桃香たち劉備軍が徐州へと赴任してから、早いもので一年の時が過ぎようとしていた。

赴任するにあたって最も懸念していた住民たちの反応も概ね良好。これは劉備軍の元々の風評と、それに加え一刀の天将の名に因るところが大きかったのだろう。

大きな反発に遭うことも無く、赴任から今まで反乱の兆しすら見えない。それはつまり、そういった各郡の対応に必要以上に時間と手間を取られないということでもあり。

この一年間、内政に従事出来た甲斐もあって、既に徐州牧として州内のほぼ全てを掌握出来ていた。

一年の間、徐州では平和そのものであったが、世情は大きく変わることとなった。

その中でも最たるものは、黄巾党の解体だろう。まさに漢王朝衰退の象徴とも言えた賊達は、最終的には曹操軍が頭目である張角を討ち取ったことにより、歴史の露と消えた。

最大勢力である賊が消えたことで、疲弊していた漢王朝も多少は上向き傾向にある。

だが、そもそも取り返しの付かないところまで堕ちていたということもあり、かつての栄華を取り戻すのはもはや不可能といえるだろう。

そうした中、これからの時代に必要なものを本当の意味で理解している勢力は少ない。

それぞれの勢力の長は、皆余裕が無いのだ。

現皇帝である李協が無能な各地の代表者を一掃したため、自然と治めるべき領土は増えた。つまりは、内政に手一杯なのである。

朱里や雛里のような超が付くほど有能な者は、そうそう在野に転がっているものではない。

だが郡雄割拠のこの時代、内政をしているだけでは生き残れない。にも関わらず、この一年は大陸図に特別大きな変化は無かった。

それはまるで、嵐の前の静けさのような。これから何年にも渡り大陸全土を巻き込む、大きなうねりを各人に予感させた――――。





真・恋姫†無双 SS

                「恋姫†演舞」

                              Written by 雅輝






<36>  北の攻防(前編)





「――――報告致します!!」

いつも通りの朝になるはずだった。桃香の解散の号令を以って朝議が終わり、各人が忙しなく各々が抱える仕事へと取りかかり始める。

だがそんな朝の慌ただしい空気を切り裂いたのは、北の様子を探っていた細作からの情報を持ち帰った伝令兵の、緊迫した声であった。

一番近くに居た愛紗が、桃香に視線を送り確認してから、伝令兵に続きを促す。

「どうした!」

「袁紹が大軍を動かしました! その数、およそ八万! 進軍先は――――幽州です!!」

「「「――――っ!!」」」

突如もたらされたその報に、その場に残っていた全員が息を飲む。一年間の空白を経て、また歴史が動き始めた。それも、最悪な方向に。

幽州。その地名は聞き覚えがあり過ぎる。ここ徐州に赴任する前の土地が幽州の北方の啄県であったことももちろんだが、今その州を納めているのは――――。

「白蓮ちゃん・・・」

桃香が茫然と呟く。一年前、反董卓連合の活躍を認められ、太守から幽州牧へと出世した彼女の真名を。

『桃香も辛いだろうな・・・』

同じ私塾で学んだ親友。以前再会したときの喜びようを知っているが故に、その内心は測りきれないものがある。

袁紹軍八万に対し、公孫讃軍は二万に満たなかったはず。その戦力差は圧倒的を通り越して、もはや絶望的とも言える数字だ。

公孫讃軍の負けは必至。だからこそ桃香は思ってしまうのだろう――――敗軍の将が、どうなってしまうのかということを。

「・・・分かりました。お疲れ様です。下がって、休んでください」

「――――はっ」

けれど桃香は、気丈に振る舞う。唇を噛み締めながらも、その表情には伝令に対する労いすら浮かべて。

ここで、公孫讃を助けたいと声を上げることは簡単だ。

だが劉備軍の兵数は、この一年で更に増えたとは言え精々が二万ほど。それに遠征となれば、全兵力を持っていけるはずもない。

それはつまり、公孫讃軍と共闘してもまだ、敵は倍以上の兵力を持っていることになる。

ここで選択を間違えてしまえば、一瞬で軍が崩壊してしまう――――それが分かっているからこそ、桃香はその願望を口にすることが出来なかった。

以前までの桃香なら、何も考えられずに感情のまま口にしていただろう。それは桃香の成長の証でもあった。

そんな優しすぎる主君のために、一刀が出来ること。

『冀州と幽州は隣合わせだ。袁紹のところから伝令が帰ってきたということは、そろそろ戦端が開かれてる頃合いか・・・』

情報を頭の中でまとめ、報告を受けてすぐに思考の海へとダイブしていた頼もしき軍師たちへと、一刀は視線を送った。





その後、急報に対する軍議が行われた。

将のみが集められたが、その雰囲気は通夜のように暗い。集まった面々の半数以上は公孫讃と面識があるのだから、それも当然か。

その中でも取り分け、桃香は沈んでいた。いつもの溌剌とした笑顔は見られず、玉座で組んだ自分の指を見つめるように俯く。

「桃香」

そんな雰囲気の中、一刀がはっきりとした声で呼びかけた。

「・・・一刀さん?」

「公孫讃殿を、助けたいか?」

「――――っ! な、んで・・・?」

「分かるさ。・・・分からないわけが、ないだろう?」

「で、でも――――」

「それも分かってる。確かに俺たちが力を貸しても、二倍以上の数の差は覆せない。たとえ運良く事を為せたとしても、もう乱世を生き抜く力は残っていないだろう」

「じゃあ、なんで?」

桃香の疑問は尤もだった。だが、幽州を守ることと公孫讃を救うことは、必ずしもイコールではない。

「幽州を守ることはもう難しい。だが――――彼女を救うことは、出来るんじゃないか?」

「それって・・・」

「俺が行く」

桃香の言葉を遮って、一刀が堂々と宣言した。始めは驚きに見開いていた桃香の目も、次第に理解の色を帯びていく。

己の内情を慮ってもらえた嬉しさ、一刀の発言に対する驚き、代替案を示すことが出来ない自分への怒り。それら全てが混ざり合った微妙な表情のまま、桃香はか細い声で一刀へと確認した。

「・・・すっごく危ないんだよ?」

「・・・そうだな」

「いくら一刀さんが強いからって、勝てる相手じゃないんだよ?」
「ああ」

「・・・死んじゃうかも、しれないんだよ」

「分かってる」

「全然分かってない!!」

自然と大きくなってしまった桃香の声に、軍議の場は水を打ったように静まりかえる。

桃香もこの感情が君主にあるまじきモノであることは自覚しつつ、だからといって抑えることなど出来なかった。

「私は・・・私は! 一刀さんに死んで欲しくないの!!」

「桃香・・・」

「もちろん、出来ることなら白蓮ちゃんを助けたいよ!? でも、だからって一刀さんを助けに行かせるなんて、私には・・・」

「なら、恋も行く」

「・・・えっ?」

予想外の発言。誰もが見守るしか出来なかった二人のやり取りに、もはや耳に馴染んだ抑揚の無い声が一石を投じる。

「恋も、カズトに死んで欲しくない」

超重量武器、方天画戟を軽々と肩に担ぎ。その深紅の瞳には、絶対的な意志を宿して。

「――――だから、カズトは恋が守る」


中華最強、人中の呂布と恐れられし彼女は、威風堂々と宣言した――――。







「・・・そろそろ、か」

場所は幽州。地形の関係上、長々と続く隘路の出口で、公孫讃こと白蓮は全兵力である二万の軍を展開させていた。

溜息と共に零れ落ちたその呟き通り、伝令の情報が正しければ、もう間もなく袁紹軍と相見える瞬間が訪れるはずだ。

兵力差を考えれば、通常ならば野戦など愚の骨頂であろう。しかもこちらは飛びぬけて優秀な軍師もいないため、四倍の兵力差を覆すような策も無い。

けれど籠城戦が有効かと問われれば、それもまた否だ。援軍の宛のないこの状況で少しの時間を稼いだとしても、いずれは攻城されてしまうのが目に見えている。

それに籠城は民を危険に晒す。民を逃がす時間が無かった以上、野戦にしたのは正解だと、白蓮は心から思っていた。

『せめて星が居てくれれば・・・いや、巻き込まなくて良かったと考えるべきだな』

一年前までは居た客将のことが思い出されたが、詮無いことだと首を振る。いくら趙子龍が強かろうと一人ではどうにもならないだろうし、ならば生き延びてくれただけでも良しとしよう。

「私は・・・死ぬだろうな」

敢えて口に出した。覚悟を決めるために。

軍の強さは兵数だけではない。とはいえ、兵数が多い方が有利だということは子供でも分かる。

自軍を隘路の出口に展開したのは、少しでも少数と相対するためだ。隘路の出口を囲む第一陣が突破されてしまえば、後はもう物量に押しつぶされてしまうだろう。

「どうせ死ぬなら、か。あいつらには恨まれても仕方がないというのに」

あいつらというのは、指揮下の兵隊たちのこと。

今回の戦の話をしたとき、誰もが一度は死が頭を過ったはずだ。しかし、そこで俯いたままの弱卒が居なかったことが心底誇らしい。

兵たちは話を受け入れ、死を覚悟し、敬愛する主のために奮い立った。

世の中の猛者ほどの派手さはないが、実直で苦労性。何より民思い。色々な意味で人間味に溢れている彼女は、兵から絶大な支持を受けていた。

「兵達を死なせたくはないが、それでも私は――――」

民を守りたい。

途切れた言葉は口には出さず呑み込んだ。すっと細めた瞳の向こうで、隘路に差し掛かろうとしている敵軍が見えたから。

「お出ましか・・・。先陣、槍を持て! 第二陣は矢の準備をしろ! 奴らの鼻っ面に、強烈な一撃を叩き込んでやれっ!!」

自らも剣を抜き、敵軍を貫くように突き出しながら鼓舞する。

舌戦は無しだ。隘路の出口という地形を生かすためには、そんな悠長なことをしてはいられない。

そして――――。



「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」



腹に響くような野太い叫びと、耳に優しくない金属の衝突音、そして絶命した兵の口から漏れ出る絶叫。それは何度聞いても慣れることはない、開戦の合図であった―――。







「あらあら、口上も無しに突っ込んできましたか。相変わらず白蓮さんは野蛮なこと」

八万の軍の最後方。数千という馬鹿げた規模の親衛隊が守る中、袁紹こと麗羽は神輿の上に作られた華美な玉座で、その長い脚を優雅に組みながら呟いた。

その小馬鹿にしたような笑みは傲慢そのもの。しかし彼女には、その傲慢が許されるだけの兵力がある。

「まったく、折角降伏することを特別に許してあげようと思いましたのに。三公を輩出した袁家の代表たるこの袁本初が!」

誰も聞いてはいないというのに、朗々とお家自慢混じりの名乗りをした後、お決まりの高笑い。

確かに袁家が中華を代表する名家であることが間違いない。だが同時に、その威光を身に纏っただけの人材が近年多く輩出され始めたのもまた疑いようのない事実であった。

「さあ、猪々子さん、斗詩さん! 華麗に、優雅に、大胆に! この私に勝利を届けなさいな!!」

そしてそんな彼女に付き従う将が二人。

「よっしゃー! 暴れまくってくるぜぇ!!」

一人は、愛剣である「斬山刀」を肩に担ぎ、緑のショートカットを揺らしながら気合いを入れる、文醜こと猪々子。

「・・・・・・」

そしてもう一人は、大槌の「金光鉄槌」を地面に下ろし、どことなく不安げな瞳で戦場の前線を見据える、顔良こと斗詩。

「斗詩? どうしたんだよ、そんな顔して」

「文ちゃん・・・。ううん、何でもないよ?」

斗詩は首を振り、次の瞬間には明るく笑って猪々子に答える。猪々子も特に深くは気にしなかったようで、「そっか、じゃあ行こうぜ!」と愛馬に跨った。

『そう、何でもない・・・はずなのに』

猪々子と同じように馬に乗って前線へと向かう途中、斗詩は先ほど中断した考えに再度没頭する。

戦力差は歴然。さらに主だった武将が居ない公孫讃軍相手に、いくら自軍の兵士の練度が低いといっても負けるわけはない。

『なのに何で、こんなに不安なんだろう・・・』

それはあるいは、常日頃から傍若無人な君主とお気楽思考な親友の世話をしているからこそ培われた、一種の危険予知能力だったのか。

斗詩のその不安は、南よりやってきた二人の闖入者によって、まさに的中することとなる―――。







37話へ続く


後書き

超お久しぶりでっす、雅輝ですー。

いやー、何とか今年中に更新できました。明日から実家に帰るので、本当にギリギリでしたけどねっ(笑)

まだ更新を確認しに来てくださる方々に、心からの感謝を。


今回から新展開突入となりました。ブランクもあり、色々と頭を悩ませながら書いております。

真・恋姫無双本編ではあまりスポットが当てられなかった、公孫讃VS袁紹。そこに介入する一刀と恋と、オリジナル色強めで書いていこうと思います。


ではでは、次はもう少し早く更新出来ることを祈りつつ!



2013.12.27  雅輝