第7章:結論 ―残された課題の整理

教育分野において、「青少年教育」の実践として考えられた自分史教育と、他者理解を念頭に置く「ライフヒストリー研究」を手段とした社会学教育がリンクすることによって、「自分史」教育による自己理解、集団・相互教育「ライフヒストリー研究」による他者理解、そして社会的経験と理論とのフィードバックによる、社会と自己の関係性の認識を深めることにより、本格的に社会に出る前の「モラトリアム」期間に「自分探し」という学習目標があり、就職活動等の進路に対して「役立つ」。同時にその過程を進めることにより、民主主義社会の自省的市民への第一歩を踏み出すようにという目標の設定により、学習者及び民主主義社会への利益になる。これが「実用的社会学教育」の結論である。

 同時に、時間的制約等により、残された課題について整理しておく。
 まず「役に立った」という「実用性」の点検・評価をいかにして行うかということである。本論においては、「役に立つと思う」という「予想」と、事例による自覚的評価に基づいての議論であり、例えば、学卒後期間をおいての、ある意味「追跡調査」のような検証方法が必要であること。
 第二に、「社会学教育」の評価基準について、「役に立つ」「役に立たない」の指標の客観化が数値化のようなかたちで可能かどうかの問題である。単純には、「不満を満足」に、「満足度」を上げることではあるが、今回の調査から表面化した問題として、「社会学を学ぶ目標」が「ない」と答えた回答者において、「満足している」「満足していない」「どちらでもない」とそれぞれ回答しているが、目標がないなかでの判断基準はどういうものなのかという問題がある。授業評価における自由回答を分析する限りは、「おもしろい」「つまらない」に二極化している。この事態は、「権利主体」や「消費主体」という批判とは異なり、授業をメディア番組とした「視聴者主義」のように思われる。したがって、この「評価基準」をさらに解明していくことが必要である。[1]  第三に、更なる学習者理解のための調査の発展と継続である。今回の調査は、時間的制約もあり、東洋大学の一部というごく小規模なものであったが、他大学(学部レベル・学科レベル)さらには国際比較のような、より大きな規模の調査によってより詳細なデータ収集ができよう。また、青少年期学習者の課題において、より詳細な学習者分析も今後の課題である。
 第四に、社会学に日本における「世間」という要素を本格的に取り入れることの議論である。従来、社会学の「社会」のイメージの読み替えとして「世間」という言葉によって説明されることも多かった。そう言いつつ、社会学の源泉である欧米の基準から外れた「世間」は、扱いが不十分であったといわざるを得ない。もしくは克服されるべきものとされてきた。しかしながら、昨年(2002年)『「世間学」への招待』(阿部謹也編著)という本が話題を集めた。「世間」という概念が日本人の行動様式や組織形態、あるいは精神構造まで影響を及ぼすという主張に対して、社会学はどのように対応していくか、「世間」と必然的に関係する日本の学習者への対応も含めての課題であろう。
  この「生活史」「自分史」を基にした「実用的社会学教育」は、あくまで調査や事例から導き出した試論である。これに対して、多くの批判を受け、議論をし、より洗練されたものに高めていくことが重要であり、今後とも、この課題を受け継ぎつつ、社会学教育研究を続けたい。



[1] 現代の若者の価値基準としての「たのしさ」「おもしろさ」について、千石保『「モラル」の復権』が詳しい。


参考文献・メディア(著者50音順)

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―.『大学で何を学ぶか』1996 幻冬舎
阿部謹也編『「世間学」への招待』2002 青弓社
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池田幸雄『国家U種・地方上級公務員 参考書I社会学』2000 七賢出版
石川・竹内・濱島 編『社会学小辞典<新版>』 1997 有斐閣
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大坪省三編『福祉社会を創る―社会人学生の挑戦』2002 学文社
奥村隆編『社会学に何ができるか』八千代出版
大崎仁『大学改革1945〜1999』1999 有斐閣
大沢真幸 編『社会学の知33』2000 新書館
海後宗臣・寺崎昌男『大学教育』戦後日本の教育改革9 1969 東京大学出版会
梶田叡一『新しい大学教育を創る 全入時代の大学とは』2000 有斐閣選書
片桐新自『社会学を考える』(http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~katagiri/socio.html)
門脇厚司『子どもの社会力』1999岩波新書
苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』1995 中公新書
川成洋『大学崩壊!』2000 宝島社新書
川又俊則『ライフヒストリー研究の基礎〜個人の「語り」にみる現代日本のキリスト教』2002 創風社
―.「ライフヒストリーの資料論−口述生活史と自分史の比較検討を中心に」『上智大学社会学論集』22/23 1999
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クロン,A 山田富秋・水川喜文 訳『入門エスノメソドロジー』せりか書房
小林繁『学びのトポス』2000 クレイン
佐藤俊樹『不平等社会日本』2000 中公新書
千石保『「モラル」の復権』1997 サイマル出版会
田口純一「ライフヒストリー授業へのひとつの反乱」『名古屋大学社会学論集17』1996
田口純一編『こころの運動会−女子大生たちのライフヒストリー研究』1994 北樹出版
筒井清忠『日本型「教養」の運命』、1995.岩波書店
土井敏彦「自己実現と自分史」−『成蹊大学文学部紀要』25 1989
中崎峰子監修『2003年版ここからはじめる自己分析』2002 成美堂出版
中西由里「自己理解のための自分史作成 体験主体のケースメソッドから」『椙山女学園大学研究論集』23 1992
中野卓・桜井厚編『ライフヒストリーの社会学』1995 弘文堂
中山伸樹「社会学教育と民主主義的市民社会」『東洋大学社会学部40周年記念論集』1999
―.「社会学教育の疎外と再生」1997『21世紀の国際社会における日本U第2部−環境・文明・国際人教育・異文化理解・技術移転交流』1997 東洋大学
−.「社会知における個別性・多様性・普遍性と学問や民族・国家の領域意識」『新世紀社会と人間の再生』(北村・佐久間・藤山 編)2001 八朔社
那須寿 編『クロニクル社会学―人と理論の魅力を探る』1997 有斐閣アルマ
丹羽健夫『悪問だらけの大学入試』2000 集英社新書
野村一夫『インターネット市民スタイル<知的作法編>』1997 論創社
−.『社会学の作法・初級編』1995 文化書房博文社
−.『社会学感覚』1992 文化書房博文社
橋爪大三郎『橋爪大三郎の社会学講義』1995 夏目書房
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畑田国男『「妹の力」社会学』1991 コスモの本
福岡安則『聞き取りの技法−社会学することへの招待』2000創土社
ブルデュー,P(田原音和監訳)『社会学の社会学』1991 藤原書店
村上龍 編 『JMM vol8 教育における経済合理性』2000 日本放送出版協会
村田貞雄「人生の何が語られるに値するか」『情報と社会』8 1998江戸川大学
森下伸也『社会学がわかる事典』2000日本実業出版社 
安岡高志・滝本喬・三田誠広・香取草之助・生駒俊明「授業を変えれば大学は変わる。」
薬師院仁志『禁断の思考―社会学という非常識な世界』1999 八千代出版
吉村作治『それでも君は大学へ行くのか』1992 TBSブリタニカ
鷲田小弥太『知の勉強術―大学時代に何を学ぶか』2000 KKベストセラーズ

『2000栄冠目指してvol.3』2000 河合塾・全国進学情報センター
『進学リクルートブック00進学事典・大学短期大学版 関東甲信越』2000リクルート社
『日本の大学2000』東洋経済別冊104 1999 東洋経済新報社
アエラムック12『社会学がわかる』1996 朝日新聞社
ソキウス(制作者:野村一夫)ホームページ(http://socius.org)
文部科学省ホームページ
1994年度東洋大学社会調査および実習A調査報告書『U部学生の大学生活に対する意識調査』