雑言(ぞうごん)

このコーナーは主任研究員雑感を開陳する場です。物好きな方のみご覧ください。
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2004.12.31

 早いもので平成16年も終わりということで、年末振り返りをやってみたいと思います。なんといっても特に後半は災害の年だったと言われますが、もちろんそれも大きなファクターであるのにかわりはないのですが、通り一遍ではこのサイトらしくありませんですので、社会学関連での気づいたことを申し上げたいと思います。
 本年のトレンドとして私は。「反社会学」と「ファスト風土」を挙げます。前者はこのサイトでもリンクしておりますサイトでありますが、既存の社会学の方針を批判しつつ、実は「本音」「本質」を抉り出すという社会学している文章には、以前から注目しており、リンクも張っておりましたが、それが単行本として発行されるという情報に、まあ本屋の数少ない社会学コーナーで見かけるだろうと思っていたところ。発売後はなんとどんどん版を重ね、店頭平積みになるほか神田三省堂ではベストテンに入るほどの売り上げという。これを見たとき自分の目を疑いました。まあタイトルで読ませるのは「バカの壁」にしても「世界の中心で愛を叫ぶ」にしても、中身の評価は本題からずれますので置きますが、タイトルで買わせたという印象ですね。この本についても同様だろうと思います。しかしながら、社会学アウトロー人間の私としては問題点を浮き彫りにしているという点で評価できる部分が多くあります。激越な文体は一般受けとして、「反」といいつつ社会学の一形態と呼べる主張のように読みました。いずれにしても、一般に社会学本として驚異的に普及した、これは宮台真司以上の売り方です。ということはこのメッセージ『社会学者の個人的偏見をヘリクツで理論化したもの、それが社会学』や『資料やデータを収集します。このとき注意しなければならないのは、自分の結論を裏付けるのに都合の良い証拠だけを集めるということです。』『社会学者の増加は、社会に重大な影響を及ぼします』というメッセージが一般に大量に流れたことになります。もちろん受験生や高校生にも。これに対して、既存の社会学者は「反社会学」へ反論もしくは異論をすべきだと思いますが、未だに私の知る限り発表されていないのはたいへん奇妙なことです。
 もう一つ「ファスト風土」ですが、これはこの下にも書いてありますが、三浦展『ファスト風土論』で、この夏の私にとってはベストの一冊です。要旨については下の2004.夏に書いてありますので省略しますが、今年もいわゆる「凶悪事件」が「多発」したという年と騒がれている事件が、ことごとく本書の定義したような「ファスト風土」が当てはまってしまう地域で発生しているのである。そしてほとんどが未解決で手がかりすら少ない状況がみられている。警察庁が90年代に既に広域化による捜査の困難化・検挙率の低下を分析したとおりの状況に陥っている。地域問題としての「ファスト風土」。「ジャスコには街をつくるという観念がない」という主張に政権交代を目指すジャスコ岡●はどう応えるのか。しかしこの本を読むとマスコミを飛び交う原因論が空虚に聞こえてしまうほど説得力があるのはちょっと恐怖さえある。ただ、この本の地方描写への反論も少し出てきているようだ。「公共事業地方は貧しくなんかない、金余り、それが体質に染み付いたから今苦しんでるんだ」といったトーンの物言いは、小泉は地方切捨て、存在できないという政治家のインタビューにも、眉唾を起こさせてしまいます。ところが、このような問題が指摘されていても、対策というところまで移行できないところに、日本社会の構造問題があるということでしょう。その大きなものは山本七平や阿部謹也のいう日本の「世間」の論理に帰結するのでしょう。。政治家も官僚も民間企業もマスコミも、「わかっているけど自分たち世間を守るためにはできない」という組織間の関係性の構築に対して阻害要因と化してしまいます。これが日本を覆うなんとなくの閉塞感の源泉というのが、「世間学」からの分析です、これに社会学は「反社会学」どう応えるのか。勝ち組・負け組論にしても、世襲問題にしても、結局本質は「世間」に帰結するといいます。先述のこの問題を克服まで行かないまでも、「世間」の存在を意識するまでは「改革」もほど遠い。小泉が破壊主義者に見えるのは、世間の論理とは変わったことを(少なくとも)やろうとしてきたことだと思います。それが総論賛成として大衆の支持を得てきたのが各論に移り、それぞれの「世間」と衝突したことによって、右往左往しています。これからが政権としても正念場だということになるでしょう。
 いずれにしても、今までパンドラの箱に隠れていたものはどんどん出てきたという点で、2005年、平成17年は、出しきって最後の幸福が現れる年であることを祈りたいと思います。皆様良いお年を。


2004.夏

 猛暑のこの夏はホームページ更新にはつながりませんでしたが、まあ割りと本が読めました。そこで、この夏読んだ本をご紹介したいと思います。
半藤一利『昭和史1926-1945』平凡社 1600円
(厚い本ですが、文字も大きく昭和前半のダイジェスト・ドキュメントとして、特に初学者には分かりやすい)
「月刊社会教育」8月号、700円 特に中村一茂「子ども・若者にとっての居場所の危うさ」
(本質を見失った安易な居場所論への痛快な筆誅)
斎藤充功『昭和史発掘ー開戦通告はなぜ遅れたか』新潮新書 680円
(この説のとおりだとすれば・・・説得力はある。)
川島令三『全国鉄道事情大研究=常磐編』草思社 1600円
(相変わらず、目茶目茶だ)
いかりや長介『だめだこりゃ』新潮文庫 438円
(追悼、しかし大変おもしろい本だった。戦後史が現在までつづいているという連続性が実感できる)
桶谷秀昭『昭和精神史ー戦後篇』文春文庫 867円
(難文(歴史かなづかひ)だが、興味深いエピソードが大きい戦後の終点を三島の自決とする歴史観は独特。因みに私は著者に大学で文学を教わりました)
山本七平『空気の研究』文春文庫 438円
(やはり古典名著!日本人論、日本社会の本質をついている)
佐藤直樹『世間の目ーなぜ渡る世間は鬼ばかりなのか』光文社 1400円
(日本世間学会幹事の日本の「世間」分析です、社会学研究の学生にもぜひ読んでほしい。そして日本に「社会」があるのか共に考えてみたい。)
 そして、この夏の一押しは、三浦展『ファスト風土化する日本ー郊外化とその病理』洋泉社新書760円 です。要するに地方が大型ショッピングセンターと幹線道路で郊外化したことにより、犯罪も増やす傾向になっている。とくに新聞をにぎわす今までの犯罪類型にはまらない特異な事件は、こういった地域で起きている。この郊外化が全国に拡大した事によって、地方の人口当たり犯罪件数は都市のそれを上回りつつあり、検挙率の低下も呼んでいる。特にここ10年がもっとも深刻だというのである。それは地方は不景気なのではなく、バブル後に金と情報と消費客体が免疫のない地方に突如として乱入してきたところから起こってきているというような分析です。これは非常に説得力があります。この郊外化はアメリカ的郊外化ということもできると思います。1人1台の車、大型店舗と4車線の幹線道路。豊かさを生み出すものと語られたものは、中心市街地の衰退とライフスタイルの変化と地域間移動の容易化が生んだ副産物が犯罪の増加だった・・・。この本を是非地方の方と読みあって議論したいものです。この本については機会があればもっと細かくレビューしたいと思います


2003.夏

 先般、九州地方を旅行してきました。九州は4回目ですが、今回念願だった知覧への訪問がかないました。自分と同世代の特攻隊員の英霊の遺書や絶筆を拝観して、話に聞いていた以上の、衝撃とも感動ともつかぬなんともいえない感情で、目頭が熱くなりました。19や20で散った英霊が残した遺書は、達筆で極限までに冷静な筆致でつづっている。そして自分がこれから死に向かうに際しての辞世までよんでいる。皆が大学に行っていた時代ではない。にもかかわらずこの教養の高さはどう考えればよいのか、見続けているうちに考えずにはいられませんでした。そこで新たに発見したのは、多くの自分の家族や地域、そして国、天皇との関係性のなかでの遺書が多い中ひときわ目に留まったのは、「閻魔大王!帳面開いて待っていろ」という墨書、「地獄めぐり一行、片道軍用運賃、ただし途中下車不可」と書いた遺書、ここまで究極のユーモアというか自嘲的な表現があるだろうか。
 今回の知覧訪問から感じたことは、要するに「教養」とはつまるところ「自己」を「表現」する手段であるということではないか。どんなに難しいことを連ねても、究極的にその一言に尽きるのではないかと考えた次第です。

合掌