晴れた朝。それも清々しいまでの快晴である。今の季節は冬なので、雪でも降らない限りそんなに雨も降らず,また3年前に桜はすっかり枯れてしまったので,雪の代わりに桜片が吹雪くこともない。ただやはり冬は冬なので,晴れていてもやはり朝は多少冷え込むのだが、いつも左手だけは温もりを感じている。
『兄さん、早くしないと遅刻しますよ?』
『そうは言ってもまだ頭がボウッとしてて・・・』
義之は朝はいつも左手は由夢の右手に繋がれて,というより引っ張られていた。桜が枯れ,義之が消えてそして帰ってきたときから,二人とも付属を卒業し今に至るまで,3年間も付き合っている。杏たちから『どうせ義之のことだから,何もしてあげられなくてすぐに捨てられる』なんてからかわれながらも,二人で毎日恋人というより以前と同じ兄妹のような関係で過ごしていた。ただ,音姫は海外に留学,義之の保護者のさくらは“あの日“以来帰ってきておらず,二人暮らしと言って良い状態なため,エッチをしてしまうこともしばしばあったのだが・・・とりあえずは仲良くやっていた。
「あ,もしかして昨日・・・また夜遅くまで起きてたんですか・・・?」
「んー,多分3時くらいになるかな。どうしてもキリが悪くて。」
「ゲームで夜遅くまで起きてるって,まったく兄さんは子供ですか・・・?」
「・・・本校卒業までは子供でいるつもりなんだけど」
そんな少しふざけた、いつも通りの会話をしながら学校へと向かって行った。
二階の階段前。いつも朝はここでいったん別れて,午前の授業を受け昼休みに由夢が義之の教室にくるというのが日課になっていた。それも,毎日由夢は手作り弁当を持っていくものだから,始めのころはクラス中に好奇と邪念を含んだ目で見られながら食事をしなければならなかったのだが,最近はもっぱらからかうためのネタとなっている。
「んじゃまた昼休みにな。」
義之は由夢の頭を軽くなでて教室に向かおうとした。が,由夢の表情が少し暗くなった。
「あの、兄さん・・・その、今日は委員の仕事で昼休み行けなくて・・・だから今日はお弁当だけ渡しときますね。」
由夢は鞄からお弁当を入れた巾着袋を取り出して義之に渡した。由夢は軽く俯いて表情のままでいる。
「そうか・・・まぁ委員会ならしょうがないな。んじゃいつも通り放課後は門前で待ってるから。」
そういってやると由夢の表情が少し明るくなった。そして由夢は教室へと続く廊下へと振り返りながら
「わかりました。・・・ただ,いつも待ってるのは私の方ですけどね。」
そういって歩いていった。義之にはあの由夢の残念そうな顔に少し胸が痛みながらも,とりあえず教室へ行くことにした━━━のだが,
「朝から絶好調みたいだね,義・之・君?」
いつの間にかななかが背後に立っていた。いや,正確にはななか”達”である。ななかの背後には茜と杏いる。さらに廊下の教室側の奥からは渉以下クラスの(彼女がいない)男子,そして反対の廊下にも別のクラスの男子が恨みがましい目で義之を睨んでいた。その恐ろしいまでの殺意にすごんでしまい,義之は半歩下がってしまう。
「それにしても愛妻弁当とはねぇ,由夢ちゃんも毎日毎日こんな男に良く尽くしてあげるわね〜・・・」
「こんな男にって・・・茜,ちょっと酷くないか?というか,何で覗き見してるんだよ・・・」
ななか・杏・茜の三人は他の男子達と違って好奇のまなざしのみを向けている。
「覗き見もへったくれもないわ・・・ここ廊下,しかも朝の通行路ね・・・」
確かに,覗かなくても下足箱から教室にはほとんどの生徒が通り抜ける廊下なので,杏の言うとおり,周りから見ればいい見世物に過ぎない。
「んー・・・まぁとりあえず教室で寝る・・・昨日はろくに寝てないんだ・・・」
「ちょっとー,何のために私達があんなラブラブカップルによる炎天下の中,ずっと立ちっぱなしだったと思ってるの?」
教室へ行こうとする義之の右腕をななかが掴んだ。多少怒気も含まれていたのだろう,普通の女子ではありえないような勢いで引いたものだから,ななか自身もこけそうになる。
「あー・・・そりゃ俺が悪かったな。で,何かあるのか?」
「さっき由夢ちゃんとのやり取り聞いてたら,今日は義之は一人身みたいだから,好都合ね・・・」
「いやその表現はちょっとおかしいぞ?」
”一人身”って普通は独身の人に使うもの・・・確かに義之は学生で結婚もしていないので独身だが,この年齢でそういう呼ばれ方をされる筋合いはない。
「まぁ簡単に言っちゃうと,今日の昼休みに食堂に集合だって。お弁当はそこで食べても問題ないから。」
「何かやるのか?」
そういうと,女子三人がいっせいにため息をついて顔を見合わせた。そして茜が重そうに口を開いた。
「・・・朝っぱらから杉並君が”昼休みに食堂に来い。板橋と桜内も連れてな”とか言って速攻で消えちゃったのよね〜・・・内容は良くわからないし,しかも本人はその後の行方は全く不明なの。」
「・・・なるほど,さすが杉並・・・とりあえずまた昼休みに。伝言サンキュー・・・んじゃおやすみ」
義之はそういって三人に後ろ向きに手を振り,大あくびをしながら教室に入っていった。
昼休み。義之が食堂に行くと,すでにメンバーは揃っていた。
「ふむ,ようやく揃ったようだな。」
珍しく杉並が全員そろう前に来ている。いつもは遅刻したように見せかけてみんなを驚かせるのだが,今日は少し趣向が違うようである。
「それで,今回は何の話なんだ?」
「さあ・・・まあろくでも無いことを考えてるのは間違いないでしょうけど。」
杏は溜息を吐きながらそう言い切ったものの,どこか楽しみにしているようだ。
「ふむ,ようやく全員揃った様だな。では早速本題に入らせてもらうぞ。」
杉並はそういうと突然立ち上がり,両手で強く机を叩いた。集まった義之達だけでなく,食堂にいた全員が唖然とした様子で杉並の方を見た。そして・・・
「諸君,ピクニックに行こうではないか!!!」
義之達,杉並に集められた奴全員を・・・いや,食堂にいる人々を静寂が包んだ。無理もない,食堂という公共の場で━━しかも冬にピクニックなどと時季外れなことを━━大声で叫べは当然だ。
義之は軽く頭痛を感じ,頭を抱えながら静寂を破った。
「なあ・・・お前何を言ってるかわかってるか?」
「何を言っているのだ,桜内よ。ピクニックとは・・・『ピクニック【ピクニック】飲食物を持ち、野外に行って遊ぶこと。』というやつだろう?」
得意気に国語辞典そのままの訳を引用して来るものだから,義之の頭痛はさらに激しくなる。
「えっと・・・多分義之君はピクニックに行く理由を聞いてるんだと思うけど・・・」
「さすがは白河!!いいところにツッコミを入れてくれた!!!実はな,この学校には俗に言う七不思議があってだな,その一つに“ピクニックの神様“というものが・・・」
「どーでもいいけど,要するに今週末にピクニックに行こうってことか?」
渉が杉並の話を途中で止めてみた。さすがにこのままでは長くなると判断したのだろう。杉並は話を切られたのは納得いかない様子だったが,しぶしぶ話をあわせるように
「む・・・まぁよい,そうだ。それとだ,”偶然にも”その日に朝倉姉が初音島に一時的にだが帰ってくる。」
「え,義之君,そうなの?」
茜が少し興奮気味に義之に聞いてきた。もっとも,全員杉並が音姫の帰島を知っている時点で”偶然にも”などとは思ってもいないだろう。
「えっと・・・確かに近日中に帰ってくるとは聞いたけど,今週とは知らな・・・」
「おい,義之!!なんでそんな大切なことを言わねぇんだよ!!!全然知らなかったからプレゼントとかパフォーマンスとか全然考えてねーだろうが!!!」
音姫帰島を知らなかった渉は義之に襲い掛かり,首を絞めてきた。渉はそのまま的確に首を締め上げていく。
「ちょ・・・お,おい・・・極まってる,極まってるって!!」
「どうすればいいんだよ!あと一週間もないだろうが!!」
大騒ぎしている二人を周りのみんなは暖かく見つめていた。というより,むしろこの状況を楽しんでいるというべきだろう。
「とりあえず板橋の馬鹿はいつもどおりだから放っておいてかまわんな。とりあえず桜内にはあとで朝倉妹,それから電話で姉の方も誘うように言っといてくれ。それでは俺はこの辺で失礼させていただく。」
杉並は渉と義之が争っている間に食堂を出て行った。ただ,杉並が食堂を出た頃にまゆき先輩の声が聞こえたので,今は全力で逃亡戦をやっている頃だろう。
「・・・で,二人とも?そろそろやめたら?」
ななかがようやく義之から渉を引き離す形で止めた。もっとも,義之の方は割と長時間極まっていたり解放されたりを繰り返されたので息が完全に上がっていた。
「はぁ・・・サンキューななか・・・で,杉並は?」
「もう行っちゃったよ。で,義之君はとりあえず由夢ちゃんを誘うのと,電話でこのことを音姫先輩に伝えといて〜だって。」
「持ち物は何か言ってた?」
「んー・・・多分何も言ってなかったから,とりあえずお菓子とかいろいろ個人で持って行けばいいんじゃないかな?細かいことはまた明日にでも話し合えばいいし。」
「ん,わかった。」
そう言い終えた途端,義之は妙な不安を感じた。とりあえず周りを見渡してみたものの,きょろきょろしている義之を不思議そうに見ているななかや二人で怪しげな笑顔を浮かべている杏と茜,そして義之との争いで息が上がっている渉以外に特に不審な様子はない。
とりあえず昼休みももう少しで終わるということで,一旦教室に戻ることになった。義之は不安を抱えたままであったが,とくに変わった様子でもなかったので放置しておくことにした。
・・・そう,義之は杉並プロデュースで杏と茜が結託しているときにまともな経験をしたことがないということをすっかり忘れていたのだった。