古典薬理学(第6回) 五味子
平成12年11月25日《陰陽会・湯液組》
たかい しゅんすけ


一、酸味の基本作用

 今回は酸味薬の「五味子」です。まず酸味の基本の薬理作用を しっかり把握しましょう。

 酸味の基本作用は、収斂です。熱をもって散乱しようとする気血を 内側に収めます。しめ鯖や寿司を作るときの酢の働きや、レモンを口に した時の、ヒュッと身体が引き締まる感じを思い出して下さい。 五味のうちでは苦味とともに陰性の作用の味です。

 五臓では、肝に入り、肝気を補います。肝気収斂作用で肝臓に 血を集めてきます
 逆に肝の臓そのものは、集めた血のエネルギーを昇発させて、精神的・肉体的な活動を起こします

<酸味と辛味>
 酸味・肝と逆の関係になっているのが、辛味・肺気・肺臓です。
 辛味は肺気を補って、陽気を体表から発散させます。逆に肺臓は、皮膚をつかさどり全身をすっぽりと包み込む 働きをしています。これは収斂作用といえます。
 つまり、収斂作用を示すのが肝気と肺臓発散・昇発作用が あるのは肝臓と肺気です。

 

 酸味・肝は五行では木、辛味・肺は金に属します。金克木の 相克関係になっています。この関係については、末尾のおまけ、 <金克木について>を参考にして下さい。

<味の三用の説>
 五味はそれぞれ対応する五臓に入ってその臓の気を補いますが、 それ以外にも五行論の上で二種の働きをします。これを 「味の三用」といいます。

  1. 入る臓(本)の気をう。
  2. 本の親に当たる臓をける。(相生的)
  3. 本を克する臓をす。(相克的)

 補・扶・益には特に違いはありません。補と同じとしても構いません。

 これを酸味に当てはめると、本は肝になります。

  1. 酸味は本の肝気を補う。
  2. 酸味は本の親に当たるを扶ける。
  3. 酸味は本を克するを益す。

二、神農本草経解説

これを読み下して、意味の区切りをつけると、

区切れごとに見ていきます。

1、味酸温
 酸味の働きは上で述べました。ただし温性ですから、身体の上部・表面に  近い部分に働こうとします。五臓ではに働くことが多いでしょう。

2、気を益し、
 何の気を益すのかというと、上の「味の三用説」では、  まず、本に当たる肝気を補います。次に肝の親に当たる腎の気を収斂して、  腎水を補います。また、次に肝を克する肺を補いますが、これは肺気では  なくて、収斂に働く肺臓の働きを強めることになります。   このうちの肝・腎を補う作用は、あとの6「陰を強め男子の精を益す」  とつながり、肺を補うのは3「咳逆上気」の効能になります。

3、咳逆上気
 上で述べたように酸味には、肺臓の収斂の力を益す作用があります。  上焦の気が上逆して咳になるのを、内側に収めて咳を止める働きをします。  『傷寒・金匱』では、五味子はすべて咳に関する処方に用いられています。  わたしの経験では、電話や人前でやや緊張してものを言おうとしたとたんに  出る咳に、五味子を加えるといいようです。緊張が「上気」になります。
 上気は、狭い意味では「のぼせ」ですが、気が順調に下りていかないで逆上して起る症状すべてに応用できます。主なものを挙げると、上から  頭冒・不眠・顔が赤い・鼻閉・咽がイガイガ・動悸・心下の痞・小便不利  などです。
 これは『金匱要略』痰飲病編の「苓桂味甘湯」の条文を検討してみると、さらに理解が深まります。

4、労傷・羸痩を主り、
  羸(るい)痩は、痩せ衰えることです。しかも原因はその前の労傷に  あります。五味子は肝気を補って肝臓に血を集め、また腎気を収斂して腎の精水を益して、労傷=虚労を治します。
  後世方では、六味丸や四物湯、人参の入った処方に組合わされて、虚労で肺の津液や腎の精気が損耗されたような状態に使われます。

5、不足を補い、
6、陰を強め、男子の精を益す。
  上の2、4で述べたことと同じですので、省略します。6は特に  腎の精水を益す方に重点を置いています。

 

三,五味子の入った処方

<『傷寒論・金匱要略』の中から>

1
肝虚陽虚証 苓桂味甘湯
2
脾虚陽虚+太陽経実熱証 小青龍湯・射干麻黄湯
3
脾虚陽虚+痰飲証 苓甘姜味辛夏仁湯類
4
脾虚陽明経実熱〜肺熱証 厚朴麻黄湯・小青龍湯加石膏
5
脾虚肝実証 小柴胡湯・四逆散咳加減方
6
脾腎陽虚証 真武湯咳加減法

 上に述べたようにこれらの傷寒・金匱の処方はすべて「咳」に 関係します。

 熱性の咳は。身体が温まった時、布団に入って寝かかった時に 出る咳です。口渇があります。
 そのとき食欲不振や口が苦いなどの 脾虚肝実の症があれば、の小柴胡湯の咳加減をよく使います。
 胃腸に症状がなければ、の肺熱の処方を考えます。

 身体が冷えた時、布団から出た時に出る咳は、寒性の咳です。冷えの程度に応じて1・2・3・6より選びます。
 は附子が必要なほど腎の陽気まで無くなった状態ですが、手足が冷えて身体がだるくて咳がしつこく続く時に、使う可能性は案外多い処方です。
 それに近いが、附子を使うほどではない時は、の範囲になります。     

後世方の処方から>
 咳止めばかりでは面白くないので、虚労に関する処方を後世方から 有名なものを挙げておきます。

1
脾虚肺燥証 生脈散・人参養栄湯
2
肝虚肺燥証 清暑益気湯・味麦益気湯
3
腎虚陰虚証 都気丸(六味丸+五味子)

 この中で基本になるのは、1の生脈散です。内容は(人参・麦門冬・ 五味子)の3味です。脾・肺の津液が無くなって、虚熱が出ているときに 人参・麦門冬で津液を補い、五味子で熱のために散乱している気血を 肺に収斂します。この五味子+麦門冬の組合わせは、上焦の虚熱に対して さまざまな処方に加えて効果があります。
 たとえば、六味丸に少し虚熱があるなら3の都気丸。そこに肺の 津液不足があって虚熱がもっとあれば、味麦六味丸。もっと上焦の熱が きつくなると苦味の知母・黄柏に代えて知柏六味丸となります。  逍遥散なら山梔子・牡丹皮の加味逍遥散が有名ですが、肺の津液不足が あるなら、味麦逍遥散にします。ほかに帰脾湯や補中益気湯に加えて 使い途が広がります。

--------おまけ<金克木について>--------

 相克関係というのは、五行論だけでいくと、五行の星形を グルグル回って止まらなくなりますから、なるべく臨床的に 考えてみましょう。

 金=肺が、木=肝を克するというのは、金が木をやっつける というよりは、肺が肝から何かを取りあげている関係です。 肺気が盛んに発散されるとき、そのエネルギーの本は肝血ですから、 肺が活動すれば、肝血を取りあげてしまう関係にあります。

 これを実際の臨床に当てはめて考えると、理解できることが あります。例えば、本来は酒好きなのに、最近は少し飲み過ぎると、 ひどく肩が凝っていけないという人が居ます。
  酒の味は辛味です。 酒の辛味を得て大いに騒いで陽気を発散したことが、年齢のせいか 体質なのか、肝血までも浪費してしまって、翌日は筋肉の潤いが 無くなってひどい肩凝りになって現れます。この人は当然、 肝虚証で治療することになります。

 また元は肺虚体質の人が過労や心労が重なって肝虚に落ち込むと、 なかなか治らない難しい患者になります。それが大した病気でなくて、 単なる肩凝り腰痛であっても、愚痴ばかり多くてすっぱり治ったとは、 けっして言ってくれません。
  これは肺虚体質の人はパッと陽気を 発散したいのに、肝虚になって肝血が不足して、発散するエネルギーの 元が無くなっています。色々と治療して多少のエネルギーが貯まっても、 それを愚痴の形にしてすぐにチビチビと発散してしまうので、 いつまでも治らないんじゃないでしょうか。
 体毛が濃くて元はスポーツ好きの人が、見かけによらずぶつぶつと 苦情が多いようなら、金克木の相克関係の病状に陥っていますから、 簡単には治らないと見た方がいいでしょう。

 

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Last update: 2000.8.9