Yamate254

横浜・山手にある服飾資料博物館<岩崎ミュージアム>スタッフによる情報告知用HPです。

プロフィール

1964年 川崎市に生まれる。1990年 和光大学人文学部芸術学科卒業。現在、横浜市鶴見区在住。スケッチ40%を主催。舞台美術の制作を皮切りに、抽象具象、平面立体を問わずジャンルをクロスオーバーしながら制作活動を行っている。…その為、「専門は?」と問われるのが一番の弱み。近年はこの岩崎ミュージアムをはじめ、川崎市市民ミュージアム、郡山市立美術館、いわき市立美術館などでワークショップの講師を数多くつとめるほか、横浜市教育文化プログラムの一環で、小学校への出前造形教室を行い、美術の楽しさを広める活動にも力を入れている。

COLUMN 2025

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O céu desfaz-se sobre Estocolmo(ストックホルムの空が溶けて行く)

ベーリックホール

2025年8月

 
Consoante a velocidade da camioneta, havia uma aragem que passava pelo rosto da Marta, que lhe descontrolava os cabelos, mas as suas faces estavam coradas com um tom de vermelho vivo. Os seus lábios apertadas eram linhas.
(トラックのスピードに応じてそよ風がマルタの顔をかすめ、髪を乱したが、彼女の顔は鮮やかな赤い色調に染まっていた。彼女の唇は真一文字に結ばれていた。)
             José Luis Peixoto “Cemitério de Pianos”〈注1〉
 
 銀座で展覧会を見た帰りの電車で無性に厚切りベーコンのナポリタンが食べたくなって、帰る途中肉屋に寄りベーコンのブロックを買った。家に着くと着替えもそこそこに、水を張った鍋を火にかける。ピーマンは輪切り、玉ねぎは薄くスライスする。もちろんベーコンは厚切りだ。湯が沸いてパスタを入れる。本来は少し太めのパスタの方がナポリタンとの相性が良いのだが、手持ちがなく、そこは我慢をする。パスタを茹でている間にフライパンでベーコンとピーマンと玉ねぎを炒め、ケチャップと、それにトマトピューレとウースターソース少々で味のベースを作るのが自分の流儀。あとは茹であがる1分ほど前にパスタをフライパンに移して具材、ソースと共に煽れば良い。しかしここは、見た目を美しくするために華麗にフライパンを煽らなければならない。
 
 リスボンの本屋で買って、それから二年間も店晒しにしていた本がすこぶる面白かった。José Luis Peixoto “Cemitério de Pianos”(ジョゼ・ルイス・ペイショット『ピアノの墓場』)。ペイショットは1974年生まれ。ちょうど自分より10歳若い「彼は執筆のなんたるかを知っており、偉大な作家の継承者となっていくはずだ。」とジョゼ・サラマーゴに言わしめたほどの才能の持ち主。彼の事実上の処女作 “Nenhum Olhar”(邦題は『無の眼差し』)と “Galveias”(邦題は『ガルヴェイアスの犬』)が日本でも紹介されているが、翻訳された二作、特に “Nenhum Olhar” が「Quer ficar deprimido?(鬱になりたいの?」とのコメントが寄せられるくらい救いがなく、この “Cemitério de Pianos” を先に紹介すべきだったんじゃないかと思うのだ。その方が端正で淀みがない、ペイショットのリリカルで美しい文章の良さを感じとれたんじゃないだろうか。
 
 春蔵の水彩絵具を知り合いの画材屋に頼んで買った。春蔵絵具といっても知らない方が多いことだろう、もとは文房堂製の油絵具、水彩絵具と銅版画インクを製造するメーカーだったのだが、2008年に春蔵絵具として独立した。
春蔵絵具は大正時代はじめに初の国産油絵具を作った長崎春蔵の孫にあたる長崎則夫さんがひとりでやっている零細絵具メーカー。以前、埼玉県の入間郡三芳町竹間沢に工場があった時に油絵の生徒を連れてお邪魔したことがある。〈注1〉
本来絵の具は、乾燥を早めるために、顔料とバインダー以外に体質顔料などの補助剤を添加するのだが、春蔵の場合、その補助剤の使用を極力避けている。それ故良質で純度の高い絵の具ができるのだが反面パレットに出してからなかなか乾いてくれない。特に今回、画材屋に在庫が無い分は作りたての絵の具が来たために結構緩く、いまでもアイボリーブラックは完全に乾かないでいる。
現状、国産で手に入りやすいH社の水彩絵具より遥かに質は良いので生徒にも薦めたいところなのだが、パレットに出して乾かないと持ち運びに適さないので、そこが悩ましいところ。
 
o céu desfaz-se sobre Estocolmo(ストックホルムの空が溶けていく)
 
“Cemitério de Pianos” は、1912年のストックホルムオリンピックで競技中に倒れて、その翌日に亡くなったマラソンランナーFrancisco Lázaro(フランシスコ・ラザロ)が死の床で自らの人生を回想するお話。もちろん伝記ではなくフィクション。
 7月14日に開催されたマラソンでは、気温が40度まで上がり、競技参加者の半数が棄権するという過酷な環境下だった。当然のように死因は熱中症による脱水症状だと診断された。帽子を被らず、日焼けを防ぐために全身にワックスまで塗っていたという。そのワックスが自然な発汗を抑えてしまい体を冷やすことができなかったのだ。
 ラザロはリスボンのベンフィカで大工をして生計を立てていた。その工場に隣接してピアノの廃棄場があり、壊れて使われなくなったピアノの修理もしていたという。『ピアノの墓場』のタイトルはそこから来ている。
 
O tempo passa em Benfica, o silêncio passa sobre o cemitério de pianos.
(時はベンフィカで過ぎ、沈黙がピアノの墓場を覆う。)
 
 そろそろ母親の昼飯を作るための買い出しに出かける時間だ。ベーコンがあるので、今日はアスパラとベーコンのペペロンチーネにしよう。もちろんベーコンは厚切りで。

2025年7月29日 齋藤 眞紀

 
 
 
今日の絵は/春蔵絵具とハーネミューレー・セザンヌ


注1 José Luis Peixoto “Cemitério de Pianos”(11.ª edição / QUETZAL)
注2 『老舗画材店の昔ながらの手作り絵の具の禁断のレシピとは⁉︎~レトロ工場見学』YouTubeー現在は工場が移転し埼玉県狭山市新狭山にある。我々が伺った三芳町の工場と比べるとずいぶん綺麗になった。

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Ambiente Relaxado(リラックスできる環境)

鶴見川河口付近(国道)

2025年7月
 
 
Coisa boa                   良いもの
Cusa sábia di nha vida             私の人生の知恵
Passo largo, sintonia na compasso       大きな一歩、調和の取れた拍子
Voz melodia di amor              愛のメロディの声
                  Nancy Vieira  “Porto Inseguro(Coisa Boa)”
 
 現在のモルナを代表する歌い手のひとりナンシー・ヴィエイラ(Nancy Vieira)。歌詞は、カーボ・ベルデ・クレオール語。モルナ?カーボ・ベルデ・クレオール語?と、この時点でクエッションマークが過ぎる人は先月号から読みなさい!
 歌詞のニュアンスはなんとなくだが分かる。でも、訳すとなると自信がない。それで翻訳は、ChatGPTにお願いをした。〈注1〉
 
 暑い!とにかく暑い。梅雨明けを急かすように太陽が照りつけている。すでに西日本は梅雨が明けた。平年より20日以上も早いらしい。6月半ばまで家族と一緒に日本に滞在していたSérgio先生は、S. Joáo(サン・ジョアン)祭りが行われていたポルトに戻って「(夏の暑さから)Fugi!(逃げた!)」と大喜びだ。気温は28度で、湿度がないから「ambiente relaxado(リラックスできる環境)」だと言う。ところがなんのことはない、ヨーロッパにも熱波が襲来して、パリで40度、ポルトガルやスペインの内陸部では46度超えを記録している。それにトルコでは山火事が発生した。湿度が10%しかないからだ。
 14畳用の白くまくん(日立のエアコン)をアトリエに入れてもらった。兼ねてからの念願だった。真夏の室温が35度以上になり、決死の覚悟で仕事に挑んでいた昨年までと比べると格段に涼しい。それと古いエアコンは(一応、いままでもエアコンはあった)、プレス機のある部屋に付け直してもらう予定。このエアコン、近所にあった材木屋のアパートを借りて妻と住み始める時に買った三洋電機製。サンヨー?そりゃあ、いまの若い人は知らないよね…というくらい古いのだが、一度リコール対象になり、室外機の基盤を交換してからはずっと故障知らずでここまで来ている。流石にリモコンの液晶は寿命でダメになったが、幸い懇意の電気屋さんが同じ機種のリモコンを探してきてくれたので、まだしばらくは行けそうだ。〈注2〉
 新しいエアコンも、日立の倉庫に眠っていた型遅れのものを調達してくれて、ずいぶん安くすんだ。これで夏場もフル稼働できるだろう。家電量販店で買うのも良いが、街の電気屋さんだと色々便宜を図ってくれるので、とても助かっている。
 アトリエの木の床に二箇所割れ目がある。以前天袋…高さが3mくらいのところにある…を整理していた折に脚立が滑って、自分もろとも床に叩きつけられた(さすがに死ぬかと思った)時にやってしまったもの。当時は家の前が大工さんだったので、すぐに修理を頼めばよかったのだが、なんとなく気が引けてほったらかしにしているうちに大工さんが引っ越してしまった。しょうがない、エアコンを入れるのを機に、重い腰を上げて自分で直すことに。
 ドリルで穴をあけ、ジグソーで割れた箇所を切り取り、細かいところは鑿で整え、床板を貼れるように簡易的な柱を作って…云々とこう書くのは簡単だが、実際にやるのは大変。
 床を直したところで気分一新ジュータンも変えた。こちらはIKEAでセール品をポチッ。そうこのポチッが曲者で、大工仕事をしていると何かと新しい工具が欲しくなって、ついAmazonをのぞくと、なんとBOSCHのプロ用18Vの振動ドリルドライバーが充電器、バッテリー2個にケース付きで2万円!(安い!)」。素人仕事にはやはり良い工具が必要と言い訳にならない理屈でこれもついでにポチッ。
 BOSCH(ボッシュ)はドイツの電動工具メーカーで、日本のマキタに次いで世界第四位のシェアを持つ。このBOSCH、電動工具以外にも自動車部品、産業機器や家電製品も手掛けていて、実は昨年日立(と米ジョンソンの合弁会社)のエアコン事業を買収したばかり。今後日立の白くまくん(この名前は継続する)はBOSCH製になるのだそうだ。
 

2025年7月1日 齋藤 眞紀


注1 ChatGPTの訳したものを一部手直ししている。
注2 三洋電機:1947年創業、1950年創立。一時は「街の電気屋さん」として親しまれたが、2000年代に入ると経営危機に陥り、2011年パナソニックに買収された。