『父と戦争』
page 1


昭20.8.1  太平洋戦終戦を前にして長岡市、米B29爆撃に依り
集録したアルバム全部家屋と共に焼失した為 新潟長兄 及 其の他から
のものを ほんの一部に過ぎないが ばらばらのものを集めた。              昭 38.1
↑ アルバム冒頭の文章である。

昭和38年にアルバムに整理したらしい。
このキャプションの几帳面さも帝国軍人のサガか。
「昭和」の「和」を省くのも軍人の癖か、又は単に個人的癖か。
昭 14.暮
北支 豊台.
(北京の南接の町)
支那事変帰還を前に

← これが表紙を飾る写真である。
同じ写真の縮小版が後出する。
余程出来の良い写真だったのだろう、
色々なサイズを親戚に配ったものと思われる。

当時の30才にしては やや肥満であるが、骨格の大きなことは見て取れる。
大人の貫禄と言うべきか。
襟章から帝国陸軍中尉であることがわかる。
一時期の我が兄にソックリなのは当たり前か・・・

戻る    目次へ戻る    次へ


BACK TO THE TODOMAN'S HOME