いよいよ入院と手術です。
入院後1〜3週間
入院後、すぐに入院手術計画書なるものと、それに伴ったカテーテル検査についての説明と同意書
を求められた。ちょうど兄夫婦が来てくれ、説明を一緒に聞いてくれた。
入院当初からいろいろな検査をした。頭、首、胸のレントゲン撮影・心電図・CT撮影・MRI検査・
脳波の検査・聴力聞き取り検査・麻酔科への受診・再びの血液検査・そして、なんと言っても大変だったのが
脳血管撮影(カテーテル検査)だった。
それは、手術前に自分の脳の血管の状態を調べる為に、太腿の動脈から脳の血管まで管を入れて造影剤を
注射しながら脳血管を撮影するものだった。CTやMRIの検査時に造影剤が必要な時は、必ずあの注射の
不慣れなH先生が登場した。カテーテル検査の時も期待通りだった。(担当なんだから当然ね・・^^;)
今日は、一発で成功して〜・・・と、いつも願っていた。その後も、H先生の不慣れな注射は続き 痛さと
アザが増える事にも ガマンガマンで耐えていたのだった。
管を入れる時に、足の付け根部分に麻酔を注射する。麻酔が効いたことを確認し、動脈部分の一部を切開し
そして管を入れ造影剤の注入・・・頭の中がカァーッっと熱くなり、途端にチカチカチカチカっと火花が見えた。
頭が燃えてるようだったが、じきに収まった。映し出された自分の脳血管、太い血管から次々に枝分かれをして
脳の細部にまできれいに走り廻らされた数々の毛細血管。
この中の一本でも切れたり詰まったりしたら非常事態が起こるなんて・・改めて人間の体の いや、自分の頭の
血管を感心しながら、そしてこんな検査が出来るすごい医療にも感心しながら眺めていた。。
カテーテル検査の後は、動脈の大出血を避けるため 砂袋のようなおもりを足の付け根に乗せて、6時間も
安静にしていなければならず、食事もトイレもベッドの上で済ませた。
私は、夫をこの時とばかり自由に使い甘えさせてもらった。
しっかし、朝の9時から夕方の5時まで ず〜っと横になってる事を強要されたのには ホトホト疲れたぁ^^;
輸血用自己血採血 400 CC
手術の時にもしも輸血が必要になった場合にと、自分の血液を採って置く。。
これは 他人の血液を使わないという安全性を重視されたもの・・しかし、400
CCも・・・
今まで、献血も一度もした事が無かったのに 400 CCも抜き取られると言うのだから、もうドキドキだった。
採血室にはもう一人やはり手術を控えて、自己血液を採りに来ていた私より3歳年上のSさんがいた。
病状を話してみると意外にも私とすっかり同じ、聴神経腫瘍だった。しかもSさんの場合は、右側にできていて
大きさが私の2倍近くもあるというから驚きだった。そして、私より4日早い手術予定日だった。
それからはお互い病室を教え合ったりして、妙な親近感を覚えたのだった。
手術日が変更に!
手術を間近に控えているにもかかわらず、外見的に私は至って元気だった。めまい感も無く、ベッドの
上ばかりじゃ体力が落ちちゃうからと、1階の売店や検査室へ行くのにも4階から階段を使い駆け下りた。
当然帰りも階段を駆け上りハァハァ言いながら部屋に戻る。同室の人たちも、「ノン子さんは何処が悪い
のやら分からないよー・・・」っと呆れる程だった。「えぇ、えぇ、私は元気よ〜♪」と、答えていた^^;
手術日の3日前、教授先生とO医師との面談があり、緊急に手術をしなければならない患者さんが居るので
私の手術日にその患者さんを手術したい・・・との申し出があった。
その人は、脳血管が切れてしまい、緊急に手術を要するそうだ。
私は至って元気だった。何日か手術が遅れたからと、どうこうなる訳でも無いし 拒否する理由も無いので
「その方は大変なのでしょうから、早く手術をしてあげて下さい。喜んで私の手術日をお譲りします。」っと言った。
という訳で、私の手術は予定手術日の10日後の8月12日と改めて決まった。
すでに殆どの検査が済んでおりいったん家に帰る事にした・・
・・と、その前に採っておいた輸血用の血液を 使用期限の関係で自分の体に戻し 病院へ戻った時に改めて
採血する事になった。 採血室へ行き、複雑な思いで血液を体の中に戻してもらった。
それから、久しぶりの我が家へ10日間の嬉しい長期外泊をした。