕方なくリビングに
移動して食卓を囲む。食事までのつなぎで用意したつもりだったのだが、ここまで大好評を受けるとは思わなかった。だがこのままではいつまでたっても
『企画』の実施に移る事が出来ないので、要はストップを促すようにパンパンと手を打ち鳴らした。
「ちょ、ちょっと皆、ストップしてください! まだありますし、後で作ってあげますから! 冴霞さんも、言うこと言っておかないと!!」
「んむ? ……あ、ああ……そうですね」
こくん、と五つ目になる生キャラメルを飲み込んで、咳払いをして床から立ち上がる冴霞。そしてちょいちょい、と麻那を手招きで呼び寄せる。
「なぁに、おねえちゃん?」
「えっとですね……今日は麻那ちゃんが私の家に遊びに来てくれた大切な日ですから、おねえちゃん、ちょっとしたイベントを用意しておいたんです。
麻那ちゃんはお家で謙悟くんやお母さんのお手伝い、よくしてるんですよね?」
「うん!」
嬉しそうに、そしてどこか得意げな返事。冴霞はそれを褒めるように麻那の頭を撫で、前屈みになって彼女と同じ目線の高さになる。
「じゃあ、それよりちょっとだけレベルアップ。麻那ちゃんと私と、要さんと、愛さんと、彩ちゃんと、巴ちゃん。これからこの六人で、一緒にお昼を作り
ましょうっ!」
Another Episode
冴霞と麻那の姉妹な一日。
第四話 Lunch Make Time !
冴霞が用意した『企画』。それは麻那に料理を教えるとともに、料理を作らせることだった。言葉にしてしまえば何と言う事もないありふれた行為だが、
これには冴霞なりの理由がある。まず第一に、これは謙悟からも聞いて裏を取っていることだが、麻那はこれまで料理と呼べる料理をしたことがない。まだ
七歳なのだから刃物を持たせるには早すぎるというのは当然理解しているが、麻那だって立派な女の子だ。料理のひとつくらい覚えていても損をする事など
ありはしない。家にいる時間がそれほど多くない麻那の母・陽子では教えられることに限りがあるし、謙悟も料理が得意というほどではない。
第二に、料理を通して『モノを作る』意欲と、自分の手で一つの物を完成させる達成感を知ること。
図工の授業などでもその機会は多く得られるが、それは日常的な物ではなく限られた状況でしか満たされることのないものだ。だが料理は日常の一部、
生活の一部として常に身近にあるものである。年単位で行わなくなることなどあり得ない。身につけておけば必ず役に立つ。
そして第三の理由。これが三つの理由の中ではなによりも重要なことだが――――
「おりょうり……でも麻那、おりょうりしたことない……」
あまり乗り気ではないのか、麻那の声は一転して沈んでいた。冴霞は前屈みの状態から膝を落とし、立て膝になってそのまま床の上に正座する。
「うん。誰だって、はじめはお料理なんてしたことないんです。作ってみても、失敗するかもしれない。おねえちゃんだって、何度も何度も失敗しました。
でも、美味しい物が作れたら……食べてくれた人が、美味しいって言ってくれたら、麻那ちゃんはどう思いますか?」
きゅっ、と麻那の手を握る冴霞。俯いていた麻那はゆっくりと顔を上げ、優しい微笑みを浮かべる冴霞を見つめる。
「おいしいって、言ってくれたら……うれしい」
「うん。私も、前に麻那ちゃんと謙悟くんにお昼ご飯作りましたよね? あの時、二人が美味しいって言ってくれてすっごく嬉しかった。麻那ちゃんにも、
その気持ちを実感して欲しいんです。これは正直、おねえちゃんのワガママですけど……どうですか?」
麻那は視線を冴霞から外し、ぐるりと周囲を見渡す。要も、愛も、巴も、彩乃も。何を言うこともせず、じっと麻那の事を優しく見つめている。そして
足元には、シルビアとフレデリカが寄り添ってくれている。
おりょうりをする、というのは初めてのこと。だけどここにいるおねえちゃんたちや、しるびあとふれでりか、そして大好きなおねえちゃんがそばにいて
くれるなら――――きっと、うまくいくような気がする。
そこには何の根拠もない。ただ信頼だけがあり、だが何よりも確かな己が心の導き。それに従って、麻那はこくんと頷いた。
「ん…………麻那、がんばるっ」
「はいっ、頑張りましょう!」
柔らかくて優しい暖かさに包まれる。陽子のそれとは違い、甘く心地良い冴霞の抱擁。その温度に身を浸しながら、麻那は冴霞の胸の中で頷いた。
「では今日は、簡単に出来る“生クリームケーキ”を作ろうと思います。皆さん、それぞれあたしが用意しておいた手順の通りに作ってみて下さい。もしも
分からない事があれば、どんどん質問してくださいね」
本日の講師役に任命された要は、最初はあまり乗り気ではなかったものの、彼女の得意分野――――というか本職である以上、いざ本番となれば気合いの
ノリも変わったのか、なかなか板についた指導ぶりを見せている。説得するのには骨が折れた冴霞だったが、結果オーライというところだろう。
さすがに六人それぞれが調理できるほどには調理器具の数もないため、それぞれに必要な工程を割り振って、完全な役割分担をしての調理となる。
「じゃあ、麻那ちゃん。この粉をこっちの網のついたお皿に入れて、下のお皿に落として下さい」
「はいっ」
既製品のホットケーキミックスを流用したものを篩にかける麻那。周りに飛び散らないように気をつけて、また身長が足りないので台に乗っての作業だが、
中々思うようにはいかない。冴霞はそれを見ながら、自分の作業を着々と進めていく。
あらかじめ要が分けて、湯煎しておいた卵黄にグラニュー糖を加えながらハンドミキサーでかき混ぜて行く。そして余った卵白とグラニュー糖を使って
メレンゲ作りをするのは彩乃の役割だ。泡立て器を手早く動かし、ツノが立つまでしっかりと混ぜる。
そして、料理があまり上手でないと自覚している巴は、オーブンレンジを作動させ温めておくという作業と並行して、生地を入れる型に油を塗っていた。
この程度の作業ならば料理の腕前は全く関係がないので、失敗のしようがない。
「できた!」
篩を終えた麻那が声を上げる頃には、愛の分担であった生クリーム作りも終了している。生クリームにグラニュー糖を混ぜるだけの作業もまた、失敗の
危険性は極めて低い。それぞれの完成状況を見終えた要は、冴霞が作った卵黄、愛が作った生クリーム、そして彩乃が作ったメレンゲを順番に混ぜ合わせ、
最後に麻那が篩に掛けたホットケーキミックスを加えた。
「じゃあ麻那ちゃん、これをこう、切るように混ぜてくれるかな?」
生地の入ったボウルと木べらを麻那に渡す要。麻那はそれを受け取ると、冴霞がボウルがひっくり返らないようにと支えてくれる。
「頑張って、麻那ちゃん」
「はいっ!」
力強く、そして不器用に生地を混ぜる。木べらはガンガンと何度もボウルに直撃するが、冴霞の支えのおかげでぶれることはない。ミックスの粉が完全に
見えなくなり、しっかりと溶けたところで、要のチェックが入る。
「……?」
「……ん、大丈夫だよ。じゃあ、次は巴さんが準備してくれた型に、その生地を入れよっか」
「うんっ!」
要の指示に従って麻那が型に生地を流し込んでいく。それが終われば、あとは温めておいたオーブンレンジでじっくり三十分間焼くだけだ。そこは流石に
麻那だけでは火傷の危険があるので、冴霞と要が立ち会っての共同作業となる。
「……よしっ。あとは待つだけだけど、その間お腹が減っちゃうだろうから、もう一つ作ってみようか。冴霞さん、お願いします」
「はいはい。皆、ちょっとこっちに来てくれますか?」
冴霞の呼びかけに応じて全員がダイニングとキッチンに集合する。冴霞は冷蔵庫から両手鍋を出すと、収納棚の中から大きめのホットプレートを出した。
「えー、実は今回、この生クリームケーキを作るにあたって、ホットケーキミックスを使ったわけですが……一人一枚以上は食べられるくらいにミックスが
余ってしまいました。ですので、みんなでそれぞれホットケーキを焼いて、食べてしまいましょう!」
鍋の中に入っているのは、要が下準備をしている最中に、冴霞が並行して作っていたホットケーキの生地だった。材料が余る事を予め要から聞いていた
冴霞は、それを上手く利用しようと考えて鍋をボウル代わりに使い、準備をしていたのだ。
「へぇ〜、ホットケーキなんて久しぶり〜」
「そうね。子どもの頃はたくさん食べてた記憶があるけど……」
「最近は、自分で作る事もしなかったからな」
愛、巴、そして彩乃がそれぞれにコメントする。歳とともに味覚も発達し、かつて好いていたものを食べずともよくなったことは成長ではあるが、しかし
だからと言って嫌いになったわけではない。
「麻那ちゃんもホットケーキ、焼いてみましょうね。おねえちゃん、麻那ちゃんが焼いたホットケーキ、食べたいです!」
「うん! 麻那、がんばるね!!」
最初の不安げな顔はどこへやら。麻那は冴霞の狙い通り、すっかり料理をする楽しみの虜となっているようだ。
――――そう。冴霞が麻那に料理を教える、第三の理由。
最もシンプルかつ重要な理由、それは……料理を楽しむこと。
物事を達成させるために必要なのは、義務感だけではない。達成感だけでもない。何より大切なことは、それを行う人間が楽しんでいる事こそが最も
重要な事だと、冴霞は思っている。無理強いさせられて成し遂げても、楽しみがなければただの苦行に過ぎない。
こんな機会でもなければ教えられないし、いずれは誰かから学ぶこともあるだろう。だが、自分を『おねえちゃん』と慕ってくれるこの小さな少女に、
少しでも役立つ事を教えられる事があるのならば、自分がその役を担いたい。
そして、その願いは果たされた。これから先もまた、数限りなく訪れる機会のいくつかが巡ってくるだろう。
少なくとも良い。麻那(いもうと)に教えられることがあれば、与えられた機会の全てを『おねえちゃん』として教えたい。
それが今村冴霞の、密かな希望(のぞみ)。
あとがき:
ランチタイムというよりはランチメイクとなりました。この生クリームケーキ、実在します。
さておいて、冴霞の教えのおかげで少しだけ成長した麻那。これから先もどんどん
成長し、心身ともに大人になっていく「いもうと」への手助けとして、「おねえちゃん」から
教えられるささやかな贈り物。麻那がそれに気づく時は、きっとふたりが本当の「姉妹」
になったときでしょう。
管理人の感想
S&M、第4話をお送りして頂きました^^
冴霞の考えた企画。それは、「はじめてのおりょうり」。・・・「はじめてのおつかい」と予想していた私は、微妙にニアピン賞(ぇ
ともあれ。姉から妹に送る、料理をする機会。
それは冴霞が麻那に教えたいことであり、そして麻那も大好きな姉の素敵なワガママに、首を縦に振る。
麗しき姉妹愛かな。そして麻那の、冴霞への懐き方がもはや尋常じゃないですね^^
羨まs・・・ゲフンゲフンッ!