二十九、 餅搗き

 毎年暮れの二十七、八日頃になると餅つきが行われた。その日はまだ暗いうちに寝ている枕の下からドスンドスンと揺さぶられる様な響きがして台所へ行ってみるともう餅つきが始まっている。いつも出入りの『長尾のおとと』が来て搗いてくれるのだった。

 祖母はその日は特別早く起きて、前の晩から洗い上げて置いた餅米を蒸篭に入れて蒸すのである。三帖位の広さの土間に清潔な荒筵を敷いて臼を据え、蒸し上がった餅米をその中にあける。はじめのうちは杵で押して米粒を寄せて少し粘りが出てまとまる様になると杵を勢いよく振り上げては打ち下ろすのであった。ヨイショッとかけ声がかかりペタンペタンと賑やかな音が響きわたる。蒸篭から上がる湯気と焚き火の煙と熱気が広い台所にモウモウと立ちこめる。手水をつけて合いの手をしたのは誰であったろうか。

 一臼は米三升が普通であったが、うちは大家内であったから幾臼搗いたものだったか、おととが搗いているうちに又次の米が蒸されているのであった。搗きたての餅を小さくちぎって丸めてもらい、小皿に醤油をたらしてその場で食べさせてもらったりした。おいしいものだった。

 搗き上がると三尺四方位の板に打ち粉をして餅を乗せ、先ずはお供え用の鏡餅が形を整えられ、他は粉をふりふりのし棒で平らに伸ばされてゆく。のされた餅は翌日あたりに少しかたくなりかけて切り易くなる。食べやすい大きさに長方形に切り揃えミカン箱等に入れられた。餅を切るのは大抵父の役であった。切った餅は私達子供等が手伝って数をかぞえたりしながら箱にキチンと並べて入れる。お正月が楽しみであった。


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