遠い遠い、遥かな世界の果て。

水の中に森があり、森の中に機械と人が住まう。

その世界は、幾万の銀河よりなお遠き、夢のかけらの更に果て。

 

辺境惑星・ゼンポゥラ。

 

 火星ほどの大きさを持ちながら、人口はわずか2億人程度。

この星の黎明期には争うものも数多くいたが、今は11の国が手を取り合い、平和な日々を謳歌している。

だが、いつの時代も、どんな場所でも、争いを求めるのは人の性なのか。

それとも、争ってでも己が理想を手にしようと願うのが、人の業か。

戦いの連鎖を断つ剣を、人はいつになったら得られるのだろうか。

 

 

 

 

 『大国』ブリュンテルファ所有・『エッダ』内『ケルタ』観測所――――。

「どういうことだ!? 一体何時からだ!!」

 観測所所長エドワード・レインバックは、観測所内に響き渡るほどの大声を張り上げた。昨晩妻ともめた事が尾を引いていたせいもあってか、その声は必要以上に乱暴な響きであった。

「エマージェンシーは7分前! 目標はケルタ周回軌道の外に、突然出現しました!」

「突然だと……? なにを馬鹿な!! これだけの大きさのものを、探知できなかったというのか!?」

「申し訳ありません、ですが――――」

「観測衛星のいくつかは、目標を完全に消失して――――」

「連絡をしてきたのは、民間人が最初で――――」

喧騒と怒号が飛び交う。その理由は、突如周回軌道付近に出現した大型宇宙船をめぐってのものである。

 その大きさは、一般の客船級のものではない。そして随所に見られる砲塔、ミサイルおよびレーザー発射口などの装備は明らかに軍事目的で建造された超大型戦艦であり、大きさにして3000メートルに届こうかというほどである。

 だが、ゼンポゥラの全ての国は、こういった大型宇宙船の開発は行っていない。ましてや軍艦など、なにをいわんやである。

だが、そのナンセンスとすら言える物体をレーダーで捕捉しているのも事実。

「ええい、言い訳は後で書類にでもしろ! それで、目標に動きは!?」

「現在、沈黙を守っています……いえ、それどころかこちらに対して、何のアプローチもありません!」

「こちらからの通信には!?」

「光通信から旧世代的なものまで、ゼンポゥラの世界中の観測所の手を借りて通信しましたが、一切の応答はありません!」

だんっ! とデスクを叩き、エドワードはモニターに移る巨大戦艦を睨みつけた。

「アンノウン……文字通り、正体不明か……っ!」

 

 その日、直ちに臨時国際代表会談がブリュンテルファにて招集され、仮称『アンノウン』に対する首脳会談が行われた。一部の代表は直ちに撃墜すべきだという意見を出したが、現在のゼンポゥラのどこを探しても、対巨大宇宙戦艦を想定した兵器は封印されている。

 かつての悲劇を二度と繰り返さぬために、千年以上前にそれらの兵器は永久に廃棄したためだ。

 だがその間も、『アンノウン』は周回軌道付近に静止したまま攻撃はおろか、何の行動も起こすことはなかった。首脳陣はその報告を聞き、

「――――では、目標『アンノウン』を重要観察対象と認定し、また直ちに各国からの派遣員を募ることにする。以上で宜しいかな?」

 首脳会議議長である、『首国』アルカニスタの代表カリウス・テムジンが議決を発表すると、攻撃を提案していたブリュンテルファの代表らも、渋々ではあったが納得した様子で返事をした。

 

――――――時は真期1065年、橙の月27日のことであった。

 

 

 

 

真期1065年、桃の月15日。

 

「――――――――」

浅く息を吸い、緩やかに吐く。十二分に酸素を体内に取り込み、自身の力へと変換する。

右手に握るのは無骨な、しかし異様なまでに細く削られた木剣。左手は流れる風に向けられ、両足は草を噛み締める。

 時刻は午前6時すぎ。月――――エッダは朧な影を残し、太陽がわずかに顔を覗かせる春の朝。

「はっ――――――――!!」

閉じていた目蓋が開かれ、青い瞳が先を見据える。

音もなく振り抜かれる木剣の速さは、並みの剣士では見切ることも敵わぬほど。

瞳に捕らえたのは一瞬。目標はそよぐ風に靡く、一片の紙。

紙は揺れず、剣は止まる。

自身の巻き起こした旋風に、自身の髪が鋭く揺れる。

「………………」

たなびく髪が動きを止め、その隙間から覗く、射抜くような眼光。

揺れる紙片はかすかに揺らぎ、はらり、と2枚に分かれ――――1枚は吊り下げられたまま。落ち行く1枚は6枚にも分かれて、地に落ちた。

「………………よしっ!」

 漏れた喚起の声は少女のもの。そのことに驚く者は、この村には誰一人としていない。

 喜びに跳ねる飴色の髪。あどけない青い瞳。整った目鼻立ち。まだまだ成長途中の体躯。

 誰が信じるというのか。

空中に吊るした紙を木剣で、まるで真剣で斬ったかのような切断面を与え、6分割したのが、こともあろうに年端も行かぬ少女とは。

だが、眼前の事実は覆しようも無い。

剣を握るのは間違いなく少女である。

彼女の名はリディア・ハーケン。

剣の神に愛された紛れもなき天才であり、そして――――

「リディア! 剣士ごっこもいい加減にして、早くご飯の仕度手伝ってー!!」

「はぁーい!」

温かな家庭に恵まれた、幸せな13歳の少女である。

 

 

 リディア・ハーケンの住む村ヒューリアは、ゼンポゥラの4大陸のひとつ、エルモンデア大陸の西に位置する小国・ベレメリィアにある小さな村だ。

人口は200に満たず、わずかばかりの機械と農耕によって日々の暮らしを維持している、どちらかといえば貧しい村である。

だが、暖かな気候と、そこに住む同じくらい暖かな人々の暮らしは、そんな貧しさなど微塵も感じさせない。

「いただきまーっす!」

「いただきます」

リディアがこの村に生を受けたのは、14年前の桃の月。ゼンポゥラの双子月、エッダとケルタが330日に一度の満月の日のことだった。

兄・ロベルトは妹の誕生を心から喜び、2人目の子は女の子が良いと願っていた両親も、リディアの誕生を祝福した。

そして、エッダとケルタが満ちた日、そして最も月が高い時間帯に生まれた子は、やがて大きな偉業を成し得るだろうというベレメリィアの伝承も手伝ってか、リディアの誕生は村の話題になった。

生まれた瞬間から多くの人に愛されてきたリディアが、ゆがんだ性格になることはなかった。人々は時に優しく、時に厳しく。

リディアはそうして、強く優しい少女へと成長した。

 

 そんなリディアに剣の才能があることが分かったのは、父・アランのおかげだった。

 皆に愛されて育ったものの、リディアには期待されたほど多くの才能はなかったのだ。

 母・アリシアの料理を手伝おうとしてその日のシチューを炭化させたり、洗濯物を洗おうと洗濯機を動かそうとして爆発させたり、ロベルトやほかの年上たちから勉強を習えば2分で深い眠りに落ちたりと。

 そこで、ためしにアランは剣を教えてみることにしたのだ。

 アランはかつてベレメリィアの王都で、王宮所属の剣士をしていたことがあった。だが事故により右腕の腱を痛め、これまでのように剣を振れなくなった為、アリシアとともに田舎で暮らすことにした。

 しかし、どこかで燻っていた剣への思いがあったのも事実。ならばわが子のどちらかにそれを伝えておきたいと思うのもまた、かつて剣に生きたものの想いだった。

 最初の1ヶ月は、アランの錆びついた技量でもリディアを圧倒していた。だが一月を過ぎると、リディアの剣腕はみるみるうちに上達し、力ではなく技術で、アランに肉薄するほどとなった。

 夏を終え、秋を越し、冬を迎える頃には、わずか7歳でありながら元王宮剣士であるアランを打ち負かすほどの腕前にまで成長したリディアは、一月に一度、アランとともにベレメリィアの王都・タンティスまで足を運び、大の大人に混じって剣を振っていた。

 

 

「ごちそうさまでした……っと!」

言いながら椅子から飛び降り、食器をてきぱきと片付けると、リディアは立てかけておいた木剣とショルダーバッグを引っつかんで外に飛び出した。

「リディア!」

 声を荒げるロベルト。その声に驚いて、くるりと向き直るリディア。

「な、なぁに? お兄ちゃん……」

「…………気をつけるんだぞ」

「? うん……」

小首をかしげ、ゆっくりと外に向かって歩きながら、ちらりと兄を盗み見る妹。そしてその様子をほほえましそうに見る両親と祖父。

「じゃあ、行ってきます!」

ぴっ、とぎこちない敬礼をしてリディアが挨拶をすると、家族全員がリディアの真似をして敬礼する。

それを見届けてから、リディアは学校に向かうのが日課だった。

「しかし…………。たかが学校の卒業式に行くだけで気をつけろとは、ロベルトは相変わらずリディアが心配なんだな」

「当然だよ。アイツ、剣以外はからっきしだし、勉強だって……」

「国土開発局員に言われても、説得力ないわねぇ」

「じゃが、ぶっちゃけリディアは莫迦じゃからのぅ」

ずずずず……と食後の紅茶を飲みながらハーケン家の団欒は続く。

 ロベルトはタンティスの行政区にある、国土開発局に昨年から勤め始めたばかりだが、彼の勤勉な態度と成績は正しく評価され、今は若干19歳という若さながら、地方開発部門の第4主任を任されている。

 ベレメリィアをはじめ、ゼンポゥラのおおよそ全ての国は、無闇やたらな国土開発を行わない。あくまで自然と調和しつつ、人々の暮らしを支える程度に機械を導入するというのが、このゼンポゥラが真期と呼ばれる暦になってからの、1000年の掟であった。

「莫迦というわけじゃないんだよ、父さん。ただ、少し要領が悪いだけさ」

「ふむ……。そういうところは、きっと婆さんに似たんじゃな。あやつも要領の悪いやつじゃったからのう」

 アランの父――――リディアの祖父ゲインは、かつては『大国』ブリュンテルファで法務省に勤めていた過去を持つ。そしてその妻ロベリアは、ゲインの言うとおりどこか要領の悪い女性であった。

 さらに、リディアの飴色の髪と青い瞳は両親から受け継いだものではなく、祖母であるロベリアから受け継いだものだ。同じ遺伝子を受け継いだロベルトの髪は、祖父や父と同じく黒。瞳の色は母と同じ鳶色である。

「だから僕と並んでも、一緒に勉強していても、兄妹に見られないんだよ、リディアは」

「でもいいじゃない。母さんはリディアの髪も目も、大好きよ? ロベルトは嫌い?」

「好きとか嫌いとか、そういう話じゃなくて……」

もにょもにょと言葉尻を濁すロベルトを、アランもアリシアも、ゲインも微笑ましそうに見つめる。

なんだかんだ言って、この家族の中で一番リディアのことを心配しているのはロベルトであることを、当のリディア以外はちゃんと知っているのだった。

 

 

「はっ、はっ、はっ――――――はぁっ」

 走り続けて乱れた呼吸を整えるため大きくため息をつき、リディアは深い深呼吸をし、森の空気を身体にしみ込ませる。

 家から3キロ以上はなれた、国道から少し外れた土地にある森――――通称『風の森』。

 そこは、リディアにとって大切な場所である。

「おはよう、みんな」

 ざわざわと木々が揺らめく。まるでリディアの声に反応し、森の全てが挨拶をするように。と同時に、リディアの足元の草むらを白い小さな影が走り抜け、あっという間に彼女の左肩にまで駆け上った。

「きゅーっ!」

「ルゥ、おはよう!」

 頬と頬をすり合わせ、2人――――もとい、1人と1匹の挨拶が交わされる。

 ルゥと呼ばれたのはこの森をはじめとした、広く、風を孕む森に住むといわれている小型の白狐、フィリヨンの子供であった。

 3ヶ月ほど前に親を亡くし、生まれたばかりのルゥを拾ったのがきっかけで、2人は友達になったのだ。最初はリディアも家で飼おうかとも思っていたが、フィリヨンは、生後4ヶ月は生まれた森で過ごすという話を祖父から聞かされ、学校の行き帰りや休日など、時間を見ては会いに来ていた。

 幸い、子供のフィリヨンの主食は肉類ではなく、その森に植生する木の実や木の根、そして小型の昆虫ということだったので、実際にリディアが食事の面倒を見たのは最初の2週間程度だった。

 しかし、それだけの期間世話をし続ければ、まだ幼いルゥがリディアに懐くのは当然の事だと言えた。何とか独力で餌を取れるようになっても、ルゥはリディアにべったりになってしまったのである。

 そのせいもあってか、森の中ではルゥは仲間たちと一緒にいることがあまり無い。それは4ヶ月を迎えようとしている今も、変わらず。

「もうすぐ4ヶ月だねー、ルゥ」

「きゅぅ」

木漏れ日の下で、リディアは天然の絨毯の上に寝そべり、そのリディアの胸の上にルゥはちょこんと座っている。

「そしたらさ……そしたら、あたしと一緒に住む?」

「きゅうっ」

ととっ、とリディアの体を駆け上り、ルゥの短く小さな舌がリディアの頬をなめる。その行為にどんな意味があったのかは、彼女達にしか分からない。

「うん。じゃあ……帰りにまたくるねっ」

全身のばねを使って、腕を使わずに跳ね起きる。ルゥはすばやくリディアの頭の上に上り、そこから木を使って地面に降りた。

「それじゃ、いってきまーすっ」

放り投げていたバッグと木剣を回収し、風のような速さで森を駆け抜けていくリディア。その後姿を見送った後いつものねぐらに帰るのが、ルゥの日課だった。

 

 

 ベレメリィアの学制は他国と同じくミドルスクールまでの8年間は義務教育である。そこからさらにハイスクールに進学し、より上位職を目指すものもいれば、カレッジにまで進む者もいる。

 しかし、基本的にミドルスクールを卒業すれば、国家の要職、つまりキャリア級でなければ大抵の仕事には就く事ができるのだ。

 その制度のおかげも手伝って、リディアはそれほど成績は良くないものの、無事に学生を卒業できた――――わけなのだが。

「こんなちびっ子に、しかも女に、お前ら好き勝手やられてたってのか? アァ!?」

 ガラの悪い男の声に同級生――卒業したため、正確には同級生だった――の少年たちがビクッと震える。

「おいおいケン、かわいそーだって。んな脅かしちゃあよぉ?」

「そーそー。俺ら健全で優良な不良なんだからサ」

 『優良』な『不良』という時点ですでに間違っているが、大柄な少年たちはそれを気に留めることも無くゲラゲラと笑っている。

 退屈な卒業式とホームルームは2時間ほどで終わり、リディアはカフェテリアでの最後の食事として、一番高いベーコンレタスホットサンドと、絶品といわれているカフェラテを楽しんでいたのだ。

 そこへ、以前リディアが叩きのめしてしまった、校内でも数少ない不良グループのリーダー、アルフレッドが彼女を人気の無くなった校舎の屋上に呼び出した。

 まあ、俗に言うお礼参りというところである。曲がりなりにも学校で幅を利かせていた連中のトップとして、ただの女子にコテンパンに叩きのめされたなどという過去は、なんとしても払拭したいのが、リーダーとして、何より男としての意地であろう。

「そんで? このちっこいお嬢ちゃんをどーすりゃいいわけ? 俺らはさぁ」

「バァカ、んなモン決まってんだろ?」

 ガラの悪い年上3人は上から下まで舐めるようにリディアを観察する。

 細い体に感じる異性の芳醇な香り。まだ未成熟で成長途中ではあるが、リディアの整った顔、容姿は彼らの情欲をかき立てた。

「とりあえず、この木刀はもらっとくぜ。おチビちゃん」

 先程ケンと呼ばれていた少年が、バッグに差し込んでいたリディアの木剣を奪い取り、それを放り投げた。

 その時。

「あのぅ……」

青い瞳がケンを射抜き、瞬間的に少年は動きが取れなくなった。そして――――

ドダアァアァァァン!!!

 180センチ近い少年は一瞬のうちに間合いに入られたかと思うと、152センチの少女が放った、十分にひねりを利かせた右の掌打で顎を突き上げられ、そのまま投げ飛ばされ見事に空中で一回転し、止めとばかりに固い地面へ叩きつけられた。

 対剣格闘術。

剣を奪われた際に対人用に培われていた技術であり、使いようによっては無手の相手であっても十二分にその威力を発揮する。

 リディアが行ったのは、強いて言うならば合気に近い。わずかばかりの殺意を持って睨みつける事で相手の『威』を殺し、体を硬直させ、そこに呼吸を合わせる。

 だが、それを知っているだけでは相手を投げるには至らない。リディアは7年にわたる訓練と実践の中でその技をモノにしたのだ。

「さっきから聞いてれば、チビチビって……。言っておくけど、これでも150は超えてるんだからねっ!」

「な……はぁ……!?」

 その時、不良グループ一同は心の中で

――――いや、突っ込むのはそこじゃねーだろ――――

 と突っ込んでいた。

「それで、なに? 結局あなた達はなにがしたいわけ?」

「お、おま、この現状見てわかんねぇのかよ!?」

アルフレッドが狼狽しながら怒鳴り散らす。リディアは少し考え、相手の人数を数えた。

9対1、ね。まったく……大の男が女の子相手にこんな数そろえるなんて、恥ずかしいとか思わないの? あたしだったら絶対やらないよ?」

「う、うう、うるせぇ!! こっちは大勢の前で面子潰されたんだ!! どんな手ぇ使ってでも――――」

「っていうか、あなた誰?」

その一言はアルフレッドの心を完膚なきまでに串刺しにし、粉砕した。

「あ、あれだけ、やっておいて……おぼえて……ないって……?」

「悪いけど、名前までは。でも、クラスの女の子をいじめてたから、思いっきり木剣でぶっ飛ばしたのはちゃんと覚えてるけどね」

 ちなみにアルフレッドはその一撃で肋骨を二本砕かれ、左腕も骨折している。当然過剰なまでの制裁であったため、リディアも一週間の謹慎を命じられていたが。

「あれで懲りたと思ったのに、まだやるの? もうやめようよ」

 本当に困ったように告げるリディア。しかしアルフレッドも、ここまで言われてはもう引っ込みがつかない。

 というか、先輩3人に声をかけて、このままおめおめと引き下がったりしたら……その後、先輩たちに全殺しにされかねない。

 かたや先輩2人も、仲間1人を失神させられて黙って引き下がれるほど人間が出来ているはずもない。理由は至極単純。彼らが『不良』だからだ。

「悪ぃけどさ、ここまでやっちまった以上引けねぇんだよ!!」

 先手必勝の言葉を胸に、アルフレッドが突進する。その勇気に呼応するように、元同級生たちも彼の後に続く。

「もう、仕方ないなぁ……」

 すっ、とリディアは左半身を前に出し、左手を軽く握りながら地面と水平に構え、右手を胸元に引き寄せる。

 その構えこそ、対剣格闘術の基本形。

左で捌き、十分に捻りを加えた右で打突を入れ、ひるんだ隙に両手と足捌きを使い、呼吸を合わせ投げる。アルフレッドは自分が投げられた、と感じる前に頭部を強く打ち付け、あっさりと意識を失い始める。

(ああ、クソッ……なんであんなに……綺麗に踊ってんだよ……)

そう。リディアの動きは、まるで舞曲の様に軽やかに、美しく――――向かって来る仲間をいなし、捌き、倒し続ける。

霞んでいく意識の中、アルフレッドはそんなことを考えていた。

 

 

 そうして、数分も経たないうちに喧嘩は終息し、残る不良は助っ人の年長者、ジョリー・フェデック1人だけとなった。

「ははっ……すげえな、おちびちゃん……」

「だからチビじゃないです。ちゃんと、リディアっていう名前があるんだから」

気絶している不良たちの間を通り抜け、自分のバッグと投げ捨てられた木剣を回収するリディア。それを2、3度振ると、静かに構えてジョリーを見据えた。

「おいおい、何も持っていない相手に武器向けんのかい? そいつはちょっと卑怯だろ?」

冷笑。だがそれを受けてもなお、リディアは剣を納めない。

「卑怯なのはどっちですか? 自分だけ逃げ回って、仲間や後輩を見捨てて……おまけに、そんな物騒なモノまで隠し持っているのに、そんなことがよく言えますね」

 その言葉に、ジョリーの笑みは歪にゆがんだ。

「なんだよ。気付いてたのか?」

 言葉と同時に背後からエモノを抜き放つ。それを握るジョリーの顔は、勝利と、圧倒的有利を掴んで変形していた。

 スタン・ガン。接触式でも有線式でもなく、実際に電気を弾丸として発射し、相手の意識を奪う非殺傷携行武器である。

 しかし、本来は護身用の携帯装備として開発されたものも、『武器』である以上相手を死に至らしめる力を秘めていることは否定できない。実際、ある程度高電圧に調整されたスタン・ガンで急所――――心臓付近、あるいは頭部を打たれた場合、命の保障は出来ないのだ。

「形勢逆転ってワケだ。こいつはちょっと改造してあってな、連射も出来るし電圧も電流もいじってある。オマエがどんなに速く走ろうが、コイツにはかなわねぇだろ?」

 両者の距離はおおよそ8メートル。たとえどんなに踏み込んでも、常人ならば2秒近くはかかる距離である。

 その時点で勝敗は決する。ジョリーは2秒あれば連射時の反動を考慮しても、引き金を2度は引くことが出来る。

「じゃあ、やってみます?」

 バッグをそのまま肩にかけ、リディアは剣を背負い、構えなおす。

 彼女の持つ木剣は細く造られているとはいえ、木刀とは違い反りがない。すなわち、一撃必殺の威力を込めた腰からの抜刀術には、到底不向きである。

故に、最速は振り下ろし。自身の体重を上乗せした一撃のみが必勝へと繋がるのだ。

「――――ふっ!!」

ダンッ、と構えから1秒も待たずに少女は風になる。

 一足で3メートル弱。だが肩にかけた荷物が邪魔をしたのか、わずかに遅い。目標であるジョリーに達するには、後2歩。1秒以上を要する。

「莫迦がっ!!」

 スタン・ガンが電光を撃ち出す。射角は申し分ない。空気中の電導速度。それを考慮しても、おそらくコンマ数秒とかからず電撃は少女の体を撃ち抜くだろう。

 その電圧、実に40万ボルト。さらに電流も変更されているため、通常の5倍以上の効果が予測される一撃。

 急所に命中すれば、気絶だけでは済まされない――――!

 

だが。

その電撃は少女の体を撃ち抜くことなく、彼女の荷物に命中した。

「なっ!?」

消失する少女の姿。コンマ数秒に満たぬ刹那の時間で、彼女は自分の荷物という負荷を利用して、回避と移動を同時に行ったのだ。

驚嘆と同時にジョリーはリディアを目で追う、その瞬間。

「てやあぁぁあぁっ!!」

裂帛の掛け声は空中から。視線は少女を捕らえる。

同時、振り下ろされる木剣。その一撃はまさしく稲妻のごとく走り、衝撃の凄まじさにその命を散らしながらジョリーの左肩・鎖骨を破壊した。

「が――――――――あぁっ!?」

 激痛。言葉にならない絶叫。だが、完全に意識を断つには至らない。右手――――スタン・ガンはまだ握っている。しかし。

 折れ、砕けた木剣の柄を握り締めたリディアは、着地と同時にその柄をジョリーの鳩尾へと突き立てた。

「ぐぶぅ……っ!!」

呼吸が止まる。視界が霞む。暗幕が下り、意識が閉(ころ)される。

「……救急車は呼んであげます。これに懲りたら不良なんてやめて、ちゃんとした仕事についてくださいね」

 揺らぐ視界で、ジョリーが最後に見たのは……儚げで悲しげな目をした、だがどこまでも凛々しい少女だった。

 

 

『またかね? リディア・ハーケン君』

「うっ……ゴメンナサイ」

 立体映像(ホログラフィ)の老医師、トーマス・ロックフォードはため息混じりにリディアを睨みつけ、当のリディアは映像のトーマスに正座常態で平謝りをしていた。

 携帯電話に搭載された機能の一つが、この立体映像投射システムである。実際に相手の姿を前にして話すのだから、視覚と聴覚においては、おおよそ全ての情報をリアルタイムで確認することが出来る優れものだ。

『他の連中はともかく、このスタン・ガン男は早いとこ病院に搬送したとこがいいな。鎖骨のほうも心配だが、オマエさんの打突をもろに鳩尾に喰らったんなら、横隔膜がイッとるかもしれん』

「すみません……つい、調子に乗っちゃって……」

『調子に乗って人殺しにでもなる気かね? ……だがまぁ、そいつらにとっては少しは薬になるか。何せこんな可愛いお嬢さんに、完膚なきまでにしてやられたんだからのう』

 ほっほっ、と好々爺じみた笑いをするトーマス。

 リディアとトーマスは、もうかれこれ6年以上の付き合いになる。リディアが王都の王宮剣士たちと鍛錬し、怪我をするたびにトーマスの世話になっていたからだ。

 すでに第一線を退いて10年近くになるトーマスだが、彼の腕はまさしく名医と呼ぶに相応しい。事実、ベレメリィアの高名な医師の4割は、トーマスが教えたようなものである。

「それで先生、救急車のほうは……」

 おずおずと尋ねるリディア。トーマスはそれを見ながら微笑み、

『心配せずともちゃんと呼んでおる。それに、最後に君が叩きのめしたスタン・ガン男だが、どうやら警察から謝礼のひとつも出るかも知れんぞ? なんせその男、傷害と殺人未遂で指名手配されていたからのう』

 トーマスの言葉で、リディアの視線はジョリーと、彼の持っていたスタン・ガンに向く。

「あの人……何をしたんですか?」

『1ヶ月以上前にな。些細な喧嘩だったが、その改造スタン・ガンを使ったらしい。結果4人が入院。1人は2日前にようやく意識を取り戻した。しかし、まだ半身麻痺の状態が続いている』

「…………」

 リディアはジョリーのスタン・ガンを拾い上げた。大した重さもなく、引き金一つで人の命さえ奪うにしては、あまりに小さい。

『因果応報ということだ。彼はこれから数年は普通の生活には戻れんよ』

「そうですね……」

 地べたに置いていた携帯電話を拾い上げ、立体映像のサイズを絞ってトーマスの大きさを変える。そして通話ボタンに指を添えて、リディアはトーマスに話しかけた。

「先生。あたしも今日、この人と同じようにたくさんの人を傷つけました。これから先、あたしが進もうとしてる道は……もっとたくさんの人を傷つけることになります」

『ああ、知っているよ。だが君は知っていながら選んだのだろう?』

「はい。あたしは、あたしの道を迷いません」

 その言葉に嘘はない。先に待つものがどれほど苦しい道であっても、リディアは迷わないと、そう決めていたのだから。

 リディアが歩もうとしている道。それは、この星においてもっとも名誉ある騎士の道。

 

 

 

 

――――序章:リディア・ハーケン  完