Memories Base 5th Anniversary
BGM Parallel World Story
七月二十八日、日曜日。
陽乃海市天桜町に建つマンションの一つである、グランレジデンス天桜の五〇一号。各階において『一号』を与えられた家は超高級と位置付けられており、
一般的な分譲マンションの中でもトップクラスの価格を誇る。そしてその五〇一号――――今村家の一室では、ある秘め事が行われようとしていた。
「サエちゃん、これくらいでいい?」
「ええ。もうちょっと角度を変えて……これで、いけると思います」
ベッドに座ったまま寄り添い合う二人の少女。向かって左側の長い黒髪の少女・今村冴霞は左頬を、そして右側の太陽を思わせる肩よりも長い、赤みがか
った茶髪の少女・南條くららは右頬を、互いにぴったりとくっつけ合い、その後ろでは左手と右手を指を絡める指繋ぎで握り合って視線を正面に向けている。
「では、謙悟くんっ」
「約束通り、二人同時にね♪」
正面に座っているのは、細身ながらもがっしりとした体格の、やや短い黒髪の少年・新崎謙悟。どこか困ったような表情を浮かべながらも、持ち前の精悍
さは崩れることなく、その視線は二人の少女から外されることは無い。謙悟は二人の空いているそれぞれの手を優しく掴み、彼女たちがしているように指を
絡め合う。
「結構難しいと思うけど、触るだけならなんとかなるか……」
ずいっ、と膝を使って前に移動する。三人の吐息が掛かるほどの近距離で、全員がゆっくりと目を閉じる。
夏休みに入って初めての日曜日。今年になって出会った三人が、始める迎える夏。
そして、三人で交際して間もなく二カ月を迎える彼らが、ようやく迎えた初めての触れ合い。
「ん……」
「ふぁっ……」
甘い声を響かせて、三秒ほど触れ合っただけの口唇が離れる。謙悟の口唇は冴霞とくらら、両方の口唇に間違いなく触れ合い、そして冴霞とくららもまた、
謙悟からもらった熱と感覚を共有するように軽く口唇を合わせて離れた。
「ぁ……ん、おしまい?」
「はい。これで……」
「三人同時のファーストキス、ってわけだな」
手を繋いだまま笑顔を分かち合う。すぐに離す事は出来るが、それをするような野暮は誰もしない。互いの手に込める力は少し強め、その手に感じる自分
以外の二人の体温と鼓動を感じながら、冴霞とくららの頬が距離を置く。
「じゃあ、私はもう一回して欲しいとリクエストしてみますっ。謙悟くんと、くららちゃんで一回ずつですね」
「欲張りなリクエストもあったもんですね……くららは?」
「あたしも、もう一回……ううん。何回でもしたいよ」
一番欲張りな要求をするくららは自分の言葉に照れているのか、その頬にはほんのりと朱が差している。しかし冴霞もそんなくららの申し出を断る事はせ
ずに、謙悟と目配せして彼を促す。
「じゃあ、冴霞よりもっと欲張りなくららから、な」
「う、うん…………ちゅ」
わずかに口唇を開き、そこに謙悟を迎え入れる。ただ触れ合うよりも深く密着し、熱を帯びた吐息を交わし合う。より深い交合を求めるにはまだどちらも
経験が浅く、くららも謙悟もどこか遠慮があった。それを隣で見ていた冴霞は、二人の距離が離れると。
「くららちゃん」
「ふぇ……んっ――――!?」
熱の冷めないくららに不意打ちのキスを見舞う。あまりに唐突な事態にくららは目を見開き、しかし触れ合っている感触の先にいるのは誰よりも信頼して
いる冴霞である以上、抵抗する意思はあってもそれを行使するには至らない。繋いだ手もくららを安心させるように何度も宥めるように握ってきており、そ
れに応えるようにくららも冴霞の手を握り返し、もう一方の謙悟の手も同じように握る。
「んっ、ちゅ……ふふっ、くららちゃんは緊張し過ぎですね♪」
「サエちゃ、がぁ……えんりょ、しなさすぎだもん……」
力が抜けたくららの手を合図に、三人の手が離れる。冴霞とくららはそのまま謙悟の胸に頭を預け、謙悟もそんな二人の髪を優しく撫でた。
「あっ……謙悟くん……」
「えへへ、おでこに……」
二人の額に口付けた謙悟が、軽く息を吐いて笑顔を向ける。それだけで冴霞もくららも幸せになれる。
「何だか二人とも、甘えん坊な子猫みたいだな」
「子猫っていうには、サエちゃんはちょっと背が高いけどね」
「そういうくららちゃんは、子猫らしくないくらいに立派じゃないですか?」
シャツの上から冴霞がくららの豊かな胸に触れる。くららはそれをくすぐったそうにしながらも抵抗せず、お返しとばかりに冴霞の弱点の一つである首に
手を回し、冴霞自身の髪を使ってくすぐる。そんな美少女二人のじゃれ合いを眼下に見ていた謙悟だが、不意に腹が「ぐうぅ」と悲鳴を上げた。
「あっ……謙悟くん、お腹空いちゃったの?」
「そういえば、そろそろお昼時ですね。何か作りましょうか?」
「……ごめん、空気読めなくて」
苦笑いする謙悟だが、それを許すと言わんばかりに冴霞とくららの口唇が同じタイミングで謙悟の両頬に触れる。そして――――
「「えいっ!!」」
二人同時に体重を掛けて謙悟を押し倒す。立っていれば二人分の体重を受け止めることも出来る謙悟だが、流石に座ったままの体勢ではそれは無理がある。
いとも容易く仰向けにされた謙悟は二人を両腕に抱いた格好になり、腕立ちで起き上がる彼女たちから見下ろされる。
「何か適当に見繕って、用意してきます」
「二人で美味しいもの、作ってあげるからね」
ちゅ、ちゅ、と二人からキスをもらい、出て行く二人を見送って、謙悟はベッドに寝転んだまま天井を見上げた。マンションの一室にしては高い天井と、
丸型のオーソドックスな照明。そしてその視界を遮るように現れたのは、黒と白の体毛を有する本物の猫。
「なぁお」
「……よう、シルビア」
冴霞の飼い猫であり、バーマンと言う種類の雌猫・シルビア(四歳)。名前を呼んでくれたのが嬉しいのか、ごろごろと謙悟の腕にじゃれついた後はその
まま謙悟の胸に陣取り、彼の顔を見つめている。
「暑いって……お前、毛深いんだから」
「〜〜(ごろごろ)」
謙悟には特に馴れているシルビアは言葉も無視して甘えてくる。元々動物好きな謙悟はそれを払い除ける事もせず適度に相手をし、キッチンから聞こえて
くる二人の声に意識を傾けながら、ゆっくりと目蓋を閉じた。
「まったく……とんでもないファーストキスだ」
思い出し笑いを浮かべてしまう。付き合い始めて約二カ月、二人で遊ぶこともあれば三人で遊ぶこともあった。そんな中でキスをするような流れになった
事は一度も無く、一学期の終業式後に待ち合わせをした際に「そろそろキスくらいしよう」という意見が三人同時に上がり、集まりやすい冴霞の家を場所に
選んでの決行が今日に至るまでの流れだった。冴霞の両親は数日留守にするらしく、またその留守番に対して先払いの『置き土産』も用意されていた。午後
はその打ち合わせと買い物に出る予定が待っており、ゆっくり出来るのはこの数時間くらいだろう。
だが、全ての時間が貴く、全ての時間が愛おしい。今までこんなにもそう感じた事は無かった。それは謙悟だけではなく冴霞も、くららも、同じ気持ちだ。
三人で付き合う。
一人の男の子と二人の女の子。既に写真スタジオでだけの疑似ではあるが、結婚式まで迎えた三人は互いを尊重し合い、そして深く愛し合っている。常識
ではありえない関係だが、そのくびきも三人の間では意味を成さない。その為の時間はこれまで既に過ごしてきたし、引き返すつもりは毛頭無い。
夢のような未来を夢で終わらせない。それを叶える為の一歩である、最初の夏が――――恋人たちの夏が始まる。
Boy & Girls Memories
Sweet Summer Vacation !! 〜Seaside Honeymoon〜
薬味たっぷりの大盛りそうめんを食した三人は食器の片付けを済ませ、リビングで一休みしていた。両隣りに冴霞とくららを迎え、そして膝の上に堂々と
陣取るシルビアという大人気ぶりを遺憾なく発揮している謙悟だが、シルビアの妹分であり冴霞の母・今村悠香の飼い猫であるフレデリカ(三歳)は冴霞の
横でどことなく不機嫌そうに視線を逸らしている。シルビアとは対照的なその性格は自分が認めた相手にしか心を許さないらしく、今村家でもフレデリカに
懐かれているのは悠香と冴霞だけで、冴霞の父・今村稔臣には全く懐いていないという。
「それじゃ、そろそろ腹も落ち着いたし……出掛けますか? お二人さん」
「え〜……まだ外暑いよぉ。もうちょっと涼しくなってからにしようよ〜っ」
謙悟の右隣に座っているくららが不満の声を上げながら上目遣いに見上げてくる。一歳年上とは思えない可愛らしいお願いに謙悟の心も傾きそうになるが、
それを諌めたのは謙悟の左隣に座っている冴霞だ。
「そうしたいのは山々ですけど、予定している日までもう何日も無いんですから。それに、暑くなるのはこれからの方が厳しいんですよ? だったら、せめ
て少しでも涼しい内に買い物に行きましょう?」
「うぅ……そうだね〜」
しみじみと溜め息を吐くくらら。そんな彼女を宥めるように、フレデリカが一度ソファーを下りてから、ぴょんとくららの膝に飛び乗る。冴霞の親友であ
りパートナーでもあるくららにはフレデリカも心を許しているようで、むしろ謙悟だけが理由もなく嫌われている。
「俺、フレデリカに何かしたっけ?」
「特に何もしてないと思うけど……ふーちゃん、なんでキミは謙悟くんが嫌いなのかにゃ?」
フレデリカの前足を持ち上げ、くららが首を傾げるとフレデリカもそれを真似るように首を傾げる。その光景を見ながら、冴霞は謙悟の膝上に乗っている
シルビアの顎をごろごろと撫でつつ口を開く。
「きっと、自分が認めている相手と仲良くしているのが気に入らないんじゃないですか? それか、その逆とか」
「ふーちゃんも謙悟くんの事が好きだけど、あたし達が周りにいるから嫉妬してるってこと?」
くららがそう言うと、フレデリカはぷいっと顔を逸らしてしまった。よもや猫に人の言葉とその意味を理解出来るとは考え難いが、あまりにも見事なリア
クションに三人とも思わず納得してしまい、謙悟は困ったように苦笑いを浮かべる。
「フレデリカの事は取り敢えず終わりにして、行くなら早く支度しよう。シルビアも悪いけど、退いてくれるか?」
「みゃぁ」
返事をするように一声上げて、シルビアは謙悟の膝から飛び降りる。そのままフレデリカと合流し、二匹は寝室に使用している悠香と稔臣の夫婦部屋に立
ち去った。それを見送った三人は同時に立ち上がり、しかし片時も離れまいとする冴霞とくららはソファーに座っていた時と同様に謙悟の腕にしがみつき、
謙悟も抵抗なくそれを受け入れる。
「さすがに、街中だとこれは出来ませんから」
「今のうちに、謙悟くんを補充しちゃうね♪」
「お好きにどうぞ。俺も、二人分もらってるからな」
付き合い始めた頃からは想像もつかない余裕ある態度の謙悟だが、本来の性格は親友である高平継との間に交わすような、時には冗談を交えた話し方もす
るし、時折ではあるが意地悪もするような取っ付きやすい少年だ。冴霞もくららもこの二カ月でその事を十分過ぎるほど理解し、彼が以前は「不良」とさえ
称されていた事など、今では到底信じられない。
しかし、そんな謙悟の一面も含めて冴霞もくららも彼に恋している。かつては周りの評価や容姿によって周囲から距離を置かれていた三人は、互いに惹か
れ合い、今こうして側にいる。その関係が例え多くの人から理解されないものであったとしても、微塵の後悔も無い。
陽乃海市の中心である天崎(あまみさき)町にやって来た三人が向かったのは、デパート内の女性水着専門店だった。しかし謙悟は肝心の店内に入る事を
冴霞とくららに禁じられ、その理由を問いたところ――――
「「本番までのお楽しみにしておいて下さい♪」」
と二人口を揃えて言われてしまい、仕方なくぶらぶらと歩き回り、適当に部屋着に使える程度の安服を見繕って購入した。三人で付き合うようになってか
らは何かと物入りになる事も多く、謙悟は一学期の期末テスト以降はアルバイトに精を出し、かなりの額を財布の中に満たしている。実はそのせいもあって
三人揃ってのファーストキス作戦(命名:くらら)は少々遅れてしまい、ようやく今日になって作戦決行と相成ったのだった。
「ん? ……っと」
ズボンのポケットからバイブレーションで着信を伝える折り畳み式の携帯電話を取り出し、画面にくららの名前を見てから電話に出る。
「もしもし、どうした?」
『謙悟くん、今どこ? お買い物終わったよー?』
「今は……男物の階だな」
冴霞とくららがいる女性服フロアは三階であり、今謙悟がいる男性服フロアは二つ上の五階になる。携帯の通話を続けながら、謙悟は早歩きでエスカレー
ターに向かうとすぐにその旨を伝えて、二人の元を目指した。
時間にして一時間半程度。女性の買い物が長いという事は知っていたが、水着一着選ぶだけでこうも時間がかかるものかと感心してしまう。だがそれも、
二人の愛しい恋人の水着姿が拝めるというのならば何の不満も出ない。
「――――あっ、謙悟くん!!」
「お帰り〜。何買ってきたの?」
それぞれに店のロゴが入った紙袋を抱えた冴霞とくららが笑顔で迎えてくれる。すると周囲の女性客と共にいる男性客からは、途端に不満めいた視線と気
配が発せられてきた。失礼な話ではあるが、どうやら自分のパートナーよりも二人の事が気になっていたらしい。
しかしそれも、無理もないと言えばその通りだ。冴霞もくららも掛け値なしの美少女である事は謙悟自身も自覚しており、彼女たちもお互いにそれを認め
合っている。公の場では二人と同時に手を繋ぐ事も叶わないが、最愛の二人が周囲からも認められているというのは、密かな優越感でもあった。
「適当に着替えの服を選んだだけだ。海辺らしいし、結構長い間使ってないんだろ? 汚れが酷いと思って」
「そうですね。父の話だと、一年以上放置されていたそうです。業者の方が設備は入れてくれたそうなので、普通の掃除くらいはしていると思いますよ」
「でも、いくら払い下げで格安だからって、別荘買っちゃうなんて……やっぱりサエちゃんのお父さんって凄いよね」
くららがしみじみと呟き、謙悟も思わず頷いてしまう。当の冴霞は苦笑いを浮かべながら、くららに視線を向ける。
「と言っても、次の買い手がつくまでの暫定オーナーですから。元々、父はそういう高価な物には興味を持たない人なんですよ」
「けど、おかげで思いもかけない夏休みになったんだ。お父さんには感謝しないとな」
謙悟のその言葉にはくららだけでなく冴霞も同意し、こくんと首肯する。学生の身で別荘の貸し切りなど絶対に出来る事ではない。それもこれも、冴霞の
父である今村稔臣の経歴と立場によるものだ。
今村稔臣は海外でも名を知られている国内有数の大手企業において、専務取締役を務める大幹部である。何の実績も無かった平社員から現在の地位にまで
上り詰め、下の人間からも上の人間からも信頼厚く、次期代表取締役社長との話さえ上がっていた事もあったが、それを辞して今のポストに就いている。
正直な所、稔臣はそこまで出世に拘ってはいなかった。自分の愛する家族の為に仕事に尽力し、結果としてその努力が報われたという当たり前の、しかし
この上なく稀有な成果によって今の地位を得たに他ならず、そんな自分が社長になる事など考えてもいなかったのだから。
そんな稔臣が今回、別荘を購入するという彼らしからぬ行動に出たのは、次期購入者の為の売買物件としての設備投資というのが主な目的である。無論そ
の裏には大人の事情が複雑に絡み合っており、実情は冴霞も知らされていない。しかし「心配ない」と稔臣が言うのだから、そうなのだろう。
そして高校生活最後の夏休み、その別荘の清掃手伝いがてら小旅行くらいして来ればどうか、という『置き土産』を提案したのが冴霞の母・悠香であり、
既に終業式の日には夏休みの課題を終わらせて自主学習に励んでいた冴霞は、さらにその手伝い兼旅行仲間としてくららと謙悟を誘い、今日はその準備に集
まったというわけである。そして同時に、くららが以前より提案していたファーストキス作戦も滞りなく成功した今、残る問題は一つもない。
「でも旅行って久し振り〜。サエちゃんと謙悟くんは、最近どこか行ったりしたことある?」
デパートを出てからフラフラとウインドウショッピングをした三人は、日ヶ峰町まで足を延ばして馴染みの欧風喫茶レストラン『ひいらぎ』に向かうとい
う選択肢もあったものの、そのままどこに行くでもなく天桜町に戻って来た。そして今三人がいるのは冴霞の家ではなく、くららの家・グランドハイム天桜
の五〇二号。相変わらずくららの両親は単身赴任のまま不在であり、3LDKの家は一人で住むには広すぎる自宅だ。そんな中で三人はリビングにあるソフ
ァーに横並びで座り、ゆったりとした時間を過ごしている。
「最近は全然そういうのないな。でも、確か今度親父が帰って来て、お袋と麻那を連れて北海道に旅行するらしい」
「私は年に一度、父方の実家がある東北のお婆様の家に行くくらいですね。でも謙悟くん、折角の家族旅行なのに参加しないんですか?」
「そうだよぉ。お父さんとは滅多に会えないんでしょ?」
謙悟の父・新崎徹は現在、九州に出向している海上自衛官である。そうそう休みが取れるわけでもない中で戻ってくるのだから、謙悟としても会いたい気
持ちは息子としても持ち合わせている。
「大丈夫だって。この前だって会ってるし、今回は親父もお袋も、麻那の事を連れて行ってやりたいみたいだから。それに俺は…………その、二人と一緒に
いたい、から……」
微妙に赤くなりながらの謙悟から、思いもかけない言葉を貰った冴霞とくららは謙悟以上に頬を染めて、彼の手を握る。そして謙悟も彼女たちの手をしっ
かりと指を絡める恋人繋ぎで握り、数時間とはいえ離れていた時間を取り戻すように、二人に近づくよう目配せをする。
無言で応じ、謙悟に寄り添う。そしてまずは冴霞から謙悟の口唇にキスをする。ただ触れ合うだけだった最初のそれとは違い、何度も何度も啄むように。
冴霞が離れれば、今度はくららが同じようにキスを求めてくる。普段からしてどことなく受け身気味なくららだが、この時ばかりは積極的に謙悟を求め、
それに応えるように謙悟の方からもちゅ、ちゅっと音を立ててキスを繰り返す。そして謙悟が距離を取ると、くららの視線は冴霞に向き、冴霞もこくんと頷
いて、謙悟を挟んで口唇を重ねる。最初ほどには抵抗も無くなった女の子同士のキスは、見ている側である謙悟にとっては疎外感を感じてもおかしくないも
のの、不思議とそうした感覚は無く、ただその光景を美しいと感じていた。
それは、冴霞とくららが美しいというだけではない。自分にとって大切と呼べる二人が仲睦まじく、そして互いの事を深く深く思い合って信頼している。
言葉にしなくてもそれを感じられるからこそ、二人がこうして触れ合っている姿を見て美しいと感じ、この二人を守りたいと感じさせる。
「? 謙悟くん?」
「どうしたの? ぼ〜っとしてるよ?」
覗きこんで来る冴霞とくららの声に思考を中断させられ、謙悟も二人を見る。触れ合っていた口唇は微かに濡れて輝きを放ち、謙悟を案じるその視線もわ
ずかに潤んでおり、今までにない色香を感じさせている。
「何でもない……よっ」
繋いでいた手を解き、その手で二人を同時に抱き寄せる。突然の事に冴霞もくららも驚いていたが、
「もぉ、そうやって誤魔化して〜」
「ちゃんと説明、して下さいっ!」
朗らかに、そして愛らしく笑い謙悟にしがみつく。二人にじゃれつかれながら謙悟も普段は見せないような砕けた笑顔になり、ソファーの上での柔らかく
穏やかな時間を堪能しながら、背もたれに身を埋めて二人の顔を再び視界に納める。
「説明って言われても……まぁ、敢えて言うなら――――俺が二人の事、大好きだってこと」
今度は順番を変えてくららにキスをしてから、冴霞にもキスをする。しかし謙悟の告白と照れ笑いに茫然としてしまっている二人は、ただ顔をリンゴのよ
うに真っ赤に染めたまま、何も出来ないでいた。
その後は、冴霞とくららが正気を取り戻すまで謙悟は二人を抱っこしたままゆっくりと目を閉じ、ようやく意識が戻った二人も謙悟に寄り添うような姿勢
に変えて、暮れる夕日を浴びながら一時の眠りについた。
さらにその後、夜の八時になって目を覚ました三人は夕食も取らず、くららはそのまま自宅に残り、冴霞は謙悟に送ってもらい、謙悟は謙悟で急いで家に
帰ったのだが、待ち構えていた母・新崎陽子に「泊まってきなさいよぉ、つまんないわね」ととんでもない小言を呟かれ、謙悟は思わず膝に手を付いて大袈
裟すぎるほどに大きな溜め息を吐いたという。そんな兄を心配したのか、小学一年生の妹・新崎麻那は「おにーちゃん、元気出してっ」と無垢な笑顔と小さ
な手で優しく謙悟の頭を撫でた。
八月二日、金曜日。
陽乃海市西郊外に位置する海上リゾート島・夕星町(ゆうせいちょう)まで連絡手段の一つである私鉄・湾岸海上線で移動してきた謙悟と冴霞とくららは、
駅からさらにバスに乗り換えて目的地である別荘を目指した。冴霞が稔臣から聞いた話ではバスを降りて更に徒歩の移動があるらしく、事実下車してからは
林道の舗装路を三人で歩いているが、かれこれ十分以上歩き通しである。
「ねぇ〜、まだ着かないのぉ〜?」
一番に不満の声を上げたのはくららだった。謙悟は今でも武道の鍛練として毎朝ハーフマラソンに匹敵する距離を走っているので、体力的にはまだまだ余
裕過ぎるほどであり、冴霞もかつては中学時代に陸上競技の全国区選手だったため、基礎体力はかなり高い。そんな二人と比べればごく当たり前の女の子の
体力しか有していないくららが一番に音を上げる事は予想できていたので、謙悟も冴霞もそれを嗜める事はしない。
「もうすぐ海岸通りに出ますから。そうしたらすぐらしいですよ?」
「あんまり辛いようだったら、代わりに荷物くらい持ってやろうか?」
膝に手を付いてしまっているくららに謙悟が手を差し伸べる。くららはそれをきゅっと掴んで、しかし諦めを感じさせない強い瞳で謙悟を見上げた。
「だ、だいじょうぶ。がんばるっ!!」
「うん。頑張れ、くらら」
そのまま謙悟に手を引かれるように歩き出したくららは、隣を歩く冴霞とも手を繋ぐ。手の平を通じて二人の鼓動と体温を感じ、時折自分と二人の鼓動が
重なった時には、三人一緒だという事がより強く感じられて嬉しくなる。
あの日。謙悟から告白されてから二カ月が過ぎて、くららの気持ちはより強く謙悟と冴霞を想うようになっていた。一人の男性に二人で恋愛するというの
は正直違和感もあったが、今ではそれも受け入れてどちらの事も等しく愛している。冴霞と初めてキスした時は流石に驚きもしたが、回数を重ねるうちに触
れ合う事を受け入れ、その度に謙悟の言葉を思い出す。
――――二人の事を知って行けばきっと、もっと好きになる――――
それは、あたしも同感。明日にはもっと好きになるし、明後日になればもっともっと好きになる。それが分かるの。この気持ちにきっと限界なんてなくて、
三人一緒にいればどこまでだって行ける。どんなことだって出来る。夢みたいな事だって、きっと叶うって信じられる。
「――――えいっ!!」
二人を引っ張りながら追い抜いて、一番にくららが林を抜ける。微かに感じていた潮の香りは一層濃くなり、そして目の前に広がるのは蒼穹を映す海。
「わぁ……」
「これは……」
「凄いな……」
遮る物のない遥かな蒼。手を繋いだままの三人はその手を握り合い、林道から海岸通りに出てさらに砂浜にまでやって来た。他に人の姿はなく、冴霞が稔
臣から聞いていた通り、この辺りにいくつか点在する別荘の為に用意されたプライベートビーチなのだろう。
「えっと、確か林道のすぐ近くっていう話でしたから…………あ、ありました!! あの建物がそうですよ!!」
冴霞が指差した方を見ると、大きな邸宅が堂々と居を構えている。外見からは三階建てのようにも見えるがその実、三階部分は収納用の物置に使用されて
いるらしく、実際に使用できるのは二階までらしい。
「あれを買っちゃうなんて……サエちゃんのお父さんは見る目あるねっ!!」
「だな。とにかく、まずは一度荷物を置こう。砂まみれにしても後始末が大変だし、余計な掃除が増えるからな」
「ええ。それじゃあ行きましょう」
変わらず手を繋いだまま歩き出し、サクサクと砂を踏みしめる。それなりに歩くことも考慮して三人ともスニーカーを履いてはいるが、細かい砂粒は少し
深く踏み込むだけで容易に靴へと侵入してくるので、気分的には早くサンダルに履き替えたいところだ。
セキュリティも考慮して新たに付け替えたドアは、通常のディンプルキー二つに加えて電子式カードロックまで採用されている。キーの方は一つずつ形状
が異なり、カードロックは万が一偽造カードやハッキングなどの不正利用があった場合、即座に警備会社に通報されると同時に認証番号の書き換えが行われ、
正規のカードでも使用できなくなるという代物だという。
窓もセンサーで管理されており、ガラスに一定以上の衝撃が加わった時点で一次警報が鳴る。これは住人がリモコン操作か手動操作で停止できるようにな
っているが、一分以上経っても停止されない場合は同じく通報される。その他にも防犯設備は必要以上に行き届いており、武道の心得がある謙悟も、「これ
なら自分の出番は無いな」と苦笑交じりの溜め息をこぼしながら別荘の中を見て回っていた。
一階には広すぎるほどに広いリビングがある。その広さは実に六十六平方メートル。約四十畳、二十坪相当の広さだ。狭小住宅並みの広さを内包してなお
別の部屋にも面積を割り振れる懐の広さには恐れ入りながら、三人並んでもまだ足りないキッチンとそれに見合ったダイニングスペース、何人用か分からな
くなるプールのようなバスルーム、さらには遊戯用のビリヤード台が設置されたプレイルームまで完備している。ベッドスペースも一つや二つではなく、あ
まりに広すぎて感覚がおかしくなりそうだ。
「これを掃除とか、三人じゃ絶対無理だろ……」
玄関に置いていた荷物を回収し、正面の階段を上る。二階にはオーナーとその家族専用のベッドルームがあり、謙悟も冴霞もくららもそこで寝る予定だ。
しかしいくら三人が交際関係とはいえ、流石に一緒の部屋で一夜を共にするのはまだ早いのではないか、と謙悟は自問する。一応寝室自体は三つ以上あるの
で、誰がどこに寝るのも自由だ。そんな中で謙悟は一番大きな両開きのドアを開けて、まずその広さに圧倒され――――るよりも先に、言葉を失った。
「へ? ――――――――わ、わぁっ、け、けんごくんっ!?」
「え!? きゃあっ!! き、着替え中なんですから、ノックくらいして下さいっ!!」
「ご、ゴメン!!!!」
慌ててドアを閉めると、勢いが強すぎたのか防犯用のブザーが鳴り響いた。これも強盗対策設備の一つであり、部屋にあるベッド横のセキュリティ管理用
パネルで操作しなければ警報は止まない。幸いどちらかが操作してくれたようで、警報自体はすぐに止んでくれた。しかし謙悟は向かい側の壁に背中を預け
て、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。
「はぁ…………なんつうお約束を……」
冴霞もくららも裸でこそ無かったが、脱ぎかけた衣服よりも肌色が占める割合の方が多い下着姿ともなれば、並の男であれば食い入るように見ていた事だ
ろう。しかし謙悟は一瞬硬直こそしたが直ぐに目を逸らし、二人の声を聞きながら退散を敢行した。
その姿を見ていたからこそ、室内の二人は。
「どうします? 怒った方が良いですか?」
「ん〜……でも、あたし達だって、ここは謙悟くんが使う部屋だって決めてたんだし」
スルスルとデニム地のホットパンツを履き、ゆったりした大きめのシャツを頭から被るくらら。しかし彼女の豊かなバストはそれでも自己主張を惜しまず、
シャツの生地を遠慮の欠片も無く押し上げている。外していたトレードマークのヘアバンドも忘れずに身に着け、ささっと髪を梳かす。
「じゃあ、ちょっとだけお叱りという事で」
笑顔で頷くくららを見ながら、七分丈のカーゴパンツと、前開き半袖シャツのボタンを首とさらに一つ開けて、長い黒髪を嫌味無く振り流す冴霞。長身か
つ長過ぎるほどに長い脚線は相変わらずの流れるような美しさを誇り、均整の取れたプロポーションはまさにモデルと言っても何ら違和感を覚えさせない。
涼しさを感じさせ、それでいて動きやすい格好に着替えた美少女二人はそれぞれドアノブに手を掛け、呼吸を合わせてゆっくりと開けた。
「冴霞、くらら、さっきは――――」
待ち構えていた謙悟が立ち上がる。自身の非を素直に認めて謝罪する恋人の優しさと男らしさを嬉しく思いながら、二人はその逞しい胸に飛び込むと、く
ららは精一杯背伸びをし、冴霞はそのままの高さで、二人同じタイミングで謙悟の両頬に口づけをした。
「突然だったから、びっくりしちゃったけど」
「私たちは、謙悟くんにだけなら……恥ずかしいけど、平気なんですよ?」
がつん、と脳髄を揺らす二人の告白に謙悟も言葉が無い。この二人がどれだけ自分の事を好きでいてくれるかなど、とっくに分かっていたはずなのに。
「だから、これはお仕置きです」
「あたし達が謙悟くんのこと……大好きだって分かってもらわないとねっ」
そう言って抱きついて来るくららと、くららの肩を抱いて同じく謙悟に抱きついて来る冴霞。柔らかくて暖かく、甘い抱擁は天国のそれだ。しかしだから
こそ、二人の気持ちの深さを量りかねていた自分の未熟さに反省せざるを得ない。そういう意味では確かに冴霞の言う通り、これは『お仕置き』だ。
「そう、だな……前のままだと思って、ちょっと甘く見てたかも知れない」
謙悟自身がそうであるように、冴霞とくららも以前よりずっと謙悟の事を好きになっている。その事を忘れていたつもりは無いのだが、どうやら謙悟の想
像を遥かに凌ぐほど想われていたらしく、その点を深く反省しながら、謙悟は二人をまとめて抱きしめた。
「なんか、この間もこんな感じだったな」
「そうだね。でも、あたしはこうやって謙悟くんとサエちゃんとくっついてるの、大好きだよ?」
「私も同じですよ。やっぱり、これが一番『三人一緒』って感じられますからね」
三人で抱き合う。それは告白した時から今も変わらずに続いている。互いの距離を最も近くに感じられる、原点ともいえるスタイルであり、これからも幾
度となく繰り返されるであろう行為。
抱擁を解き、謙悟がわずかに膝を屈めて冴霞と頭の位置を合わせる。こうする事でくららとの距離も同時に縮まり、ようやく慣れてきた口唇へのキスも容
易に出来るようになる。
借り物の別荘。
ひと夏の思い出。
誰よりも愛しい二人の恋人。
そして初めて――――誰かの家以外の場所で、キスを交わす。
午前十時に到着してから着替え、ほどなくして始めた別荘の清掃だが、あらかた業者の方で手を回してくれていたらしく、汚れらしい汚れはほとんど見受
けられなかった。出来た事と言えば置かれている調度品の飾り付けと、未整理のままだった食器を仕舞う事、そして買出しに行き食料を調達する事くらいで、
近隣のスーパーで買い物を済ませた頃にはやっと午後一時に差し掛かったくらいだ。あらかた片付けを終えた三人は一階の四十畳リビング改めパーティース
ペースでエアコンを作動させる事もせず、海から吹く風を受けながらのんびりとくつろいでいる冴霞の横で、謙悟とくららは夏休みの課題に取り組んでいた。
「うぅ、どうして別荘に来てまで、夏休みの宿題なんかをしてるのでしょう、あたしは……」
「普段からしてないからだろ……と、終わりっ」
プリントの束をトントンと揃えて謙悟が宣言する。取り組んでいた課題は苦手とする物理だったが、参考書と期末試験以前から積み重ねていた努力で何と
か全問解答し、それ以外は既に終わらせていた為に比較的短い時間で終了と相成った。
くららもそれは知っていたが、同じ時間に始めた謙悟が先に終わらせたとなればあまり良い気分ではないし、向かいに座って優雅にアイスティーを飲みな
がら、あろう事かゲーム専門雑誌を読み耽っている冴霞がいるともなれば、自然と不快指数も上がるというものだ。
「サエちゃんがゲーム大好きなのは知ってるけど、流石に目の前でそーいうことされると、くららちゃんも怒っちゃうんですけどっ?」
ぷぅっ、と可愛らしく頬を膨らませての抗議で怒っていると言って良いのか判断に困るが、少なくともこの場にいる三人の中で最年長のくららがして良い
表情では無いなぁ、と謙悟も冴霞も感じてしまう。
「じゃあ、アドバイスだけなら。どこが分からないんですか?」
「!! えっとね、ここなんだけどぉ……」
冴霞が席を移動すると、くららの表情があっという間に輝く。しかしそれもそのはず、冴霞は県下統一模試でも一位になるほどの超優等生であり、将来の
夢は教師だという。他にいくらでも未来を選択できるだけの学力と容姿を持ちながら何故教師なのか、と謙悟とくららは過去に質問した事があるが、冴霞曰
く「一人でも多く、優しい人が育つ手伝いをしたい」との事だった。その「優しい」が何を指すのかは判然としなかったが、冴霞ならばきっとその夢を叶え
てくれるであろうと、二人は思っている。
「……………………よぉし、あたしも終わりっ!!」
ぽーんとシャープペンを放り投げてプリントの束をまとめると、くららは傍らに置いて汗をかいているアイスコーヒーをぐいっと煽る。氷もすっかり溶け
て風味も落ちていたが、それでも涼しくなれるのだから何の問題も無い。
「なんだかんだでちゃんと解いてるじゃないか。ちなみに冴霞先生、正答率は?」
「…………個人の事情もあるので控えさせて頂きます」
「ひ、酷いよ二人ともぉ!? 一応これでもあたし、受験生なんだからね!?」
くららも冴霞も高校三年生。冴霞は市内にある超難関の私立女子大の推薦入試を受験する事が決まっており、くららもくららで彼女が通う桃桜女子高を運
営する学校法人桃桜学園が設立している桃桜女子短期大学を受験する予定だ。同じ法人だが進学に際してはきちんと受験する必要があり、筆記と面接の両方
が待っている以上、受験生として最低限の学力は身に着けておかなければならない。
「分かってるよ。だから、浪人なんかしないように頑張らないと。な?」
「それに夏休みの課題は、毎日定期的に終わらせていくのが本来の目的なんですから。正答率よりもそっちを重視すべきなんですよ?」
「…………それ、終業式の日に全部終わらせたサエちゃんが言っても、説得力無いよぉ」
それもそうだと謙悟が笑うと、一緒になってくららも冴霞も笑ってしまう。しかしその一方で、くららには不安な事があった。
「でも……謙悟くんは本当にいいの? まだあと一年以上あるんだから、今からでも大学受験に切り替えた方がいいんじゃないかな……?」
くららの心配を雄弁に物語る瞳に、謙悟はありがたいと思いながら溜め息をつく。
「その話はもう終わっただろ? 今更変える気は無いよ。それより、課題も終わったんだから海に行こう。先に行ってパラソル立てておくから、二人はゆっ
くり支度して来て良いからな」
話を打ち切るように立ち上がり、さっさと二階へ着替えに行く謙悟。その後ろ姿を止める事が出来ず、くららも冴霞も事前に用意していた着替えを持って
バスルーム手前の脱衣所に向かい、五日前購入したばかりの水着に着替える事にした。
「……怒らせちゃった、かな?」
とすん、と壁に背を預けてくららが尋ねる。シャツのボタンを外していた冴霞は「うーん」と一声唸り、着替えの手を止めずに答える。
「怒ってはいないと思いますよ。でも、私たちがあれこれ心配したりすると、謙悟くん自身も迷っちゃうんだと思います。私は謙悟くんが就職するって決め
ているから、あれこれと追及したりはしません。……くららちゃんは?」
「あたしも、謙悟くんが決めた事を尊重したい…………でも、謙悟くんが就職するのって、あたし達のせいでもあるんだよ?」
シャツを脱ぎ、ブラジャーに収まっているくららの豊かなバストがゆさっと揺れる。冴霞も十分巨乳と言って差し支えのない大きさだが、くららと比較す
れば平均的に見えてしまうのだから、その差は文字通りに圧倒的と言えるだろう。
「私たちのせい、じゃなくて――――私たちの為と、謙悟くん自身の為でしょう?」
それは、謙悟が言っていた言葉。あの日――――三人がスタジオで疑似結婚式とも言える格好で撮影をした後のデートで、謙悟が言った言葉だ。
三人で付き合う。そして幸せになる。それが今謙悟が抱いている何よりの夢。
それを叶えるためには、自分自身も頑張らなければいけない。冴霞のように教師になりたいという夢を応援し、そしてくららの夢も応援し、流されるまま
目標もなしに大学に進学したりしない道を選びたい。だから学力を磨いて、すぐにでも社会に出て、恥ずかしく無い自分になりたい。
そう言っていた事は、くららも覚えている。その言葉に感動したのも覚えている。
なのに、足を引っ張るような事を言ってしまった。大好きな謙悟がくららと、冴霞と、何よりも彼自身の為に決めた事だったのに。
「謝らなくちゃ、ダメだよね……あたし」
「…………くららちゃんの言った事の方が正しい、というのは私も思います。謙悟くんもそれを分かっている。けど謙悟くんの事を想うのなら……やっぱり
謝った方が良いですね」
柔らかな、優しい笑顔。それでいてどこか理知的なものを感じさせるその表情は、冴霞に良く似合っている。
「……今だから言っちゃうけど、ホントはあたし、サエちゃんに嫉妬してるよ。謙悟くんとは同じ学校だし、生徒会でも一緒。あたしより全然一緒にいる時
間が長いんだもん……羨ましい」
「それを言ったら……くららちゃんは出会ったその日に謙悟くんに告白されてるんですから。私は二年以上同じ学校にいて、くららちゃんよりも何日かは早
く知り合いましたけど、即日告白なんて羨まし過ぎますよ?」
互いに顔を見合わせ、ぷっと吹き出してしまう。お互いの事を大切に想い、それでもどこかで相手の事を羨んでしまう。
けれど、だからこそお互いを認め合える。自分とは違う相手だからこそ愛情を抱ける。
「じゃあ、早く着替えてしまいましょうか?」
「でも、いくら謙悟くんでもそんなに早くパラソル設置なんてできないんじゃない? ここはゆっくりと――――えいっ!!」
上半身裸のまま、同じく半裸になっている冴霞に抱きつくくらら。まだどちらも着替えの最中であり、身長差はあれど二人の乳房はお互いのそれに圧され、
柔らかに形を変えて密着する。
「せっかくだから着せっこしようよ〜。せめてブラだけでも!!」
「それはいったい、どんな羞恥プレイですかっ!?」
美少女二人が揉み合い抱き合う楽園のような光景。その場に居合わせなかった事が謙悟にとって幸か不幸であるかは、神ならぬ謙悟本人のみぞ知る。
「よっ……と」
砂浜にパラソルを突き刺し、砂をかけてから穴を埋めつつ海水で固める。かなり大型のパラソルだった為に固定用の穴を掘るのは一苦労だったが、おかげ
で良い運動にもなった。このまま海でひと泳ぎすればそれこそ爽快だろうな――――などと考えながら、謙悟は辺りを見渡した。
それはもう、見事という他無いほどに誰もいない。プライベートビーチと言うよりは無人島の海岸かと思ってしまいそうなほどである。
「本当に、貸し切りだな……」
今までに体験したことのない光景。海に来ること自体が久し振りという事もあるが、それでも誰もいない海は一度も無かった。妹の麻那と、父と母。家族
揃って海に来たのはもう三年前のことだ。大切な家族と来て以来訪れていなかった海に、今日は違う意味で大切な存在と一緒にやって来た。
「けんごくぅ〜〜〜〜ん!!!!」
ザクザクと砂を踏みしめて走る足音と、良く通る可愛らしい声。その声に呼ばれて謙悟が振り返ると、白い水着を身に着けたくららが手を振りながら近づ
いて来ていた。しかし、しっかりと水着のブラで固定してなおたわわに揺れる二つの豊か過ぎるふくらみに、謙悟も一瞬動きを止めてしまうほどに心奪われ
てしまい、体当たりのように飛びついて来るくららを受け止めて、わずかに体勢を崩しかけてしまった。
「っと、あ、……あぶね……こら、いきなり飛びかかって来るヤツが――――」
「ゴメンなさい!! 今のも、さっきのも全部合わせて……ゴメンなさい……っ」
上目遣いに見上げてくるくららの瞳は微かに潤んでいる。くららが何を言っているのかすぐには分からなかった謙悟だが、先ほどのやり取り……進路につ
いての事を言っているのだと思い当たり、思わず表情を崩す。
「別に、気にしてないって。くららの言う事の方が当たり前に正しいんだし。でも、まぁ……さっきは俺も悪かった。誤解させるような態度取ってたからな。
俺の方こそ……ごめん」
しゅ、とくららの髪を梳いてくれる謙悟の大きな手。それを掴んで、くららは自分の頬に添える。
「うん……これからも、サエちゃん共々よろしくね?」
「望むところだ、と言っておくよ」
「じゃあ、そろそろ私も参加させて下さいね♪」
声がする方を見れば、くららとは対照的に黒い水着を纏った冴霞が飛びついて来るところだった。くららはそのまま押し潰されるような格好で謙悟と冴霞
に挟まれてしまい、一番身長が低い事もあって、ほとんどサンドイッチの具のような状態だ。
「むぅ〜……く、くるしぃ……でも、えへへ……ちょっと嬉しいかも♪」
「だったらもっとぎゅ〜っとしちゃいますよ〜」
「……ちょ、やめろ、当たってるから!!」
冴霞が密着しようとすれば、必然的にくららと謙悟の距離も縮まる。それによって引き起こされる接触は、くららの身体の中で最も突出した部位がぐいぐ
いと謙悟の身体に押し付けられ、水着一枚という頼りない布を隔てて柔らかな感触がこれでもかと形を変える。武術を修める身として精神修行も抜かりなく
積んでいる謙悟だが、愛しい恋人からこんな接触をされて理性が耐えられるかと言われれば、正直無理な話だ。
「ん〜……やっぱり、謙悟くんって凄い身体してるね。筋肉バッチリついてるし、お腹も割れて……えいっ」
「こ、こらっ、くすぐるなっ!?」
密着状態のくららが仕掛けたのは、ささやかなくすぐり攻撃。しかし触れるか触れないかの微妙な力加減は思い切りくすぐられるよりも耐え難く、さらに
謙悟にとっては自分の身体よりも『凄い身体』であるくららの柔らかさと体温、そして二人を離すまいと巻きついている冴霞の細腕と絹のように滑らかな黒
髪は、どちらも謙悟を魅了してやまない。
「サエちゃん、そろそろ離れるね。交代しよっ」
「はいっ――――次は私の番ですねっ♪」
解放宣言に安堵しかけるも束の間、冴霞からの参加表明を聞いて謙悟はがっくりと力が抜けるのを感じながら、しかし振り解こうとは一度も思わない。
ジリジリと照りつける真夏の太陽。恋人二人にハグを強制されて、暑さ以上の熱を心地よく感じながら、抱きついてくる冴霞を受け止める。
白と黒のコントラスト。相反する二色の水着を身に着けて海岸で戯れる二人を、謙悟はパラソルの下で寝転び眺めていた。
冴霞は黒髪に合わせたように、艶のある黒のビキニタイプ。胸元には飾りのリボンをあしらい、首の後ろと背中側のホックで止めるオーソドックスなデザ
インのものだが、長身ながらも立派なバストは水着を豊かに押し上げ、動きに合わせて時折揺れている。
ボトムはこちらもごくありふれたショーツデザインで、その上から白水色のロングパレオを腰に巻いている。大きく開いたスリットからは冴霞の身長の半
分以上を占める長い脚線が露わになり、何とも言い難い色香を覗かせながらも、かつては全国区のアスリートだった名残も手伝って適度な肉付きを意地して
おり、芸術品とさえ呼べる絶妙なバランスを誇っている。
アクセサリとして身に着けているのが左手につけているバングルと、水着に合わせるように選んだと思われるダークブルーのビーチサンダル。こうして見
ると冴霞のチョイスは比較的寒色かつ暗色の物が多く、元々大人びていた容姿をさらに引き立てているようだ。
シルクのような光沢を放つ長い黒髪は陽光を反射して煌めき、鮮やかに散らしているその様はまさしく夜天に輝く星々の如し。出る所に出れば即座にモデ
ルとして通用する容姿は、水辺に建つ事でより洗練された美しさを魅せていた。
一方のくららは対極となる白の水着。こちらも同じくビキニデザインだが、冴霞の物と決定的に異なるのは背中部分も紐を結んで止めているという点。
冴霞のバストサイズは九十一センチEカップという豊かさを誇る。しかし、くららは冴霞との身長差もあり、数字こそ近いもののカップに置いてはそれを
遥かに上回る、九十三センチHカップという規格外という他に形容のしようが無い大きさ。それ故に一般的な市販の水着で、なおかつデザイン性を損なわな
い物を選ぶとなれば選択出来る種類は限られ、結果としてこのような物が選ばれたというわけである。
しかしそれでもまだ足りないのか、ブラジャーに押し込めている乳房は誇張なしにこぼれ落ちそうであり、水着の上からも下からもたわわに実った二つの
果実がわずかに溢れているというとんでもない状態だ。背中側の紐は冴霞がかなりきつく結んでいるので簡単に解けることは無いだろうが、油断は出来ない。
ボトムの方は腰の両サイドに小さなリボンをあしらい、その上からはフリルを大量にあしらった巻きつけ式のマイクロミニスカート。アクセサリとしては
ダイバーズウォッチを身に着け、サンダルはこちらも冴霞とは対照的な明るいシャイニーピンクカラーの物。
水着のサイズに関しては物理的に仕方が無いとして、それを抜きにした色のチョイスはくらららしい明るく爽やかな、それでいて可愛らしいものばかり。
相変わらずのトレードマークである白のヘアバンドも健在で、赤みを帯びた茶髪と合わさればさながら白雲と太陽。くららもまた、機会さえあればアイドル
として活躍できるであろう逸材であり、水辺に踊る姿はどのグラビアアイドルよりも眩い輝きを魅せる。
夜空と日向。輝く明かりはどちらも同じ恒星。人が見る事の出来る星明かりの全てを表したような二人を見ながら、謙悟は立ち上がる。
謙悟もまた、今は水着姿だ。黒地に青と白のラインをあしらったごく一般的なサーフパンツ・トランクスだが、注目すべきところは水着よりもその肉体の
方である。実に十四年もの間、剣道、空手、柔道、合気道を学んでおり、有している段位以上の実力を身に付けているその体はしっかりと絞り込まれ、ゴテ
ゴテとした見せかけだけの無駄な筋肉は一切無く、体重は七十キロを超えながらも体脂肪率は一ケタ台。力強くも柔軟さを併せ持つその姿は大型の肉食動物
を彷彿とさせ、また謙悟自身の落ち着いた物腰からどことなく高貴な威厳のような雰囲気さえ漂わせている。
「せっかく海に来たんだから、泳いだりしないのか?」
「それもそうですけど、私たちの水着は泳ぐのには不向きですし」
「女の子二人と競争なんかしてもヘンでしょ? だから――――えいっ!!」
ばしゃあっ!! とくららが海水をぶちまけ、謙悟の首から上に直撃させる。思いがけない攻撃に、くららの隣にいた冴霞も「わっ!?」と思わず驚嘆の
声を上げ、ぽたぽたと海水の塩味を顔全体で味わった謙悟は、濡れた髪を軽く整えてくららを見下ろす。
「…………こら」
「ぱしゃぱしゃして、遊びましょ♪ ほらほらサエちゃんも!!」
「は、はい……じゃあ」
ざばざばと打ち寄せる波をかき分けて、膝まで浸かる。なんだかんだで遊びや勝負事には熱中しやすい冴霞はやる気を出しているらしく、くららも彼女の
後に続いて海に入る。しかし背を向けている二人の後ろでは、既に謙悟は後に続く事なく。
「くららー」
「ほえ?」
呼びかけられて横を向いた時には、既に臨戦態勢の謙悟が海水を汲み上げて波を起こそうと構えていた。咄嗟に身構えるくららだが、時既に遅し。
刹那の間も置かず打ちつけられる波飛沫。それは正確に――――謙悟の顔面に再び直撃した。
「ぶはっ!?」
「甘いですよ、謙悟くん。その程度の策でくららちゃんを濡らそうだなんて」
くららの斜め後ろから海水を飛ばしたのは冴霞だ。謙悟が報復行動に出る事を見越して何気なくくららよりも先に海に入り、それでいて謙悟のターゲット
がくららのみに絞られるだろうと踏んで位置取りも済ませ、先の先を取った形になる攻撃は完全に謙悟の意識の外からの一撃。
「げほっ、さ、さえ、か……っ」
「今ですよくららちゃん。二人同時に!!」
「う、うん!! せーのっ!!!!」
まだ咽せている謙悟へさらに追い打ちの波が押し寄せる。二人分の力を持って打ち上げられた海水は水量・水勢ともにこれまでのものを圧倒的に凌駕し、
謙悟の顔面のみならず上半身さえも水浸しにする。その上連携も取れている冴霞とくららの波は絶えることなく打ちかけられ、ろくに反撃も出来ない謙悟は
砂に足を取られて体勢を崩し、首から上以外を海に沈める格好になって倒れた。
「やったぁ♪ ……って、謙悟くん!?」
「謙悟くん、大丈夫ですか?」
波を立てて二人が近づき、どちらも前のめりになって謙悟を見下ろす。濡れた手で長い黒髪を掻き上げる冴霞も、両膝に手を付いて謙悟を覗き込むくらら
も、豊かなバストは水着のブラに抑え込まれて重力に屈することなく、しかし体勢を変えたことでふるふると揺れている。どちらも犯罪と言って良いほどの
圧倒的な破壊力を有するもので、いかに謙悟と言えどこの魅力の前にはそう長い時間は抗えない。
「――――隙有りっ!!!!」
照れ隠しを多分に含めながら反撃の波を打ち上げる。いきなりの事にくららだけでなく冴霞も対応しきれず、また男の力で起こされた波は二人同時に起こ
したそれに匹敵するほどのもので、今まで無傷だった二人は一瞬にして水浸しになった。
「…………や、やったなぁ〜〜!?」
「そういう手段を取るなら、こっちも手加減しませんよっ!!」
「おう、望むところだ。かかってきなさい!!」
置き上がりかけた謙悟に対し、冴霞とくららからそうはさせまいと上がる津波。しかしそれを受けてなお立ち上がる謙悟はその勢いを利用して、二人が立
てる波を遥かに凌駕する大津波を巻き起こす。
身体も顔も髪も海水まみれになりながら繰り広げられる戦い。しかしそれは、夏の情景を象徴する一時の戯れ。
海でひとしきり遊び、冴霞とくららがそれぞれ用意していた遅い昼食をパラソルの下で平らげて小休止した後は、パラソルを掘り起こしてそのまま解散。
潮まみれになった身体をシャワーで綺麗にしようとしたが、広過ぎるバスルームにはシャワーが四つもあり、水着のまま三人同時に海水を落とす。しかし、
流石に着替え用の脱衣所(こちらも広大)は共有できず、謙悟はまだ半乾きの身体で自室に戻りタンクトップとジーンズに着替えて、持ってきていたタオル
で髪を乾かしながら再びパーティースペースに戻る。
「あ、お帰りなさい。もう着替え終わったんですね」
出迎えてくれたのは冴霞だった。長い黒髪はまだ完全には乾いておらず、しかし濡れて艶を放っているそれは普段とは違う色気を演出し、思わず手を伸ば
してしまいたくなるほどだ。しかし、それ以上に魅力的なのは――――今なお、彼女が水着姿という事である。
「……なんでまだ水着なんだ?」
「だって、シャワーを浴びてもまだ暑いですし。大丈夫ですよ、ちゃんと夕食を作る時には着替えますから♪」
そういう問題じゃないだろう、と思いつつキッチンに向かう。六百リットルクラスの大型冷蔵庫には買い出しの際大量に仕入れた飲み物が所狭しと並んで
いる。その他にも今夜の食材が敷き詰められ、三人分としてもかなり多いと言えるだけの量が収まっている。
すると、冷蔵庫の前ではくららがしゃがみ込んでガサガサと何かを探していた。こちらは冴霞と違いシャツを着ているが、腰よりも高い位置で丈を結び上
げてお腹を出し、しかし下はまだ水着という半端な格好をしている。
「何やってんだ、くららは?」
「ん〜? お野菜探し〜。謙悟くん、カボチャ買ってこなかったっけ〜…………あ、あったっ」
丸々と実ったカボチャを野菜室から引き摺り出し、ほいっと謙悟に手渡す。ずっしり重く身の詰まったそれを片手で抱えつつ、謙悟はくららに手を貸して
立ち上がらせた。
「今から準備してるのか? さっき昼飯食べたばっかりだろ」
「だって、せっかくのバーベキューだもん。美味しく食べる為に、下ごしらえは欠かせないのですぞ?」
くびれた腰をくねっと曲げて、人差し指を突き出し「めっ」と叱るように語るくらら。その姿にどことなく違和感を感じた謙悟だが理由はすぐに判明した。
「くらら……ヘアバンド、着けてない」
「あ、うん。まだ髪乾いてないから。それがどうかしたの?」
首を傾げて下から謙悟を覗き見る。今までくららのトレードマークでありチャームポイントの一つであった白のヘアバンドだが、それを外している姿を見
るのは謙悟もまだ二度目だった。一度目は写真スタジオでウェディングドレス姿の時、その時は代わりになるティアラの存在があった為にそれほど強い違和
感は無かったのだが、今度はそれさえもない。普段押さえている髪が留め具を無くした事でくららの髪はわずかに長さを増しており、今まではちゃんと見え
ていた耳が隠れるようになっている。
「いや、いつもと違うと……」
「新しい魅力を発見して、惚れ直したんですねっ」
後ろから冴霞が声を掛け、ぽんとくららの肩に手を置く。くららもその言葉にぽっと赤くなり、謙悟を見上げたまま「そうなの?」と問い掛ける。しかし
素直にそうだと答えるには恥ずかし過ぎる謙悟は手に持ったカボチャを弄びながら、ぷいっと顔を逸らす。
「じゃあ、くららちゃん。髪が渇いたら、お互いに新しい髪形に挑戦してみましょうか?」
「謙悟くんが素直になるように、だねっ。ついでに、どんな髪型が好きなのかも分かるし〜」
ニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべる二人を横目で見ながら、観念したのか謙悟が盛大な溜め息を吐き、キッチンにカボチャを置く。
「恥ずかしい事、言わせてもらうけど……二人がどんな髪型でも、俺はありのままの二人が……冴霞とくららが好きだ」
その言葉に、冴霞もくららも深く頷く。きっと謙悟ならばそう言ってくれるだろうという確信はあり、またそれが彼自身の言葉で証明された。外見だけで
人を判断せず、人格を重んじる所がある謙悟だからこその答えであり、そんな謙悟だから冴霞もくららも彼の事を愛している。
「でも、新しい魅力も発見して欲しいので、あとでちょっとだけ変えてきますね。楽しみにしていて下さい」
「じゃあサエちゃん、まずは下ごしらえ頑張ろうねっ!! 謙悟くんも手伝ってくれる?」
「ああ、もちろん」
早速準備に取り掛かるが、その前にふと謙悟は冴霞が一度部屋に戻って着替えて来るという話だったのを思い出した。それにくららもくららで、火を扱わ
ないにしても料理をするには余りに不向きな格好である。
「二人とも、着替えてきなさい」
「え〜? これじゃダメ〜?」
縛り上げたシャツ越しにぷるんとくららの大きな胸が揺れる。うっすら透けたシャツからはちゃんと水着の紐が見えているが、お腹丸出しに水着の下だけ
という格好では万が一の時の怪我になりかねないし、謙悟の精神衛生上非常によろしくない。
「まぁまぁ、くららちゃん。大人しく着替えてきましょう? 暑さ対策は私に考えがありますから」
「ん〜……サエちゃんがそう言うなら。先に始めちゃダメだからね、謙悟くん。ちゃんと待っててね!」
言われなくても待っているのに、と思いながら去っていく二人を見送る。一人取り残された謙悟は海に向かう出窓を開けて、置かれているだけのバーベキ
ューグリルを組み上げる事にした。燃料は炭を使用するごく一般的なもので、あらかじめパーティー用に少々大きめの物が用意されていたが、それだけに重
量も少々ある。これを冴霞とくららにセッティングさせるのは厳しいだろうし、何より料理スキルが一番低い謙悟が役立てるのはこのくらいだ。
「よ……っと」
庭にある収納棚を開けて取り出した炭をグリルに入れて、その上に網を乗せる。あとは柄長のライターを使って火をつければそれで準備完了。それほど時
間も掛からなかったが、二人が着替えてくるだけの時間くらいにはなっただろう。
炭を触って汚れた手を庭用の水道で軽く洗い、首に引っ掛けていたタオルで拭きながら家の中に戻る。すると、そこに待ち構えていたのは――――
「お帰りなさい、謙悟くんっ!」
「ちゃんとお料理できる格好に着替えてきたよっ!」
フリルをあしらった、装飾過剰気味な白のエプロン。肩から掛けて腰で結ぶ極当たり前のスタイルではあるものの、それ以外に衣服らしい衣服は無く、冴
霞もくららも、お揃いのキャミソールとベリーショートのホットパンツという、正面から見れば裸エプロンと見紛うような格好だった。
「…………まぁ、さっきよりは全然マシだけど。ていうか、二人とも髪……結んでるのか?」
「ええ。私はくららちゃんに結んでもらって」
「あたしはサエちゃんに結んでもらったの。どう? 似合うかな?」
肩よりも長く首を隠せるくらいに長かったくららの髪は、うなじの辺りで細かな刺繍が入った白いリボンを使って纏めている。ただ結わえているだけでは
あるものの、太陽を思わせるくららの髪色に施された白はさながら雲のようだ。
冴霞の方は腰にまで届くほどの長い黒髪を広がらないように丁寧に纏めた上で、末端部分より十センチほど高い場所でリボンを使って留めている。くらら
の太陽に対して、こちらは黒い夜空を割く白の彗星とでも言うべきだろう。
「ん……ああ。二人とも似合ってるし……可愛いと思う」
謙悟からの素直な感想に冴霞もくららも可愛らしく表情を綻ばせて、二人同時に謙悟の手を握る。小さくて可愛らしいくららの手と、長く美しい冴霞の手
は愛しい謙悟の手に包まれて、当たり前のように指を絡め合う恋人繋ぎへと発展する。
「じゃあ、早速」
「お料理開始といきましょうっ!!」
「お手柔らかにお願いします、冴霞先生、くらら先生」
三人の中でいちばん料理が得意なのは冴霞だが、実はくららもそれに追随出来るだけの料理スキルを備えている。父親が単身赴任で不在となっており、そ
れに付き添って母親も自宅を離れている為、必然的にくららも料理を覚える必要があったのだ。それに加えて春には冴霞と出会い、彼女を家に招いては独学
だった料理の基礎から応用までを一通り学習し、細かな飾り切りなどはまだまだ不慣れだが、当たり前の料理は人並み以上にこなせるようになっている。
肉の塊や大きな野菜を謙悟が勢い良く切断し、後の調理は冴霞とくららが担当する。バーベキューという事で下味をつけるだけだが、くららの提案でカレ
ーも作ることになり、いくつかの材料を抜き出して更にじゃがいもその他を追加。三人分ではあるが大食漢である謙悟がいるので、量は必要以上に多めだ。
それと並行して作っているのが炭水化物――――炊き上がったばかりの白米を使ったおにぎりなのだが。
「くららちゃんの作る三角おにぎりは、ちっちゃくて可愛いですね」
「あたし、手がちっちゃいからね。そういうサエちゃんは、どうして俵型で作ってるのかな?」
そっと皿に乗せられた少し小さめの俵型おにぎりを一つつまんでくららが冴霞を見上げる。すると冴霞はそれをぱくっと一口で――――くららの指も一緒
に口の中に入れてしまった。
「!? さ、ささ、サエちゃん!!?」
「こうやって、食べさせるのが簡単だからですよ♪ あと、焼いたお肉を乗せて一緒に食べても良いようにと思って」
「いや、そっちが本来の目的じゃないのか」
冴霞の言葉に謙悟が思わずツッコミを入れる。冴霞の口から指を引き抜いたくららも同意するようにコクコクと頷くが、冴霞は動じることなくひょい、と
おにぎりをまた一つ手でつまむと、今度はくららの口に押し込んだ。
「んむっ!? …………むくもく」
「ね? 食べやすいでしょう?」
ちゅ、とくららの口唇から指を離し、それを自分の口唇に押し当てて尋ねる。小さな俵型おにぎりはくららでもなんとか一口に納められるサイズで、咀嚼
し終えたくららはようやく冴霞の言葉に答える。
「塩加減もちょうど良くて、美味しいし食べやすいけど……いきなりはビックリするよぉ」
「ゴメンなさい。じゃあこれと、くららちゃんのおにぎり、両方とも採用ですねっ」
くららのおにぎりを一つ取って食べる冴霞。冴霞が作った物に比べると少々塩味が強いが、肉や野菜と同時に食べる前提で考えれば丁度良くもある。くら
らもくららで冴霞のおにぎりが気に入ったのか、もう一つ食べようと手を伸ばす。
「……二人とも、あんまり食べてるとあとで食べる分が無くなるぞ」
バーベキュー用の串に肉と野菜を刺しながら、カレーの火加減も見ている謙悟が呆れたような声で口を挟む。すると冴霞もくららもピタリと手を止めて、
苦笑いを返すのだった。
海に沈む太陽を眺めながらの少々遅い時間のバーベキューを堪能した三人は、窓を閉じて自動運転のエアコンに身を委ね、謙悟が使用するオーナー用ベッ
ドルームのベッドで横になっていた。キングサイズベッドではなくクイーンサイズベッド二つを使用するという豪勢過ぎる仕様になっており、その上で謙悟
の腕を枕にしてそのお腹の上で手を握り合っている冴霞とくららは、目を閉じている彼の横顔を眺めていた。
短く切った髪は以前よりも少し伸び、もう少しで目に掛かりそうなくらい。整った顔立ちは普段は凛々しく、時に年齢以上の厳しさも滲ませるが、冴霞と
くららの前では優しく微笑む事も増えてきた。その笑顔を見る度に二人の胸は高鳴り、謙悟に対する想いは天井知らずに募っていく。
「…………さっきから、やたらと視線を感じるんですが」
「だって、見てるんだもん」
「お腹休めの休憩ですから、見ていて安心出来るものが良いでしょう?」
三人合わせても多いと言えるだけの量を食した夕食の後に片付けを済ませ、順番にシャワーを浴びてからようやく横になったのが夜九時を大きく回った頃
だった。後は特にすることもないが、あと一時間もしない内に移動手段である湾岸海上線の運行が終了する。そうすれば、三人が今日この島を出る手段は泳
いで出るという無謀以外は無くなる。
だが、これは最初から予定していた状況。
今日という日、三人での初めての旅行。それが恋人関係である三人であれば――――宿泊する、という選択肢は当たり前のもの。
「「謙悟くん……」」
重なる二人の声。愛しい二人の呼び声に応えるように謙悟は目蓋を開き、冴霞を見る。
宵闇を落としたような黒髪と、近くで見てようやくそれと分かる紺青色の瞳。冴霞の中に流れる北欧の血がその由来であり、深い青はやはり空に通じる色。
くららを見る。太陽のような赤みがかった茶色の髪。そして瞳の色は冴霞よりも淡く薄い金青色。遥か遠い血縁に海外の血が混ざっているという話を聞い
たことはないが、紺青も金青も、どちらの読みは同じ『こんじょう』。違うはずの二人に見られる数少ない共通点。
これから始める行為は、三人ともが意識していた行為。恋人として愛を紡ぐための、常識的には男女一組で行われるもの。
けれど、三人が一緒である事を選んだその瞬間から、こうなる未来は定められていた。その運命(さだめ)に従い、謙悟とくららからキスを交わす。
今までとは違い、深く求め合う口付け。舌を絡め、唾液が落ちる事も厭わず、吸い合う事でより強く求め合う。いつまでも繋がっていたい情欲を振り払う
事なく、謙悟の口唇は冴霞を求める。
冴霞にとっては謙悟とのキスであり、くららとの間接キス。それはくららにとっても同様だが、謙悟の身体を乗り越えてくららも参加してくる。謙悟と冴
霞の顎に伝う混ざり合った三人の唾液を舌で舐め取り、謙悟と交互に冴霞と口唇、そして舌を舐め合う。
繋いだ手はまだ離さない。だが今まで二人に腕枕をしていた謙悟が立ち上がって、生まれた空間を埋めるように冴霞とくららが抱き合うと、謙悟は二人の
足の間に陣取って、上から二人を見る位置になった。
「ん、ちゅ、んぅ……」
「はむ、くちゅ、んふ……っ」
二人の恋人がキスを交わし合い、謙悟を見上げる。シャワーから出て以降はバーベキューの時と同じ、お揃いのキャミソールを着ていた二人だが、下はど
ちらも既に下着姿になっている。出来るだけそこに意識が行かないようにと努めながら、謙悟が口を開く。
「じゃあ、その……あんまり気の利いた事言えないけど、――――二人の事、本当に愛してる」
「――――はいっ。私も、くららちゃんも」
「あたしも、サエちゃんも……謙悟くんの事、世界で一番」
せーの、と呼吸を整えて。二人同時に、打ち合わせていた台詞を。
「「愛してます。私たちの全部を……貰って下さい」」
柔らかく、熱く、激しい夜。甘い蜜の中に身を浸すような、文字通りのHoney Moon。
恋人たちの長い夜は、ゆっくりと幕を開けた。
「ん、んっ、ふちゅ……はむ」
「ちゅ、ん、……くちゅ」
謙悟の身体の下で冴霞とくららがキスを繰り返す。甘い水音は粘り気を感じさせ、事実二人の間に出来た架け橋はねっとりと糸を引き、しかしそれが切れ
る事が無いほどに何度もお互いを求め合っている。見目麗しい美少女二人が互いの口唇を濃厚なまでに重ね合い、徐々に高まる欲求と愛しい恋人である謙悟
から見られているという羞恥が鼓動を速め、薄く開いたくららの瞳はその熱を感じさせるほどに潤んでいる。
謙悟もまた、いつまでも見ているだけではない。冴霞とくらら、二人の身体に触れてゆっくりと撫でていく。柔らかくきめ細やかな肌は瑞々しく、お互い
に続けるキスの影響から敏感になっている身体は恋人の手から与えられるわずかな刺激にぴくんっ、と過剰に反応し、熱情をさらに加速させ、その影響は身
体にも汗として浮かぶほどになって来ていた。
「ふぅん……くっち、ぷぁ……ふららひゃん……んむっ、脱いじゃいましょうか?」
「ふぇ? ふぁむ、ちゅぅ……っ……うん……」
こくんと頷き、ようやくキスが止まる。二人の間のシーツはぐっしょりと唾液で濡れており、大きな跡を残している。これがまだ序の口の段階でしか無い
というのだから、今夜行われる初めての営みがどれほどの物になるのかは三人とも想像がつかない。
冴霞の手がくららのキャミソールを掴み、その上から謙悟の手も重なる。二人で同時に上へとたくし上げて行くと、大きな果実がふるんっとこぼれた。
真っ白な乳房と、桜色の先端。バストサイズが大きいにも関わらず小ぶりなそれは、ただそこに存在するだけで言葉を失うほどの魅力を放っている。
「は、恥ずかしいよぉ……謙悟くん、あんまり見ちゃヤだぁ……さ、サエちゃんも早く脱いでっ」
「は、はいはい……って、乱暴に引っ張らないで下さいっ」
恥ずかしさを紛らわせるようにくららの手が伸び、半ば無理矢理に冴霞のキャミソールを捲り上げる。手に余るだけの十分な大きさとくららと同様の小さ
めの先端。少々乱暴な脱がせ方だった為に乱れた髪が身体に掛かり、絶妙なコントラストを演出している。
「ちゃんと脱ぎますね……くららちゃんも、全部脱いで」
「うんっ」
上げただけのキャミソールを寝転がったまま脱ぎ、ベッドの下にそれぞれが置く。残る衣服はどちらも最後の砦と言っても良いパンツのみで、これを脱が
せるのは彼女達の役割ではなく、他の誰でもない謙悟のものだろう。そしてその謙悟はと言うと、初めて見る恋人達の半裸姿にただただ見入っていた。
「分かってたつもりだったけど……やっぱり、想像以上に綺麗だ。二人とも」
鼓動が痛いくらいに響き、顔の熱が冷めないにも関わらずその実、思考は妙に落ち着いていた。その表情に焦りや困惑は見受けられず、冴霞もそれを理解
すると一度頷いて、くららの肩を押して仰向けの体勢にさせる。
「あっ……サエちゃん?」
「さすがに、二人同時は無理ですからね。まずはくららちゃんから……」
そう言いながら、冴霞の手がくららの乳房をゆっくりと持ち上げる。十分過ぎる重さを持ったそれは冴霞の指が触れると微妙に形を変え、しかし弾力と張
りのある柔らかさは指を軽く押し返し、理想的なバランスを保っていた。これだけの大きさならば脂肪の方が多そうなものだが、くららの場合はしっかりと
乳腺も発達しており、冴霞のものと比べてもそう変わらない。
「凄いですね……なんだか、ちょっと妬けちゃうかも。謙悟くんも、触ってみて?」
「あっ…………けんご、くん……」
縋るような、戸惑うようなくららの視線。だがその中には確かに期待の光も宿っており、謙悟が手を伸ばすとくららも小さく首を縦に振る。
謙悟の指が、冴霞が触れていない方の乳房に触れる。その瞬間くららの身体がぴくんっ、と撥ねるが、それを宥めるように謙悟の口唇がくららの口唇と重
なり合う。触れるだけの優しいキスはそのまま謙悟の優しさと愛情を表している事を感じたくららは、そのまま謙悟とそして冴霞に身を委ねる。
「くらら……続けるけど、痛かったら言ってくれ」
「うん……っ、あっ……」
さながら実り熟したハネデューメロンのようにたっぷりと大きな白い乳房を、ゆっくりと揉まれる。痛いどころか心地良いくらいにゆっくりで、それだけ
で胸の奥がきゅんと熱くなる。冴霞の揉み方も謙悟のものと同じくらい優しく、時折口唇だけではなく頬や首筋にしてくれるキスが心地良い。
だが、心地良いだけではない。蓄積されていく熱は徐々にポイントを超え始め、もどかしさを感じてくる。
「んっ、んんっ……はぁ……っ、ぁん……」
声を抑えられない。それもそのはずだ、大好きな二人から愛撫されていて、気持ちが昂らないはずがない。高まった欲求はそのままくららの表情にも表れ
始め、熱を帯びた視線が謙悟と冴霞を見つめる。
「はぁ……は……けん、ごくぅん…………さえ、ちゃ……」
甘ったるい声。普段の愛らしい声とは違う色を帯びたそれに、謙悟も冴霞もくららの変化を察する。火照った身体に必要なのは冷たさではなく、更なる熱。
「くらら――――ごめん」
覚悟を決めた謙悟はそう言うと、ちゅっとくららに口付けた。しかしそれは慣れ親しんだ口唇ではなく、快感を得て自己主張していた桃色の先端。
「ふぁっ!? あぁっ――――っ!!」
思わず上げてしまう悲鳴のような歓喜の声に驚いたのは、誰でもないくらら自身だ。その声を抑えようと人差し指を口唇で噛み、悶え声を無理矢理封じ込
める。だがそれで謙悟の行為が止むかと言われれば、そんな事は無い。
「っ、っっ、んんん……っ」
赤ん坊がするよりも淫らに吸い、舐め上げてくる謙悟の口。女性の身体でも上位に入る性感帯を直に刺激され、急速に限界が近付いていくのが分かる。左
手に掴んでいるシーツに込める力は一層強くなり、破けてしまわないかと心配なほどだ。するとその手を、大きな二つの手が握ってくれた。
「くららちゃん……我慢しないで良いんですよ。一緒なんだから」
重なっているのは冴霞の手と、そして謙悟の手。それが分かった事で、そして冴霞の言葉でくららの理性が少し戻った。
三人一緒。謙悟も無理に自分を攻めているのではなく、くららが気持ち良くなれるようにと考えた結果での行為だ。不器用な彼がいきなり「乳首吸うぞ」
などと言えるはずもなく、言葉足らずの行為に出てしまうのも、少し考えれば分かる事だった。そして今、自分の目の前には柔らかくも張りのある冴霞の乳
房が陣取っており……これをどうしていいかは、くららにも分かっていた。
「んっ! ……ぁ、はぁっ……っ、あ、あとで、くららちゃんのも……下さい、ね……ぁんっ」
「ちゅむっ、はむっ……んちゅ、ん……、うん、あとで、いっぱい、あげぅ……ちゅっ」
ちゅっちゅっと小さく音を立てて、冴霞の乳房を一生懸命に味わうくらら。その最中にとんでもない約束を交わす恋人達の会話を聞きながら、謙悟は思わ
ず笑いそうになってしまった。
次は冴霞の番だったはずだが、どうやらその先手は謙悟ではなくくららの役目になりそうだ。しかしそれを不満に思う気持ちは、謙悟にはない。
夜はまだまだ長い。愛し合う時間は無限ではないが、夜が明けるまで愛し合うくらいは出来なくもない。それに三人の関係は今日限りではないのだから、
焦る必要はどこにもない。時間をかけて、ゆっくりと積み重ねて行こう。
今宵は初夜。
誰よりも美しい花嫁二人を、決して手放さぬように。
誰よりも凛々しい花婿を、二人で抱き支えるために。
たった一度の初めてを、捧げ合う誓いの夜――――。
「本気、なんだな」
拳に残る感触に心を痛めながらそう言ったのは、謙悟の父・新崎徹だった。目の前には倒れ伏すどころか立ったまま、強い意志を隠す事もしない瞳を向け
る息子の姿。そして父の問いかけに、側頭部を殴られ口の中を切り、血を一筋流しながらも謙悟は頷く。
「一度言った事……一度決めた事は、絶対に守る。俺は、冴霞とくららと付き合う」
父親を前に非常識を告げる息子。だが、徹はそう言った息子を見上げて険しかった表情を崩す。
「……いつの間にか、こんなにデカくなっちまって……陽子、俺たちの息子は大した男になったなぁ」
「ええ。私と徹さんの、自慢の息子だもの」
ソファーに座ったままの女性――――新崎陽子が朗らかに言う。未だ三十九歳と若く、この場に同席している保護者の中でも最も若い。
「というわけで悠香さん。うちの主人が突然の事をしましたが、許して下さいね?」
「ええ、大丈夫よ陽子ちゃん。それで徹さん、そちらの決定は如何される方向で?」
陽子の隣に座っている冴霞の母・今村悠香が質問すると、徹は謙悟の胸を軽く叩いた。
「言ったでしょ、俺は一発殴るだけだって。そいつでぶっ倒れるようなヤワな男だったら認めないが、謙悟はしっかりと耐えました。なら男の約束として、
コイツの決めた道を応援してやりますよ。もちろん、冴霞ちゃんとくららちゃんの事もね」
「うむ……とても容認できる関係ではないが……自分の異端を理解してその上での行動と言うのなら、同じ男として私も賛同させてもらおう。ただし新崎く
ん、娘を泣かせるような事は許さんぞ?」
最年長である冴霞の父にしてこの場で最も権威ある今村稔臣がそう言うと、陽子と悠香の表情も和らぐ。かつては看護師と患者という関係であり、息子と
娘を通して再び巡り合った母親同士は今、良き友人という関係になっている。二人は徹と稔臣以上に穏健派であり、三人が付き合うという事に対しては最初
から反対もしていなかった。
三家族は今、今村家のリビングで話をしている。今回の席は子どもたちが設けたもので、事情を知らされた徹はわざわざ九州から戻って来た。そして一言
「一発殴らせろ」と謙悟に告げると、渾身の力で息子を殴り付けたのだ。自衛官にして格闘技の経験もある徹に殴られれば大の大人でさえ倒れるというのに、
謙悟はそれに対して微動だにしなかった。
だが、和解する二家族とは余所に。
「あ、貴方達は一体、何を考えているんですか!?」
くららの父は立ち上がり、声を荒げた。その声にくららもぐっと身を強張らせるが、同時に冴霞の手がくららの手を握ってくれる。
これこそが本来あるべき反応。謙悟と冴霞、そしてくららが覚悟していた反論の声。徹も結局は殴っただけであっさりと引き下がり、稔臣は言葉で忠告し
たのみ、母親二人については最初から認めているというヌルさに、実のところ三人とも拍子抜けしていた。
「いい大人が揃いも揃って、子どもの一時の感情に賛同するなんて!! 三人で付き合う? そんな関係が長続きするとでも!? 百歩譲って付き合ったと
しても、誰か別の人間を好きになるかもしれない! それに結婚はどうするんです!? 万が一妊娠でもしたら、誰が責任を取れるんですか!!」
くららの母も声を上げる。その言葉はどれも正しく、常識的なものばかり。だがそれに対してまず反論を上げたのは、この場にいる大人たちの中で最も大
きな権力を有する今村稔臣だった。
「南條さん。貴方がたの意見は全く持って正論だ。子どもの言葉と断じて大人の理屈と常識を諭す……ごく当たり前の大人の言葉だ。しかしね、甘いと仰ら
れるだろうが、子どもの可能性を信じてやるのも親の務めではないかね?」
静かに、しかしどこか迫力のある稔臣の言葉。その言葉にくららの両親だけでなく参列する大人達、そして子どもたちも黙って耳を傾ける。
「――――私の娘は、以前は心の病を抱えていた。治る見込みは薄い、とさえ言われていた。だがこの子は自分の力でそれを克服した。私達大人では理解出
来ない事も、若い力はやってのける。人生を左右するとなれば、尚更この子達自身に託すべきではないだろうか。私達大人は……親は、それを見守るだけで
良い。親に出来る事はせいぜい、手を添えてやることしか出来ないのだから」
稔臣の言葉に、謙悟とくららが冴霞を見る。冴霞がかつて心の病を抱えていたというのは、二人も初耳だからだ。冴霞はその視線にこくんと一度頷き、小
さな声で「後で話します」と告げた。
「どうか、見守って頂きたい。私達の娘と、新崎さんの息子さん、そして何より……貴方がたのお嬢さんの可能性を、信じて下さい」
稔臣が頭を下げると、同じく徹も頭を下げる。そしてソファーに座っていた悠香も陽子も立ち上がり、くららの両親に深々と頭を下げる。
結局、くららの両親は最後まで首を縦には振ってくれなかった。しかし単身赴任先に戻る父とそれに変わらず同行する母は、くららを無理矢理にでも引っ
張って行く事も出来たはずだというのに、それをしなかった。高校三年生という時期を慮ったのか、それとも娘の事を諦めたのか、あるいは――――という
想像しか出来ないが、いずれにせよくららの意思を汲んだ上での結論という事は間違いないだろう。
徹も、その後すぐに九州へと戻って行った。夏の休暇を利用して旅行するというプランはこの時立てられたもので、ろくに相手をしてやれなかった麻那を
たっぷり甘やかすのだと張り切っていた姿は何とも親バカで、息子として謙悟は少々頭の痛い思いをしていた。
冴霞の病についても、謙悟とくららは説明を受けた。幼少期のいじめが原因で、周りにいる同世代の子たちに嫌悪感を抱いていたこと。しかし、母である
悠香にも告げていない一人の男の子との出会いによって、その病は快方に向かう切っ掛けを得た。それ以降は冴霞自身の努力で病は完治し、今に至る。
最初から穏健派だった悠香は謙悟とくららに出会い、また陽子も冴霞とくららを見て、「自分達の家族に是非迎えたい」といきなりとんでもない事を言い
出した。特にくららと冴霞に対する陽子の溺愛ぶりは相当なもので、事ある毎に二人の事を抱き締めたりしていた。
それが、一カ月前の出来事。円満解決とまでは行かなくとも、新崎謙悟・今村冴霞・南條くららの交際は親達に認められる関係となった。
「ん……」
ゆっくりと目蓋を開けてまず感じたのが二人分の重さだった。両手にはさながら抱き枕のように抱きついている二人の恋人。何も身に着けていない生まれ
たままの姿に、申し訳程度に掛けられたシーツ。可愛らしい寝顔と安らかな寝息は、誇張なしに天使のようだ。
「…………我ながら、自分の習慣に感謝だな」
苦笑いして時計を見ると、時刻はまだ午前五時前。一カ月前のあの日を思い出すという夢はあまり良い目覚めとは言えなかったが、謙悟の早起きは毎朝実
施している早朝ロードワークの賜物である。おかげで朝からこんなにも素敵な二つの宝石に巡り合えた。
「にゃむ……ん、んぅ……」
むにゅむにゅと口を動かし、そのままぎゅうっと謙悟にしがみつくくらら。大きな胸がそれに合わせて謙悟の身体に密着し、柔らかくも張りのある感触に
思わず鼓動が高鳴ってしまう。寝ている相手に照れ隠しも何もないのだが、くららの方から逆側に振り向くと、目の前には冴霞の顔があった。こちらもこち
らで謙悟の腕を豊かなバストで挟み、それほど無理をしなくとも口唇を触れ合わせる事が出来る距離にいる。
「……冴霞?」
「…………ん、……? けん、ごくん……?」
小さな声で呼びかけると、それに反応してゆっくりと冴霞の目蓋が開く。深い黒の中に青を湛えた紺青色の瞳は美しく、吸い込まれるように口唇を求める。
「ちゅ……ん、おはようございます」
「おはよう。て言っても、まだ五時前だけど」
苦笑いする謙悟に、冴霞もふんわりと微笑みを返す。そして謙悟に密着して、もう一人の恋人であるくららの髪を優しく撫でる。反応するくららだが、ま
だ眠気の方が強いらしく起きる気配はない。
「謙悟くん、起こしてあげましょうか? 私も手伝いますから」
「なんだか可哀想な気もするけど……」
くららの顎を冴霞が支えて上を向かせ、その可愛らし口唇に謙悟がキスをする。舌で歯に差し入り、ちょんちょんとくららの舌を刺激すると、くららの方
からもそれに応じるように舌を動かしてきた。
「んっ、ちゅ……? ふぁ……? ふぇん、ふぉふ……むちゅ」
うっすらと開きかけた目蓋はそのまま謙悟を求めるべく再び閉じ、細い腕が謙悟と冴霞を捕まえる。朝からするには余りにも濃厚な交合は一分近く行われ、
謙悟が離れる時にもくららは名残惜しそうに瞳を潤ませていた。
「おはよう、くらら」
「おはようございます、くららちゃん」
「サエちゃん、謙悟くん……おはよぉ」
ベッドの上に三人揃って座り、それぞれにシーツを巻きつけた格好で朝の挨拶。初めての営みで喪失した純潔の証を残すシーツは、昨夜の内に部屋の片隅
へと追いやられている為、今三人が纏っているのは新たに下ろしたものだ。
「早起きさせてゴメンな。二人とも、まだ寝てていい時間のはずだろ? もうひと眠りしたらどうだ?」
「大丈夫ですよ。眠くなったらお昼寝でもしますから」
「うん。それに、お風呂入りたいし。昨日は、その……いっぱい頑張ったから」
頬を染めて意外と大胆な発言をするくららに、冴霞も謙悟も笑ってしまう。確かに初めてだったのに一度どころか二度でも終わらないというのは、そうそ
うある出来事ではないだろう。おかげで汗もたっぷり掻いたし、サッパリしたいのは皆同じだ。
「じゃあ、順番に――――いや、せっかくだから皆で入ろうか?」
謙悟らしからぬ言葉。しかし冴霞もくららも、その発言に異論は全くない。
心も身体も繋げ合った三人の間で、そんな遠慮をする必要はどこにもないのだから。
別荘に設けられたバスルームは非常に広く、家庭用のそれとは文字通りにレベルが違う。一般的な家庭ではせいぜい広くても三畳程度しかないはずのバス
ルームは、この別荘においてはその四倍以上の面積を有し、外の風景を余すことなく見通せるマジックミラーで外界との境界線を敷いている。
「ん〜っ、やっぱり広いお風呂は気持ち良いね〜」
「ええ。家のお風呂でも足は伸ばせますけど、全身沈めてもまだ足りないくらいの広さは……そうそう得られないですから」
長い黒髪をタオルで束ねた冴霞がゆったりとお湯の中に手足を伸ばす。そのまま背中も沈めてしまえば言葉通りの行為になるが、そこまでするほど子ども
ではない。それにまだお湯は入れている最中で、ようやく半身浴が出来るくらいの湯量になったばかりだ。
「でも、このまま沈んでいくっていうのも、それはそれで面白いかもな……っと」
腰に巻いたタオルを固く縛り、謙悟は背もたれから身体を落としていく。その姿に冴霞はじゃばっとお湯を掻き分けて浴槽横のパネルに手を伸ばし、流れ
るお湯の勢いを弱める。
「もう、お行儀が悪いですよ、謙悟くん?」
「まあまあ、堅い事言わないのサエちゃん。じゃああたしも……んしょ」
謙悟の右横に滑り込み、するすると身を沈めて行くくらら。謙悟や冴霞と同じく腰にだけタオルを巻いたその姿は、服を着ていても大きいと感じ、そして
昨夜は愛する二人を相手に存分にその大きさと美しさを披露したバストを隠すことなく、愛らしさと色香を同時に身に纏っている。
「くららちゃんまで……もぉ、私だけ仲間外れじゃないですかっ」
「だったら、冴霞も来ればいいだろ? ほらっ」
謙悟が左手を差し出す。いつもの冴霞ならばそれに対してあれこれと理屈をつけて拒否する所だが、今日ばかりは……いや、今日からはそうした優等生を
無理に押し通す事は無い。それは謙悟とくららの前のみという限定条件ではあるものの、素直に甘える事を自分に許した冴霞の変化。
「じゃあ…………えいっ!」
波を立てて、謙悟の腕にしがみつきながらお湯に浸る。くららと比すればどんなバストも大きさという意味では霞んでしまうが、百七十センチを超える長
身ながらもEカップという大きさを誇る冴霞も一般的には十分に巨乳と呼べるレベルであり、くららがベッドでしていたように胸の谷間で謙悟の腕を挟む。
適度な暖かさのお湯に全身を浸し、水面に出ているのは首から上のみ。透明なお湯は一定水量に達すると自動的に注水を停止し、ほのかな湯気だけがバス
ルームを包んでいく。
「…………冴霞、くらら」
謙悟の声に反応し、二人が同時に距離を詰めてくる。まだ寝そべったままの謙悟に対して二人がのしかかるような体勢になったが、謙悟はそれに文句を言
うこともなく、身体の下に隠していた耐水仕様のミニバッグを取り出した。
「まだ、先の話し過ぎるし、そんなにちゃんとした物でもないんだけど……受け取って下さい」
バッグを開けて、中から小箱を取り出す。それを受け取った冴霞とくららが呼吸を合わせて開けると――――二人とも、声を失った。
小箱に収まっていたのは、三つのシルバーリング。
男性用のサイズが一つと、女性用のサイズが二つ。女性用の物はそれぞれ大きさが異なり、どちらがどちらと間違える事もない。
「け、謙悟くんっ、これっ」
「もしかして、その……」
カタカタと震える唇で言葉を紡ぐ二人に、謙悟も恥ずかしい気持ちで一杯になりながら。
「……婚約、指輪だと思ってくれると……助かる……」
言ってしまった。
言ってくれた。
常識では有り得ない関係を、明確に形にする誓いの輪。三人一組というのなら、トリオリングとでも言うべきだろうか。
実は、夏休みに入って以降謙悟がバイト三昧だったのは、この指輪を買う為だった。それまで貯めていたアルバイト代では少々足りず、また何かと物入り
になるという今後も加味して労働に勤しみ、これを受け取ったのはつい先日の事だ。旅行の予定になんとか間に合ったこれをいつ渡そうかと悩んでいたが、
朝になってようやく決心がつき、この場で遂に踏み切ったというわけである。
「今村冴霞さん。南條くららさん……俺と、新崎謙悟と…………――――――――結婚、して下さい」
あの日、写真スタジオで交わした告白。それを今度は謙悟から告げる。
答えはもう出ている。三人で初めてデートした時からずっと変わらない、そして未来においても変わらないと確信している想い。
その誓いを、確かな形として。
「はいっ、喜んで」
「末長くよろしくね、謙悟くん」
花嫁二人は、たった一人の男性に誓いの口づけを重ねた。
広いベッドの上で眠る三人。
緩く差し込む陽光は天の中点をわずかに過ぎており、海からそよぐ風がカーテンを揺らす。
彼らの左手薬指には銀の円環。運命に導かれ、その将来を約束する証。
三人で紡ぐ旋律は、これからも果てどなく続き――――このHoneymoonはまだ、終わらない。
The End......but, this is not Fin.
あとがき: