追悼いかりや長介さん

 巨星墜つ。高度成長期の日本を代表するコメディアンであり、俳優であり、ミュージシャンでもあったいかりや長介さんが3月20日に亡くなられました。その後種種の追悼特集がメディアで行われていますが、ここでもまた違った視点からいかりやさんをしのびたいと思います。
 個人的なところから申し上げますと、私は「全員集合」の最晩年に辛うじて間に合った世代です。終了した60年は小学校1年生ですので、同世代でも記憶がない方もいますし、わずか1、2歳下でも80年(55年)生まれのタレントが「コントをやっているいかりやさんは見たことない」とコメントしてましたが、そのくらいの微妙なタイミングだったのです。しかも「教育上よくない」という印象は当時も残っていましたから、親の方針で見せてもらえなかった家もあることでしょう。当時は土曜の夕方は17:30分から「まんがはじめて物語」、18:00「料理天国」、18:30「ニュースコープ」19:00「まんが日本昔話」19:30「クイズダービー」そして20:00「8時だよ全員集合」と、いやー、「死ぬ」前のTBSはよかったねぇ。いまやティーブーエスなんて、私は豚ですと自虐に走って見る影もないですがね。
 ドリフの笑い、特に全員集合のコントは、色々指摘されるように音楽的なテンポを重視した「ライブパフォーマンス」だったという印象ですね。コント自体がライブであるという点で、公会堂は一気にライブハウスと化し、しかも電波を媒介して、茶の間まで一体となった「ライブ」であったという点で特徴的だったのでしょう。そして台本とリハーサルでつくりこんできたものだからこそ、ちょっとしたハプニングがおもしろいという部分もありました。公開であるから自然な笑い、楽屋オチやスタッフの笑いでお茶を濁すものではなかったという点で、洗練の極致なのかもしれません。最近と違い、全員集合コントはテロップもないし、金だらいが落ちる前にCMを入れるってこともなかった。特に今のTV全般クライマックス直前のCMブチきりは、ドリフではないが視聴者が茶の間でズッコケるだけでなく、子どもたちの精神衛生的にもよくないのでは?そう考えるといまのTVバラエティは一つの完成品としてのリズム感を失っているという感想を強く持ちます。
 とかく批判される部分も多かったけれども、ドリフの笑いは、いわゆる「ふざけること」を奨励していたのではなく、「大人」「権威」の象徴であるいかりや長さんが、注意をしたり、ツッコむことによって、「やっちゃいけないこと」の一場面として組み込まれていたという要素がありました。それが「ひょうきん族」の「赤信号みんなで・・・」というものに移行していったのである。ビートたけしがコメントで「ドリフが本当の笑いでオイラは亜流」と語っていたところに集約されていると思います。子どもの文化に浸透したという点ではジャンケンでは未だに「最初はグー」でしょう。「いかりや長介頭がパー」などという今考えれば不届きなバージョンもありました。自分は当時ちょっとそれは言えず「頭がチョキ」などと言い換えていた記憶も思い出でありますね。
 「全員集合」終了後は、俳優を中心に活躍したした長さん。「独眼流政宗」のときは意外な達者なところをみせながら、やはりシリアスなシーンでも金たらいが落ちそうな雰囲気もあったが、年齢を重ねるごとに渋い脇役として火サスの「取調室」なんか良かったですねえ。でも私もやはり印象深いのは代表作となった「踊る大捜査線」ですね。特にTVバージョン(1997年1から3月)あの作品はドラマの既成概念を変えた、インターネットとの融合であるとかリアリティを強調するドラマとしての端緒となる画期的なものだったわけですが、その一端が俳優いかりや長介の当時の新境地という感じで、全体の作品を引き締める雰囲気を醸し出し、特にTVの最終回の世代交代シーンは思わず涙を流してしまったものでした。その後の映画のヒットと日本アカデミー賞はいうに及ばず、いかりや長介のいない「踊る」はもう撮れないという点では、このドラマも永遠にということになりましょう。
 昨年末のドリフ大爆笑スペシャルでは、オープニングとエンディングにしか登場せず、肉声も聴かれずあれっと思いましたが、病み上がりだから仕方がないかと思っていましたが、こんなに早く逝ってしまうとは、ザベストテンのようにもう一度今のTVに渇を入れるがごとく、スペシャルで良いから全員集合をやってほしかった。残念でなりません。
 我が家に残る昭和59、60年の全員集合のVTRを見ながら、こころからご冥福をお祈りいたします。合掌。