2.言葉をたくさん覚えよう
彼の生家の文房具屋も同じ町内にあって、二人は幼いころから顔見知 りであり、町内の子ども会の会員同士にすぎなかったのだが、その年の晩秋のある日曜日の朝、子供会の恒例で町内の小公園を清掃したのち、掃(は)き集めた落ち 葉でたきびをした際、彼が、いつもの銀杏(ぎんなん)の実のほかに、ポケットにしのばせていったいくつぶかの生栗をそっと火の中へ投げ入れたことが、二人を思わぬ仲に引きずりこむきっかけになったのであった。 あの朝に限って、どうしてそんなことをする気になったのか。全く[ ]としか思えないが、ただ年下の子らを驚かしてやろうといういたずら心だけで、他に、たくらみなどあろうはずがなかった。ところが、銀杏の実が音を立ててはぜ始め、たきびを囲んでいる子らが笑いさざめいているうちに、ぽんと、ひときわ高い破裂音がして、それと同時に、彼のとなりにしゃがんでいた里子が、きゃっと悲鳴をあげてあおむけに倒れたのである。(つづく) |
問1
「二人は幼いころから顔見知りであり」とありますが、これを短い言葉でふつうなんと呼んでいますか。ひらがな六文字で答えなさい。
問2
[
]にあてはまる語句として最も適当なものを、次の中から選びなさい。
ア 魔がさした イ 気に病んだ ウ 夢を見ていた エ どじを踏んだ
解説
国語の基礎力を養う方法として、ここでは「音読」「言葉の意味調べ」「読書」の三つを挙げたいと思います。国語の勉強方法がわからないという人が多いのですが、この三つはやる気さえあればだれでも実行できます。
=音読=
スポーツでも音楽でも、練習をしなければ決して上達しません。これは国語でも同じです。国語の基礎力を養うのに最も役立つのが「音読」です。
ものごとと言葉との結びつきにはきまりがあります。山を指さして川と言えば笑われます。
目に見えない対象についても、それに対応する言葉をいろいろと思い浮かべ、やがて対象と言葉とが一致したときに、はじめてはっきりとした理解が得られます。人間はものごとを言葉によって理解するのです。
また、言葉と言葉の組み合わせ方にもきまりがあります。「ぼくは食べました」を「ぼくを食べました」などとすれば、「お前は蛸か?」と言われてしまうでしょう。
日本語の文法では、なによりも「てにをは」が基本になりますが、間違った使い方に対しては、瞬時におかしいと思う感覚がそなわっていなければことばを正しく遣いこなすことはできません。運動神経というものがあるならば、その一方で「言語神経」というものを想定してもよいでしょう。
語義や文法を守らないと、ものごとを正しく理解することができないだけでなく、他者とのコミュニケーションも成立しません。人間は社会的動物ですが、そうであるならば、人間を人間たらしめるものは言葉であるといえます。
ただし、言葉を単に理解とコミュニケーションの道具に限定するならば、それは未開の原始的社会の水準にとどまってしまいます。高度な社会は、実は言葉によって創造されるのだといえます。典型的なものは法律であり、法案の成立によって政策が具体化していきます。
原始社会でのコミュニケーションはもっぱら口頭によりますが、高度な社会は文字による伝達がなければまったく成り立ちません。そして、なぜ音読練習が必要なのかという問いに対する答えがここにあります。
現代の高度な社会を成り立たせているものが文字による言語体系である以上、日常生活の中で自然に身に付けた口語主体の言語体系だけでは、社会の実相を把握することも、またこれに積極的に参加することもできません。ですからわれわれは言葉を意識的に努力して習得していかなければならないのです。
答がぼんやりと頭の中に浮かんでも、それを言葉にしようとするとうま
くいかない。こんな悩みを持つ受験生はたいへん多いのですが、対処の仕方は案外単純なものです。
文章力の養成は形から入るのが原則です。思考力という形の無いものを
追い求めても、それは幻を追うようなものです。明晰でわかりやすい文章を繰り返し繰り返し口に唱え、まず体で覚えることから始めましょう。
ただし、ここで言う文章力とは、やたらに難解な言葉を多用する能力ではありません。表現が抽象的になればなるほど、逆に生の対象からは遠ざかってしまい、読み手にはなんのことやらさっぱり理解できなくなります。学者や評論家にこういうタイプが多いですね。
答案に用いる言葉は特別なものである必要はありません。ふだん用いている日常語で十分です。
音読練習を積み重ねると、整った文章が頭の中にたくさん蓄積されます。この蓄積が多ければ多いほど、対象をより深く理解し、そしてわかりやすく正確な文章で表現することができるようになります。
=言葉の意味調べ=
国語辞典を持たない人はいないと思います。しかし、使い込んで真っ黒になっている辞書は、このごろ全くと言ってよいほど見かなくなりました。以前は学校の授業で、“教科書に出てくるわからない言葉を辞書で調べ、意味をノートに記す”という方法が当たり前のように実行されていました。しかしながら今日では、この正統的な学習方法は全く忘れ去られてしまったようです。
「チョーむかつく」などという幼児語の類が蔓延しているのは、つまるところ語彙力の 不足といわざるを得ません。国語力は意識的に努力して身につけるものだという基本的 な認識がいつのまにか失われてしまったようです。そして貧弱な語彙力のままで、この高度情報化社会に否応無く投げ込まれるのですから、まわりの状況も、他人の気持ちも、そして自分自身 の心さえ十分には理解できなくなりつつあるのではないでしょうか。
さて、国語の入試問題では、とくに「論説文」や「説明文」などに難解な文章が多く、 内容の把握に苦しむ場合があります。その場合、「よくわからない」ですまさずに、理解できない言葉に出会ったら、必ず辞書で意味を確かめましょう。
辞書の使い方などは、実際に使っているうちに自然に身についていきます。また、一度調べただけではよく理解できない場合もありますが、あまり気にする必要はありません。なんどか出会ううちに自然に納得できるようになります。
最近は電子辞書が普及してきました。これは本の辞書より使いやすいので、店頭で実際に使ってみて、説明のわかりやすいものを選んで利用するのも良いでしょう。
=読書=
本をよく読んでいる人は国語に強い。これは当然です。本はよく読むのだが読解問題が
うまく解けないという場合もありますが、塾などで解き方を教わり、問題数をこなして行 くと、短期間に驚くほど上達します。
本を読んでいると、わからない言葉に出会います。これをいちいち辞書で調べているとなかなか先に進めません。そのうちいやになって読むのをやめてしまう場合もあるかもしれません。
精読では積極的に辞書を活用すべきですが、読書では、わからない言葉に出会ってもあまり気にせずにどんどん読み進みましょう。たくさん読んでいるうちに、前後の内容から、はじめて出会う言葉の意味もなんとなく推測できるようになります。すべてを完全に理解しようなどと思わず、「だいたいのことがわかればよい」という気楽な気持ちで読み進めばよいのです。
「入試のため」あるいは「知識を得るため」などといった義務感で読むのも感心できま せん。それでは本の世界にのめり込んでいくことができないからです。読書は楽しくなければ意味がありません。読みたい本、その中に自然に入って行けるような本を楽しんで読めばそれでよいのです。
たくさん本を読んでいると、国語の読解問題がよく解けます。また、読解問題で深い読み取り方をすると、読書の際に、いままで気づかなかったような何気ない表現に深い意味を感じ取ることができるようになります。
たとえば小説などは表現技術のかたまりです。さりげない表現が、後の展開を暗示する重要な伏線になっている場合が多いのですが、この伏線に気付くかどうかで面白さが格段に違ってきます。伏線の発見によって、読者は物語の展開を積極的に予想しながら読み進むことができます。予想はわくわくとした期待になります。そして期待通りになれば快哉し、また外れても、その意外性に思わす唸ります。これが小説の醍醐味でしょう。
良質の設問によって、小説に開眼できる可能性があることを知っておくと、より前向きな姿勢で演習に取り組むことができるでしょう。
このように、読書と問題演習とがお互いに助け合ってますます国語全般の力を高めて行きます。
問1
設問をよく読みましょう。「ひらがな六文字」とあります。このような場合、解答欄はほ
とんど例外なく6マスに区切ってありますから、字数を誤ることはないと思いますが、「おさな友だち」などと漢字を交えて答えた場合には、当然誤りとなります。
問2
直前に「あの朝に限って、どうしてそんなことをする気になったのか。」とあります。その後に、「…自分でもよくわからない。」などと補ってみるとよくわかります。“ふだんなら絶対に考えないようなことをしてしまい、しかも、なぜそのようなことをしたのか、自分でも理由がよくわからない”ということです。
正解 問1 おさななじみ 問2 ア(魔がさした)
選択問題の解き方(1)
(…ただ年下の子らを驚かしてやろうといういたずら心だけで、他に、たくらみなどあろうはずがなかった。ところが、銀杏の実が音を立ててはぜ始め、たきびを囲んでいる子らが笑いさざめいているうちに、ぽんと、ひときわ高い破裂音がして、それと同時に、彼のとなりにしゃがんでいた里子が、きゃっと悲鳴をあげてあおむけに倒れたのである。)彼は、笑った。ぽんという破裂音は、生栗がはぜた音に違いなかったが、その程度で六 年生の女の子が、まるで胸を強くつかれたようにひっくり返るはずがない。彼は、里子が みなを笑わせようとして派手に倒れて見せたのだと思ったのである。 里子は、倒れたまま右目を手のひらでおおって、「痛いようー。痛いようー。」と泣き出 した。彼は驚いてだき起こした。すると、右目をおおっている手のひらの、指のまたから、 一筋の鮮血(せんけつ)が手の甲を走るように流れた。彼は、最初、里子に何が起こったのかわからなかったが、そばにいた男の子の一人が、 「あ、栗だ!」と叫ぶのを聞いて、一瞬のうちにすべてを理解した。彼がそっとたきびへ 投げ入れた生栗の一つがとうてい信じがたい勢いではぜ飛んで、しゃがんでいた里子の右 目を激しく直撃したのである。まさかと思ったが、起こりえないことではなかった。出血 しているから、ただ激しくあたっだでけではなくて、目のどこかを傷つけたのだ。(つづく) |
問 下線部「彼は、笑った。」とありますが、なぜ「笑った」のですか。最も適当なものを、 次の中から選びなさい。
ア 里子が派手に倒れてみせたのが、あまりにこっけいだったから。
イ 生栗のぽんとはじける音がはじめて聞く音で、めずらしかったから。
ウ 自分がこっそりしかけた栗に、里子が予想通りにびっくりしたから。
エ 生栗がはじけた程度の音でおどろいた里子を、からかいたかったから。
解説
いくつかの選択肢の中から正解を選ぶ問題は、「エンピツをころがして答を決める」などという冗談もあるように、よく理解できない場合や自信がない場合でも、適当に選んで答(記号)を記すことができます。それでもまぐれ当たりで得点できる場合があるので、いつのまにか当てもの的な安直な解き方が習慣になってしまう場合があります。しかし、このような直感的な方法にたよっていると、いつまでたってもあるレベルを超えることができません。
試験時間はたいてい50分ですから、この短い時間の中で、長い問題文を正確に読みこなした上で、設問をひとつひとつ根拠を押さえながらていねいに解いて行くには熟練が必要です。熟練は、一定の手順を何度も繰り返し、体で覚えることによって得られます。その手順を、これからいっしょに勉強して行きましょう。
選択問題を解くときには、次のことに注意します。
正解は一つです。そして、それ以外は誤りか、あるいは誤りとはいえないまでも、正解としては不十分です。
(注意 設問によっては、正解を複数選び出すものもあります。)
こんなことはあたりまえのことですが、選択問題の解き方の出発点はここにあります。
1. 正解の選択肢には、正解である理由がある。
2. 不正解の選択肢には、正解でない理由がある。
3.
不正解ではないが、正解として不十分な選択肢には、不十分な理由がある。
選択問題では、ひとつひとつの選択肢について、その正しい理由、正しくない理由をはっきり説明できなければなりません。これは実際にやってみると、たいへんわずらわしいのですが、だからこそ手順を踏むということが大切なのです。
では、実際に問題を解いてみましょう。
設問文には「なぜ『笑った』のですか。」とあります。つまり「理由」が問われています。
まず、下線部の前後をよく検討し、理由が述べられている部分がないかどうかを調べます。
順序としては、下線部(傍線部)の直前から探しはじめ、見つからない場合は少しずつ前の方へさかのぼって行きます。
鉄則 「てがかり」の探し方は、近くから遠くへ
前の部分に見つからなければ、やはり 近くから遠くへ の鉄則どおり、直後から後の方へ下って行きます。
・・・・彼は、笑った。ぽんという破裂音は、生栗がはぜた音に違いなかったが、その程度で六年 生の女の子が、まるで胸を強くつかれたようにひっくり返るはずがない。彼は、里子がみ なを笑わせようとして派手に倒れて見せたのだと思ったのである。
ここでは「彼は、里子がみなを笑わせようとして派手に倒れて見せたのだと思ったのである。」に注目します。
この部分を理由の表現に言い換えて、「彼は、笑った」(なぜなら)「彼は、里子がみなを笑わせようとして派手に倒れて見せたのだと思った(から)である。」としてみると、う まくつながります。
要するに、(里子はほんとうに驚いたのではなく、「みなを笑わせようとして」驚いたふ りをしたのだ。)と彼は考えたのです。
以上をふまえて選択肢をひとつひとつ検討します。
ア 「里子が派手に倒れてみせたのが、あまりにこっけいだったから。」
イ 「生栗のぽんとはじける音がはじめて聞く音で、めずらしかったから。」
ウ 「自分がこっそりしかけた栗に、里子が予想通りにびっくりしたから。」
エ 「生栗がはじけた程度の音でおどろいた里子を、からかいたかったから。」
正解の候補はアだけです。
正解 ア
選択問題の解き方(2)
目玉ではないように。とっさに彼は祈るように思った。 「ど、どれ、見てあげる。手をどけて。」 彼は、目をおおっている里子の手を引きはがそうとしたが、力が及ばなかった。里子は、 痛みがますますひどくなるのか、泣きながらわなわなとふるえたり、身もだえする。仕方なく、彼は染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。染直では、店にいた家族や使用人たちが総立ちになった。土間のおくから走り出てきた母親が、彼の腕から里子を引ったくるようにだき取った。染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。 (つづく) |
問
下線部「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」とありますが、なぜ彼はこのような行動をとったのですか。その理由として適当でないものを、次の中から選びなさい。
ア 染直の人々があわてふためいているので、だれかを呼び止めるのが心苦しかったから。
イ 里子の目を傷つけたのは自分自身であることを、そっと染直の人々に謝りたかったから。
ウ 里子本人に直接謝る勇気はなかったが、遠くからなら頭を下げることはできたから。
エ 誰も自分にかまってくれないので、また後日あらためて出直してこようと思ったから。
解説
設問に注意しなければならない部分があります。「その理由として適当でないものを」となっています。きちんと押さえられたでしょうか。
「1.設問をよく読もう」 で注意したことをもういちど思い出してください。落ち着いて読めばなんでもないことです。しかし、ほとんどの選択問題は正しいものを選ぶようになっているため、それが習慣になってしまい、設問をよく読まずに大失敗する場合が多いのです。
試験中は時間に追われて焦ってしまうことも多いものです。しかしそんな時こそ「急がば回れ」です。
ただし、このような「適当でないもの」を選ぶ設問は、「適当なもの」を選ぶ場合に比べて解きやすいものが多いので、ぜひ得点源にしていただきたいものです。
鉄則 設問はすみからすみまできちんと読む。(重要な部分には傍線を引くこと)
では、いっしょに考えてみましょう。理由を問う設問ですから、前回と同様に、下線部の理由を本文の中に探します。
まず下線部の直前に注目します。
・・・染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。彼は、 誰へともなくお辞儀して店を出た。
ここでは「染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。」という部分がその理由ではないかと考えてみます。
原因と結果の関係に当てはめて、
「染直の人々は、…彼がそこに立っていることなど忘れ ていた」(ので)、「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
としてみるとと、不自然な
感じはしません。せっかく里子を店まで連れて来てあげたのに、誰からも無視されたままであれば、店を出て行くのもやむをえないかもしれません。
しかし、よく考えると、少々おかしいところがあります。彼は自分が居ることを店の人に気づいてもらいたいのでしょうか。
もしも店の誰かに里子のけがの原因をたずねられたとしたら、彼はたいへん苦しい立場に追い込まれてしまいます。原因を作ったのは彼自身だからです。
したがって、「染直の人々は、…彼がそこに立っていることなど忘れていた」という部分は、下線部の理由として十分なものとはいえません。
そこで、下線部の理由を、彼の気持ちの中に探ってみましょう。
目玉ではないように。とっさに彼は祈るように思った。 「ど、どれ、見てあげる。手をどけて。」 彼は、目をおおっている里子の手を引きはがそうとしたが、力が及ばなかった。里子は、痛みがますますひどくなるのか、泣きながらわなわなとふるえたり、身もだえする。仕方なく、彼は染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。
事態の深刻さに対する彼のおののきが伝わってきます。また「仕方なく、彼は染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。」という行動から、ためらいつつも責任を痛切に感じ ている様子がわかります。
自分の投げ入れた栗が原因だと理解したときに、もしも卑怯な人間であれば、無関係を装って、なにもせずにそのまま黙っていたかもしれません。
ただし、染直の店で、里子のけがの原因を作ったのは自分であることを正直に言い出せなかったのは、そこまで思いきる勇気が足りなかったのだと考えられます。
まとめてみましょう。
「染直の人々は、みな、うろたえていて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。」
という目に見えることがらは、表面的な理由にすぎない。
(取り返しのつかないことをしてしまった)という目に見えない気持ちこそが本
当の理由である。
原則 「理由」(原因)には大きく分けて「見えるもの」「見えないもの」の2種類がある。
@「出来事」が理由(原因)になっているもの。「目に見える」
A「気持ち」「考え」が理由(原因)になっているもの。「目に見えない」
では、以上の検討をふまえて、選択肢をひとつひとつ調べて行きましょう。答として「適当なもの」は消去します。
ここでは、各選択肢と下線部「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」とを、原因と結果の関係にあてはめて、矛盾なくつながるかどうかを確かめることにします。4つのうち3つは正しく結びつくはずです。
原則 設問部(下線部)と各選択肢を原因と結果の関係にあてはめて検討する。
ア
(原因)「染直の人々があわてふためいているので、だれかを呼び止めるのが心苦しかったから」
→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
イ
(原因)「里子の目を傷つけたのは自分自身であることを、そっと染直の人々に謝りたかったから」
→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
ウ
(原因)「里子本人に直接謝る勇気はなかったが、遠くからなら頭を下げることはできたか ら」
→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
エ
(原因)「誰も自分にかまってくれないので、また後日あらためて出直してこようと思ったから」
→(結果)「彼は、誰へともなくお辞儀して店を出た。」
このように、正解としてふさわしくないものを消去して行く方法が消去法です。い
きなり正解を選び出すより、正解の候補をしぼりこんでいく方が正解率は高くなります。
原則 消去法で正解の候補を絞り込む。
読解練習でこの消去法を訓練していくうちに、選択肢を2つまでしぼりこむと、その中にほぼ100パーセントに近い確率で正解が含まれるようになります。1点を争う入試では必ず 実行したい解法です。
ここでは解法の原則通りに、下線部の理由を本文の中に探ってから選択肢の検討に入りましたが、実際の試験では時間の制約がありますので、最初に原因と結果(因果関係)のあてはめを行い、その上で本文を参照しながら正解の候補をしぼりこんでいく方法でもかまいません。
正解 エ
慣用句の問題
里子の右目は思いのほかの重症で、失明のおそれがあるといううわさだった。たきびに生栗を入れたのはだれかが問題になっていると聞いたが、彼はおそろしくて名乗り出ることができなかった。まことに薄気味の悪いことだったが、なんのおとがめもないままに彼 は知らぬふうをよそおっていた。(つづく) |
問
下線部「なんのおとがめもないままに彼は知らぬふうをよそおっていた。」とありますが、こうした様子をあらわす慣用句があります。「顔」という言葉を使い、「〜顔」に続くようにひらがな五文字で答えなさい。
解説
設問文に「『顔』という言葉を使い、『〜顔』に続くように」とあり、これが重要なヒントになっています。
本問の答は「なにくわぬ(顔)」です。わからなかった人も、正解を見ればなるほど思うはずです。「そしらぬ(顔)」でも意味は同じですが、字数が合いません。
慣用句の問題では、身体の一部を用いた表現が頻出します。その場合、「舌を巻く」や「顔
が広い」など、その身体の一部が先頭にくる型が大半です。本問は、それが末尾にくる型であり、その意味でやや意表をついたものといえるかもしれません。
ところで、受験用のテキストなどに慣用句の一覧がありますが、この「なにくわぬ顔」は、それらに載っていない場合が多いと思います。ここで、なぜこのような慣用句が出題されたのかを考えてみることは、入試国語対策をとらえ直す上で重要かもしれません。
出題者はこの設問で何を意図したのでしょうか。周到で練達した出題者ならば、よく用いられている受験用のテキストは必ず手元において調査するはずです。彼はそれらのテキスト類をていねいに調べ、これから出題しようとする慣用句が掲載されていないことを確かめた上で出題を決めたのかもしれません。もしもそうだとすれば、彼は見事に受験生の裏をかいたことになります。
もちろん以上は単なる想像に過ぎませんが、仮に今回正解できなかったとしても、「いじわるな出題者だ」などと愚痴をこぼす前に、これまで読んできた問題文をもう一度ふりかえってみてください。まだ終わりまで読んだわけではないのですが、情感にうったえる非常に良い文章です。これは三浦哲郎の「たきび」によるのですが、わざわざこのような文章を選んだ出題者の意図をよく考えて見なければいけません。あきらかに、彼はこのような物語に感動することができ、そして作中人物のこころを理解し、それに共感できる受験生を採りたいと願っているのです。
合否は最終的に点数で決まります。そのため、受験生はとかく点数にこだわり、1点でも多く獲得して憧れの志望校に進みたいと願うのですが、一方、学校側には、このようなタイプの受験生が欲しいという、明確なポリシーがあるのです。
ここに出題された「なにくわぬ顔」という慣用句は、たとえ受験用テキストには掲載されていなくても、おそらく日常生活のどこかで、会話や様々なメディアを通して、すでに聞いたり読んだりしたことがあるはずです。それに気づき、自分自身の語彙にできるかどうかは、言葉に対する注意力の問題です。
論点を整理しましょう。出題者は、いわゆる受験産業のカリキュラムに沿って詰め込まれた受身の知識よりも、日常生活の中で、みずから言葉を正しく理解し身に付けていく積極的な学習態度を評価しているのではないか。そして、そのような明敏で繊細な言語感覚を持つ生徒を迎え入れたいと願っているのではないか。仮に以上の推測が成り立つとすれば、当然入試国語対策にも、それ相応の工夫が求められるはずです。
「第2回 言葉をたくさん覚えよう」の中で、国語の基礎力を養う方法として「音読」「言 葉の意味調べ」「読書」の三つをあげました。すでに読んでいただいた方々には納得していただけたと思います。しかし、その一方で、「たしかにその通りだが、そんな悠長なことはしていられない。すぐに役立つテクニックを教えて欲しい。」という声も聞こえてくるような気がします。長い教師生活の経験をふまえて言わせていただければ、上記のアドバイスは、頭では理解していただけると思うものの、その通りに実行していただけるケースは非常に少ないのではないかと思います。
しかし、工夫を凝らした特色ある出題がなされている学校を志望する受験生は、詰め込み中心の無味乾燥な学習方法のままでよいのかどうか、一度よく考えてみていただきたいと思います。
正解 なにくわぬ(顔)
選択問題の解き方(3)
うわさ通りに、里子の右目が治療のかいもなく失明したのは、中学二年の夏であった。義眼になったが、彼女の表情の豊かさがまるで違和感を感じさせなかった。以前の明るさも活発さも、すこしも失われた気配がなかった。中学校は難なく卒業し、土地の女子高校にもよい成績で入学した。彼が東京の大学に進学し、夏の休暇で帰省したとき、道で出会った里子は、彼にはまぶしくてたまらない笑顔で、「お帰りなさい。」とあいさつしてくれた。 その休暇の間に、彼がかつての罪を里子に告白する気になったのは、もはや自責の念が自分の力では支えきれぬほど心に重くなっていたせいでもあるが、里子の何事もなかったようなけなげさに、強く心を打たれたからでもあった。 休暇も残り少なくなったある日の夕方、彼は、心苦しい思い出のある小公園まで里子にきてもらって、ここの落葉をたいたとき生栗を入れた犯人は自分だと告白し、里子の望むどんなつぐないでもするつもりだといった。すると、里子は思いがけなく、 「ありがとう。うれしいわ。あたしね、あなたがいつかはきっとこうして打ち明けてくれると思って、心待ちにしていたの。」 と笑っていった。 「……というと?」 「あたし、あのたきびに生栗を入れたのがあなただってことを知ってたの。あなたがそっ と投げこむのを見ちゃったから。」 彼はひどくおどろいた。 「でも、あたしはそれをだれにもいわなかったわ。」 と、里子はつづけた。 「家では、だれのしわざなのかってずいぶんさわいだけど、あたしがたのんで栗を入れた 人を探すのをやめてもらったの。あたしは運が悪かっただけなのに、だれもが栗を入れた 人の罪にする。それがいやだったから。あなたを罪人にしたくなかったから。」 彼は、思わず里子の手をとった。 結婚は、大学を出て東京の商事会社に就職してから二年目に、彼の方から申し込んだ。 [あたしへの責任とか同情とかと無関係だったら、喜んでお受けするわ。」 と里子はいった。 結婚生活は平凡そのもので、里子は妻として可もなく不可もなく、子を三人産んで無事育て上げると、もはやこの世には未練がない、とばかりに、ある冬の夜明けに急性心不全であっさりとあの世へ旅立ってしまった。 (三浦哲郎『たきび』による) |
問
下線部「彼は、思わず里子の手をとった。」とありますが、それはなぜですか。最も適当なものを、次の中から選びなさい。
ア 「栗を入れた人には罪はない」という里子の言葉を聞いて、思わずほっとしたから。
イ 事実を知っていたにもかかわらず、長い間だまっていた里子の思いに感激したから。
ウ こっそり栗を入れたのに里子は知っていた、ということにとてもびっくりしたから。
エ 何年も苦しんできた罪の意識からようやく開放されることが、とてもうれしかったから。
解説
理由を問う設問です。理由(原因)には大きく分けて2種類あります。
@「出来事」が理由(原因)になっているもの。「目に見える」
A「気持ち」「考え」が理由(原因)になっているもの。「目に見えない」
第4回の解説をもう一度読み返してください。
問題の難易としては、@「出来事」型より、A「気持ち」「考え」型の方が、難しくなります。
「出来事」は目に見えますから、問題文を注意深く調べればだいたい見つけることができます。
ところが、目に見えない「気持ち」や「考え」そのものは、問題文の中にはっきりと記 されていない場合が多いのです。
そこで、問題となっている登場人物の「会話」や「態度」「様子」などをよく検討して、その「気持ち」や「考え」を推し量る必要があります。
まず問題文の中に理由を探します。
・・・でも、あたしはそれをだれにもいわなかったわ。」 と、里子はつづけた。「家では、だれのしわざなのかってずいぶんさわいだけど、あたしがたのんで栗を入れた人を探すのをやめてもらったの。あたしは運が悪かっただけなのに、だれもが栗を入れた人の罪にする。それがいやだったから。あなたを罪人にしたくなかったから。」 彼は、思わず里子の手をとった。
ここは下線部直前の里子の言葉が理由であることはあきらかです。
思いやりに満ちた里子の言葉に対する感動が、彼に思わず里子の手をとらせたのだと考えられます。
以上をふまえて各選択肢を検討します。第4回と同様に、原因と結果の関係にあてはめて、矛盾なくつながるかどうかを確かめます。
ア
(原因)「『栗を入れた人には罪はない』という里子の言葉を聞いて、思わずほっとしたから」
→(結果)「彼は、思わず里子の手をとった。」
イ
(原因)「事実を知っていたにもかかわらず、長い間だまっていた里子の思いに感激したから」
→(結果)「彼は、思わず里子の手をとった。」
ウ
(原因)「こっそり栗を入れたのに里子は知っていた、ということにとてもびっくりしたから」
→(結果)「彼は、思わず里子の手をとった。」
エ
(原因)「何年も苦しんできた罪の意識からようやく開放されることが、とてもうれしかったから」
→(結果)「彼は、思わず里子の手をとった。」
正解 イ
選択問題の解き方(4 ) 文章の特色
問
次にあげた各文は、この文章の特色について述べたものです。最も適当なものを、次の中から選びなさい。
ア 短い文をたたみかけることで、出来事をたんたんと語っている文章である。
イ 会話文が多く、情景が目の前にありありと浮かんでくるような文章である。
ウ 主人公の心の動きや悩みを中心に、劇的な展開でえがかれた文章である。
エ 様々な人物を登場させて、動きのある場面を回想風につづった文章である。
解説
「文章の特色」とありますから、問題文全体を調べる必要があり、かなり時間がかかる場合があります。
問題文の内容や文体がよく記憶できている場合には比較的楽に解答できますが、直感だけにたよって解くのは危険です。
まず、アの選択肢を検討してみましょう。よく読むと2つのポイントがあることに気づきます。
1. 「短い文をたたみかける」
2.
「出来事をたんたんと語っている」
原則 選択肢をいくつかのポイントに分割する。
全体的な印象だけで判断するよりも、いくつかのポイントに分けて調べるほうが効率的でなおかつ正確です。なぜなら、一ヶ所でも誤りがあれば、それを不正解として消去できるからです。
原則 不正解の選択肢は、全体が誤っているより、一部に誤りがある場合が多い。
次に分割した各ポイントの中で、どれが最も調べやすいかを決めます。試験は時間との戦いだからです。
この場合は
1「短い文をたたみかける」です。なぜでしょう?
形のはっきりしたものと、はっきりしないものとではどちらが調べやすいでしょうか。言うまでもなく形のはっきりしたものの方です。「出来事をたんたんと」より「短い文」の方が、形がはっきりしていてとらえやすいはずです。これも重要です。
原則 分割した各ポイントを「易から難」の順序で調べる。
原則 やさしい設問は手がかりがはっきりしている。逆に難しい設問は手がかりがはっきりしていない。
イ・ウ・エについても同様の作業を行います。最も調べやすいと思う部分に下線を引きます。
イ 1. 「会話文が多く」 2. 「情景が目の前にありありと浮かんでくる」
ウ 1. 「主人公の心の動きや悩みを中心に」 2. 「劇的な展開でえがかれた」
エ 1. 「様々な人物を登場させて」 2. 「動きのある場面を」 3. 「回想風につづった」
以上、準備が整ったところで、各選択肢の下線部が正しいかどうかを、問題文と照らし合わせながら調べます。
ア
1「短い文をたたみかける」
彼の生家の文房具屋(ぶんぼうぐや)も同じ町内にあって、二人は幼いころから顔見知りであり、町内の子ども会の会員同士にすぎなかったのだが、その年の晩秋のある日曜日の朝、子供会の恒例で町内の小公園を清掃(せいそう)したのち、掃(は)き集めた落ち葉でたきびをした際、彼が、いつもの銀杏(ぎんなん)の実のほかに、ポケットにしのばせていったいくつぶかの生栗をそっと火の中へ投げ入れたことが、二人を思わぬ仲に引きずりこむきっかけになったのであった。
その休暇の間に、彼がかつての罪を里子に告白する気になったのは、もはや自責の念がが自分の力では支えきれぬほど心に重くなっていたせいでもあるが、里子の何事もなかったようなけなげさに、強く心を打たれたからでもあった。
イ
1「会話文が多く」
2「情景が目の前にありありと浮かんでくる」
里子は、倒れたまま右目を手のひらでおおって、「痛いようー。痛いようー。」と泣き出した。彼は驚いてだき起こした。すると、右目をおおっている手のひらの、指のまたから、一筋の鮮血が手の甲を走るように流れた。
染直では、店にいた家族や使用人たちが総立ちになった。土間のおくから走り出てきた母
親が、彼の腕から里子を引ったくるようにだき取った。染直の人々は、みな、うろたえて
いて、彼がそこに立っていることなど忘れていた。彼は、誰へともなくお辞儀して店を出 た。
上記のように、生栗がはじけて里子が目にけがをしたときや、彼女が「染直」に運び込まれたときの情景などはたいへんリアルです。
1が保留、2が適当と考えられますので、一応保留にしておきます。
ウ
2「劇的な展開でえがかれた」
物語の展開をたどってみましょう。
1.
(予告)
ポケットにしのばせていったいくつぶかの生栗をそっと火の中へ投げ入れ
たことが、二人を思わぬ仲に引きずりこむきっかけになったのであった。
2. (里子のけが)
ぽんと、ひときわ高い破裂音がして、それと同時に、彼
のとなりにしゃがんでいた里子が、きゃっと悲鳴をあげてあおむけに倒れたのである。
3. (里子の失明)
うわさ通りに、里子の右目が治療のかいもなく失明したのは、中学二年の夏であった。
4.
(彼の告白と里子の答え)
彼は、心苦しい思い出のある小公園まで里子にきてもら
って、ここの落葉をたいたとき生栗を入れた犯人は自分だと告白し、里子の望むどんなつぐないでもするつもりだといった。すると、里子は思いがけなく、「ありがとう。うれしいわ。あたしね、あなたがいつかはきっとこうして打ち明けてくれると思って、心待ちにしていたの。」と笑っていった。「……というと?」「あたし、あのたきびに生栗を入れたのがあなただってことを知ってたの。あなたがそっと投げこむのを見ちゃったから。」彼はひどくおどろいた。
5.
(結婚)
結婚は、大学を出て東京の商事会社に就職してから二年目に、彼の方から申し込んだ。
6.
(里子の急死)
里子は妻として可もなく不可もなく、子を三人産んで無事育て上げ
ると、もはやこの世には未練がない、とばかりに、ある冬の夜明けに急性心不全であっさりとあの世へ旅立ってしまった。
1 「主人公の心の動きや悩みを中心に」
その休暇の間に、彼がかつての罪を里子に告白する気になったのは、もはや自責の
念がが自分の力では支えきれぬほど心に重くなっていたせいでもあるが、里子の何事もなかったようなけなげさに、強く心を打たれたからでもあった。
エ 1「様々な人物を登場させて」
アとエが消え、イとウの比較になりますが、明らかにウが正解になります。
正解 ウ
復元問題の解き方
問
次の一文は、ある段落の最後にもともとあったものを抜き出したものです。どこから抜き出したものですか。この一文の直前の五文字で答えなさい。(句読点がある場合は、それをふくむ。)
けれども、彼の見当は外れていた。
解説
問題文から抜き出された文を、もとあったところへ戻す問題です。
抜き出された文を漠然と読んで、すぐに問題文のあちこちを探し回ってもなかなかうまく見つかるものではありません。
まず、抜き出された文の中から、決め手になる表現を選びます。この場合は2点あります。
1. 「彼の見当」 2. 「外れていた」
1 の「見当」とは、「おそらく…だろう」とものごとを推し量ること、予想することで、「見当がつく」「見当をつける」という表現がよく用いられます。
そこで、彼が「見当をつけている」ところを探します。その際、「…思った」「…考 えた」などの「考え」を表す言葉が見つかれば、必ずチェックします。
2 の「外れていた」から、1 の「見当」が誤りであったことになります。
したがって、彼の「見当」とそれが「誤りであった」という文脈を見つけ出し、抜き出 された文を当てはめてみます。矛盾なく復元できれば正解です。
・・・彼は、笑った。ぽんという破裂音は、生栗がはぜた音に違いなかったが、その程度で六年生の女の子が、まるで胸を強くつかれたようにひっくり返るはずがない。彼は、里子がみ なを笑わせようとして派手に倒れて見せたのだと思った(見当をつけた)のである。 けれども、彼の見当は外れていた。里子は、倒れたまま右目を手のひらでおおって、「痛いようー。痛いようー。」と泣き出 した。彼は驚いてだき起こした。すると、右目をおおっている手のひらの、指のまたから、 一筋の鮮血が手の甲を走るように流れた(からである)。
もう一箇所検討してみます。
・・・目玉ではないように。とっさに彼は祈るように思った(見当をつけた)。けれども、彼の見当は外れていた。 「ど、どれ、見てあげる。手をどけて。」 彼は、目をおおっている里子の手を引きはがそうとしたが、力が及ばなかった。里子は、痛みがますますひどくなるのか、泣きながらわなわなとふるえたり、身もだえする。仕方なく、彼は染直の店まで里子を両腕で横たえるようにだいていった。
1.設問をよく読もう
あの日、というのは、ずっと以前、十年が一昔なら、それを四つ半も重ねた昔のことだ。 そのころ、彼は中学三年生、里子はまだ小学校六年生で、町に古くからある「染直(そめ なお)」という染物屋の次女であった。(つづく) |
問
「それを四つ半も重ねた昔のこと」という表現に注意して、主人公の、この作品が書かれた時点での年齢を考えてみると、何歳ぐらいになりますか。最も適当なものを、次の中から選びなさい。
ア 45歳ぐらい イ 55歳ぐらい ウ 60歳ぐらい エ 65歳ぐらい
解説
実にやさしい設問です。これなら楽勝…と言いたいところですね。ところが、実際に授業で用いてみると、意外に不正解が目立つのです。
まず、下線部の「それを」に注目します。直前の「十年が一昔」を「四つ半も重ねた昔」ということですから、10年の4.5倍で45年となります。
実に簡単な計算ですが、この45年から(ア)を選んでしまうケースが目立ちます。ここで、もう一度設問をよく検討してみましょう。
設問には、「主人公の、この作品が書かれた時点での年齢を考えてみると」とあります。
ここをうっかり見落とすと不正解になります。「中学三年生」はだいたい15歳くらいです。
したがって、45年に15歳を加えて60歳ぐらいとしなければなりません。
このように見てくると、設問には注意しなければならないことがらがたくさん含まれていることがわかります。試験中は、問題文を読むことだけに注意が向きがちですが、実は設問を正確に読み、何が問われているかをしっかりとつかむことが非常に大切なのです。
設問を正確に読まなかったために、問題文を正しく読み取っていても得点に結びつかない場合が非常に多いのですが、これを単なるケアレス・ミスと片付けてはいけません。
ここには、国語の入試問題を解くとはどういうことなのかという最も重要な問題が潜 んでいます。
それは、一言で言えば、出題者の設定した条件にそって、出題者の用意した正解を探し出すことです。
これから順をおってこのことを考えていきましょう。
正解 ウ
国語はこうやって解く 国語入試問題・解き方の「原則」 |