B&G High School Memorial

 

 

 

 十一月のある休日。時刻は午前九時前。

「んしょ……」

 少女はバスを降りると、大きめのリュックサックを背負い直してあたりを見渡した。

 背の高い建物ばかりで、道行く人も少ない。誰かに道を尋ねるにしても、生来甘やかされて育った少女は、どちらかと言えば人見知りする方だ。自分から

自発的に誰かに話しかけることなどそうある事ではないし、出来る事でもない。

 なので、少女にとれる方法は一つ。リュックのサイドポケットに入れているポータブルデバイス――――iPod touch(32GB)を取り出し、慣れた手つきで

近隣の情報をネットから検索する。同時に自分が今いる場所も、この機能で把握できる。

「ぐらんれじでんす……てん、さくら?」

 まだ習っていない漢字の読みを間違えながらも、なんとか目的地の把握は出来た。このまま地図に従って歩いていけば、すぐ着けるだろう。だが少女は

そこで、兄から言われたことを思い出した。

――――地図を見るのはいいけど、下ばっかり見て歩いてたら人にぶつかるからな。ちゃんと前を見て歩くんだぞ?

「ん」

 頭の中に思い描いた兄の姿に向かって頷き、少女はiPod touchをズボンのポケットにねじ込むと、力強い足取りで目的地に向かって歩き出した。

 今日のお出かけは一人きり。大好きな兄の姿は隣にはなく、しかし同じくらい大好きな人のもとに向かうため。

 新崎麻那、七歳。

 はじめてのお出かけと、お泊りである。

 

 

Another Episode

冴霞と麻那の姉妹な一日。

 

第一話 Road to 501

 

 

 事の発端は数日前の夕食中に、麻那から出た一言だった。

「おにーちゃん、おねえちゃんいつくるの?」

「おねえちゃんって……冴霞のことか?」

「ん。麻那、おねえちゃんにあいたい」

 箸でつかんでいたトンカツを皿に戻し、麻那の兄・新崎謙悟は対面に座る妹を見る。その隣では母・新崎陽子も驚いたように娘を見ていた。

「どうしたの、麻那? 麻那が冴霞ちゃんのこと好きなのは知ってたけど……会いたいだなんて。……謙悟、麻那が冴霞ちゃんに会ったのって、いつが最後

だったかしら?」

「ここ最近は全然会ってなかったけど……一か月くらい、かな」

 二人して考える。確かに陽子の言う通り、麻那は冴霞によく懐いている。そして最後に会ったのは、十月の文化祭だったはずだ。それからは謙悟とともに

過ごすのは多くは学校、休日などは図書館や駅前、そして日ヶ峰町商店街にある欧風喫茶レストラン『ひいらぎ』がメインであり、互いの家を訪れる機会は

さほど多くなかった。もちろん皆無ではなかったが、そういう時――男女の営みを行う際――は大体、家にだれもいない日を狙っての訪問であったため、

冴霞と麻那が顔を合わせる数は必然的に少なくなる。

「ふぅん……だったら、冴霞ちゃんを家に呼んであげればいいじゃない。麻那が会いたがってるって」

「それは良いんだけど、冴霞だって受験生なんだからいつまでも遊んでばっかりはいられないだろ。陽桜女子大の特待推薦なんて、難関中の難関だし」

 私立大学の中でも特に難しいとされる陽桜女子大学の特待推薦受験枠は、全国からの募集にも関らずわずか三つしか用意されていない狭き門だ。学校内の

試験や対外模試では常にトップを独走している冴霞でも、一筋縄ではいかない。それを知っているからこそ、謙悟も最近は冴霞の邪魔をしないようにと気を

遣っている。

「でも謙悟、あんたは冴霞ちゃんの彼氏であるのと同時に麻那のお兄ちゃんでもあるんだから。妹のお願いくらい聞いてもいいんじゃない? それにいくら

冴霞ちゃんだって、根詰めて勉強ばっかりしてたら頭が腐っちゃうわよ。適度な息抜きをさせてあげるのも、いい男の務めってモノよ?」

「務め、ねぇ……」

 ちら、と妹の顔を見る謙悟。話の内容はあまり理解できていないようだが、麻那の瞳には冴霞に会いたいという想いが溢れんばかりの輝きを放っている。

人見知りしがちな麻那が初対面からして懐く事は謙悟としても初めての事であり、また自分の大切な彼女と妹が円満な関係でいてくれるのならば、それは

何よりも喜ばしいことだ。ならば二人の関係をより良くしてやる手伝いをするのもまた、陽子の言うように彼氏であり兄の務めなのかもしれない。

「それに冴霞ちゃん、将来は本当に麻那にとって『お義姉(ねえ)さん』になるんだから。ねー、麻那?」

「? うん!」

「本人分かってないみたいだけど、いいのか」

 もはや話が飛躍していることを突っ込むのも馬鹿馬鹿しい。既に陽子の頭の中では、『今村冴霞』は『新崎冴霞』になる事が確定している。もちろん謙悟

自身そのつもりはあるのだが、本人よりも母の方が俄然乗り気というのは、何とも複雑なものでもある。

「いいのよぉ。麻那だってそのうちちゃんと分かるようになるし、反対なんてするとは思えないし。で、いつ行くの? 明日?」

「いきなり明日なんて行けるわけないだろ。冴霞にも相談しなくちゃいけないし、向こうの都合だってあるんだから」

「えー? 悠香(はるか)さんなら二つ返事で了承してくれそうだけど?」

「…………それでも、礼儀ってものがあるんだよっ」

 陽子の言う通り、冴霞の母・今村悠香ならば電話をかけて事情を説明すればあっさり了承するだろう。しかも陽子と悠香は息子・娘を通じて知り合った間

とは思えないほど遠慮のない付き合いが、現在進行形で発展している。つい先日など二人で一泊旅行に行ったくらいだというのだから信じられない。

「(外堀から埋められる、っていうのはこういう状況の事を言うんだろうな……)」

 着実に構築されつつある謙悟と冴霞を取り囲む網。そんなものなどなくとも良いのに、とは言い出せないのが、まだまだ謙悟の未熟な点であった。

 

 

 

 トントン拍子に話は進み、しかし謙悟が同伴すれば冴霞と麻那のコミュニケーションに支障を来すとして、今回は謙悟の泊りはナシとなった。もっとも、

謙悟自身としてはまた悠香に酒を勧められる事態が避けられたので安心であったし、冴霞も久し振りに麻那に会えるということを喜んでくれた。謙悟を泊め

られないのは冴霞からすれば少々残念でもあるが、また母の毒牙にかからないということと、謙悟とはいつでも会えるという余裕があればこその納得だ。

「…………」

 そわそわしながらリビングの掛時計を見る冴霞。時刻は九時二十分をわずかに回り、謙悟からの連絡によれば麻那は九時前のバスで天桜町のバス停に着く

予定だ。迎えに行きたい気持ちを抑え、麻那が自力で辿り着くのを待っているのはなかなか心臓に悪い。

 その時、リビングに設置されているオートロックのドアホンが鳴り響いた。冴霞はすぐさま受話器を上げて、モニターのスイッチを押す。

「はっ――――はい、今村です」

 やや掠れ気味になった声の調子を戻し、応対する。カメラに映ったのは、余所行きの服を着て大きなリュックを背負った麻那が冴霞の声に反応して、

ぱあっと笑顔になった。

『んと、しんざきです。あそびにきましたっ』

「はいっ、お待ちしてました! すぐそこのエレベーターで、五階まで上がってください!」

『はいっ』

 オートロックのドアを開け、冴霞もいそいそと準備を整える。派手な恰好は必要ないので、今日の服装はニットのハイネックセーターにジーンズという

ラフな出で立ちだ。だがそれでも冴霞が着ている、というだけで十分すぎるほどに魅力的である。

 玄関のドアを開けると、ちょうどエレベーターが到着したところだった。中から出てきたのは麻那一人。麻那はきょろきょろと左右を見て、その視界に

冴霞を認めると一直線に走ってきた。

「おねえちゃんっ!!」

「麻那ちゃん!!」

 どすん、とタックルのように抱きついてくる麻那をしっかりと受け止めて、冴霞は力を込めて抱っこする。体重が二十キロにも満たない麻那が相手ならば、

女性の冴霞でも抱っこして持ち上げることはそう難しいことでもない。

「ちゃんと一人で来れたんですね。道に迷ったりしませんでした?」

「うん! ちゃんと地図見てきたから!」

 ズボンのポケットから取り出したのは、冴霞も持っていないiPod touchだった。確かにiPod touchにはGPS機能も装備されているが、それを七歳児が

使いこなしている、というのは冴霞も素直に驚きだった。

「よし、よく頑張りました! じゃあ、早速私の家に行きましょうか?」

「うん!」

 麻那を下ろして、二人で手をつなぐ。五〇一号室までの短い道のりをゆっくりと進む二人の姿は、まさしく姉妹のように見えた。




あとがき:

BGM本編を一旦離れて、かねてより書こう書こうと決めていた女の子たちの話です。
主役は新崎謙悟の妹・新崎麻那。若干七歳の小学一年生と、もう一人の主役にはやはりこの人。
BGMのヒロインである今村冴霞。出会いからして仲良しな二人の、ある一日を描いていきます。
短く短くで作っていきますので、そんなに話数も取らずに終わる予定ですが……さて、義姉妹な二人は
どんな一日を過ごすのでしょうか。


管理人の感想

短期集中(?)の新連載がスタートです!
主役は我らがヒロイン今村冴霞と、我らが妹(爆)新崎麻那。彼女たちの、心温まる触れ合い。
麻那ちゃんかーいーなぁ。・・・私もあんな妹が欲s(自主規制
しかし、7歳の子がGPS機能を使いこなす時代というのも凄いですね。親御さん的には安心なのかもしれませんが^^;
さてさて、どうやら彼女たち以外にも「女の子」が出てくるようで。期待しておきましょう!



2009.2.20