B&G MEMORIAL of SUMMER

BOYS and GIRLS in Long Vacation

 

 

 

 弓島陽子。それは陽子が新崎徹と結婚する前の旧姓であり、二十一年間付き合って来た名前だった。陽子の結婚は二十一歳とかなり早く、当時の同僚や学

生時代の同級生からはかなり心配され、また当然ながら両親からの反対もあった。しかしそうした家庭の事情とは別に、陽子にもやはり仕事はある。

 看護高等学校を卒業後、地元である陽乃海市の市立病院に配属となった陽子は、看護師の資格のみではなく他にも多くの資格を取得すべく研修を受けてい

た。その一つが助産師の資格であり、実習の際に担当する事になった患者の一人が、既に冴霞を身籠っており、当時二十七歳の今村悠香だった。

 年齢は姉妹ほども離れている陽子と悠香だが、歳の差のある男性と結婚したこと、そして陽子にとっては実はそう遠い未来の話ではないのだが、子どもを

産むという女性のみに許された先輩としての悠香と、それを手助けする立場という陽子の関係は自然と二人の距離を縮めて行き、それなりに親しい友人関係

となった。悠香は陽子の事を親しみを込めて『陽子ちゃん』と呼ぶようになり、陽子もそんな悠香を『悠香さん』と呼ぶようになる。

 しかし、助産婦資格の取得を契機として陽子には新たなチャンスが舞い込んできた。経験に置いてはまだまだ不足しているが、今後数年を経れば認定看護

師として、より医療の現場の最前線へと立つ事が出来るようになる事と、陽子自身も徹との間に新しい命を宿した事だ。

 結果として陽子は市立病院から転勤となり、二ヶ月後には徹と正式に入籍・結婚し、また数ヵ月後には産休という慌ただしい時期を送る事になった。悠香

との関係はそれ以来途絶するという悲しい結果になった――――。

 

 

『え……? 陽子ちゃん、なの……?』

「はい。本当に……ご無沙汰しています、悠香さん」

 思いがけない再会に、じんわりと視界が滲む。それは陽子だけではなく、電話の向こうにいる悠香も思わず口を押さえていた。

『そう……そうなのね。陽子ちゃんが、謙悟さんのお母様なのね。……陽子ちゃんの旧姓しか憶えてなかったから、全然思い至らなかったわ……』

「私は、もしかしたらって思ってましたよ。だって、冴霞ちゃん……何となくだけど、昔の悠香さんの面影があるから」

 確かに、冴霞と悠香の顔立ちは親子といって誰もが納得する程度には似ている。どちらも美人であるという共通点は当然として、さらに性格的な面でも

二人とも基本は真面目で優しく、誰からも慕われる雰囲気を漂わせている。

『昔ね……そうね。陽子ちゃんと会わなくなって、もう十八年になるものね。日が合えば、どこかで待ち合わせをしない? 色々と話したい事もあるし』

「ええ、それは私も。特に……うちの謙悟と」

『冴霞の事ね。あの子、今どうしてるかしら?』

 悠香がどことなく意地悪な声でそう尋ねると、陽子も部屋のベッドに座って電話を持ち替える。

「どうもこうも。もうお互いに末期症状って感じですよ、ずっと一緒にいたいってオーラがビンビン伝わってきてますから。ここまでくると、現代医学でも

草津の湯でも対抗できません」

『あらあら。しょうがない子ね、うちの娘は』

「うちの息子もですけどね。よかったら、もう一日くらいはお預かりしますけど? 私も冴霞ちゃんとはゆっくりお話ししたいですし」

 陽子の申し出は、冴霞と会う事を待ちわびていた彼女としては当然のことだった。また保護者が間に入る事で監督役となり、一人の人間として謙悟を信頼

している悠香もこれまで以上に安心して娘の身を任せる事が出来る。ましてや、その保護者がかつての友人である陽子なのだ。

『じゃあ、冴霞の事をお願いします。と言っても、実は――――』

 最後に、悠香から告げられた言葉に陽子は目を丸くし、思わず噴き出してしまう。

 

 ああ、そういえばこういう突拍子もない意地悪をするのが好きな人だった。そこはやっぱり悠香さんだけの美点で、冴霞ちゃんとは違うのだろう。

 とにかく、大切なお嬢さんを預かる一人の人間として。そして愛する息子の恋人を相手にする母親として。

 

 新崎陽子は電話越しに、今村悠香に頭を下げた。

 

 

 

BGM EXTRA AFTER EPISODE

Lovely Cohabitation

 

 

最終話  Mutual Faith of Family

 

 

 陽子が二階から降りてリビングに戻ってくると、麻那が脱衣所にあるタオル置き場から大きめのバスタオルを持ってきていた。

「どうしたの? 麻那」

「おにいちゃんとおねえちゃん、ねちゃったから。かぜひいちゃうもん」

 言われてからソファーに視線を向けると、麻那の言葉通り謙悟も冴霞もソファーに座ったまま穏やかな寝息を立てている。しかもしっかりと冴霞は謙悟に

寄り添い、どちらとも幸せそうな寝顔を向けている。それを見て陽子も優しく微笑み、麻那と一緒にタオルを広げて二人にかけてやった。

「昨夜はかなり頑張ったみたいね……でも、お母さんとしてはちょっと減点かな。む……でも、この歳で孫っていうのも……」

「?? おかーさん?」

 降りてくる前に謙悟の部屋を覗いた事で、昨夜の情事の一通りを把握済みの陽子はブツブツと呟きながら怪しい笑みを浮かべている。「男の子でも女の子

でも、どっちでも良いわね」だのと口走る母にどことなく不安な疑問を感じながらも、麻那はそれに気づく様子もない謙悟と冴霞を見上げる。

「おにいちゃんもおねえちゃんも、うれしそう♪」

 一緒にお茶を飲んで、二人が腰掛けているソファーの足元でお土産を数えていた麻那がふと気がつくと、二人は既に眠りに落ちていた。自分の相手をして

くれないのはちょっぴり不満だったが、大好きな兄と、自分と同じくらい兄を好きでいてくれる冴霞の事を好きになっている麻那は無理に二人を起こす事も

せず、年齢不相応の優しさを発揮して行動を起こしたのだ。こうした優しさが、やはり麻那が謙悟の妹であると感じさせる一面でもある。

「おかーさん、麻那おなかすいたっ! ごはんつくって〜」

「ん? ああ、はいはい。じゃあ冴霞ちゃんと謙悟が起きてもすぐ食べられるように、お寿司にしよっか? 麻那も好きでしょ、お寿司」

「うん!! いっぱい食べるよ!!」

 むぎゅっと陽子に抱きつく麻那。陽子は麻那の髪を結んでいる飾りつきのヘアゴムを外してやると、手櫛でさっと整えてやる。

「あ、そうだ。ご飯食べたら、麻那もお手伝いしてくれる? 謙悟の部屋、片づけてあげなくちゃいけないから」

「おにいちゃんの? なんでー?」

 麻那の質問は、普段の謙悟の部屋を知っている彼女としては素直な疑問だった。兄の部屋はいつも綺麗に片づけられているし、どちらかというと陽子の部

屋の方が今は片付けが必要な気がする。旅行から帰ったばかりで荷物を整理した方が良い、というのは麻那でも分かっている事だからだ。

 しかし陽子は、ふふんと得意げに笑う。

「だって、まだしばらくは冴霞ちゃんがお泊まりするんだから♪」

 

 

 

『実は明日から私と夫は、夫の実家に帰省する事になってるの。うちの猫たちは冴霞の友達に預かってもらうよう、話もしてるわ』

 電話越しにくすくすと笑いながら晴れやかに告げる悠香。その表情を昔の姿でイメージしながら、さすがの陽子も笑いを堪え切れないのか噴き出した。

「ちょ、悠香さんっ……それって……もしかして、最初から織り込み済みだったの?」

『まぁ、陽子ちゃんたら。私を黒幕みたいに言わないでちょうだい? これはあくまでも「家庭の事情で仕方なく出掛ける」んだから。それに冴霞も今年は

受験生だし、わざわざ実家に連れて行って貴重な勉強の時間を割くのは問題ありでしょう?』

 その娘を恋人と同棲するよう言った母親がよくも言うと思いつつ、それを口に出さない陽子もまた、ある意味では黒幕でもある。

「くっ、ふふっ…………あっ、そうだ。悠香さんの旦那さんは反対してないんですか?」

『まあ、何とかなるわよ。あの人も冴霞に見合いの事を黙っていた手前、あんまり強く口出しは出来ないし』

 心配ないわ、と気楽に語る悠香。彼女がそういうのなら本当に心配はないのだろう。

「じゃあ、改めて。冴霞ちゃんの事お預かりします。お戻りになられるのはいつですか?」

『多分、四日後くらいね。陽子ちゃんはお仕事?』

「ええ。まだまだ現役の看護師ですから」

 悠香との別れ以降、陽子は謙悟を出産した後には経験を積み、認定看護師としていくつもの資格を取得している。その多才ぶりから現在在籍しているかつ

ての古巣である市立病院で、最も信頼される看護師の一人として患者のみならず看護師、医師からも絶大な人気を誇っている。

「なので、しばらくはまた留守にする事が多くなるかと。まあ、謙悟も妹がいる手前あんまり冴霞ちゃんとイチャイチャは出来ないかもしれませんけど」

『まぁ。二人もお子さんがいるのね。いつか妹さんにもお会いしたいわ』

「はい、是非会ってあげて下さい」

 それからしばらく取りとめもない話をした後、二人は電話を終えた。実に十八年ぶりの再会、話したい事は山ほどあるが、それはこれから長い時間をかけ

てゆっくり語り合えば良い。もうお互いに連絡が取れなくなる事はないのだから。

 

 

 

 当事者たちはまだ知らない。別れの日が遠くなった事と、母親同士が友人であること。

 それを知れば二人とも驚愕するだろうが、それ以上にまだ共に過ごして良いという事実の方に歓喜するはずだ。

 麻那という抑止はあるが、その抑止力のおかげで健全な関係を獲得し、互いの自立を促す事も出来る。そうすることでより強い信頼を築ける。

 それが、後の家族として陽子と悠香が二人に望んだ信頼関係。

 

 夏は続く。季節は続く。過ぎ行く時間は新たな関係と新たな友人を迎えていく。

 連綿と続く混成曲(メドレー)。一人では叶わず、二人でも足りない。より多くの関わりを得て、完成していくBGMを感じ合って。

 今は穏やかに眠る二人の未来は、これからも紡がれてゆく――――。

 

 

Fin






あとがき:

約一年を通して連載してきたBGMLCも、これにて最終回となります。意外な展開を迎えて、しかし別れは遠くなった事で
二人の同棲生活はちょっとだけ延長。しかし麻那という可愛らしくも最大の強敵(?)が二人の間に立ちふさがり、それによって
ラブラブ関係もちょっとずつ緩和されていく事でしょう。その後については以前に書いたお話の焼き直しになるので割愛させて頂きます。
そして、ついに両家の公認となった謙悟と冴霞。彼らのその後はこれまで出している番外編で綴っていますので、そちらをご参考ということ で。
それでは、合計13話とちょっと不吉な数字になりましたが、彼らの夏物語はこれにて閉幕。またいつかの季節で奏でられるBGMでお会 いしましょう!!


管理人の感想

BGMLC、最終話である第11話をお送りして頂きました〜^^

悠香と陽子の関係。私の予想はだいたい当たっていましたが、皆さまはどうでしたでしょう?
設定とか読みなおせば分かることですが、改めて見ると結構二人の間には年の差があるんですね。というか、陽子が若すぎるのか。
18年振りの会話。それでもなお、お互いのことを分かっているのは本当の姉妹みたいですね。それだけ、二人にとって互いは良き友人だったのでしょう。
結果的に陽子の転勤という形で別れてしまった二人ですが、こうしてお互いの子供同士が恋仲になるとは、素敵な偶然ですよね^^

そしてそして。相変わらずの悠香さんの策士っぷりで、二人のアマアマ同棲生活はもう少し続くようで。
まあ麻那が居るため糖度は少し落ちるでしょうが、共に過ごせるというだけで二人にとってはこの上ない幸せなのでしょう。

鷹さん、約9カ月に及ぶ連載、お疲れさまでした。
そして読者の皆さま、またいつの日か新たに告げられるBGMを、お楽しみに!



2010.5.3