if。
それは誰もが一度は思い描く、もしもの世界。
現在(いま)というのは、過去の分岐をいくつも選んできた結果であり。
もしそこで違う選択をしていたとすれば、きっと違う現在(いま)もあったはずである。
これは、そんなifの物語。
もしも、もっと早く自分の想いに気付いていたとすれば。
もしも、もっと自分の気持ちに素直になれていれば。
もしも、友情と愛情の天秤から逃げようとしなければ。
こんな未来も――あったのかもしれない。
D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS 「自由な夢を・・・」 外伝
「美冬の恋心」
Written by 雅輝
<1> 出会ったあの日
私――天枷美冬が初めて彼を知ったのは、風見学園付属に入学してまだ1年目のクリスマスだった。
毎年学園全体で開かれる、2学期終業式後のクリスマスパーティーを、私は友達である由夢ちゃんと一緒にやや高揚した気分で周っていた。
こういう行事は好きな方だし、それこそ文化祭並の出店や出し物があったので、まだ1年生である私にも充分楽しむことができた。
「次はどこに行きましょうか?」
生徒用に配付されたプログラムを開きながら、隣を歩いている由夢ちゃんが問いかけてくる。
彼女とは出席番号の関係で席も前後同士だったため、今では一番の親友となっていた。
もちろんそれだけが理由ではなく、彼女の優しく穏やかな物腰に惹かれたというのが大きな要因なんだけど。
「そうだね・・・あっ、もうすぐでミスコンが始まるけど?」
毎年体育館で行なわれているらしいイベント、ミス風見学園コンテスト。
その名の通り、風見学園で一番人気のある女の子を選定するイベントで、既に50年以上続いていると言われている、伝統的なイベントの一つだ。
「う〜ん。特に他には見たいものもありませんし、そうしましょうか」
「それに・・・」と続けた由夢ちゃんに、私は続きを促すように首を傾げてみせる。
「天枷さんなら、いずれ関係ある行事ですもんね?」
「え?それってどういう・・・」
「ふふ、こっちの話ですよ♪早く行きましょう」
手を握られ、先導されるように体育館に向かう。
ちなみに、この時の由夢ちゃんの台詞の意味は1年後のクリパで知ることになるのだけど、それはまた別の話。
「うわぁ・・・凄い人ですねぇ」
由夢ちゃんが呆然と呟いた言葉のとおり、体育館は既に大勢の生徒でひしめき合っていた。
ざっと辺りを見渡した限りでは、やはりというか男子の比率の方が圧倒的に多い。
ただ私達のように興味本位で来ている様子の女子生徒も何人か覗えるので、比率は7:3から8:2といったところだろうか。
やがて、文芸部の司会により開始宣言が落とされると、館内は怒号のような声に包まれた。
基本的にミス候補が舞台に上がって質問に答えているときなどは静寂。それ以外は常にざわめき声が聞こえる。
そこまではまあ、常識の範囲内だったけど・・・ミス候補も残り2人というところで、突然館内の男子のテンションは跳ね上がった。
「な、なに?」
「・・・あぁ、多分お姉ちゃんが出るんでしょう。後は・・・白河先輩ですかね?」
隣の由夢ちゃんは若干冷めた目で周りを見渡すと、ため息をつきながらも説明してくれる。
その2人の名には、聞き覚えがあった。
「えっと。確か由夢ちゃんのお姉さんは生徒会役員の朝倉音姫先輩で、白河先輩っていうのは付属2年生のアイドルだっけ?」
2人は互いに意味は違うなれど、学園の有名人であることには違いなく。
そんな2人が出てくるのだから、館内のこの雰囲気もある意味当然と言えた。
「ええ。お姉ちゃんが出るのは、非公式新聞部への警戒ってことらしいんですけど・・・ってあれ?」
言葉の途中で突然素っ頓狂な声を上げる由夢ちゃんの視線につられるように、私も舞台の上へと目を向ける。
そこには先ほどまで舞台のミス候補を眩く照らしていたスポットライトの光はなく、顔の見えない司会者が狼狽しているような声だけが聞こえてきた。
――と、その時。
「わーーーーーーっはっはっはぁ!!」
どこか怪しい男の人の声が館内に響き渡り、舞台上にはどこから現れたのか、巨大なクリスマスツリーが立っていた。
そしてそのツリーの頂上。本来なら星が飾られているであろうその部分には、一人の男子生徒が腕組みをして直立している。
「今からこのミスコンは我ら非公式新聞部が組織の一つ、”ノエル”が乗っ取ったぁっ!!」
よく通るマイク越しの声で、その男子が高らかに宣言する。
そして照らされるスポットライト。そこには紛れもなく”実物大の男子生徒”のみで装飾された、巨大ツリーの全貌が浮かび出ていた。
”・・・・・・・・・”
一瞬にして静まり返る観客達。
しかしただ呆気に取られていただけの硬直は、数秒後には「ぎゃーーーっ!」とか「キャーーーッ!」などの怒号に変わる。
「これよぉり!構成員の紹介をしたいと思いまっす」
観客が、続きを見られなくなって残念がっている人や、突然の珍事にテンションが上がっている人に分かれる中、スターの人(仮)がこれまた意味の無い大声でどうでもいいことを主張し始める。
「え〜、まずこの作戦の総指揮を担当したのがこの私、杉並です!」
高らかに両手を挙げるその姿に、悪ノリした半数以上の生徒が拍手や歓声を送った。
「次に実行班代表、板橋渉くん!」
「どもども〜〜っ!!」
ツリーの中心で飾られていた上半身裸の男子が、必死にポーズを作ってアピールする。
そういえば・・・と、私は思い出した。
一つ上の学年に、とんでもないことをしでかす3バカコンビがいると聞いたことがあるのを。
確かあれはHRの時。担任の先生の口から聞いたんだ。
まるでその3人を学園の悪とでもいうかのように「関わると碌なことがないぞ」と注意するその様に、私は少なからず反抗心を持ったのを憶えている。
――たとえどんな生徒だったとしても、仮にも学園の教師たる人が言うべき台詞ではないだろう、と。
その内の二人の名前が、杉並先輩と板橋先輩。
そして確か残りの一人が・・・。
「そしてぇ!作戦指揮補佐兼策略部隊代表、桜内義之くん!」
「・・・はぁぁ」
隣では由夢ちゃんが、額を押さえながら呆れたようにため息を吐いていた。
「えっと、あの人って・・・桜内先輩だよね?由夢ちゃんのお兄さんの」
「・・・はい。恥ずかしながら」
もう一度舞台を見てみる。
紹介と同時にツリーの幹に背を預けながら、苦笑交じりに軽く手を振っている桜内先輩の姿が目に映った。
『ふ〜ん。あの人が・・・』
時折由夢ちゃんの話に出てくる「兄さん」だけに、どんな人なのかと興味は持っていた。
ただタイミングが悪かったのか、結局入学してから今日までは会うこともなく。
遠目だが、初めて見たその顔は「3バカトリオ」と言われるのには相応しくなく、どちらかというと整っていて優しそうな顔立ちだった。
結局数分後、足止めを食らっていたらしい音姫先輩を含めた生徒会が鎮圧に当たったものの、首謀者である3人の姿は既に無かったらしい。
「もう、ホントに兄さんは・・・」
「まあまあ、それなりに盛り上がったんだから別にいいじゃない」
「それはそうですが・・・」
なし崩し的にミスコンが終了した後もブツブツと不満を続ける由夢ちゃんを、私は苦笑と共に宥めていた。
ちなみに私はああいうお祭り騒ぎは嫌いじゃない。むしろ好きな方かも。
やはり折角の「パーティー」なのだから、楽しく盛り上がるのであれば少しくらいは無礼講と見られるべきだというのが本音だ。
・・・まあ、ミスコンを台無しにされ悲愴な表情を浮かべていた手芸部部長には流石に同情するけれど。
「由夢ちゃん」
などと考えていると、突然後ろから声を掛けられ、咄嗟に思考を中断して振り向く。
そこには先ほども舞台の上で見た、微笑を携えた音姫先輩が立っていた。
「あれ?お姉ちゃん。どうしたの?」
「うん、ちょっとね。・・・そっちの子はお友達?」
「あ、はい。前にも何回か話したよね?天枷美冬さん」
「あ、初めまして。天枷です」
女の私から見ても綺麗だと思えるその人に緊張した私は、慌てて会釈する。
「こちらこそ、初めまして。由夢ちゃんの姉の、朝倉音姫です。いつも妹がお世話になってます」
「あ、いえ、こちらこそ」
そんな社交辞令も一段落すると、隣の由夢ちゃんが音姫先輩に尋ねた。
「ところで、お姉ちゃん。何か用事じゃなかったの?」
「あっ、そうそう。由夢ちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」
「どうしたの?」
「ちょっとね。弟くんを捕獲するのに協力して欲しいんだ」
「・・・なるほど。兄さんもホントに懲りないですねぇ」
由夢ちゃんが呆れた様子でそう漏らすと、音姫先輩も同様に無言でため息をついた。
「というわけで、天枷さん。しばらく由夢ちゃんを借りてもいいかな?」
「あ、はい。それじゃあ由夢ちゃん、先に教室に戻ってるね?」
「うん、ごめんなさい。天枷さん」
「ごめんね。また今度三人で美味しいケーキでも食べにいきましょう?」
「はい、楽しみにしています」
笑顔で姉妹と別れ、歩いていく二人の後姿をぼんやりと眺める。
仲睦まじそうに話しながら歩くその姿は、どこからどう見ても仲良し姉妹って感じで。
微笑ましさと同時に、一人っ子の私にとっては・・・ちょっとだけ羨ましい光景だった。
「さてと・・・どうしようかな」
由夢ちゃんもいなくなって今は一人。あの様子だともうしばらく掛かりそうだし、出店を一人で周ってもしょうがない。
教室で待ってるって由夢ちゃんには言ったけど・・・今はクリパの真っ最中。
出し物をしていない私のクラスには、おそらく誰もいないだろう。
「・・・屋上でも行こうかなぁ」
ふと校舎を見上げ、私は呟いた。
もうすぐで日も暮れる。久しぶりに屋上から、夕焼け色に染まる街並みを見るのも悪くない。
そう結論付けた私は、ゆっくりと校舎の階段を上っていくのだった。
「あれ?」
屋上と階段を繋ぐ入り口の、はしごを上った先にあるスペースは、私のお気に入りの場所だった。
フェンス越しに見る街並みも良いのだけれど、何よりもフェンスよりさらに太陽に近い場所から見える初音島の全貌は、圧巻の一言に尽きる。
私が呆けたような声を出してしまったのは、はしごから顔を覗かせたその場所に先客がいたからだ。
「くか〜〜〜〜、くか〜〜〜〜」
豪快にいびきをかいて寝入っているその顔は、どこかで見覚えがある。
っていうか、ついさっき。
「・・・もしかして、由夢ちゃんのお兄さん・・・かな?」
はしごを上りきり、近づいて寝ているその男子生徒に近づいてマジマジとその寝顔を見つめてみる。
遠目だったのでハッキリとは分からなかったが、顔が似ている点と彼が生徒会から逃げている身であるという点から、おそらく桜内先輩だろう。
「んぅ・・・ん・・・」
突然近づいたことによって落とされた私の影に気付いたのだろうか、彼の目蓋はピクピクと動き、次第に開かれていった。
「ん?・・・おぉっ!?」
「きゃっ!」
数秒間固まった後、突然起き上がった桜内先輩にビックリした私は、軽い悲鳴を上げてその場に尻餅をつく。
「え?あっ、ご、ごめん!ってキミは・・・あれ?ここは・・・」
「・・・くすくす」
見るからに狼狽しているその姿に私は忍び笑いを漏らし、彼に助け舟を出すことにした。
「ここは屋上で、私は偶然ここに来た女子生徒です。それと、ビックリしただけなので問題はありませんよ?」
「へ?あ、ああ。なるほど」
人差し指を立てて一つずつ質問を返していく私に、彼は素直に頷いた。
そして、私からも質問を一つ。
「えっと・・・桜内先輩、ですよね?」
「うん?確かにそうだけど・・・何で名前を?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。私は付属の1年2組、天枷美冬です。由夢ちゃんとは親友同士なんですよ」
「へぇ、由夢の・・・。あ、俺は・・・」
「桜内義之先輩、ですよね。由夢ちゃんから色々話は伺ってますよ♪」
「い、色々?」
「はい♪色々です」
「それって・・・いや、やぶ蛇になりそうだしやめとくよ。えっと、天枷さん?」
「美冬でいいですよ?」
「じゃあ、美冬・・・ちゃん。これからも宜しくね」
穏やかな笑みを浮かべて、彼が右手を差し出す。
その手の意図に気付いた私は、当然のように満面の笑みで握り返した。
「はい。こちらこそ、宜しくお願いしますね。お兄さん」
「お、お兄さん!?」
はっ、しまった。いつも由夢ちゃんの話をする時は、桜内先輩のことをお兄さんと呼んでいたのでついそう呼んでしまった。
ん〜、でも今から変えるのも変だし・・・本人が嫌がらないのであれば。
「由夢ちゃんのお兄さんですからそう呼んでみたんですけど・・・やっぱりダメですか?」
「え、いや、ダメじゃないけど・・・・・・まあいっか。とにかく宜しく」
「はい♪お兄さん」
もう一度堅く、握手を交わす。
――夕陽を背負って優しく微笑むその顔は、何となくだけど・・・とてもかっこよく感じたのは秘密だった。
2話へ続く
後書き
ということで160000HIT記念リクエスト作品、「美冬の恋心」です。
しかも今回は連載。まさか自分でもこうなるとは思わなかった^^;
今回のリクエストは「美冬でハッピーエンド」だったのですが、本編では違う役割のため、その話を書くには1話じゃ足りないだろうと。
私としても彼女の話はしっかりと書きたいですしねぇ。とは言っても、中編どまりだと思いますけどね。
とりあえず本編「自由な夢を・・・」との並行執筆なので、これからはどちらも隔週になります〜。
さて、今回はその導入ということで、義之と美冬の出会いのシーンを。
本編では1年後のクリパで初の自己紹介。となっておりますが、この話はあくまでも「if」ですので、微妙にストーリーも異なります。
当然、結末はリクエスト通りに。由夢のエンド以外は見たくない!という方はご遠慮を^^;
ちなみに、美冬のプロフィールを製作しようかどうか検討中。見たい人は挙手!(笑)
それでは、これで失礼します〜^^