WelcometoPiaCarrot 3 〜if:Re〜 

 

 

アイスを食べ終わった昇とナナは、それからしばらく散歩することにした。お互い何気なく手を伸ばし、手をつなごうとするのだが、どちらもそれに過剰に

反応してしまい、結局昇がわざとらしく手を差し出し、ナナがそれをおずおずとつかむことで、何とか解決した。

「あ、あのぅ……」

「な、何かな……」

「……な、何でもないです…」

「そ、そう?」

「きょ、今日は、いいお天気ですね」

「そ、そうだね、いい天気だね」

手をつないでからというもの、2人の会話は交互にこの繰り返しだった。後ろから見守っている明彦もさやかも、このやり取りにはいい加減飽きてきた。

「……まどろっこしいな」

「……今日中に告白するのかどうか、怪しくなってきたわね」

一応会話は拾えている2人だが、今までそれらしい会話になる気配は微塵もなかった。どちらかが切り出せば結局どうでもいい話題で終わってしまうし、同

時に、ということがあろうものなら、譲り合いで会話が途切れてしまう。

「……そういえば、俺たちってあんな感じになったことってないよな…」

「まぁね……付き合いそれなりに長いし、それに冗談ばっかり言ってたから、緊張感なんて意識することなかったもん」

さやかがほんのり思い出に浸りかけていた時、昇たちの会話に変化があった。今まで膠着状態だったナナが、昇に対して初めてまともに話しかけたのだ。

「あ、あの……昇さんって…………」

「ん? な、なんだい? ナナちゃん」

その変化に気付いた明彦とさやかは、2人の会話に耳を澄ませた。距離は約5m。明らかに近づきすぎである。

「その、子どものころ、よくここに遊びに来たりしましたか……? ボートに、乗ったりとか……」

「子どものころ…?そうだな…あんまりよく覚えてないなぁ。ボートは子どもだけじゃ乗れない決まりになってたし。でもさ、大人の目を盗んで、こっそり

乗ったりしてたよ。けどいっつも見つかって、怒られてたな〜」

昇が苦笑いしながら答える。

「私も、大人の目を盗んで、1度だけボートに乗ったことがあるんです……」

「へぇ〜…意外と大胆だったんだね…」

「その時のことです…。私の乗っていたボートが風に流されてしまって……その時、男の子が助けてくれたんです」

ナナの告白を聞いて、昇の顔つきが変わった。

「まさか……じゃ、じゃあ、あのときの女の子って……そんなことがあるんだな」

「じゃあ、やっぱり……?」

「うん……驚いたよ……」

ナナが嬉しそうに昇を見つめる。昇はそっとナナの手を握り締め、

「でもさ、過去はどうあれ…今は今だよ。昔のこととか、そんなこと関係なしにナナちゃんは俺の隣にいてくれてる。それが全てだよ」

「はい……」

ナナが昇のほうに少し身体を寄せた。昇はそれに若干驚いてはいたが、避けたりするようなことはなかった。

 

 

 

第4話 はた迷惑なダブルデート(後編)

 

 

 

「……うまくまとまったみたいだな」

「うん……よかった」

時刻は6時過ぎ。昇とナナはある程度散歩した後、並木道のベンチに腰掛けていた。そしてその後ろの植え込みの茂みに隠れたまま、明彦とさやかはそっと

様子をうかがっていた。ナナは疲れたのか、昇のほうに身体を寄せ、静かに寝息を立てていた。昇はそんなナナを見ながら、彼女の髪を優しく梳いたりして

いる。

「ナナちゃん……君が目を覚ましたら…俺、気持ちを伝えるよ……。Piaキャロットでバイトして、君に会えて……本当によかった」

昇の言葉を聞いた明彦たちは、音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、そのまま寮へと戻っていった。いくらなんでも、告白の言葉を盗み聞きするほど

の野暮はしない。

昇より一足先に寮に戻ると、明彦はジャケットを脱ぎ捨て、ベッドに倒れこんだ。同じようにさやかも、髪を止めていたゴムを解き、明彦の隣に座り込む。

「っつーか……今日はデートしたって気がしないんですけど?」

「ま〜ね……でも、いいじゃない? たまには」

「たまにはって……ま、いいけどさ」

明彦が半ば諦め気味に呟く。すると、さやかが明彦の左腕をこじ開け、強引に腕枕を作り、そこに頭を乗せてきた。柔らかい髪の感触が明彦の腕に広がる。

「いつもそーやって、枕代わりにしてんのか?」

「だってぇ……気持ちいいんだもん。明彦の腕枕」

2人一緒に寝るとき、明彦はいつもクッションを枕代わりにして、さやかに枕を使わせているのだが、朝起きるといつもさやかは腕枕で眠っている。正式に

引っ越しが完了したため、シングルサイズのベッドに枕二つとなった事でクッションはお役御免となるのだが、今後もさやかが明彦の腕を枕にする可能性は

まったくもって否定出来ない。

「気持ちいいのは結構だけどな、痛いんだよ、朝起きたら」

「我慢しなさい。あたしが寝れなくてもいいの?」

「……相変わらず自分勝手だな」

明彦はそう言うと、少し肩を引いて身体を起こした。目にかかりそうな前髪を右手で乱暴に払い、そのままさやかの身体に腕を回し、ゆっくりと引き寄せる。

「あっ……な、なに?」

「俺の腕がさやかの枕になるんなら、さやかは抱き枕になってくれる?」

「なっ…!」

さやかは真っ赤になって明彦の胸をぽかぽかと叩いた。しかし、密着した状態ではろくに力も入らない。明彦はその様子を見ながら、さやかが疲れ始めたと

ころを見計らって、右腕の力を抜いた。

「まぁ、抱き枕ってのは冗談だけど――――」

言いかけたところで、どすっ、と鈍い衝撃が明彦の胸に響いた。さやかが繰り出した手の平、即ち偶然の掌底が見事に入っていたのだ。

「がはっ……」

「はぁ……はぁっ……」

息を荒げたさやかが、相変わらず赤い顔で明彦を睨みつける。明彦が胸をさすりながら壁側に寄りかかると、そこへさらにもう一発入れようとさやかが右手

を振り上げた。

「ま、待った待った! ……話は最後まで……」

「っ……!」

叩かれそうになる一歩手前で、さやかはギリギリ手を止め、ベッドの上に下ろした。それでも、彼女は明彦をじっと睨みつけている。

「だ、抱き枕っつうのは、悪かったよ……いてて」

息も絶え絶えに弁明する明彦。かなりいいところに入ったのだろう。

「悪かったよ……じゃなぁい! 何が抱き枕よ!? 人の事を物みたいに言わないで!」

「だから! 最後まで……話は聞けって」

呼吸を整えつつ、明彦が言う。さやかはひとまず抗議するのを止め、彼の言い分を聞くことにした。だが相変わらず視線は鋭い。

「……抱き枕ってのは冗談だし、確かに悪かったよ…。けど、せめて、こう…こっちは腕を提供してるわけだしさ、何かしら見返りがあってもいいんじゃな

いかな……って、言おうとしたんだよ」

言い分としては、まあ正しいだろう。こちらが提供しているのに、それに対して何かしらのものが無いのは不公平だ、と明彦は言っているのだ。

だが、さやかは何となく納得出来なかった。何かが引っかかっているのだ。それが何かは分からないが……大事なことを見落としているような……そんな気

がしていた。

「〜〜〜〜……じゃあ、何すればいいの?」

釈然としなかったが、一応聞いてみる。明彦はちょっと考えると、

「膝枕とか」

「…………」

さやかは額に手を当てた。どうして男ってヤツは、そんなしょうもないことばかり思いつくのだろう?別に膝枕で苦い思い出とか、そういうものがあるわけ

ではないし、今まで妹のみさき位にしかしたことは無いが……それでも、さやかは抵抗があった。

「どう? 膝枕」

「………………」

明彦の妙に真剣な目。そしてその眼には期待がありありと見て取れる。

(どうしてそんな目ができるのよ……)

と思いつつも、さやかは諦めの溜め息をつき、Mの字に開いていた足を曲げなおして、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「……どうぞ……」

「そんじゃ…失礼しま〜す」

さやかの膝の上に、明彦は仰向けの体勢で頭を乗せた。髪の毛が少し邪魔だったため触れようとすると、さやかの手が明彦の髪をかき上げてくれた。明彦の

手よりもふたまわりほど小さく、それでいて柔らかい彼女の手は、心地良い位にひんやりとしていた。

「あ……明彦の髪、ちょっと硬いね」

かき上げた明彦の髪をゆっくりと梳きながら、さやかが囁く。

「そんなもんだろ、男の髪なんて」

昇たちのデートを見守る――正しくは覗きだが――ために、明彦はブラシもかけていないし整髪料もつけていない。今日に限ってだが、不精もいいところだ。

「ふぁ……」

大きな欠伸。妙な安心感と疲れで、やたら眠くなってきたようだ。夕食までそれほど時間も無いのに。

「……眠いの?」

「あぁ……ちょっと、疲れたのかも」

「起こしてあげるから、しばらく寝てもいいよ?」

さやかがそう言うと、明彦は寝返りを打ち、そのまま彼女の膝の上に頭を乗せて眠ってしまった。さやかは明彦の肩に手を置き、まるで子どもを寝かせつけ

るかのように優しく、リズミカルに叩いていた。

 

 

 

明彦が目を開けると、辺りの景色はモノクロだった。そして、そこは寮の部屋でも東京の自室でも無く、森の中だった。周りには何人も、4歳か5歳くらい

の小さな子どもがいる。その事から、すぐにここが夢の中だとわかった。

『じゃあみんな、つぎはきのぼりね〜!』

すぐ隣から響く子どもの声。明彦はその子を注意しようと思い、口を開いた。

『さんせ〜! じゃあみんな、いくよぉ〜!』

自分の声に驚いた。子どものころの自分の声だ。ちょっと甲高くて、女の子のような自分の声。そして何より、自分の意図した内容ではない言葉。

(木登りなんか危ないから止めよう! 怪我したらどうすんだよ!?)

自分ではそう言ったつもりでも、子どもたちと明彦はどんどん森の奥へ向かって行ってしまう。

やがて先頭を行く子どもは鳥の巣を見つけた。明彦を先導してきたその子は他の子どもたちと一緒に木に登ろうといったが、その子と明彦以外は、全員帰っ

てしまったようだ。

そして、明彦だけが、大きな木の下に立っていた。木登りに行こうと誘った子どもが、明彦の見上げた木の上で野鳥の巣を見ている。

『わぁ〜〜……ことりさん、かわいいなぁ〜〜』

『ねぇ!あぶないからおりてきなよ!』

子どものころの明彦が叫ぶ。もう1人の子どもが何か言ったが、夢を見ているほうの明彦の耳には届かなかった。

そして――――――

 

 

 

「……う…」

明彦がうっすらと目を開けると、そこは自分の部屋だった。机の上に置いてある時計に目をやると、既に午後8時を大きく回っている。

「2時間近くも…寝てたのか……ん?」

ふと、その下のテーブルに目が行った。2人分の夕食はきれいに皿だけが置かれ、いつでも食べ始めることができる状態にされていた。しかも明彦はまださ

やかに膝枕をされたままだ。

「……」

明彦はしばし考えた。俺が2時間も寝ている間に、さやかは夕食を作り――その間俺の頭はどうなっていたのかは知らないが――、その上自分は食事もせず、

嫌がっていた膝枕をわざわざしてくれたのだろうか? それなりにキツイ体勢にも関わらず――――

明彦はそっと起き上がり、壁に寄りかかったまま眠っているさやかの肩を優しく叩いた。

「……ぅん?」

「おはよ」

「……おはよ…って、あれ…あたし、寝てたの…?」

「その通り」

明彦の言葉を聞いて、さやかは慌てて明彦の体を乗り越えて時計を見た。見ると8時21分。夕食時はとうに過ぎている。

「あうぅ……」

落胆し、明彦の足の上にへたり込むさやか。起こしてやるといったのに逆に起こされたばかりか、夕食の時間さえも過ぎてしまうとは、彼女にしてみればか

なりのダメージだったのだろう。

「そんなに気落ちしなくても……今からだって食えるだろ?」

「そうだけど……」

落ち込む彼女の頭を優しくなでてから、明彦はとうに冷えきった麻婆豆腐を口に運んだ。確かに冷めてはいるが、食べられないレベルではない。明彦はレン

ゲで軽くひとすくいし、ベッドの上からこちらを見ているさやかの口元に運んできた。

「ほれ」

差し出された麻婆豆腐を、さやかは小さな口を開けて飲み込んだ。

「……やっぱり冷めてる……」

「でも食える。いいから食べよう。温め直してたら、それこそ夜食の時間帯だ」

「はい……」

冷え切った食事を何とか済ませ、しばしの休憩の後、さやかは露天風呂に行き、明彦は珍しくマジメに夏休みの課題に手をつけていた。物理の問題もある程

度は終わり、数学も8割方終えている。後はせいぜい英語くらいのものだった。しかしその英語の課題というのがまた厄介で、あろうことか古典の文書を一

度現代語訳した上で英語訳しろと言う、かなり狂気じみたものだった。

「……やってられっか!」

『ばん!』と乱暴にシャーペンを床に叩きつけ、明彦はその場に寝転んだ。6年分の英語の知識と古語辞典、英和辞書をもってしても、相当量の課題だ。そ

うやすやすと終わらないこと位はわかっていたが、いざやってみるとまず現代語訳の段階で嫌になる。

「………」

天井を眺めながら、明彦はしばし考え事をする。

ここ最近、どうも昔のことばかり思い出してしまう。林の中で見つけた小鳥に、今日の夢。やはり何かしらの繋がりがあると見て、間違いないだろう。だが、

一体それが何なのかは――明彦には皆目見当もつかなかった。所詮はただの夢。そう割り切ることで、何とか決着をつけようとしたが……

「子どもの頃のこと……か」

もうずっと忘れていたことだ。今更思い出しても、何にもならない。なのに、何かが引っかかる。

「…………くそっ」

苛立たしげに言葉を吐き出す。英語の課題にしても昔の夢にしても、明彦を苛立たせるものばかりだった。

ガチャッ、とドアが開き、さやかが部屋に戻ってきた。髪に残ったわずかな水分を丁寧にタオルで拭きながら、冷蔵庫からウーロン茶を取り出す。

「どーしたの? 難しい顔しちゃって」

コップに注いだウーロン茶を飲みながら、明彦に尋ねる。

「考え事……」

「ふうん……」

しばしの沈黙。そしてその沈黙を破ったのは、明彦のほうだった。

「さやかは……昔のこととか、覚えてるか?5歳か、6歳くらいの頃のこと」

「え?」
突然の質問に少し戸惑いながらも、さやかは少しだけ考えてから

「覚えてたり、覚えてなかったり……かな?断片的に覚えてることはいくつかあるんだけど、はっきり覚えてるっていうのは……ないと思う」

「そっか……」

「どうしたの?」
さやかの問いかけの後、明彦は上半身を起こし、床に叩きつけたシャーペンを拾い上げた。

「夢を見たんだ…昔の」

「うん…」

「多分、実際にあったことなんだと思う。でも俺は、それを覚えてないんだ……どこで、誰がいたのか、何があったのか……まるっきり、思い出せない」

どこか寂しそうに聞こえる明彦の声。そして思いつめたような表情。さやかはそれを見ていると、なぜだか胸がきゅんと痛くなった。彼女はそっと明彦の側

に近付くと、彼を横から優しく抱きしめ、唇を奪った。シャンプーの香りが、明彦の鼻腔をくすぐる。

「ん……」

つっ、と唇を離すと、さやかは明彦の額に自分の額を当てて、

「あたしは、ここにいるよ」

優しい響きだった。たったひと言だというのに、恐ろしく深みのある、そして安心できるひと言。過去など、夢など、もうどうでもよくさせてくれた。

「そうだな……」

髪の毛をくしゃりとかき上げ、明彦は立ち上がった。その表情は、晴れやかとまではいかないが、どこかスッキリしたような感じだった。

過去ではない。さやかの存在は今、この場に確かにあるものだ。それをたった一言で理解させ、いとも容易く明彦を救ってくれる彼女の事を、本当に大切で

得難い存在だと実感する。正直、自分には勿体ないくらいだ。

だからこそ、今夜くらいは自分から腕枕をしてもいいな――――と、思っていた。

 

 

 

                                                               第4話 END

 




あとがき:

全キャラの伏線回収は出来なかったシリーズの中で、唯一まともに仕上げられたのがこのエピソード。
冒頭からの ラブラブっぷりは、当時から私の物語展開の基盤である「一つ屋根の下」スタイルの雛型でした。


管理人の感想

改めて、Piaキャロ3懐かしいなぁと、昇とナナの初々しいところを見ると、ついそんなことを思ってしまいました。
個人的には、ナナルートはあまり好きになれなかったなぁとか。まあそんなことはさておき。

前編はラブラブでしたが、後編は・・・なんというかほのぼの? ふた組とも、微笑ましいカップルっぷりでした。
特に明彦とさやかは、もう新婚夫婦の域に入りつつあると思う。もっとも、まだまだ初心さは残っているようですが。



2010.2.3