「すー・・・すー・・・」

「・・・ふふ、寝ちゃったみたいね」

私は膝の上で規則正しい寝息を立てる愛娘に微笑むと共に、近くにあったタオルケットに手を伸ばした。

そしてそれをその小さな体に掛け、愛でるようにそのサラサラな髪を手で梳く。その寝顔は親の贔屓目を抜きにしても、まるで天使のように愛らしいもので。

『・・・話す機会があって、良かったなぁ』

たとえ数年先には忘れてしまうことになろうとも。今日、彼女にこうして私と純一君の馴れ初めを話せたことは、素直に嬉しいと感じる。

――それは、ヒナの幸せそうな寝顔にも証明されていた。

「10年かぁ・・・」

カッチコッチと、時計の秒針とヒナの寝息しか聞こえてこない無音の空間で、私はこれまでの彼との軌跡を感慨深く思い出す。

言葉にすると短く感じるけれど、実質はとても長く、充実した時間だったのは言うまでもない。

今も私はこうして、ヒナという宝物の傍で、確かな幸せを噛み締めているのだから。

「色々あったけどね」

もちろん、まったく障害が無かったわけではない。むしろ、まだヒナに語っていない私たちのエピソードは多い。

喧嘩だって何度かしたし、結婚の際はお父さんの説得に相当な苦労をしたのは、未だ記憶に新しい。

今私の膝の上で眠っているヒナの出産の際だって、初産ということもあってか、とてつもなく不安だった。

でも、どんな時でも。

純一君は傍に居てくれた。

あの時の約束を――私の翼として、傍にいるという約束を、ずっと守り続けてきてくれた。

私は未だ、彼の優しさに包まれたままの、甘えたままの子供だ。

「でも・・・」

そんな私でも、これだけは自信を持って言える。

それは―――。







“ガチャッ”

「ただいま〜」

玄関のドアを開く音で、ふと我に帰る。共にリビングまで聞こえてきたのは、愛しい我が夫の声。

「・・・むにゃ。パパ?」

「おはよう、ヒナちゃん。パパが帰って来たから、一緒に玄関までお出迎えしよっか?」

「うん! パパ〜〜♪」

先ほどまで寝ていたというのに、すぐに起き上がって玄関に駆けだすヒナに、思わず苦笑が漏れる。

私はゆっくりと立ち上がると、既に娘に抱きつかれているであろう彼の元へと向かった。





D.C. SS

          「小鳥のさえずり」

                       Written by 雅輝






<40>  エピローグ 〜愛の証〜





「おかえりなさい、純一君」

「ただいま、ことり」

玄関で靴を脱いだ彼は、その腕に甘えるヒナを抱えながら、私の唇にキスを落とす。

そして私も、もちろん嬉々としてそれを受け入れた。この辺りが、未だ友人たちに“万年新婚夫婦”とからかう理由の一つかもしれない。

でも私なんかは、そう呼ばれ続けていることこそ、幸せの証なのだと思っている。

「あ〜、またパパとママ、ちゅーしてる〜!」

愛娘の冷やかすようなそのセリフに、私と彼は互いに顔を見合せて一つ苦笑を零しながら、そのサラサラした頬に両側から口付けをした。

すると娘は、決まって蕩けそうな笑顔を浮かべるのだ。





「へぇ、学生時代の話をねぇ」

純一君から脱いだスーツを受取り、ハンガーに掛けるという日課の間、私は今日のことを彼に話した。

「うん。だから晩御飯の用意が、まだ出来てないんだけど・・・」

「ああ、まあそれはしょうがないだろ。ヒナ、今日はお外で食べようか?」

「うん! ヒナね〜、お子様ランチがいい♪」

「はは、ちゃっかりしてるなぁ」

元気に主張するヒナを受け、純一君は慈愛に満ちた表情でその柔らかな髪を撫でる。その光景はまさに、私が学生時代に夢見た、純一君との幸せな未来予想図。

純一君が居て、私が居て、二人の愛の結晶とも呼べる子供が居る。みんな笑顔で、温かく円満な家庭。

「じゃあファミレスかな。ことりもそれでいいか?」

「お子様ランチの旗、ママにも見せてあげるね!」

「――うん♪」

今日は昔のことを語っていたせいか、今のこの光景がいつも以上に感慨深く感じる。

返事をした私は、嬉し涙を堪えるのに必死だった。







「にゅう・・・パパ・・・ママ・・・」

「結局寝ちゃったな」

「うん、今日はお昼寝もあまりしなかったから」

ファミレスからの帰り道。お子様ランチを大満足の内に完食した我らが姫君は、それから数十分ほど雑談している間にいつの間にか夢の世界へ。

起こすのも可哀想ということで、純一君がヒナを背負っている。彼女は大好きなパパの背中で、心地良さそうな寝息を立てていた。

「そういえば、ヒナにはどんな話をしたんだ?」

「学校から宿題を出されたらしくて。それが“両親の馴れ初め”についてだったから・・・」

「馴れ初め、か。違いない。風見学園での色々があったからこそ、今俺たちはこうしていられるんだからな」

「うん・・・純一君」

人通りの少ない、狭い小道の街灯の下。私は立ち止まり、静かに彼に呼びかけた。

きょとんとしながら振り向いた彼に、私はポツポツと話し始める。――それは、遠い日の約束。

「私はあの日、言ったよね。これからも私の翼で居てくれますか?って」

「・・・ああ」

「そして貴方は、これまでずっとそれを守り続けてくれた。でもそれは、単なる私の甘えに過ぎなかったんだなって、今日ヒナに話をして思ったんだ」

「――考えすぎだよ。俺もずっと、ことりに支えられてたんだから」

穏やかな眼差しと共に、そんな嬉しい言葉を貰う。でも、それは彼の優しさであり、私が彼に依存してしまう要因でもあった。

だから私は、ゆるゆると首を横に振ることで、その彼の言葉をゆっくりと否定する。

「・・・ヒナが生まれて数年経った今でも、私はまだ純一君っていう大きな翼で支えられてる、小さな小さな“小鳥”だった」

「・・・」

「でもね。これからはもう“小鳥”では居られない。ヒナがどんどん成長していく以上、私は小鳥のままじゃ居られないの」

「だから――」とそこまで言って、私は一呼吸置くように辺りを見回した。これから行なう行為。それを考えると、流石に衆人環視の中で行なうのは恥ずかしいから。

そして幸いにも、普段から人通りの少ない道であったため、視認できる限りに通行人の姿は無かった。

人によっては変だと言う人も居るだろうし、それに関して否定もできない。

けれど、私にとっては何よりも大事なことだった。


「――だから、証明させて? それが今まで貴方に寄りかかって来た、私なりのけじめだから」


ヒナが“二人の馴れ初め”という課題を持って来て、そして語る内に大きくなったこの気持ちさえも、運命のようにすら感じた。

私は気持ちを落ち着けるように一つ息を吐き、そして紡ぎ始める。


――昔から、私が貴方に気持ちを伝える一番の方法は、これだったよね?


か弱い小鳥ではなく、朝倉ことりとして。

私は歌う。声は張り上げない。小さな歌声の中に、精一杯の感情を込めて。



“Canto di amore”。

それは永遠を誓う、愛の唄。

それは私と彼を結ぶ、愛の絆。

そして――――。



――Questo volta vorrei sostenerlo. Per sempre, quello che vorremmo rimanere nel vostro lato, chiedete.――

――今度は、私が貴方を支えたい。いつまでも一緒に居たいと願っている。――



「――ああ、いつまでも一緒だよ。ことり」



――それは、これから先も続く、愛の証。




end



後書き

2007年9月に連載を始めてから、早いもので1年と8ヶ月。

「小鳥のさえずり」、遂に完結しました!!!(喜)

長かったなぁ。40話なのに、凄く時間が掛かってしまいました。昔は4ヶ月で30話を書いたこともあるというのに^^;

まあそれはともかくとして。いかがでしたでしょうか。作者としましては、満足のいく出来に仕上がったかと。

ずっとことり視点という難しさはありましたが、その分書き甲斐があり、新鮮でした。



さてそれでは、完結恒例の座談会に移りましょうか。もちろん登場して頂くのは、この二人・・・ならぬ三人。どうぞ〜!


純一(以下、純)「どうも、朝倉純一です」

ことり(以下、こ)「朝倉ことりです♪」

ヒナ(以下、ヒ)「こんばんは〜」

雅輝(以下、雅)「というわけで、朝倉ファミリーに登場願いました。ここに子供が来るというのは、初めてのことですね」

純 「まあ設定上、連れてくるしかないだろ? それにヒナも、行きたいって愚図ってたしな」

ヒ 「パパとママが行くならヒナも行くのー!」

こ 「あらあら」

雅 「もちろん、大歓迎ですよ。・・・さて、本題に移りますが、何か作品についてありますか?」

こ 「あっ、じゃあ質問で。えっと、今回はずっと私視点だったけど、何か理由でもあったんですか?」

雅 「理由か〜。・・・強いて言うなら、挑戦してみたかったからですかね。後は、第一話のプロットを思いついた時点で、だったら通してことり視点にするしかないな、と思いまして」

純 「相変わらず行き当たりばったりなんだな」

ヒ 「なんだな〜♪」

雅 「ほっといてください。自覚してるので。後は・・・そうですね、お二人の感想を聞かせて頂ければ」

こ 「う〜ん、やっぱり私たちの物語を書いてくれたのは嬉しいかな。読者の方にも、私達の幸せっぷりが伝わったと思います」

純 「ちょっと恥ずかしくはあったけどな」

ヒ 「パパ、“かったるい”んだよね?」

純 「・・・まさかヒナにまで口癖を覚えられてるとは思わなかった」

こ 「それだけ純一君が普段から使ってるってことです。でも大抵は照れ隠しの時なんだよねぇ〜♪」

ヒ 「ね〜♪」

純 「・・・雅輝、今日は呑むか?」

雅 「お供しましょう。でもその前に、最後の挨拶を」



純 「それでは、完結までお付き合いいただいた読者の皆様!」

こ 「最後まで私と純一君の物語を読んでくれて、ありがとうございまっす♪」

雅 「時間を掛けながらもこうして完結出来たのは、ひとえに皆様の応援あってのことだと、つくづく思います」

純 「これからも、管理人の書くSSを読んでくれると嬉しいです」

ヒ 「です♪」

雅 「それでは、最後に」

雅・純・こ「「「ありがとうございました! またの次の作品で会えることを心より願っております!!」」」




ヒ 「パパ、ママ〜。ここに“かんそー?”とかを書いて欲しいんだって」



2009.5.18  雅輝