街灯に灯された薄暗闇の中。ほとんどの人にとって空白の時間帯であろう夜明け前。

閑静な住宅街の一角。塀と雑木に囲まれた自宅の庭の片隅で、一人の青年――「小日向 雄真」は、静かに佇んでいた。

「エル・アムダルト・リ・エルス―――」

ほんのりと淡く緑色に輝く空間の中で、雄真は手にしている杖のようなものを並行に構え、朗々と頭の中を巡る「詠唱」を紡ぐ。

それは呪文の詠唱。それは魔法の理。

「魔法」という概念が存在するこの世界で、彼は歴とした魔法の使い手であった。

「ディ・ルテ・カルティエ・エル――」

突如として、雄真の足元から豪風とも呼べる風が吹き荒れる。

それは雄真の体を這うように螺旋状に上昇していき、さながら彼を「目」とした小さな台風のようだ。

「アストゥム・リア・アデムント――」

やがて全て上昇したかと思えば、それらは雄真の真上でまた反転し、彼の目の前に先ほどと同じような旋風を象った。

雄真はそこで気を抜くことはなく、今だに荒れ狂う目の前の小竜巻を見つめ、最後のワードと共に手に持っていた杖――マジックワンドを振るう。

「――ラト・シルフィス!」

すると、荒れ狂っていた竜巻は四散し、その先でさらに小さな旋風として見事な円柱を描いた。

「・・・ディ・アムスティア」

雄真は4つに分かれた小さな旋風を満足気な表情で見つめた後、小さく息を吐いてマジックワンドを再び振るい、目の前の風の魔法を打ち消す。

後に残ったのは、螺旋状に軽く跡が残っている地面と、荒くなった雄真の呼吸音だけだった。

「・・・ふう。どうだった?アリエス」

【はい。昨日に比べると、体内の魔力もだいぶ穏やかでしたよ、マスター】

誰もいないはずの屋外で、誰かに話しかける雄真。

それに答えたのはヒトではなく、彼が手にしているマジックワンド――アリエスだった。



マジックワンドとは、簡単に言えば魔法使いの持つ杖のことを指す。

その形状や人格は媒介にしたアイテムや個人の資質によって異なり、術者に伴って成長するとも言われている、まさに魔法使いにとっては魔法補助における究極のマジックアイテムである。

ちなみに雄真の有する「アリエス」は、彼の母親より譲り受けた指輪を媒介としている。その形状は、銀色の棍の先端に指輪を醸す二対の輪が互いに直行するように浮かんでおり、その中心にはルビーのように紅く輝く宝玉、というシンプルな形だ。

また、アリエスが自ら言葉を発していることからも分かるように、マジックワンドはある程度成長すると自我を持つようになる。中でもアリエスは3年前にワンドとして生成された頃には既に自我を持っていたので、それ以来の仲だ。既に雄真とは息の合ったパートナーであり、彼の姉的存在でもあった。

さらにアリエスは、形状変化という特殊能力を持っている。基本的に雄真が魔法を使う時はワンドの形になるのだが、それ以外の日常生活では媒介となった指輪の形状で、雄真の右手の中指に嵌っている。



【ですが、まだマスターの体内には未使用のままの膨大な魔力が眠っています。慎重に行きましょう】

「分かってるよ、アリエス。・・・さて、そろそろ戻ろうか」

【はい。確か今日は休日でしたね】

「ああ。ってことで、昼まで起こさないでくれよ?」

【・・・私としては、マスターには規則正しい生活を送って欲しいのですが】

アリエスのぼやきを聞き流しつつ、雄真は魔法の練習を切り上げて、日の出が訪れる前に自分の部屋へと戻る。

これが小日向雄真の、ここ数年の朝の日課であった。





はぴねす! SS

            「Secret Wizard」

                             Written by 雅輝






<1>  あの日の約束





それは遠い過去の記憶。雄真がまだ小学校に上がりたての頃。

大魔法使いと呼ばれる母の魔力と資質を色濃く受け継いだ雄真は、類まれな魔法の才能を有していた。

それこそ、母の魔法を見続けてきたという理由だけで、簡単な魔法を発動するに至るまでに。

だが、所詮は見様見真似の児戯に等しいその魔法。魔法式や理論などの過程を一足飛びに越えてしまったそれは、子供の危ない火遊びに過ぎなかった。

だからこそ、母は雄真に魔法の使用を禁じた。彼女が張る、フィールドの中以外ではという条件を付けて。



母にそんな条件を付けられ、しかし素直に守り続けた一年後の事だった。

春の陽気に誘われ、雄真は子供らしく外へと遊びに出ていた。いつもは幼馴染である年下の少女も付いてくるのだが、その日に限っては一人だった。

そうして遊びにやって来た公園で、彼は決して見過ごせない光景に出会う。

年は雄真と同じ頃だろうか。3人の男の子が、1人の女の子を囲っていじめている現場に遭遇したのである。

幼い頃から正義感に溢れていた雄真にとって、それは許し難い状況で。だからこそ彼は、声を張り上げて彼らの間に割りこんだ。

「やめろーーーーっ!!」

男の子たちに対峙し、女の子を庇うように両腕を水平に広げる。

ちろりと後ろを見てみると、ペタンと尻もちをついていた女の子が呆然と雄真の事を見ていた。しかし、その可愛らしい瞳の眼尻には、僅かに涙の粒が溜まっている。

女の子を泣かせた。それだけで、雄真がそうしているのには十分すぎる理由だった。

「な、なんだよ!お前」

「うるさい!女の子を泣かせるなんて、お前らサイテーだぞ!」

3人相手に一歩も引かない気迫を見せる雄真に、男の子たちは僅かに怯む。しかし突然、リーダー格であろう少年が前に出てきて、勝ち誇ったかのように余裕の態度で口を開く。

「ふんっ。かっこつけやがって。いいか、オレの親戚には魔法使いがたくさんいるんだ。お前なんか、魔法ですぐにやっつけちゃうんだからな!」

そのセリフに、雄真は頭に完全に血が上ってしまった。

彼は、魔法は人を幸せにするものだと信じていた。それは母からの教えでもあったし、その考えに雄真が心から同意した結果だ。

だからこそ、目の前の少年が許せなかった。魔法で・・・それも私利私欲な気持ちで誰かを傷つけようという、愚かな考えが。

「エル・アムダルト・リ・エルス――」

だから、使ってしまった。母から禁じられていた魔法を。

だから、紡いでしまった。人を傷つける可能性のある、危険な詠唱を。

「ディ・ルテ・カルティエ――」

放つように突き出していた雄真の両手から、眩い光が溢れ出す。

少年たちは、その光景を呆然と見ていた。これから我が身に降りかかるであろうその光を、恐怖に駆られながら。

少女もまた、その光景を呆然と見ていた。優しくてどこか温かみの感じる光を、守ってくれている背中と共に。

「――エル・アダファルス!」

頭に血が上っていたとはいえ、雄真は彼らを懲らしめようと思っているわけではない。「当てなければ」と、そういう安易な気持ちでいた。

実際、彼が放った魔法は少年たちに当たることはなく、彼らの足もとの地面を抉ったに過ぎなかった。

彼らは蜘蛛の子を散らしたかのように一斉に逃げだしたが、その背中を見送ってから改めて抉れた地面を見て、雄真は急に怖くなった。

今思えば、あれは魔法の発動などではなく、単なる魔力の暴走に過ぎなかった。

発動されたまま、制御の伴わない魔法。男の子たちに当たらなかったのは、運が良かっただけだ。

そのことに、幼心ながら気づいたのだろう。魔法の持つ大きな危険性を身を以って実感した雄真は、自身の持つ力を恐れた。

「――がとう」

「え?」

突然感じた手の温もりに、雄真は震わしていた顔を無理やり上げる。

するとそこには、先ほど自分が庇った女の子が立っていて、心から安堵したという表情で彼の手を両手を包みこんでいた。

「助けてくれて、ありがとう」

今度はハッキリと聞こえたそれは、感謝の言葉だった。

「君は、僕が怖くないの?」

「なんで?カッコ良かったよ?それに、すごく温かかった」

「温かい?」

「うん!・・・あなたは、魔法使いなの?」

「う、うん。だけど、僕は・・・」

「だったら、私も魔法使いになる!」

「・・・え?」

突然そう宣言した女の子に、雄真は呆気に取られたように疑問の声を返す。

「私も、あんな温かい光を作れるようになりたいから。だから、あなたもすごい魔法使いになってね?」

――その言葉に、雄真はどれほど救われただろう。

魔法に絶望しかけていた雄真の心を救ったのは、紛れもなく彼が魔法で人を助けた結果だったのだ。

「・・・うん。僕、絶対になるよ。みんなを幸せにできる、すごい魔法使いに」

――僕の魔法で君のような笑顔を他の人にも与えられるのなら。絶対になってみせよう、人を幸せにする魔法使いに。

それはある意味、雄真の将来の目標が定まった瞬間だった。

「それじゃあ、約束の指きり!」

「うん、指きり」

そうして、少年と少女は指きりを交わす。

少年の願いは、”みんなを幸せにできる、すごい魔法使いになること”。

そして少女の願いは、”彼みたいな、温かく誰かを守れる魔法使いになること”。

そして、両者の願いは――。

「「またいつか、絶対に会おうね」」

根拠も自信もない、でも心からの再会の願いであった。







【おはようございます、雄真さん】

「・・・ああ、おはよう。アリエス」

朝一番の愛杖からの挨拶に、雄真はボンヤリとした頭のまま答えた。

もっとも、愛杖とはいっても今のアリエスの形状は指輪であり、ベッドの枕元に置かれているだけなのだが。

「・・・今、何時だ?」

【もう昼の12時を過ぎてますよ。寝過ぎです】

「そうは言ってもな・・・ふぁああ〜」

欠伸を噛み殺しながら、ノロノロとした動作でベッドから出る。

その動作の中でアリエスを指に嵌めるのも、もはや一連の流れ。そうしながらも思い出すのは、先ほどまで見ていた夢についてだった。

『今更、あの頃の夢を見るなんてな・・・』

もう10年前になる、幼い頃の記憶。雄真が、本当の意味で魔法使いを目指すきっかけとなった事件。

『あの娘、今頃なにしてるんだろうな。魔法使いになれたのかもわからないなんて・・・』

再会の約束は、あの日以来一度も果たせていない。お互いに名乗ってすらいなかったのでしょうがないとも言えるが。

「・・・ま、気にしててもしょうがないか」

【雄真さん、どうかしました?】

「いや、何でもない」

中指に普段の小さな重さを感じたところで、ようやく雄真の思考もハッキリとしてきたようだ。

ちなみに、アリエスは基本的に念話――というか、思念をそのまま相手の脳に送ることで言葉を伝える。つまり、魔法使いではない音羽やすももに対しても、声を発せずとも会話をすることができる。

理由は後回しになるが、雄真が周囲に魔法使いであるということを隠しているからだ。

さらに、魔法を使わない時は雄真のことを「マスター」ではなく「雄真さん」と呼んでいた。これにはあまり深い意味はなく、アリエス曰く「マスターと息を合わせるためには、やはり友人のように親しくなるべきです」ということらしい。

そのお陰かどうかは分からないが、二人が前述のように見事な信頼関係で結ばれているのは事実である。

「〜〜♪〜〜〜♪」

「ん?」

【電話のようですね】

丁度寝間着から普段着に着替え終わろうかという時、無造作にベッドに置かれていた携帯電話が着信音を奏でていた。

雄真はまだ眠そうに欠伸をしながら、相手の名前も確認しない内に通話ボタンを押して耳に押し当てる。

――思えばこれが、雄真の人生における第2のターニングポイントだったのかもしれない。



2話へ続く


後書き

どうも、初めましての人は初めまして!管理人の雅輝です。

ということで、新連載を開始しました。まあ今更っちゃあ今更なんですけどね^^;

テーマはありがちな、「もしも雄真が魔法使いの道を諦めていなかったら」というIFの再構成。

かなり長くなりそうな予感がしますが、どうか温かく見守ってやってください(笑)


それでは、2話で会いましょう!^^



2008.6.8  雅輝