社会学教育の実用性に関する試論
―「生活史」「自分史」学習をツールとした青少年教育の視点から
本論では、「実用的社会学教育」の試論を提言するのを目標としている。というのは日本の大学の社会学教育(学習)に問題があると考えるからである。それは、筆者の「社会学教育」体験からの問題意識があるからであり、この問題意識は先行研究によっても、すでに提起されてきていた。その問題とは、社会学教育の教育者と学習者との間に、社会学教育(学習)の目的意識に開きがあり、教育効果が上がっているとは思えない状況である。これを改善するのに「生活史・自分史」作成法を導入することが、有効ではないかという提言を行うに至った。
そこで、既存研究の検討、社会学教育者の教育実践報告の分析とあわせて、社会学学習者に対するアンケート調査を実施し、考察した。
第1章「社会学教育の現状と障碍」では、対象としての「社会学教育」を分類し、例えば、(1)職業人や社会人経験を経た学生を対象とした教育は除外する等、学習者について、(2)学部学科専攻やカリキュラム等の制度面について、対象を限定した。次いで、社会学教育の根拠や、社会学の教育者と学習者との「コミュニケーションギャップ」についての、有力な概念、学説を参照して、本論の基本的視座とした。
第2章、「目的の明確化と青少年教育の課題との関連」において、コミュニケーションギャップを埋める手段とは、「学習者の目標」と「教育側の目標」を合致かつ共有し、その目標を実現するための社会学教育(学習)システムを構築していくことであり、まず「何のために」教える(学ぶ)かの「明確な目標」を学習者に提示することを始点と考えた。その目標の明確化について、学習者の特徴(主として青少年である)から、「青少年教育」の目指す、成人期への準備教育、自己形成研究といった学習課題と、就職活動等において重要度が叫ばれる「自己分析」の営みについての課題が、重なり合うものであるとの認識から、青少年教育の課題である学習者(=青少年)の「自分探し」「自己形成」を、社会問題の視点と自己形成の視点の双方からアプローチ可能な、社会学教育における学習者・教育側共通の目標として設定することを導いた。
第3章「『ライフヒストリー・自分史』の活用」では、その方法論として「ライフヒストリー(生活史)研究」とその範疇である「自分史」に注目し、前半においてその概念と研究の沿革を確認した後、教育活動としての「自分史」、とくに青少年教育の視点からの事例、また青年心理学からのアプローチによる「自己実現」「自己理解」との関連の理論・授業実践事例を分析し、「生活史」研究の要素である、自分の生活を対象としての分析は、社会学的に有意義な学習であると同時に、「自分探し」の大いなる助けになるという理論仮説を立てた。さらに、「ライフヒストリー」「自分史」教育の位置づけを高めることは、社会学教育においても、@学習者の目的と合致するのではないか。A学習者の「自分史」を学ぶニーズは高いのではないか。そして、B学習者自身、「自分史」が「自己」を知ることへの有用性を認識しているのではないかという調査仮説を立てた。
第4章「アンケート調査による学習者の意識とその背景」において、社会学教育に対する学習者の認識及び仮説の検証のため、東洋大学社会学部第一部社会学科・社会文化システム学科の学生約500人を対象としたアンケート調査について、前半で概要と結果、後半で分析を行った。結果について(ア)社会学を学ぶ目標は4割が持っている。「目標なし」が6割。(イ)「自分史」社会学教育について、7割弱があるとよいと感じ、うち3割はより積極的である。(ウ)「自分史」社会学教育について、7割以上が進路検討等に「役に立つ」と考えている。以上において調査仮説のABはほぼ裏付けられた。
第5章「学習者本位の目標による再生―先行実践事例」では、前半で学習者調査から、目的を持たない学習者が多い現象に対して、さらに検討を深めた。そして現実性がある目標としての就職・進路検討の課題と「自分探し」「自己分析」の要請から、学習者の「自分探し」を目的とした社会学教育は、目標を提示することができ、また、結果として進路検討と就職活動に「役立つ」可能性を論じた。
後半では「生活史」「自分史」を社会学教育の中で実践した諸事例(学習者の感想−共感・批判−等の事例を含め)から、「<自分探し>の大いなる助けになる社会学教育の方法である」という仮説について検証した。
第6章「『総合的な学習』としての社会学教育」では、前章までに述べた「自分探し」の目標と手段を包含する新しい社会学教育像を考察した。その内容として、@「自分探し」を第一段階とした、「段階方式」である。A第一段階を主眼として、『総合的な学習』の教育目的・手法による、「自分の生き方のために社会を知る」という前提に立つ。というものである。そして、この目的・手法による教育方法について検討した。
これにより、第一段階において就職・進路検討に役立つという「短期的実用性」と、第二段階へと進むにつれて、社会を批判的・相対的にみる視野と問題解決能力、社会的発言もできる人間を育成する「長期的実用性」の双方が、同心円的に展開するという「実用的社会学教育」の試論を提起した。
第7章では、結論とともに、残された課題について整理した。@「役に立った」という「実用性」の点検・評価方法、A評価基準の指標の客観化が可能かどうか、B更なる学習者理解のための調査の継続発展の必要性、C社会学に「世間」という要素を本格的に取り入れることの議論等である。この「試論」に多くの批評を受けつつ、今後の課題としたい。