楽しみにしていた小火器訓練が始まった。
初めからバンバン撃ちまくるわけにはいかない。まずは、取り扱い上の注意と諸規則、そして構造と分解掃除だ。法令、構造、実技とくれば自動車学校とおんなじだ。
法令なんてものは無い。だいいち、銃は持っているだけで罪になるという国だ。特に拳銃は自衛官と警官だけに所持を許された特権だ。だから、取り扱い上の「べからず」集があるのだ。
@弾倉が空でも、ふざけても、絶対に人に向けてはいけない。(もちろん、実戦で敵に対しては違うだろうが)
A訓練射撃開始の前は銃口を上に向けて号令を待つこと。
B不発弾があった場合にも初めの姿勢に戻って訓練教官を呼ぶこと。教官の方を振り向いてはいけない。(実際に振り向きざまに不発弾が発射されて教官が重傷を負った事件が陸自であったそうだ。)
C射撃終了したら初めの姿勢に戻り銃身内に残弾が無いことを確認すること。もちろん銃口からではなくて 拳銃の場合遊底を引き下げて手元から銃身を覗くこと。
D射撃時以外はトリガーから指を離してトリガーカバーに人差指を置いておくこと。
などである。
要するに、「コレはオモチャのピストルではないのだぞ!ヒトを殺せる本物なのだぞ。」と思い知らせる内容だったのだ。
そして、実射に先だって徹底的に分解掃除を教わった。
このことはあまり一般の人には知られていないのではないかと思うが、ピストルや小銃の分解には全くドライバーなどの工具がいらないのである。ネジが全く無いのだ。
どこそこを押しながら回すと、どこそこがフリーになり、その状態でどこそこをスライドさせると普段は見えない箇所が露出してなになにのピンが抜ける。といったふうなのだ。
そして、熟練すると暗闇の中でも銃の分解、組立が出来るようになると言う。何回もやらされたので その日の晩ならば俺にもできたかも知れない。今ではもう忘れてしまった。
ライフルは、M1ライフルである。あの「コンバット」でアメリカ軍が使用していた銃である。サンダース軍曹が持っていたのではない。あれは”Tommy gun”である。ケーリーとかリトルジョンとかが持っていたライフルである。要するに、30年以上も昔(当時)の極めて旧式の小銃であったのだ。
型式だけが古いのではない、手にした銃そのものが30年以上も前に作られた歴史のにじんだしろものだったのだ。占領軍からの払い下げである。
海上自衛隊には海兵隊はないから 高性能、高価格の最新式の銃は必要ないという事なのだろう。「ならば、そもそも小銃などは要らないのでは・・?」と I が教官に質問した。
戦闘で使う場合は想定されていないが威嚇、臨検時の警備、舷門の警備、そして浮遊機雷の爆破の為の小銃だそうである。なるほど。
「ならば、将校である医官には その訓練は必要ないので・・?」と言いそうなIの口をMと俺がとっさに塞いだ。
ライフルに関しての後日談である。入隊2年目に自衛隊中央病院勤務の陸海空の医官十余人が定例の射撃訓練の為、宇都宮の郊外の陸自駐屯地に出かけた時であった。そ の時の小銃は「64式」といって、純国産高性能のもので、スイッチひとつで単発にも連発にもなるという「すぐれもの」だった。そして、そのスイッチの所に書いてある記号は、当然日本語で「安全装置」、「単発」、「連発」の各々の頭文字であった。すなわち「ア・タ・レ」であった。この銃を設計した人のジョークはみんなにおおいにウケた。
江田島島内の学校からかなり離れた所に射撃訓練場があった。マイクロバスで到着してからしばらく待つと、我々と同時に訓練する予定の部隊が到着した。それは“WAVE”6人であった。“WAVE”とは海上自衛隊の女性将校のことである。米海軍の“WAVES”を盗用したものである。どうして“S”の文字を省いたのかというと、発音してみると分かる。
「ウェイブス」である。「**ブス」となるのを避けたのであった。もとの意味は何かの頭文字を連ねたものだそうだがその結果が“WAVES”「波」とは・・。
これもジョークなのだろう。そのブスが6人あらわれた。
ブスなどと言ってはいけない。なにせ、彼女等は大学卒業の才媛なのだから容姿の程をウンヌンするのは失礼にあたるというものだ。6人という端数部隊なので、我々4人と一緒に訓練して ふたつのお荷物部隊を一緒に片付けてしまおうという学校側の腹積もりは明白なのだった。
誰が何と言おうと射撃訓練は楽しい。これは人間本来のあるひとつの本能から発するものなのだ。この事は断言できる。元来 格闘技とか武術が嫌いであった俺でさえ銃を手に持つと異様な興奮を覚えたのだ。更に、射撃時の肩付けした銃床から躰全体に伝わる衝撃、硝煙の臭い、飛び散る薬夾、手の中で跳ね上がる拳銃、轟音。すべてがゾクッとくるくらい雄々しく頼もしい。
訓練はまず小銃、そして拳銃の順で行なわれた。一般的に医官は射撃がうまいという教官殿のお話であった。その通り我々も我々自身びっくりするほどの好成績をあげたのだ。
小銃ではまず着弾修正を行なう。4発撃って標的の下の壕の中にいる係(交代で行なう)に着弾箇所をマークしてもらい、それを双眼鏡で覗いて左右、上下を照門のところのクリックで調整するのだ。「左1クリック、下2クリック」という具合いだ。
この着弾修正をした小銃というのは驚くほど良く当たる。200m離れた標的の中心の 直径20cmの円(ヘルメットの直径だそうだ)に70〜80%当たるのだ。
小銃ではMが抜群の成績で20発中16発を中心の円内に当てた。次が俺で14発。I,A共に眼鏡使用人種のせいか3位、4位にあまんじたがそれでも過半数の11、2発を中心におさめた。ブス連もなかなかの素質をみせた。「伏せ撃ち」という体位だった。
拳銃(「立ち撃ち」)では俺がトップの成績だった。25m離れた同様の標的に18発中12発を中心に当てた。次がMで10発。Iもそこそこの成績だったが、Aはほとんどの弾を手前の地面に撃ち込んでしまった。非力な初心者がよくやるミスだそうだ。トリガーを引くときに小指にまで力が入ってしまい、発射の瞬間に銃口 が下を向いてしまうのだ。
そうならないように予め小指を伸ばして構えるようにといわれていたのだが・・・。
驚いた事にブス2人が我々よりもずっと良い成績だった。15発当てたお嬢さんがいた。
非力?な筈なのに・・・。
もし、30m離れた所から拳銃で狙われたら跳び回ってころげ回って逃げればまず当たらない。50m離れていても小銃で狙われたらすぐさま両手を挙げた方が無難であろうという結論だった。
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