”チュンチュン・・・”
「ん・・・」
カーテンから微かに漏れた眩しい朝の光に、私は覚醒の時を向かえた。
まだ鳴っていない目覚まし時計を止めて、ぼんやりとした意識の中、重ねた毛布を剥ぎ起き上がる。
さすがにベッドから出ると少し肌寒い・・・しかしその寒さで意識も徐々にはっきりとしてきた。
パジャマの上にカーディガンを一枚羽織って、二階の自室から階下に下りる。
当然誰も居るはずのないリビング。
空気が痛いほど冷たいので、まず最初にストーブをつけてから朝食とお弁当の準備に取り掛かる。
とは言っても、朝食は食パンを焼くだけなので、後はそれに備え付ける紅茶の準備だけをすればいい。
だから、この時間はお弁当作りの方がメインとなる。
「・・・まだ少し早いですかね」
リビングに掛かっている壁時計・・・まだ家を出るまで1時間近くある。
私はこんがり焼きあがったバタートーストと、淹れたてのダージリンを手にリビングに戻った。
適当にテレビのニュースを見ながら、ゆっくりと朝食を取る。
やがて消化し終えると、洗顔を済ませ、再度自室に戻る。
そして鏡のハンガーに掛かっているその服を見て、私はぼんやりと呟いた。
「もう・・・あれから四ヶ月が経つんですね」
あの日・・・新学期にこの鏡の前で決意してから、もう4ヶ月以上の時が過ぎていた。
誰とも接しないと、心に仮面を付けたあの日から・・・。
しかし今、私は同じ鏡の前であの頃とはまったく違う気持ちで立っている。
絶望と自戒・・・そして、期待と充足。
「・・・そろそろ行かないと」
待ち合わせの時間にはまだ少し余裕があるけど、でもあの人はいつも待っててくれているから丁度いいかもしれない。
私は思わずにやけてしまう顔を鏡に映しながら、ハンガーに掛かっていたその服――澄空高校の制服に袖を通した。
Memories Off SS
「心の仮面」
Written by 雅輝
<30> 心からの笑顔
「んっ・・・はぁ」
綺麗に晴れた冬空に手を伸ばし、俺は欠伸交じりに大きく伸びをした。
久しぶりの学校なので、正直まだ眠い。
しかし寒さという点では、今日は陽が出ているので1月という時期にしては比較的暖かかった。
そして今は、澄空駅の改札前にある柱にもたれ掛かり、ある人を待っているところだ。
「もう・・・あれから二ヶ月か・・・」
冬の空にポツリと呟いて、俺は”あの時”を思い出すように目を閉じる。
――詩音の旅立ちを引き止めたあの日。
お互いの温もりを逃さぬように抱きしめあっていた俺たちは、詩音のポケットから鳴った携帯電話の音で弾かれたように離れた。
慌てて詩音が赤い顔のまま電話に出てみると、それは詩音の親父さんからの電話で・・・。
「・・・私、置いていかれちゃった」
そう言っていきなり抱きついてきた時はかなり焦ったけど、後から話を聞くに、どうやらその時既に親父さんは空港でチェックインを済ませた後だったらしい。
高名な考古学者の前に、一人の父親。
娘の気持ちくらい、お見通しだったというわけだ。
さらに言うと、詩音が危惧していたことも問題はない様子。
なんでも、向こう――フィンランドには同じ研究チームで働く婚約者がいて、親父さんの世話もその人が行なってくれるという。
一段落着いた頃、詩音はその事について酷く憤慨していたが・・・数日後に掛かってきた国際電話でその話にもケリが着いたようだ。
「私を今まで男手一つで育ててくれた父には、幸せになる権利がありますから・・・」
そう言っていた彼女だが、その顔はやはり複雑そうだった。
それからの詩音は、そのまま澄空高校に通いつつ元居た家に一人暮らし。
学校でも徐々にではあるが笑顔を見せ始め、だいぶ堅さも無くなってきている。
しかし丁寧な口調はもはや癖になっているようで、直す気もあまり無いらしい。
それでもやはり特別に仲が良いのは、唯笑や音羽さん、まあ一応信もだろうか。
恋人である俺の友人なのだから、当然なのかもしれないが・・・。
「ん・・・そろそろか」
手首の腕時計に視線を落とすと、待ち合わせの10分前。
几帳面な彼女のことだから、そろそろ来てもおかしくないだろう。
まだ授業が始まるまで実に1時間以上もある”早朝”と呼べる時間帯だが、図書委員の仕事のため早く行く詩音に合わせて、いつからか俺も早起きが習慣になった。
昔の俺から見れば信じられないだろうが、今ではもう目覚ましの力を借りずとも起きる事ができるのだから不思議なものだ。
「ホント、自分でもびっくりだよな・・・」
「何がです?」
「おわっ!?」
不意に零れた独り言に反応があったので、俺は思わず驚き後ろを振り返る。
「おはようございます、智也さん」
そこには、朝の日差しに負けないくらい晴れやかな笑顔を浮かべた彼女の姿。
「お、おはよう」
「待たせてしまいましたか?」
「いや、今来たところだよ」
と、何とも恋人らしい会話を交わしつつ、俺たちは並んで歩き始める。
互いの指を、しっかりと絡ませながら・・・。
「それで、何のことだったんですか?」
「え?」
「先程の、自分でもってやつですよ」
「ああ。こうしてこの俺が朝早くに起きられるようになったことだよ」
「そういえば智也さんは朝が苦手でしたよね?」
「昔は苦手なんてものじゃなかったぞ?それこそ誰かが起こしに来なければ、一日中寝ていられる自信があったな」
その誰かは、唯笑だったり、母親だったり・・・彩花だったり様々だったが、やはり一番起こし方がきつかったのは彩花だったな。
一度なかなか起きなくて腹にエルボーをくらったことがあったけど、あれはマジで死ぬかと思った。
「・・・」
「ん?どうしたんだ?詩音」
視線を感じ横を見てみると、詩音が俺の事をじっと見つめていた。
「智也さん・・・」
フッと手から温もりが消えたと思うと、真剣な表情をした彼女が俺の少し前で振り返っていた。
「今、彩花さんの事を考えていましたね?」
「・・・」
詩音のその言葉に何も言えないでいると、再度彼女が口を開く。
その表情は・・・微笑。
「でも、悲しそうではなかった」
「詩音・・・」
「乗り越えることができたって・・・信じていいんですよね?」
トンと、胸に軽い衝撃。
額を俺の胸に預けるように目を閉じた詩音を、俺はぎゅっと抱きしめる。
「当然だ。・・・前にも言っただろ?彩花の代わりなんかじゃなく、そのまんまの詩音が好きなんだって」
「・・・はい」
「確かに、彩花のことは忘れることはできない。でも、縛られるのは違う。そう教えてくれたのは、他でもない詩音じゃないか」
今思えば、俺も彼女と同じ様に心に仮面を着けていたのかもしれない。
心――彩花を喪った、悲しい記憶に。
でも俺たちは、互いに互いの心の仮面に気付き、そして脱がせた。
だから、今の俺たちがある。
「・・・すみません。突然変なことを言ってしまって」
「いや・・・でも不安だったら遠慮なく言って欲しい。詩音は俺の・・・」
そこまで言って、その続きを口にするのが恥ずかしくなった俺は、つい無言になってしまう。
「俺の・・・なんですか?」
しかし詩音が珍しく追求してくる。
・・・何か目が輝いているのは俺の気のせいか?
「はぁ・・・。だから、詩音は俺の――――なんだからな」
観念することにした俺だが、さすがに大声では言えないので彼女の耳に口を寄せて言った。
「・・・ふふ」
俺の言葉に詩音は頬を赤らめると、嬉しそうに笑みを零す。
そして――
「ありがとう・・・智也」
心からの笑顔と共に、唇に触れる暖かい感触。
「・・・え?」
「・・・それでは、先に行きますね」
赤らんだ頬を更に染め、早足で学校へと続く坂道を登る詩音。
俺はその背中を、呆然とした気持ちで見つめていた。
「・・・まいったな」
不意打ちにも程がある。
突然のキスも、初めて呼んでくれた名前も・・・。
「・・・行くか」
もう絶対に手放さない。
坂の頂上で大きく手を振っている彼女の元へと、俺は決意新たに走り始めた。
後書き
終わった・・・。
連載開始からほぼ半年・・・ようやく「心の仮面」完結しました!!(爆)
何か肩の荷が下りた感じですね。開放感つーか・・・。
で、出来栄えですが、まあ全体的に見て自分にしてはよくやった方かと。
でも更新スピードは、同じ30話なのにPiaキャロの方が早かったorz
ま、まあ気にせず、早速最終話特別企画行きましょ〜♪
智也(以下 智)「どうも、三上智也です」
詩音(以下 詩)「双海詩音です」
雅輝(以下 雅)「よく来たね、お二人さん。長い間お疲れ様」
智「おう、そっちこそ」
詩「お疲れ様でした」
雅「巡り巡ってやっとハッピーエンドで終わりましたが、二人の感想はどうでした?」
智「まあ雅輝にしては頑張ったんじゃないか?」
詩「そうですね・・・しいて言わせて貰いますと、文章構成力をもうちょっと高めた方がいいですね。後、もう少しオリジナリティを出しつつ、ゲーム本編をなぞっていくといいでしょう。さらに、全体的に行き当たりばったりな感がありましたね。そこをどうにかしないと――――」
雅「し、詩音さん?」
智「お、おい、詩音?」
詩「あら、どうしました?お二人とも」
智「・・・」
雅『キャラ変わってる?いや、もともと読書家ではあるけども』
智「ま、まあもうこれくらいでいいんじゃないか?」
雅「そ、そうですね(汗)」
詩「まだ話し足りないのですけど・・・」
雅「それでは(←無視)、今まで読んでくださった皆様、感想を書いてくださった皆様、応援してくださった皆様・・・」
智・詩・雅「本当にありがとうございました!!」
詩「智也さん、感想はこちらに書いてくださると管理人さんが喜ぶらしいですよ」