―It’s a Sword of Starlights―
「ひゃあああああああああっ!!!」
奇声と共に鉄パイプを振り上げる男。その所作はどこからどう見ても素人のそれであり、また効率性などを一切無視した、ただ叩きつけるだけの一撃。
しかしレオンは鉄パイプが振り下ろされるよりも早く、一瞬にして間合いを詰め。
繰り出すは閃光のような左。迅雷の如き高速で放たれた一撃は正確に顎を打ち抜き、わずかそれだけで相手の動きを封じる。
かくん、と落ちる膝。しかしまだ意識を刈り取るほどのものではない。無論レオンもそれは十分に承知している。
「かっ、かかかあ」
憐れな声。脳との繋がりを辛うじて保ちつつ、しかし身体を動かすには至らない。それでもなお戦意を維持できているというのは、なんという頑丈さ。
「――――」
稲妻が真横に走り抜ける。刈り取れなかった意識を確実に撃ち貫く右脚は、雷神の一突き。男は悶絶する事さえもなくその場に倒れ伏し、
「ふっ――――」
雷神は油断さえ見せず、すぐさま後ろ向きに裏拳を叩き込む。ナイフを構えた男は側頭部を弾き飛ばされ、そのまま3m近く吹き飛んだ。
「うわっ、いたそー」
「痛くない打撃が戦いの中にあるのか? お前だって投げ飛ばしていただろう」
視線を合わせずに呟くレオン。しかしロウとの距離は50cmも離れていない。
驚いたことに。この2人は店を出て、ほんの数歩だけ歩いてから戦闘を開始しそして――――全くと言っていいほどその場から動かず敵を叩きのめし、
なおかつ後ろ向きに裏拳を打つなどという暴挙を行っていたのだ。
言うまでもないことだが、それは単に相手を信頼しているからなどという生易しい表現では済まされない。両者の呼吸・動作・そして相手の動きすらも
完全に看破し、また思い通りに操る事さえ可能とするような読み……否、もはや予知と言っても差し支えのないような行為を実行するなど、無謀ですらある。
「さて……と。話を聞けるかな?」
「多分無理だろう。薬物の類かも知れんが、どう見ても正気とは思えなかった。それに」
ジャリッと舗装された道路を踏みしめる足音。
それも1人や2人ではない。目前の道を塞ぐのは、その20倍はおろうかという狂気の小隊。
「これはまた、随分と団体さんでいらっしゃいましたね」
「……こんな街中でも接客業か。悪いが、全員にサービスしてやる余裕はないぞ」
歩を進める。
腰から得物を抜き、必要な武装を取り付けるロウと。
以前見せたように、ゆっくりと短槍を構えるレオン。
2対40という、数の上では圧倒敵意不利な戦はここに開戦を迎える。
数において勝る相手に武器を持って立ち向かうという図式は確かに道理である。
しかし、厳密に言うならばレオンとロウが選んだ武器は間違っている。
そもそも短槍も旋棍(トンファー)も、一対多を想定した武器ではなくむしろ一対一に置いてこそその真価を発揮する武器であり、このような乱戦とも言える
戦場で用いるなど、武芸を修める者ならば選ぶはずがない。
だがしかし。
その認識こそが、そもそもの間違いである。
「ぐひゃあぁっ!?」
風を薙ぐ鋼鉄の旋風(つむじ)。その挙動は単発に止まらず、背後から振り下ろされる凶器を続け様に打ち払う。
その様は正しく風神。一度廻れば向かい来るもの全てを打ち滅ぼし、蹂躙し尽くす破壊の暴君。
「ぐへぇっ!!!」
射抜くは雷光。しかしそれは単一の方向のみならず、十字に広がり群がる標的を悉(ことごと)く貫く。
その姿は正しく雷神。先の先を取り、相手に挙動すら見せず、打たれたと悟らせることなく意識を奪い去る閃光の支配者。
今宵、この街に群がる狂人は全て。
降りしきる雨を物ともせぬ、2人の戦神によって打ち破られる運命(さだめ)と知る。
第六話 雨山の夜
02.月下の魔女
「さて……あらかた、片付いたかな?」
雨に濡れた黒髪を乱雑にかき上げ、ロウ・ラ・ガディスはトリガーを外し獲物を仕舞う。息を切らせることもなくわずか数分の間に40人もの軍勢を
屠った後とはとても思えぬ軽やかさ。そしてそれは相棒であるレオンも同様。
「そのようだな。しかし……」
言いかけた瞬間、唐突に閃光が駆け抜ける。狙いは大幅に逸れたが、その閃光はレオンもロウも良く知る光。
「ロウ!!」
「分かって……くそっ!!」
再度降り注ぐ明確な殺意を持つ死の閃き。狙いこそ付けられていないが、この光は紛れもなくブラスターライフルではなく、ビームライフルによるもの。
しかもその出力は尋常ではない。降りしきる雨による威力の減衰を物ともせず駆けるこの光は、十分すぎるほどの殺傷力を保持しており、一撃で相手を
再起不能に出来るだろう。
2人は咄嗟に建物の裏に回り込み、死閃から逃れる。だがそれでも砲火は止まず、数秒おきにこちらがいた路地だけを狙い、出鱈目に撃ってくる。
「こっちがどこにいようが、お構いなしか……!」
「どういう目的かは知らないけれど、敵さんは間違いなく僕らを殺そうとしてるね……どうする、レオン?」
答えるまでもない。
相手がどうあれ、今回の失踪事件に関わっていることは想像に難くない。そしてその調査に乗り出した人間を拉致しようとし、それに失敗した以上
こちらは既に障害でしかない。ならば、生かしておく必要などどこにもない。
「――――突破する。そして」
「相手を逮捕し、被害者たちを救出する。だろ?」
フッと笑みを浮かべるロウ。レオンはその問いかけを首肯し、合図とともに遮蔽物から飛び出す。
同時、閃光がまたも駆け抜ける。2人は散開し極力狙いを散らしながら閃光の射手を目指して走る。
だがそこへ、再び狂える雑兵がどこからともなく現れ、群を成す。そしてその兵を意にも介さず放たれる死閃。
それは正しく、戦場の光景。
たった2輌の戦車へと突撃してくる1000の歩兵と、遠方より放たれる蹂躙の大砲。兵たちはその砲火に焼かれることも厭わず、ただ敵を倒すためだけに殺到する。
その行為に後悔はない。後悔など、思うことさえない。
この軍勢に意思はなく、ただ目的のみがひた走るだけの存在。1000の命は1の目的のために、ただ群がるのみ。
閃光。しかし意にも介さず。
数十の犠牲を顧みる事もなく。
その愚かしい姿に、2輌の戦車は静かに怒りを滾らせていた。
「巫山戯てる……こんな事!!」
ロウは眼前に見える山を見上げて吐き捨てる。その言葉、声には明確な怒りの温度。
閃光、ビームの出所は既に分かっている。あれだけ何度も撃たれれば発射位置の特定など造作もない。
マエラテルム・マウディニティ特別指定自然公園。
公園とは名ばかりで、実際は山全体を指し示す環境保全地域。自然の保全を国是としているマエラテルムにはこうした特別地域がいくつも設けられており、
マウディニティもその指定を受けている。本来ならば国からの正式な許可を得ていなければ立ち入ることの出来ない聖域。
そこに今、敵がいる。それが分かっているというのに、敵の策の前に動けないという歯痒さ。
怒りと悔しさがふつふつと込み上げて来る。知らず力が入る攻撃の手。
犠牲の上に成功を作る。それは戦争であれば仕方のない事。
綺麗事を言うつもりはない。敵の戦術は至極真っ当で、基本に忠実だ。
だが、それでも。
この状況は――――心の奥に仕舞い込んだはずの、あの日を思い出す。
「ロウ」
「!?」
咄嗟に掛けられたレオンの声に意識を引き戻され、思わず振り返る。だがレオンはきわめて冷静にロウへと襲い掛かる凶兵を打ちのめし、
「ここは俺が片付ける。お前はビームライフルを潰してくれ」
到底1人では成し得そうもないことを、平然と口にした。
「そんな……いくらキミでも、これだけの数を」
「心配するな。俺を信じろ」
言葉を遮る強い声、そしてその瞳に宿るのは。
かつてのレオン・ウィルグリッドからは信じられないような、友を想う信頼の感情。
「……分かった。でも、キミも無理はしないようにね」
「当然だ――――俺を、誰だと思ってる」
十を超える武勲を持ち。
真期1000年代初の、ヴァルバングの担い手。
大英雄ゼン・セイバーと同じフォームを操るチーム随一の騎士。
その実力をその眼で見ることが叶わぬのは、些か残念でもある。
だが、友の想いをその背に受けて。
ロウは己に許される最高速度で、聳(そび)え立つ眼前の山を目指す。
降り止まぬ雨を掻い潜り、死の閃光を回避しながらロウはようやく山の麓にあるゲートに辿り着いた。ゲートといっても大掛かりなものではなく、どこにでも
ある金網フェンスで作られた安っぽい通用口のようなものだ。
所要時間、実に8分。敵の攻撃を避け、また戦闘を可能な限り回避しながらという過酷な条件下でよくもまあこれだけの短時間で来れたものだ、と
感心しながらゲートに手を掛ける。
トラップの類はない。開けた途端に爆発するような仕掛けも考えていたが、ゲートは驚くほどすんなりと開いた。
鬱蒼と生い茂る木々。そこは環境保全地域の名に相応しく、原生の姿を保っている。しかし雨の影響もあってか動物の姿はない。
「……ビームが、止んでる……?」
頂上を見上げるが、断続的に放たれていたビームはロウがゲートを開けるのとほぼ同時に停止していた。レオンが仕留められたとは思えないロウには、あの砲火が
自分たちをこちら側に誘き寄せるための手段だったのだと察し……わずかに感情が昂る。
即ち、それは。
自分たちがこの山に侵入するという選択をしなければ、あの路地のみならずマウディニティそのものを砲撃対象にしていたという事であるからだ。
「っ!!」
ガツッ、と樹を殴りつける。
何の罪もない人々を。
無差別に、ただこちらを誘うためだけという目的の為に。
そしてその為ならば数多の犠牲さえ厭わずに。
怒りが込み上げる。普段の彼からは想像もつかないような、憤怒の情。
その起因は、彼の過去。
ただ1人の老人を除いて、誰も知ることのない悲劇に端を発する。
「……落ち着け、今は……そんなこと考えてる時じゃない」
声に出して己に言い聞かせる。そう、今は余計なことを考えている場合ではない。
過去は過去、現状とは全く別の事情。
雨脚は徐々に控えめになり、空を覆っていた黒雲も通り過ぎようとしている。
雲間より出で、天に浮かぶは双子月。
月光は緩く穏やかな光をもって地上を照らし。
木々の向こうに、その存在を浮かび上がらせる。
「――――ぁ、あ……」
言葉が出ない。
視界に映る者は幻ではないのか。
何故、今、この場所で、この感情で。
「久し振りね……ロウ」
揺れる宵闇色の髪。淡い緋色の瞳。
脳裏に焼きついた姿よりも、いくらか成長した美しくも妖しいその姿。
「会いたかった……貴方に、ずっと」
「イ、スカ……どうして……キミが」
震える声。それを受けて冷たく笑う魔性の女。
「今は名前を変えているのね。誇り高いアルディスタスの名前はどうしたの? ロウ・ラグ・アーディス……アルディスタスの長の血脈が泣くわよ?」
「……っ」
歯噛みするロウ。
名前を変えたのは至極単純。
「ずっと貴方を探していた。……私の時間は残り少ないから、せめてその前に」
雨に濡れた地面を踏みしめ、ゆっくりと距離を詰めるイスカ。
だがロウは、彼女から逃れることが出来ない。
何故ならば。
「貴方の命の輝きを、私にちょうだい」
名を変えたのは、この女性――――イスカ・プワ・アウルから逃れる為に他ならなかったから。
それが叶えられない今、ロウに退路はない。
イスカの右手が上がる。そこに握られていたのは紛れもない必殺の武器・ゼンセイバー。
鮮烈な紫の光刃は、出来の悪いスローモーションのようにゆっくりと振り下ろされた。