ひらり、はらりと・・・。

降り続ける雪のようでもあるし、飛び続ける蛍の光のようでもある――そんな桜の花びらが無数に舞い続けるその場所には、一人の少年が立っていた。

風にそよそよと舞う黒い前髪を鬱陶しそうにかき上げ、ぼんやりとそんな荘厳な風景を眺めている。

『・・・またか』

花びらが落ちすっかり桜色に染まった地面を踏みしめ、彼――桜内義之(さくらい よしゆき)は全てを悟ったかのように、目の前にそびえ立つ桜の巨木へと歩み寄った。

これは、夢だ。

しかし、ただの夢ではない。

この夢は自分の夢ではなく、自分以外の誰かの夢。

それは、義之の――あまり好ましく思っていない――不思議な能力の一つだった。

”他人の夢を見ることができる”

そんな非現実的な能力を、義之は気がつけば手にしていた。

『ホント、勘弁して欲しいぜ』

夢とは、元々見ている本人でさえ意味不明であり、支離滅裂なものが多い。

それを本人とはまったく関係のない義之が見て、面白いと思うはずなどない。

さらに誰の夢を見るのかもまったくのアトランダムで、知人のものもあればまったく知らないサラリーマンやおばあさんのものであったりもする。

しかし――。

「・・・・・・」

今日の夢は、いつもと何かが違っていた。

「何が」とははっきりといえない・・・が、彼はどこか感覚的な部分で妙なズレを感じていた。

今も尚彼が見上げている桜の木は、学校近くの公園にあるこの島で最も大きく綺麗な木。

その桜の木の幹に、そっと自分の手を押し当ててみる。

「・・・あ」

――暖かい。

いや、これは夢なので感覚など当てにならないが・・・義之にはその木の存在がとても暖かく感じられた。

「・・・ん?」

その時、不意に誰かの気配を感じて義之は振り向こうとした。

だが、それと同時に急に世界が白み始めて、強烈な光が彼を襲った。

地面に散りばめられていたはずの花びらが、一斉に舞い上がる。

それでも義之は、必死に目を開けて光の向こうを凝視した。

そして、舞い続ける無数の桜の中・・・微かに捉えた見覚えのあるシルエット。

『あれは――』

しかしそれ以降義之の意識はぷっつりと途切れ、そして違う方向へと急浮上していった。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「自由な夢を・・・」

                      Written by 雅輝





<1>  朝の風景




「――ん・・・――いさん」

「ん・・・・・・」

まどろんだ意識の中、義之の耳に微かな女の子の声が届く。

それでもこの冬という季節、起きるよりまだ布団に包まっていたかった義之は、聞こえなかったフリをして強く布団を引き寄せた。

「――く起きないと、遅刻しちゃいますよっ」

先程よりも、はっきりとした声が耳元をくすぐる。

「ん〜・・・」

それでもまだ義之を覚醒させるにはほど遠い。

彼はさらなる安眠を求めて、先ほどから眩しい瞼の上に腕を置き光をシャットダウンしようとする。

「もうっ、いい加減起きてってばっ!!」

傍で聞こえる声が、段々棘のあるものへと変わっていく。

それと同時にゆさゆさと強く身体を揺さぶられるが、もはや意地となった義之はそれでも目を覚まそうとしなかった。

「・・・ふう、しょうがないなぁ」

諦めの篭ったため息と共に、一気に静まり返る室内。

『おっ?やっと諦めてくれたか・・・』

心の中で安堵の息を吐いた義之は、再度睡魔に身を任そうとした。

しかしその時――。

「はい、兄さん」

義之の耳に、先程より天井に近い位置から声が届く。

「これで起きてくださいね♪」

『・・・えっ?』

その声に悪寒がした義之だが、気付くのが一瞬遅かった。

”ゴスッ!!”

「ぐほっ!!?」

突然の腹部への鈍い衝撃に、眠気など一瞬で吹き飛んだ義之はそのまま身体をくの字にさせて悶絶する。

そしてようやく痛みも引いてきた頃、ガバッと起き上がってその痛みの原因を思いっきり睨みつけた。

「おいっ、由夢!なんつー起こし方しやがるんだ!」

そんな彼の抗議にも涼しい顔をしている少女――朝倉由夢(あさくら ゆめ)は、事も無げに返事を返す。

「や、兄さんが早く起きないのがいけないんだよ」

「うっ・・・」

まったくその通りだった。

しかしそれでも納得いかない義之は、ベッドに落ちている――本来は本棚で埃を被っているであろう存在を拾い上げて反論する。

「だからって、国語辞典はないだろう!?俺を殺す気か!?」

このやり方で起こされるのは今回で二度目だ。

そのやり方とは、まずベッドの近くに学習机の椅子を持ってくる。

そしてその上に辞典を持った由夢が立ち、その手から辞典を義之の腹部目掛けて・・・自由落下。

誤って顔になど落とそうものなら、鼻骨くらいは簡単に砕けるであろう――相当デンジャラスな起こし方だった。

「だって兄さん、いくら起こしても起きなかったんだもん」

「・・・はぁ。・・・わかった。起きなかったのは謝るから、もう二度とこの起こし方は止めてくれ。その内マジで死ぬ」

ため息をつきながらダルそうに起き上がった彼の言葉は、心からの本音だった。

「はいはい。じゃあ早く降りてきてよ?お姉ちゃんが朝ごはん作ってくれてるから」

”パタン”

それをも軽くいなしてさっさと部屋を出て行く由夢。

「・・・」

残された義之はやりきれない敗北感に打ちひしがれながら、着慣れた制服に袖を通すのだった。







「あっ、おはよう弟くん♪」

一階のキッチンまで降りてくると、漂っている美味しそうな匂いが鼻をつく。

その香りと共に、満面の笑みで挨拶をしてくるエプロン姿の女の子。

「おはよ、音姉」

義之が音姉と呼ぶ彼女の名は、朝倉音姫(あさくら おとめ)。

苗字からわかる通り由夢とはれっきとした実の姉妹なのだが、義之とは直接血の繋がりは無い。

それでも彼が”音姉”と呼ぶのは、小さな頃からの知り合いで幼馴染と呼ぶには余りにも身近な存在だからだ。

実際昨年までは一緒に住んでいたし、それからも義之が朝倉家の一軒隣の家――芳乃家に移っただけである。

なので、義之にとって音姫は姉のような存在。

そして由夢は、妹のような存在として日々を過ごしていた。

「うん。丁度朝ごはんが出来たところだから、運ぶの手伝ってね?」

だからこうして朝ごはんを作りに来てくれることは、今でも稀にある。

そして料理の出来ない由夢が、義之を起こす・・・というのが常であった。

「へ〜い・・・あれ?今日は味噌汁は作ってないんだ?」

「う〜ん、それが味噌が切れちゃってたから作れなかったの」

「あ、そういえば買っておくの忘れてたなぁ・・・今日の放課後にでも買って帰るか」

「ね〜、お腹空いた〜〜。ご飯まだ〜〜〜?」

そんな会話をしていると、隣の少し広めに設計された居間のコタツから、何ともかったるそうな間延びした声が聞こえてきた。

その声の発生源である由夢はコタツの中に身体のほとんどを滑り込ませており、まさに手伝う気まったく無し状態である。

「こらっ、由夢ちゃんっ。そうやって待ってばかりいるんじゃなくて、ちょっとは手伝いなさい」

「えぇ〜、かったるいよ〜」

本当に心底かったるそうな声を出して、寝返りをうつ由夢。

そんな妹の姿を見て、姉は深々とため息を吐いた。

「はぁ・・・いったい誰に似たんだろうねぇ」

そう言って、ジト目で義之を覗う音姫。

「いやいや、なんで俺の方を見るんだよ?あいつのめんどくさがりは、完全に純一さんの血だろ」

「・・・まあ確かに、おじいちゃんのめんどくさがりようは半端じゃないんだけどねぇ」

そう漏らしてまたため息を吐く。

どうやらものぐさな妹と祖父を持って、彼女も相当苦労しているらしい。

「それより、さっさと運んじまおうぜ?早く食わないと遅刻するって」

時計を見てみると、そろそろセーフティライン(安全圏)を越えてデッドライン(危険地帯)に突入するところだった。

「わ、本当だ。じゃあ、弟くんはご飯とおかずを運んでね?私はコップと飲み物を用意するから」

「了解」

二人で急いで朝食の用意をする。

そうして準備が整ったところでようやく由夢も身体を起こし、義之の「いただきます」の声と共に一年前までは日常だった朝の風景が始まるのであった。



2話へ続く


後書き

「こんにちは!」の人もいれば「初めまして!」の人もいると思いますが・・・。

どうも〜、管理人の雅輝です。

まだメモオフの連載が終わっていないのですが、思い切って書いちゃいました^^

D.C.Uをクリアーした途端、なぜか創作意欲が湧いてきて・・・。

D.C.の時から書こう書こうとは思っていたのですが、難しそうなのでつい敬遠してました(汗)

内容は、一応は由夢のグッドエンドを目指して書いていくつもりです。

基本はゲームシナリオをなぞって。でも大抵はオリジナルが交ざると思います。

もちろん長編です〜目標は30話くらい?

でもまだもう一本連載しているので、それが完結するまでは週1じゃちょっと無理かも・・・。

でもまあ出来る限り頑張りますので、皆様宜しくお願いしますm(__)m


それでは、次の更新で会いましょう!



2006.7.15  雅輝