「っ!さくらさんっ!?」
「やっほ〜。義之くん。元気だった?」
その姿を視認した瞬間、義之は驚きに目を見開いた。
行方知らずの保護者がいた。ここに。”何故かこの世界に”。
「さくらさん!何でここに・・・いや、そもそもここは――」
困惑し、矢継ぎ早に質問する義之に対し、さくらは何も言わずそっと自分の唇に人差し指を置いた。
その静かな行動に義之もようやく落ち着きを取り戻したのか、何度か深呼吸をした後改めて目の前の彼女の姿を見る。
――まだ幼い頃。とても印象に残った金色のツインテールはバッサリと切り取られ、ショートになった髪が風にサラサラと揺れていた。
「・・・やっぱり、来ちゃったんだね」
数秒間の静寂の後、口を開いたのはさくら。
その瞳は悲しげに揺らめき、しかし何らかの決意を宿していた。
「・・・そもそも、ここはどこなんです?」
「ここは・・・この世の理から外れている場所、が正解かな?分かりやすく言うと、魔法の桜の中ってことになると思うよ」
「そう、ですか」
そんなさくらの答えにも、義之はさほど衝撃を受けなかった。
胸にあるのは、「ああ、やっぱりな」という嘆息。
消滅する前に考えていた自身の行き先は、奇しくも当たっていたというわけだ。
「でも、どうしてさくらさんがここに?」
「簡単だよ。義之くんと同じなんだから」
「――っ!!」
それは義之にとって悲痛な回答であり、しかしどこか納得のできる答えでもあった。
おそらく、この魔法の桜を植えたのはさくらだろう。
だとすれば責任感の強い彼女のことだ。暴走してしまった桜をどうにか止めようと、頭を悩ませていたに違いない。
以前から時折見せていた悲しげな、疲れたような表情はこういうことだったのだ。
「でも、やっぱりちょっと違うかな?ボクの場合、自分から桜に取り込まれたんだ」
「・・・え?」
「どうしてそんなことを?って顔だね」
穏やかに微笑むさくらに対し、義之は言葉を肯定するようにコクンと頷く。
「最初は桜の暴走を止めることが目的だった。でも、音姫ちゃんが桜を枯らしてくれたから、その問題はほとんど片が着いたんだよ」
「その問題は・・・!?もしかして、俺の・・・」
「そう。桜を枯らせば、義之くんは消えちゃう。ボクはこの桜の開発者でもあるからね、そうなることは分かってた」
「でも・・・ううん。だからこそ、ボクは桜に取り込まれようと思ったんだ」
「ま、さか・・・」
「・・・そのまさか、かな。本当は、義之くんが桜に取り込まれる前に何とかしたかったんだけどね。ちょっと解析に手間取っちゃって、間に合わなかったんだ」
「解析って・・・?」
「・・・義之くんの存在を正にして、ボクの存在を偽にするための解析だよ」
「簡単に言うと、義之くんの存在(いのち)とボクの存在(いのち)で、プラスマイナスゼロってことだね」
「そんな・・・何で!何でそんなことを!!?」
義之は激昂する。大切な人の命と引き換えに、自分が助かるなど・・・と。
しかしさくらは、そんな義之の思いをやんわりと否定するようにゆっくりと首を横に振った。
「理由なんて、簡単だよ。キミは、ボクの一人息子だから」
「――っ!」
涙が、零れた。
違う。こんなことを言って欲しいわけではない。
一緒に過ごすようになってまだ1年。もっと知りたいこともいっぱいあった。もっと教えたいこともいっぱいあった。
だから、もっと・・・ずっと一緒にいたかった。
――だが、そんな義之の想いとは裏腹に、彼の身体は光を帯び始めていた。
この光は知っている。あの日、自分を包み長い間意識を奪っていた光だ。
さくらの言葉は続く。
「それにね。義之くんには由夢ちゃんがいるでしょ?彼女を一人にしてるなんて、彼氏として失格だよ?」
「・・・さくらさん」
わざとおどけて、それこそいつもの彼女のように舌を出す。
意識を集中しているのか、彼女自身もまた別の色の光に包まれ、瞳を閉じていた。
「・・・バイバイ、義之くん。今までありがとう。由夢ちゃんと、いつまでも幸せにね」
ふわっと、無重力空間にいるような浮遊感が義之を襲う。
「さくらさん!」
必死に叫ぶ。どこともつかない空間で。あの人に聞こえるようにと。
「俺は!生まれてきて本当に良かったと思っています!だから・・・」
光の本流が身体を包み込む刹那、義之は最後の言葉を口にした。
「俺を生んでくれてありがとう!・・・”母さん”!!」
”パァァァァァッ”
光が弾ける。
そこにはもう何も残っておらず、佇んでいるのは――心優しき、一人の魔法使いのみ。
「・・・母さん、かぁ」
彼女は呟く。
全ての始まりと、そして終わりを告げた花。桜を見上げて。
「ボクのことを、そう呼んでくれるんだね・・・」
誰も居ない桜だらけの空間で、ただ響くのは途切れ途切れの嗚咽。
そして――。
「ありがとう・・・義之くん」
万感の想いを込めた、一人の母親の言葉だった。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS
「自由な夢を・・・」
Written by 雅輝
<55> D.C.〜ダ・カーポ〜
「そう・・・だったんですか・・・」
茜色の再会から、家へと帰宅する途中。
義之が戻ってこられるまでに至った経緯を語ると、由夢は感慨深げにそれだけを呟いた。
その声は、義之が無事に戻ってきたという歓喜も勿論のこと含まれていたのだが、それよりも家族同然であったさくらの境遇についての落胆が大きいだろうか。
実は、二月前まで同じく行方不明になっていた純一は、義之の消滅から数日後にひょっこりと帰ってきていた。
その純一に、さくらは一緒ではなかったのかと問いかけると、彼は悲しげにこう言ったという。
――「さあね。今頃は一人で、綺麗な桜でも眺めている頃だろう」
・・・確かに、さくらは一人で綺麗な桜を眺めていた。
だが、その時はその意味をプラスでしか取っていなかったために、こういう意味があったのだと気付くと気持ちも沈んでしまう。
「・・・そんな顔するなって。折角帰って来れたのに、お前がそんなんじゃ俺はさく――母さんとの約束を守れなくなっちまう」
「兄さん・・・」
一番辛いのは、横で自分を慰めている彼であろうことに、由夢はようやく気付いた。
しかし、彼はそれでも尚前を向いている。・・・いや、だからこそ、前を向いている。
「そう、ですね。今は悲しむよりも、さくらさんに感謝する方がいいんですよね」
それは義之に、というよりは自分に言い聞かせているような言葉で。
義之はそんな由夢の手を、「正解だ」と言わんばかりにぎゅっと握った。
それから先は、まさに大変だった。
まずは帰宅。由夢を出迎えに来たであろう音姫は義之の姿を目にした瞬間。
「――っ!弟くーーーーんっっ!!!!!」
スペインの闘牛も真っ青な勢いで突っ込んできて、義之の胸に縋りつきワンワンと大声で泣き出してしまった。
彼女もまた、由夢と同じく義之のことを覚えていた数少ない人物の一人であり。
自分の魔法で消してしまった存在。二度と帰って来ないだろうと思っていた大切な人が帰ってきて、喜ばないはずなかったのだ。
「義之・・・」
そしてその後ろでは、ゆっくりとやってきた半纏姿の純一が。
「・・・ただいま帰りました、純一さん」
「ああ、おかえり。・・・そうか。あいつは、上手くやったんだな」
目尻に涙を溜めながら、窓の外の桜を眺めてそう呟いた。
次に、4月に入ってからの学校だ。
意外なことに、義之の籍はまだ残っていた。さらに、進級まで済んでいることになっているという。
まあ存在自体が消えてしまっていたので、籍を消すことすら忘れられていたのかもしれないが。
朝早くに朝倉姉妹と登校し、予定通り誰にも知り合いに会うことなく教室へと辿り着いた義之は、緊張を隠せない面持ちで”彼ら”を待っていた。
もう忘れられてしまっている。なら、もう一度仲良くなればいい。
「誰?」と問われれば、「転校生です」と言うくらいの覚悟は持っていたのだ。
だがしかし。義之のそんな不安は、良い意味で裏切られることとなる。
「お前・・・」
ガラッと教室の扉が開き、姿を見せたのはいつものメンバー・・・渉、杉並、雪月花、そしてななかの6人だった。
全員が一緒に来るのも珍しい話だが、たまたま教室に来るまでに一緒になったのだろう。
「あ、ああ。えっと俺は・・・」
「今までどこに行ってやがったんだ!!馬鹿義之ーーーーーっ!!!」
開口一番。渉には熱い台詞と鉄拳を貰い。
「わぁぁぁぁんっ!義之〜〜〜!」
「「義之く〜〜〜ん!」」
小恋とななかと茜には――まあ茜は半分ノリかもしれないが――思い切り泣きつかれ。
「ようやく、戻ってきたのね」
クールにそう呟く杏も、眉根を微妙に寄せた面持ちで。
「はーーっはっはっはぁっ!そうでなくては困るぞ。我が永遠のライバルよ!」
杉並には、いつも通りの意味不明な言葉で歓迎を受ける。
しかし、義之の頭は疑問符でいっぱいだ。
『・・・why?』
不思議に思った義之が彼らに聞いた話をまとめるに、昨日までは確かに憶えていなかったのだという。
それが何故なのかは分からないと彼らは言うが、その原因自体は知っている。
けれど、何故今日になって突然思い出したのかは義之にも心当たりが――。
「・・・さくらさん?」
急に思い浮かんだ名前を口に出して、妙に納得してしまった。
きっと、存在を正に、存在を偽に。というのはそういうことだったのだろう。
さくらのお陰で、義之の存在は正になった。そして、その彼女自身は偽に。
それはつまり、二人の立場が完全に入れ替わったことに他ならなく。
義之がこの世に再度戻ってきたその時から、義之の存在が正になり、さくらの存在は偽になってしまったのだ。
だから、彼らも思い出した。彼らの中で・・・いや、この世界において「桜内義之」という存在は正になったのだから。
「それにしても、壮大な話だよなぁ」
「? 何がです?」
その日の放課後。義之と由夢の二人は、並んで家までの道をのんびりと歩いていた。
「いやさ。存在とか、魔法とか、命とか。去年までの俺なら、到底当てはまらない単語ばかりだぜ?」
「・・・まあ普通に生きている限りは、一生当てはまらないでしょうね」
昨年までは普通の――彼の普段の行動を普通というかは別にして――風見学園生徒として。
そして今年からは、魔法使いの家族として。自分自身も魔法使いとして。・・・元々この世に存在しないものとして。
自分でも驚くほどそれらを受け入れられたのは何故だろう。
おそらく、魔法という幻想的なものを許容できる子供時代に、実際に魔法を手にしたからであろう。
純一から教えてもらった魔法。ささやかで小さな、それでいて確かな幸福を与える魔法。
「由夢は、さ」
「はい?」
「自分が魔法使いで・・・良かったと思ったことはあるか?」
自分のことを、「出来損ないの魔法使い」と自嘲した由夢。
そんな彼女は、その能力を得て嬉しかったのだろうか。
・・・答えは否なような気もしたが、ふと気になったので確かめるように訊ねた。
だが、由夢の答えは義之の予想と反して。
「・・・うん。良かったと思ってるよ」
「え?」
訊ねた側なのに、思わず素の声を漏らしてしまう義之。
由夢もその反応は予想していたのか、クスッと微笑むと言葉を続ける。
「確かに、前までは大嫌いだった。自分から望んだ力なのに・・・こんな能力、無くなってしまえばいいとも思ってた」
「由夢・・・」
「でも・・・でもね。やっと見られたんだ」
「前からずっと見たかった、幸せな未来。自分が思い描いた通りの未来が訪れる、自由な夢をね」
そう、今まで忌み嫌っていた能力は、その瞬間から変わった。
見たくない夢。避けられない危険。そして・・・必ず迎えてしまう悲しみ。
そうではない。この能力の意味は、本当はそうではなかったのだ。
最愛の姉と兄を守るための能力。由夢はこの力を、彼らの身に降りかかる危険を回避するためのものだと思っていた。
けれど、今回のことでよく分かった。
夢。将来の目標とも取れるこの言葉は、そうなるように自分自身が頑張る、という暗示。
例えば、由夢が桜の下で抱き合う自分と義之を夢で見て、桜公園まで息が切れるほど走ったのがまさしくそれに当たる。
夢を実現させようとする力。それこそが、義之や音姫を・・・幸せな日常を守るために必要なものだったのではないだろうか。
そう思えるようになったその時から、予知夢は彼女にとってかけがえのないものとなった。
それらをまとめて義之に話すと、彼は「そっか」といつもの穏やかな笑みを見せた。
「まあ、守られるばかりも癪だしな。これからは俺が守ってやるさ」
「ありがとう、兄さん。でも、違うよ?」
「ん?」
「これからは、二人で守るんだよ。私達の未来も、大切なものも全部」
「・・・ああ、そうだな」
風が吹き抜ける。
堅く抱きしめあっている二人の間を、桜の花弁を伴って。
こうして、春は過ぎ行くのだろう。
春が過ぎ、夏が来て、秋に変わり、冬が訪れても。
二人の幸せは、変わらない。揺るがない。
何度も何度も、桜の花びらは咲き誇り、そして散ってゆく。
そうしてまた、新しい芽と共に始まりがやってくる。
そう、それは。
終わりを迎えても、また新たな始まりを告げる――。
「兄さん・・・大好きだよ♪」
D.C.〜ダ・カーポ〜のような、二人の物語。
後書き
製作期間、1年と2週間。
達した話数、55話。
「自由な夢を・・・」、堂々の完結ですっ!!!!(喜)
終わった・・・ついに、という感が強いですね。
まさか私もこんなに掛るとは・・・ええ。1話の後書きを見てもらうと分かりますが、最初は30話前後の予定だったんですよね、これ(汗)
それがいつの間にか、こんな長丁場になってしまって・・・ここまで頑張ってこれたのも、皆様方の温かいご支持があってのものだと痛感しております。
さて!それでは完結恒例(?)の座談会へと移りましょうか。
それではお二人、どうぞ〜♪
由夢(以下、由) 「えっと、こんにちは。朝倉由夢です」
義之(以下、義) 「ども、桜内義之です」
雅輝(以下、雅) 「いやぁ、二人ともよく来てくれましたね。お疲れ様」
由 「本当ですよ、まったく。今頃は兄さんをイチャイチャしている予定だったのに・・・」
雅 「あの〜・・・もしもし?」
義 「ま、まあ気にしないでくれ。それより、今までより長い長編となったわけだが、良く続いたな?」
雅 「(話をそらされているような気がするけど・・・)そうですね。やはり連載するからには、完結しないと意味はないと考えているので」
義 「まあそうだよな。気に入っている漫画とかがいきなり打ち切りになったら、なんか嫌だもんな」
由 「でも、過去の長編に比べて更新速度が落ちているようですが?」
雅 「うぐっ。まあ色々あったんですよ。特に今年度になってからは忙しくて・・・特に学校とバイトが」
義 「言い訳だな」
由 「言い訳ですね」
雅 「返す言葉もありません。・・・でもほらっ、こうして完結まで至ったわけですし!」
義 「まあそれは素直に認めてやるけどな」
由 「でもそれも、読者の皆様に励まされ続けてきた結果でしょう?」
雅 「・・・なんか今日の由夢さん、きつくないですか?(ヒソヒソ)」
義 「しょうがないだろ?今日は元からデートの予定だったのに、お前が急に予定を組むから(ヒソヒソ)」
由 「でも・・・私と兄さんが結ばれたのは嬉しかったですけどね」
義 「由夢・・・」
由 「兄さん・・・」
雅 「だあああぁぁぁぁっ!そういうのは今晩、ベッドの上ででもやってください!(ぇ」
義 「それもそうだな」
由 「ですね」
雅 「ふう・・・。それでは、そろそろ締めに入りましょうか」
義 「ここまで読んでくださった皆様」
由 「最後まで、私と兄さんの物語を見守り続けてくれてありがとうございました♪」
雅 「また次の作品で会えるのを、楽しみにしております〜^^」
由 「兄さん。感想はこちらに、ですよ♪」