B&G High School Memorial

 

 

 

「さぁどうぞ、麻那ちゃん」

「んと……おじゃまします」

 緊張した様子の麻那はおずおずと玄関に入ると、ぺこりと一礼した。その様子を微笑ましく思いながら、冴霞がドアを閉める。

靴を脱いで、そして脱いだ靴をそのまま放置することなくキッチリと揃えて上がる。普段から習慣づけられている事なのだろう、その所作にぎこちなさは

感じられず、冴霞も感心しながら麻那に倣ってサンダルを揃えた。

 すると、リビングからはもう一人の住人が現れた。冴霞の母であり、麻那の母である陽子の友人・今村悠香である。

「いらっしゃい、麻那ちゃん。おばさんのこと覚えてる?」

「は、はいっ、お、おはようございます!!」

 またしてもぺこっと頭を下げる麻那。そんな麻那を悠香はしゃがんでからそっと抱きしめた。

 悠香もまた、麻那とは陽子とともに二、三度会ったことがある。人見知りの激しい麻那も会うたびに悠香には慣れ、また彼女が冴霞の母だと知るとその

親密度も他の相手よりは上昇速度が上がるというものだ。今では普通に話すこともできるようになった。

「今日はお泊りするんですってね。おばさんと一緒に寝る? それとも、冴霞と一緒がいいかしら?」

「ふぇ? あ、あぅ……えと……おねえちゃんがいい、です……」

 悠香と冴霞を見比べて麻那が出した答えは、多少の逡巡があったもののハッキリとしたものだった。悠香はそれを不快に思うことなどなく、にっこりと

優しい笑みを浮かべて麻那の柔らかい髪を手で整える。

「よくできました、麻那ちゃん。冴霞、ちゃんと面倒を見るのよ? 陽子さんや謙悟さんからお預かりした、大事なお客様なんだから」

「わかってますっ。さ、麻那ちゃん。まずはリビングに行きましょう。お菓子もたくさん用意してありますからね」

「うんっ!!」

 しっかりと手をつないでリビングに向かう二人。その後ろ姿を見送りながら、悠香はあらかじめ準備しておいたティーポットに紅茶の用意をし始めた。

 

 

Another Episode

冴霞と麻那の姉妹な一日。

 

第二話 Kitten and Cats

 

 

「ふわぁ……」

 リビングに通された麻那が上げた声は、感嘆の声だった。眼前には自分の家よりも圧倒的に広いリビングと、大きなプラズマテレビ。そして彼女のために

用意された二人掛けのソファーの前には、大皿を乗せたガラステーブルが待ち構えていた。

「ほら、麻那ちゃん。座って座って」

「う、うん……」

 ふかふかのソファーに座る麻那と、その隣に腰を下ろす冴霞。テーブルの上にある大皿には、所狭しとお菓子が並べられていた。しかもどれも開封されて

おらず、麻那の好みに合わせて好きな物を開けられるようにしてある。その光景に見入っている麻那からリュックサックを下ろし、上着のジャケットを

脱がせて、冴霞は麻那の小さな両手に自分の手を重ねた。

「……久しぶりですね、麻那ちゃん。私に会いたいって言ってくれて、今日こうして会いに来てくれて……冴霞おねえちゃん、すっごく嬉しいです。今日は

麻那ちゃんのために、一杯楽しくなれる準備してきましたから……遠慮なんかしないで、楽しんでくださいね?」

「うん……おねえちゃんっ」

 真っ直ぐな瞳が冴霞を見上げる。謙悟によく似た、濃い茶色の瞳。そしてそれを宿す表情は、弾けんばかりの笑顔。

「ありがとう、おねえちゃんっ! だいすきっ!!」

「――――!」

 突然の告白に冴霞は思わずくらっとなった。だがそれは不快から来る意識の乖離ではなく、まったく逆の感情からだ。

 どうしよう、麻那ちゃんが可愛すぎる。今までだって謙悟くんの妹としてしか見ていなかったわけではなく、一個人として麻那ちゃんと接してきたつもり

だったけれど、この笑顔は反則過ぎるほどに愛らしい。こんな子に『おねえちゃん』として慕われているだなんて、なんて光栄な事だろう。

「あら、冴霞。どうしたの? 顔が赤いわよ?」

 そこへ現れたのは、紅茶を用意してきた悠香だった。大きめのティーポットとティーカップをトレイに乗せ、傍らにはミルクとシュガーポットも用意され

ている。特徴的な華があしらわれたデザインのそれらは全て同じブランド、誰もが一度は耳にしたことのあるであろうウェッジウッド製のものだ。

「な、なんでもありません! お母さんこそ、わざわざ紅茶なんか淹れて……今日は大人しくしてるって約束でしょう?」

「ええ。でもお茶の一杯くらいご一緒しても罰は当たらないでしょう? ねぇ、麻那ちゃん?」

「うん! みんなで食べよっ!」

 天使の笑顔で快諾する本日の主賓に言われては、冴霞も折れるしかない。悠香も悠香で、冴霞が用意していたお菓子を開けずに、自前であらかじめ作って

おいたチョコチップクッキーを広げて、楽しい朝のお茶会を演出した。

 

 

 

「じゃあ、おばさんは出かけてくるわね。麻那ちゃん、ごゆっくり」

「いってらっしゃ〜い」

「ほんっっっとうに、ゆっくりして来て下さいね!!」

 出かけて行く悠香を玄関まで見送って、冴霞は深々と溜息を吐いた。それを見ていた麻那がくいくいと冴霞のセーターを引っ張る。

「おねえちゃん、はるかおばさんのこときらいなの?」

「え? あ、いえ、別にそういう訳じゃないんですけど……お母さん、かなりマイペースだから調子崩されることが多くて……でも、そういう所も含めて、

ちゃんと好きですよ。おねえちゃんの、たった一人のお母さんですから」

「うん! 麻那も、おかあさんだいすき!」

 セーターから手を離して、冴霞の手を握る麻那。冴霞もその手を握り返して、リビングに戻ろうと廊下を歩きだす。

 すると、ちょうど通り過ぎた部屋の扉からカサカサと音が鳴ったのを麻那は聞いた。そこは冴霞の部屋ではなく、悠香と夫・稔臣の寝室だ。だがそれを

知らない麻那は冴霞の手からするっと手を抜くと、レバーハンドルに手をかけて扉を開けた。

「あ、麻那ちゃん、そこは――――」

 冴霞が言い終わるよりも先に、二つの白い影が飛び出し、うち一つが猛烈な勢いでリビングに向かって走り去る。そして飛び出してきたもう一つの影は

くるん、と冴霞の足にまとわりついたかと思うと、見知らぬ人間に興味を持ったのか、じっと麻那を見上げる。

「…………(じー)」

「うぁ……ねこ、さん?」

 ゴールドミストと、黒のポイントカラー。青い瞳を持つバーマンという種類の猫。赤い首輪を身に着けた『彼女』の名前はシルビア。そして走り去って

リビングのソファーを我が物顔で占拠している青い首輪の『彼女』の名は、フレデリカ。

 冴霞と悠香それぞれの飼い猫であり、麻那と見つめ合っているシルビアは冴霞の猫だ。だが無表情にただ見つめてくるシルビアが怖いのか、麻那は冴霞の

ズボンにしがみついて、不安げな視線を冴霞に向けている。

「おねえちゃん……ねこさん、見てる……」

「うん。その子の頭、撫でて下さい。お名前はシルビア、呼んであげて?」

 冴霞の言葉に従うように小さく頷いてから、麻那はゆっくりとシルビアに手を差し伸べる。シルビアはそれを避けるでもなく、麻那の手を受け入れた。

「……しるびあ……?」

「…………みゃう」

 返事のように上がる鳴き声。あまり鳴く事のない種類であるバーマンだが、シルビアはどちらかと言えばよく鳴く方だ。そしてなにより人懐こい。麻那の

兄である謙悟には出会い頭からして良く懐き、冴霞と三人(?)一緒に寝たこともある。その理屈で言うなら、謙悟の血縁であり冴霞とも親しい間柄である

麻那に懐くのもまた、当然と言えば当然だろう。

「麻那ちゃん。シルビア、抱っこしてみます?」

「いいの?」

「はい。シルビアも、麻那ちゃんになら抱っこされても嫌がらないはずですし。ほら」

 ぐりぐりと麻那の手に頭を押し付け、冴霞の足もとから麻那に移動するシルビア。冴霞はその隙をついて彼女をひょいっと抱き上げて、そのまま麻那の

腕に抱かせる。

「優しく、抱いてあげてくださいね」

「わ、わわ……しるびあ……」

 ふかふかの毛玉が麻那の小さな腕の中に収まる。だが冴霞に比べればやはり居心地が悪いのか、シルビアはよじよじと身を捻って、前足を麻那の肩に置き、

麻那は下半身と尻尾だけを支える形になった。だがそのおかげで、シルビアと目を合わせやすくもなっている。

「なぅ」

 ぺろり、とシルビアが麻那のほっぺたをなめる。どうやら随分と気に入られた様子。そしてそれは、麻那も同じだ。

「あはっ……みゃあ?」

「…………まぁぅ」

 言葉の意味など通じていないが、それでも遣り取りだけは成立している。嬉しくなった麻那はシルビアを抱っこしたまま、今度はソファーを占領している

フレデリカの元へやってきた。

 シルビアとフレデリカは首輪の色が違う以外の相違点は、模様の範囲や毛の色が若干異なるくらいだ。だがそれは外見だけの特徴であり、シルビアが従順

かつ人懐こいというバーマンらしい特徴を備えているのに対し、フレデリカはどこかしら女王様的な雰囲気がある。

「おねえちゃん、この子は?」

「この子はフレデリカ。お母さんの猫さんです。でも結構気難しい子ですよ?」

 シルビアを麻那から受け取り、冴霞がコメントする。実はシルビアと違い、フレデリカは謙悟に懐いていない。彼女が認めているのは姉的存在である

シルビアと、飼い主である悠香、シルビアの飼い主である冴霞くらいのものだ。普段から家にいる時間が少ない稔臣に対しては、かなり冷たい。

「……ふれでりかー……」

 麻那が手を触れようとすると、フレデリカはごろんと横になって脇腹を晒した。だがこれは彼女の場合『服従』を表すものではなく、触れる人間に対して

『撫でろ』という命令の意思表示である。しかし冴霞はそれを口には出さず、麻那の動向を見守るのみ。

 なぜなら、謙悟はこれさえ許してもらえなかった。謙悟が触れようとすればフレデリカは無言の圧力を発し、それでもなお謙悟が手を伸ばせば神速の拳・

猫パンチを見舞っていた。それも無しに麻那には触れることを許すということは、おそらく麻那の才能だろう。

 動物に好かれやすい人間は稀にいるという。麻那がその一人だと断じるには早計だが、気難し屋のフレデリカが初見からしてこんな態度を取るのだから、

ほぼ間違いないと言っていい。

麻那の小さな手に撫でられながら、フレデリカはいつの間にかお腹を晒して気持ち良さそうにしている。敢えて彼女の言い分を代弁するならば、『仕方が

ないから撫でさせてあげるわ。こんな子供に手出しなんかするのは私(わたくし)の誇りが許さない、それだけよ』といったところか。

「えへへ〜……にゃ〜?」

「…………ゃぉ」

 鳴き声は上げず、フレデリカはのどの奥を小さく鳴らす。冴霞は抱っこしていたシルビアを床に下ろすと、そっと見守るように麻那の後ろに回って膝を

着いた。床に下ろされたシルビアはとん、とソファーの上に飛び乗り、フレデリカとは正反対に伸びている麻那の手にじゃれつく。

 子猫な麻那と、大人なシルビアとフレデリカの可愛らしい交流は、そのまましばらく続いた。




あとがき:

今村家の方々にご登場いただきました。冴霞の母・今村悠香だけではなく、飼い猫である
バーマン二匹。人懐っこいシルビアと、クールなフレデリカ。
兄である謙悟に対しては常に無関心だったフレデリカも、まだまだお子様な子猫ちゃんの
麻那には敵わなかったのか、早々に触ることを許してしまう。可愛らしい子猫と猫たちの
交流に、心癒されていただければ幸いです。


管理人の感想

麻那可愛いよっ!?(笑)
2匹の猫と戯れる麻那・・・あぁ、ほのぼのするなぁ。癒されるなぁ。
平仮名表記での、「……しるびあ……?」がヤバかったです。
麻那って、子猫属性(?)ですよねぇ。



2009.2.22