秋も半ばのある週末。
夜の8時過ぎ。
大学の授業を捌いて教授からのバイトを仕上げて、私鉄の帰宅ラッシュに揺られて帰りついた我が家は現在無人。
親父は去年から単身赴任で沖縄。
おふくろは昨日から近所の奥様方といまさらな韓国一週間旅行。
よってしばらくの間、森川家には俺こと森川総志しかいない。
「ただいま……っと」
玄関を開けて電気を点ける。
いつもなら5、6足並んでる靴も今は俺が普段履いている2足だけ。
鞄を持ちかえて、鍵を閉める。
二重鍵にチェーンキーを通して施錠完了。
疲れた足を引きずって二階の自室へのろのろ移動。
今日は金曜。
週末は大抵仲間内から飲み会や合コンの誘いなんかがあり、今日も例外なくあるにはあったが、申し訳ないが断った。
まあ大した理由もなく、なんとなく、行く気にならなかっただけなんだが。
「さて、と」
部屋に到着し電気を点灯。
テーブルのうえに置いてあるノーパソを立ち上げ、ベッドのうえに鞄を乗せると同時に腰を下ろす。
――――と。
何故か、ふにゃっとしたやわらかい感触が。
「……やぁん」
可愛らしい声。
もそもそと動く音と、俺の手を掴んでくる小さな手。
「もう、総志くんのえっちぃ……」
メガネがずれる。
けど視界に映っているのは間違いなく制服姿の女子校生。
「愛(めぐみ)、お前……なにしてんの?」
「おかえり、そーじくん♪」
答えになってない返事をしながら、お隣さんの一人娘であり俺の恋人、秋月愛は溶けそうな笑顔を見せた。
〜秋の夜長の恋人たち〜
<Part1> 総士と愛
「もう、総志くん帰ってくるのおそーい。あたし、まだ夜ご飯食べてないんだから。もうおなかと背中がくっつきそうだよぅー」
いや、そんなこと言われてもな。っつーか。
「お前が、何で、俺の部屋にいるんだよ」
「おばさんから鍵預かったの。何かあったら総志くんのことお願いねって。
ウチのお母さんも一緒に韓国行っちゃってるし、1人でご飯食べるのも寂しいし」
おふくろ様、勘弁してください。俺がたかられるだけって分かれ。
「1人で家にいろ17歳高校2年生。せめてメシぐらい自分で作れ」
「やだー。総志くんのご飯の方が美味しいもん」
「カップラーメンでも食ってなさい」
「ひっどーい! 成長期の女の子にそんなもの食べろだなんて!! 太ったり肌荒れたりしたら総志くんに責任とってもらうからね!?」
俺に責任も何もない。そんなもんは自己責任だ。まともなメシが作れないお前が悪い。
「ほれ、早くベッドから降りろ。百歩譲ってメシくらいは作ってやるから」
「やだー」
くるくるとタオルケットに包まってベッドに転がる。
自分から簀巻きになるとは、よっぽど放り出されたいのかコイツは。
「だってー……総志くんのベッドは、総志くんのにおいがするもーん」
「…………キモイ事言うな」
「ふかふかだしねー」
「昨日干したばっかだから」
「…………ぐぅ」
「寝るな、起きろ」
柔いほっぺたを軽くつまむ。
って何だこの感触。柔らかいとかマシュマロとかつきたての餅とか、そんなモンじゃない。
もう、めっちゃ気持ち良いんですけど? これが10代の若さってことですか?
「あうー」
「変な声出すな、みっともない」
「だってぇー、きもちいーからー」
……ぐにぐにと頬を揉んで、徐々に髪の毛を撫でる方にシフト。
ちょっと染めた焦げ茶の髪は、染めてるにも関わらずさらっとしてて指どおりが良い。
「あうー……ほんとに寝ちゃいそー……」
「寝るなよ。寝たらそのまま家に帰すからな」
「やぁだぁー……総志くんのご飯、食べるぅー」
意地汚い娘に育ったモンである。というか、半分くらいは俺にも原因がなくもない。
中学の頃から料理に興味を持って、イロイロと試しながら愛と一緒に試食してた。
だから愛は俺の料理の酸いも甘いも知り尽くしてるわけであり、ファン第1号なのだ。
「じゃあさっさと起きれ」
「あいー」
ごろごろ転がりながらタオルケットから抜け出す愛。
制服はこれでもかと言わんばかりにしわくちゃになり、短すぎるスカートからは細くて長い足と……ほら、あれが、ね。
「愛、お前スカート短すぎない?」
「えー、そうかなぁ? でもみんなこのくらいじゃない?」
ベッドの上でくるりと1回転。ふわりと舞うスカート。
「やめろパンツ見えるから」
ていうかさっきから見えてる。
俺はさっきからベッドに座ってて、愛はベッドに立ってる。むしろこれで見えないほうがおかしいだろ。
「やーん、総志くんのえっちー」
「嬉しそうに言うな。外でもそんな無防備じゃないだろうな?」
「だいじょーぶだよー」
……ごめん愛、ぜんっぜん信用できねぇ。
飯を作るとは言ったが、実際は昨日の残りのクリームシチューを温めなおすだけ。
けどそれだけじゃ芸がないので、昨日は入れてなかったゆでエビとかを追加する。
「ねー、まだー?」
空いてる左腕に抱きついてくる愛。
振り払うのも面倒だが、それなりに育った胸とか押し付けるのはやめてほしい。大変なことになるから。
しかもいつの間にかブレザー脱いでるから、余計に大変だ。
「もうちょっと待ってなさい。気になるんなら手伝っても良いんだぞー?」
「美味しくなくなったら困るから、パスするー」
ひでえ理由である。
しかしまあ、自分の料理の腕が破滅的だと理解してる分はいい。教え方次第じゃ、ちゃんとうまくなれるワケだし。
けど、せっかくいる人材なのだ。使わずにいる手はない。
「じゃあ、冷凍庫に入ってるご飯、レンジであっためなおしてくれ」
「あい。2個で足りる?」
「俺のはでかいヤツ作ってあるから、それ使ってくれ。2個で5分な」
「はぁーい」
腕から柔らかい感触だけ残して重みが消える。
昔はやせっぽちのチビだった愛が、いまじゃ160後半の長身。
170後半の俺と並んで歩いても、目線を合わせるのが苦にならない。
さらにそれ相応に出るとこは出て、引っ込むとこはバッチリ引っ込んでるのは、成長という神秘なのか奇跡なのか。
加えて言えば。
幼馴染で彼女っていう贔屓目を抜きにしても、愛は可愛い。
バカっぽい言動が目立つが、頭も悪くはない。
まあ、昔身体が弱かったおかげで、運動は芳しくないけど。
「スイッチ入れていい?」
「おう。それくらいにはこっちも出来るから、座って待ってていいぞ」
「ういー」
スイッチを入れ、ソファーに座る愛。
で、クッションを抱っこしたかと思うと、なんでかじーっとこっちを見てる。
「どした?」
「総志くんさぁ、明日が何の日か、覚えてる?」
「明日?」
明日。土曜日。何かあったっけ?
大学は当然休み。愛の学校も休みのはず。体育祭……なわけない。アレは夏前。
って、秋といえばアレしかないか。
「文化祭、だったっけ」
「うん、当たりー」
「クラスで何か出し物とか、やんのか?」
「喫茶店だって。衣装まで作って、けっこう本格的なの」
「衣装ねぇ。どんな感じ?」
まあ、高校生が作る衣装なんてたかが知れてる。
それでも、背も高くてスタイルのいい愛が着れば、それはそれで似合うだろうな。
「フリフリのメイド服だって」
…………。
「はい?」
「フリルのいーっぱいついた、メイド服。すっごく可愛いの♪」
嬉しそうに言うな。
なんじゃそりゃ。どこの風俗だそれは。
「誰が考えたんだ、それ」
「クラスの男子ー。女子も最初は嫌がってたけど、着てみたら可愛かったから、みんなOK出しちゃった」
どいつもこいつも駄目過ぎる。
確かに集客効率は上がるだろうが、日曜はコアな客がつくんじゃなかろうか。
「委員会がよく許可出したな」
「うちに委員長いるもん」
「職権乱用もいいとこだぞ」
などと話してる間にレンジのタイマーが鳴る。
「愛、皿の準備」
「うっす!」
ぴょこん、とソファーから跳ね飛んで、ちょっとばかし危なっかしい手つきで皿を準備する。
「あぶねぇなー。そんなんで、ウェイトレスが務まんのか?」
「だいじょーぶですよー。シチュー、どんな感じ?」
おたまでひと掬いして、まずは俺が味見。
「うむ。悪くはないぞ」
「ちょーだい」
「すぐに食べれるから、もう少し我慢な」
「そーじくんのイジワルー」
ぶーっとむくれる顔。
ころころ変わるこいつの顔を見てると、ホント飽きない。
「そんな顔するなって。かわいー顔が台無しだぞ?」
ほいっ、と突き出したのはシチューの注がれたさっきのおたま。
愛はすぐさま口をつけ、まだ少し熱いのを我慢しながら口の中で吟味する。
「どう?」
「アツい……でも、おいしいっ」
喜色満面。さっきまでのぶーたれた不機嫌さんはどこに行ったのやら。
「ったく。猫舌のくせに、冷まさずに食うから熱いんだよ」
「でも、ヤケドはしてないよ?」
ベーと年頃の女の子にしてはあまりにみっともなく舌を出す。
で、俺はその舌を隠すようにフタをする。
口をふさぐフタは、やっぱり同じモノでなくちゃいけない。
「んく……っ?」
不意討ち。でもすぐに愛の体重が俺に預けられる。
口の中に広がるのはクリームシチューの味と……愛の味。
おたまを持ったままの右手に愛の左手が絡んでくる。
真ん中でつっかえ棒になっていたおたまは、愛の指に弾かれて床に落ちた。
「っ……ぷあっ」
じっくり30秒以上かけて味わうキスから解放すると、苦しげな声を漏らす愛。
少し荒い、でもハチミツよりずっと甘い吐息。
何センチも離れてない近い顔。じっと見つめる二重まぶたの綺麗な瞳。
「みっともないから、舌出すの止めろって……いつも言ってるだろ?」
「でもぉ、そーじくんの、キスの方が、もっと、みっともないような気が……」
うん、否定しない。
「でも、嫌いじゃないんだろ?」
「…………いじわるぅ」
「ああ、知ってる」
左手で電気コンロのスイッチを切る。
右手は愛の左手と絡んだまま。
シチューは少し冷めるけど、もう一回だけ。
「やっぱり、そーじくん……えっちだよ」
「愛も、おんなじくらいな」
左手を使って、愛の身体を抱き寄せて。
愛の右手が、俺のメガネを外して。
――――俺と愛は、誰にも邪魔されないキスをする。
あとがき
Pia3ifを知ってる人からすれば、かなりの異色作です。
秋の夜長の恋人たち、略してあきよな。いかがだったでしょうか?
既に恋人同士で、しかも彼氏は、普段はドライな大人?の青年。
彼女はベッタリくっつきたい年下の女の子。
だけど二人の間には、長く確かな絆がある。
この話はそんなコンセプトで書いて・・・・・・いけたらいいですねぇ(苦笑)
あと、「夜長」と書いてはいますが、昼も朝もあります。夜長はあくまで「夜が長い」って
意味であり……転じて恋人たちの時間が長い、って意味ですよー。
感想などありましたらこちら宛に cxmct821@yahoo.co.jp お送りください。
2006年3月 鷹
鷹さんのオリジナル小説第2弾ですぅ^^
ファンタジー小説に続き恋愛小説も送っていただきました。
もう、感謝感激って感じです(笑)
愛、可愛いですねぇ〜^^
甘えん坊で天然系で、その上ちょっとえっち(←!?)とくればもう最高です(><)
あ〜、こんな幼馴染が欲しい・・・(笑)
続きが楽しみです。
雅輝
一応二人のプロフィールを載せておきます。
森川 総志(もりかわ そうじ) 4/21 O型 178cm
63kg 牡牛座
・市内の国立大学に通う大学生。工学部2年。
脳内はともかく性格はドライ。しかし愛に対する気持ちは間違いなく本物。
傍目から見ても充分にカッコいいのだが、愛一筋ゆえに周囲の反応は完全に見えていない。
視力が弱く、また瞳も弱いためメガネが手放せないが、かけなくても0.5程度の視力はある。
つまりなくても平気ではあるが、前述の通り瞳が弱いので念のため。
父・博仁は大手株式会社の常務取締役で現在は沖縄。母・由佳は悠々自適の韓国旅行中。
母親自身もインテリアデザイナーとして活動中だが、今は半ば開店休業状態。
ちなみに、愛の通う高校は総志の母校でもある。
秋月 愛(あきづき めぐみ) 9/16 B型 167cm
48kg B88(E) W58 H85 乙女座
・市内の県立高校に通う2年生。クラスは3組。
外では普通に振舞っているが、総志といるときは、ちょっとアホな娘になる(幼児化)。
物心ついたときから総志に好意を抱いており、思春期と同時に恋愛感情へと発展。
女の子にしては背も高い方で、また上記の通り恐ろしくスタイルが良く、美少女。
成績は中の中か、ごくまれに上。良くも悪くもないが、体育だけは苦手。
料理の腕は破滅的で殺人的。おかゆ一杯まともに作れない。
電子レンジでゆで卵を作ろうとしたことも。
そんな愛の父・透は大阪で料理人として活躍中。母・夏樹は元キャビン・アテンダント、現在は専業主婦。総志の母と一緒に韓国旅行中。